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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第8章 魔王編 -背信の軍師と氷の竜-
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第135話 人質

 ◆ジェット◆



 ニルドリルの一撃一撃が、右手のシザーを、左手のスピアーを削り取っていく。


 気を抜くと、一瞬でそれらの隙間から首を持っていかれそうだ。


「よく訓練されている……と、言いたいところだが。まだまだだな、ジェット」


 攻撃と同時に投げかけられるヤツの煽りが、余計に俺に冷静さを失わせる。


 何かの魔法的効果でもかかってんのか?


「チッ……」


 だが実際問題、オレはまだまだなんだろう。


「お前にヴィクター殿の変わりは務まらんさ」


 ヴィクターさんは黒翼の貯蔵がある限り、本体へのダメージを無効化……先送りにできる。


 対して、オレの場合は違う。細胞の自然回復力を武器に回しているだけだ。エネルギーを急速に消費していることもそうだし……なにより、相手と打ち合う武器だけにそれを集めている現状、急所に攻撃を貰うとマズい。


 生命維持のために頭や胴体を修復しようとしたなら、途端に武器の威力が失われてしまう。


 格上の相手からすれば大した相手じゃない。武器を叩き続ければ、オレはいつか膝をつく。言ってみれば、今は問題なく四肢を動かせるってだけで……ダメージ自体はずっと受け続けているんだ。


 それでも、諦めるわけにはいかない。オレにはこれしかできないが、状況はきっと好転する。


 レンドウがマジムとかいうやつを倒すか。又は他の誰かが救援に来てくれるか。それを信じて生き続けるしかねー。


「サイス」


 ボソッと呟きながら、右腕を再変形。巨大な鎌を形作り、ニルドリルへと振り下ろす。この距離なら相手のガードを乗り越えて、頭部をカチ割れる。


 だからこそ判断力に優れる相手は距離を詰めてくるものなんだが……それを待ち構える形でただの左手を腹のあたりで待機させていたというのに、奴は乗ってこなかった。


 チッ……読まれてるのか。


 体当たりでもしてこようものなら、左手でヤツの体を掴んで、体内に直接槍をブチ込んでやりたかったんだが。


 奥の手が不発に終わる。ヤツを確実に葬りさるための奥の手が。


 こいつはそれくらい直接的に、破壊の瞬間を確認しなければ安心できない相手だ。死体が確認できない終わり方じゃ、まず死んでないと考えた方がいい。


 高位の魔法使いはその得体の知れなさが気持ち悪ィんだよな。そのくせ、こいつには達人級の剣技まで備わっている。


 ニルドリルが構え、再び防戦を強いられることを予期して緊張が走るも、その瞬間はやってこなかった。


 ヤツは横目で――マジムとレンドウの方を確認して、止まった……のか。


「ほう……。まさかマジムを傷つける手段を持っているとは驚いた。……マジム、下がれ!」


 ニルドリルが命令すると、マジムはすぐさまレンドウのから距離をとった。


 召喚された獣のくせに、いやに召喚主に従うじゃねーか……と、その謎はすぐに解けた。


 ――マジムが纏っていた紫色の霧は、異界生物のそれじゃない。


 現に、レンドウに焼かれた? 部分は霧が晴れている。その下に見える白くぬらりとした体表は、マジムがこの世界に住む生き物だということを示している。


 召喚士であるニルドリルは、自らに定着した印象すら利用し、マジムに異界生物のふりをさせていたということか。


 だとすれば、それは何のため……、!?


「がは……っ」


 レンドウの口から血が噴き出した。


「な、何……だ、これ」


 思いのほか動けるのか、レンドウが倒れることは無かった。自分の体に起こっている異常に困惑している様子。


 直感で分かった。


「……マジムが発しているその霧! たぶん毒だ、吸い込むなッ!」


 警告してやると、レンドウは口元を抑えながら頷いた。


 マズいな。吸血鬼やアニマにとっての出血は。いや、どの種族でもよくは無いだろうが。このままいくと能力を維持できなくなるはずだ。


「いや、君達も焦っているようだがね。こう見えて私も焦っているのだよ」ニルドリルは顎を左手で撫でた。「まさかマジムにダメージを与える手段があるとは。……これは切り札を出すべきかもしれない、とね」


「切り札……?」


 まだ何か隠していやがったのか。どこだ。何が来る。ニルドリルの一挙手一投足を見逃さないように注意深く観察していると、


「ニルドリルッ!! いい加減諦めたらどうなの!」


 背後より、ネルの怒声が轟いた。


「……諦める、とは?」


 ニルドリルは何か面白いものを見つけたとでもいうかのように、薄く笑みを浮かべながら聞き返した。


「この場所にはうちらの味方がこんなに大勢いる! あんたはここに閉じ込められてるんだよ!?」


 まるで無用の押し問答のように聴こえるが……ネル、何かを狙っているのか? 何かの為に、時間を稼ごうとしているのか。


 だが、何を狙っているにせよ、それらは全て無駄になった。


「ヴィクター殿は動けない。残りは取るに足りない小市民に、自らの種族も分からぬ子供だけではないか。そして、私にはそれら全てを封殺する“これ”がある」


 そう言って。


 ニルドリルは左腕を大きく払った。


 ……まるでマントを脱ぎ捨てるような動作だったが、そこには空気しか……ないはず、だったのに。


 チカチカと眩い光が発せられ、思わず瞬きをした後には。空中に貼り付けにされたかのような恰好の、金髪の少女がそこにいた。



 …………人質…………か?



 一瞬、フェリスに見えたその人物は、だが彼女じゃない。フェリスより若いし、髪も肩までしかない。


 ホッと胸をなでおろそうして、思いとどまる。例えフェリスでなかったとしても、ニルドリルが人質として扱う人物なのだ。この場にいる何者かにとって大切な人物であることには間違いないだろう。


 少女は体を動かせない様子で、しかし意識があった。怯えた表情で、震える眼でオレ達を見渡している。


 紫紺の瞳だ。金色の髪に、紫色の目。どこまでも似ている。フェリスに。


 ならばやはり、この少女もまた吸血鬼なのだろうなと考えた時だった。


「フェリス……様……!?」



「――はァ?」



 吸血鬼の一人が発した言葉に、噛みつくように言葉が漏れていた。


 いや、こいつはどう見てもフェリスじゃないだろ……。


 だが、それは当初こそ小さかったが、次第に波のように伝播し、彼らの中で確信へと至ったようだった。


「フェリス姫……」「姫だ」「アウルム様……だって……!?」


 その内容を聴くに、あの少女は。


「フェリスの妹……か!?」


 オレやネルに問うように叫んだんだろう。レンドウ、だが少なくとも、オレはそこら辺の事情に明るくないんだ。


 フェリス姫に妹が二人いたことは知っていた。だが、既に二人ともこの世にはいないはずだとも。


 それが生きていたということであれば……。


「そんな……どうして」ネルは震えていた。「どうして……彼女の存在を、ニルドリルが知って……」


 その反応が全てを物語っていた。


 フェリス・アウルムとやらは吸血鬼においてもう一人の“ピュアブラッド”なんだ。ないがしろにできるはずがない。この場所ではどこまでも強力な人質になるだろう。


 チッ…………どうすんだよ。どうにもならねーのかよ!


 いや、そもそもあの人質はホンモノなのか?


 ニルドリルの全能にすら見える悪魔的な力を持ってすれば、ニセモノだって……あれが幻影だって可能性もあるだろ。


 ……吸血鬼やネルの反応を見る限り、それは希望的すぎるってことなんだろうが。


「解っていると思うが、動かないで貰おう。余計な動きを見せれば、すぐにでもこの姫君の首が飛ぶことになるのでな」


 嫌らしく笑いながら、ニルドリルがゆっくりと歩き始める。その動きに合わせて、宙に浮かぶアウルム姫も移動する。魔法で浮かべているのか、それとも……不可視の生き物に持ち上げられているのか。それすらも判別できない。


 完全に追い詰めたつもりでも、どこまで行っても逆転される。ニルドリルの策の数に、オレらじゃ及ばないってのか。


 どうするべきなんだ。ニルドリルはどこに向かっている。ヴィクターさんを治療している人垣へ向かっているのか。


 だとすると、やはりヴィクターさんの魔法“見通す目”を奪うことが目的か。殺して、“同化”するつもりか。


 確かに、それを手に入れればニルドリルは更に力を増すだろう。魔王様でも容易く抑えられない怪物になってしまうかもしれない。


 それを黙って見過ごすのか!?



 ……やめろよ、オレ?



 何を考えている。いや、しかし思考停止していても始まらない。


 誰にもできないのであれば、オレがやるしかないんじゃないか?



 ――――フェリス・アウルムなど無視して、今すぐニルドリルを攻撃する……だなんて。



 我ながらバカげた考えに思える。……だが、このままただ立ち尽くしていて何になる?


 ニルドリルはヴィクターさんを殺した後、人質を解放するか?


 とてもそうは思えない。あの男に人道などない。


 人質の存在に慄くオレたちを、一人一人殺していくだろう。


 馬鹿野郎どもは、何人殺されれば意思を取り戻す?


 大切な人が殺されるまで、そのまま足を竦めているつもりか。


 違うね。オレは違う。オレはそんな臆病者じゃない。例えこの先一生“吸血鬼の姫を殺した男”だと誹られ続けるとしても。


 今この場でネルの命を守れるなら、“ピュアブラッド”の一人や二人……死んだからなんだってんだ。


 そんなことを考えていたからだろうか。いや、きっと偶然だろう。


 恐怖に震えるアウルム姫の紫紺の瞳が、オレで止まった。どうしてそんなことが起こったのかオレには分からない。


 ――悪いな。オレはあんたを一番には考えられない。


 恨んでくれていいぜ、姫サマ。



 ――死んでくれ。



 胸中で決別の言葉を述べつつ、一歩踏み出そうと……した瞬間だった。



「ッざらァァアアアアアアァアアァァアッッ!!」


 俺より一瞬早く、レンドウが飛び出していた。口から血を垂れ流しながらも、懸命に命を燃やして、名乗りを上げてくれた。


 ……まぁ、助かるぜ。ニルドリルもそちらを向いている。


 今なら誰もオレの動きに気づいていない。



 いける――。



 緋翼の蔦を前方へと伸ばし、レンドウは姫サマをそれで包もうとしているようだった。あいつはあくまで人質を助けるために動いたんだな。


 甘いヤツだ。よく知りもしない人質の為に、よくもまあ頑張れるもんだ。


 対してオレは叫ばない。俺の役割は、どう考えてもこっちだろ。


 ただ静かに、ニルドリルの首を……斬り、飛ばす!!



 ――レンドウの体が突如として吹き飛ばされたかと思った瞬間、オレもまた、地面に叩きつけられていた。


お読みいただきありがとうございます。


危ない思考であることは間違いありませんが、大切なものを護るために他のものを捨てる覚悟ができているジェットは、戦士としてはとても強いですね。

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