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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
プロローグ -始まりは放置国家-
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第12話 弱くないですよ

 ――吸血鬼に拘束されて、担いで移動されたり壁に叩きつけられて首を絞められたりしているときも不甲斐なくて情けなかったけど、今は盾にもされている。もはや縦横無尽(?)の活躍だ。生物としての垣根を超えてる気がする。僕。いや、むしろ道具になり下がったのか。


「これじゃA隊員失格だ……」


 レイスは自重気味に呟いた。誰に聴こえることもない、掠れるようなささやきだったが。


 A隊員とは、レイスがヴァリアーの分隊≪番外隊≫の中で序列一位だということを意味する。とは言っても、レイスがそれをかさに着る場面はないが……。


 ヴァリアー基地前で、電話ボックスを破壊しつつ現れた吸血鬼たちに、待ち構えていたにも関わらずヴァリアー隊員たちは大苦戦していた。


 段々と回復してきた身体で、しかし自由は奪われたまま、レイスは周囲の状況を把握しようと努める。


 しかし、吸血鬼たちは……じりじりと基地の敷地を離れようとしている。どうやら、吸血鬼たちの体力を削ぐことは確実にできているようだ。脇腹の傷を修復しつつも、動きが緩慢になっている吸血鬼の少年を見て、レイスは確かな手ごたえを感じた。


 吸血鬼といえども、無尽蔵の回復力で無双することはできない。そのため、今度は戦闘を回避するという策を弄してきた。レイスを盾にすることで、ヴァリアー隊員たちの攻撃の手を緩めようと考えたらしい。


 部外者からすれば、それは妥当な判断だと思えたかもしれない。しかしレイスは、


 ――どうだかな……。


 隊員たちは、女性の吸血鬼によって盾にされたレイスを見て、冷や汗を浮かべている。その顔に映るは、恐怖。勇気ではない。そして、その感情の行く先は、決して吸血鬼に対してのみのものではないということ。


 レイスは懐疑的だった。


 目の前の脅威より、自分の身が優先されるか、ということに。


 それは、基地の入口から出てきた副局長アドラスを見たとき、確信に変わった。が、


 ――電話ボックス以外にもやっぱ秘密の通路みたいなのあるんだね……。


 第一に考えたことは存外に的外れだった。そこじゃないだろうと。


 副局長は戦場を見渡すと、即座に判断する。


「士気が低いですね」


 ――それは分かってます!っていうかそれ声に出しちゃダメ!


 レイスは声に出さずそう叫んだが、副局長アドラスは、失敗したとは露ほども思っていない様子で続ける。


「皆さん、下がってください」


 どよ、と隊員たちからどよめきがあがる。そのどんくささに、レイスは心中で舌打ちした。道を開けるんだ。


 アドラスが刀の鞘をトン、と叩いた。


 刀。そう、彼は鞘を腰に下げていた。


 あまり長くない。むしろ、小さいと思わせる刀。彼がそれを持ち出すときは……どういう時だろう。分からない。見たことない武器だ。だが、どうにも嫌な予感がした。僕もきちんとした訓練を受けれてないってこともあっていつも武器をとっかえひっかえ、その場にあるもので戦っているけど……副局長のあれは、たぶん違う。レイスはそう思った。


 その時。


 ポツリ。


 ――雨?


 天より垂れてきた水滴にレイスが一瞬空へ意識を向け、それを戻したとき、アドラスは既に先ほどまでの場所にいなかった。隊員と隊員の間をすり抜け、吸血鬼に肉迫していた。それはつまり、人質にされたレイスに近づいた、ということでもあり。


「私がやりますので」


 周りに語りかけるには遅すぎた言葉と共に、死を乗せた刃が迫りくる。横凪に振るわれる刀。


 抜刀は誰の目にも追えなかったのではないか。


「――ッ!?」


 狼狽(ろうばい)した女性の吸血鬼は、レイスを抱えたまま後ろへ飛び退っていた。アドラスの刀捌き、その流派を知る者はこの場誰一人としていなかったが、彼女は無傷だった。抱えられたレイスも、あと数瞬遅ければ、仲良く上半身と下半身がオサラバしていたかもしれない。当たってみなければ分からないが、恐らくそうなっていただろう。


 やっぱり副局長は、僕ごと斬る気だ……!!レイスは背筋が凍る思いだった。


 吸血鬼の女性と反対に、吸血鬼の男性の方は一歩前に出ていた。少年と言っていいほど若く見える顔立ちを歪めている。彼の体の周りを、黒い霧のようなものが飛び散り、また、回っている…………飛び回っている。


 それでアドラスの斬撃を防いだということだろうか。


 いや、防げてはいない。吸血鬼の少年は、膝をついて、喀血(かっけつ)した。


「がはっ……てめェ……」


 そこへアドラスがすぐさま刀による攻撃を加えられなかったのは、彼の剣術の型に続きが無かったからだ。


「私、弱くないですよ」吸血鬼の少年を蹴倒して、アドラスはその刀を鞘へと納める。


 珍妙な剣術にレイスも、吸血鬼も、隊員も唖然とする他ない。


 僅か一手を以て、副局長アドラスが吸血鬼を一体打ち倒したというのか。やがて隊員の一人が喝采を上げ、他の者も後に続こうとした時。


 段々と強くなる雨脚に、そして夜の闇に紛れ、無数の闇が広がっていた。それは蹴り倒された少年より立ち上ったものだった。


 倒れたままの少年だが、その眼は確かに輝いて、アドラスを射抜いていた。彼は屈していない。むしろ、更に燃え盛っているような。


「……」


 少年が何か呟いたが、レイスには聴こえなかった。


 ――あれは何なんだ。吸血鬼が操る、あの黒いもやは。


 どの伝承にも載っていない、謎の物質。黒いものをアドラスは、断ち切ろうとしたようだった。しかしそれは、吸血鬼の術中。特有の戦闘センスで、吸血鬼はアドラスの――名づけるなら、抜刀術――を捨てさせていた。


 刀がきらめき、闇だか影だが()()だかを縦横無尽に踊り食ったと思われたが、しかし“黒いもの”はこれといった形を持っていなかった。すなわち、それを失うこともなかった。そこで、レイスの視界が黒に染まる。


 包まれた、と思った。


 レイスを抱える吸血鬼の背中から。巨大な二つの黒いもの――翼だ――が生えていて、それは二つを重ねるようにして叩きつけられた。


 それは途轍もない暴風を引き起こした。アドラスの前に充満していた黒いものがその影響を受けて彼の顔に、腕に足に襲いかかり、また彼を吹き飛ばした。後ろで顔を覆っていた隊員達のもとへ吹き飛ばされたアドラスは、大量に泥を跳ねながら、隊員数名に激突して止まった。


 そんなのアリか。現実に文句を言ったってしょうがない。それに、副局長はあれじゃやられない。そう思っていただけに、衝撃は大きかった。


「うわああ!!副局長!!」「アドラス様!?」


狼狽(うろた)えないでください、戦場に負傷は付き物です」


 いつも通りの調子で放たれる冷静な声は、状況に似つかわしくなく、酷く不気味だった。


 アドラスの身体中に、黒いものが纏わりついていた。それはどうやら簡単に剥がれてくれはしないようで、本人が呼吸できているのが唯一の救いだった。まともに浴びたであろう顔が一番ひどい。


 両目は完全に黒いものに覆われてしまっていた。


 ――くそっ、このままじゃまずい!


 なんとかして、この拘束を解かないと――いや、できるもんならとっくにやってるけど――と思った矢先、レイスの体ががくんと揺れる。正しくは、レイスをふん捕まえている吸血鬼だ。


「がっ……!?」


 吸血鬼の声。


 解放された瞬間、レイスはぬかるんだ地面へうつ伏せに倒れ込んだ。


 ――これはいただけない……!


 と、顔面に泥を貼り付けることだけは回避するべく、必死で首を逸らせて目をつぶって倒れた。バチャッ!べちゃり。倒れた音は二つあった。


 跳ねた泥が顔に付着して、このままじゃ目を開けられない。起き上がってコートを開き、中にある綺麗な布地で顔を拭う。取り戻した視界と手に入れた肌着の不快感。うーむ。複雑。


 振り返ると、頼れる仲間がそこにはいた。


「ダクト君……!!」


「おう、レイス。見たか?俺の飛び膝蹴り」


 首に打撃を受けたのか、気絶した吸血鬼が倒れていた。


「見える訳ないでしょ。捕まってたんだ」


 ――飛び膝蹴りしたんだ……。確かに、今は腕が故障中だもんね。


「そんな怪我で戦いに…………ううん、ありがとう」


「おおよ」


 短い会話を終えて、二人は残った吸血鬼に向かう。


「リバイアは?」


「彼女は、来てない。たぶん地下待機かな」


 リバイアは体力面が心もとない。先の地下での魔法を発動するフリは、単に戦術としてそれが有用だったというだけでなく、リバイアに魔法を撃つ力が無くなっていたからだと、レイスは気がついていた。


 こんな危険な場所に、今の彼女は来ない方がいい。


「そーか。じゃあ、ちょっくら男二人で片付けちまうかねぇ」


 両手を打ち合わせる動作をしようとしてできないことに気付いたダクトは舌打ちした。


「う?うん、そうだね」


 それに対しどこか釈然としない調子で返したレイスだが、すぐに真剣な面持ちになって吸血鬼を注視する。


 ダクトが言葉少なであることに、違和感がある。


 ――怒ってる、のかな?


 今のところ、吸血鬼に動きは見られないが……まだ終わってはいない。その確信はあった。


 案の定、吸血鬼の少年はゆっくり立ち上がる。


「……なんだよ、誰かと思えば……クッ……」


 ザアザアと。最早土砂降りと言っていいほど強くなった雨に打たれ、漆黒の少年の出で立ちは痛々しい。


「……ハァ…………あの時の雑魚じゃねェか」


 その視線は、ダクトを見据えていた。


 その挑発に、まさか乗らないよね?と心配の目をレイスが向けるまでもなく、ダクトは走り出していた。


「ちょまっ!?」


 静止が間に合わず咽そうになったレイス。吸血鬼は、にやりと嗤う。走りくるダクトに向けて、吸血鬼の両の掌が突き出される。そこを起点にするように、大量の黒いものが吹き荒れ、ダクトへと襲いかかった!!


「だっ、ダクト君!!」


 悲痛に叫んだレイスだったが、ダクトは。


「俺を誰だと思ってやがる」


 ――今度はやられなかった。


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