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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第8章 魔王編 -背信の軍師と氷の竜-
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第134話 マジム

「“マジム”」


 土煙が立ち込める戦場に、ニルドリルの小さな発声が響いた。


 離れた場所にいる俺にも聴こえたそれを、ヴィクターさんが聞き漏らしたはずがない。


 それでも、その次に起こったことに対処できるかは別問題だ。


 ――初見殺しだった。


 小屋が跡形も無く爆散し、人間の胴体より太い槍のようなものがヴィクターさんの腹部に突き立った。


「ガハッ……」


 ついに、もろにダメージを受けちまったのか!?


「ヴィクターさんッ!!」


 それは、生き物の一部の様だ。触手……いや、尻尾の先端か?


 ヴィクターさんから引き抜かれた尻尾は、スルスルと土煙の中に紛れていく。いや、これは最早土煙ではない。


 その生き物の身体は、暗い紫色の霧のようなものを撒き散らしている。


 異界から召喚された生物か!


 さっきのニルドリルの言葉から察するに、マジムという名前の怪物なんだろう。


 ヴィクターさんの腹に空いた穴は、しゅうしゅうと音を立てて再生を始めつつあるものの、彼が膝をつくのに十分すぎる大怪我だった。


「吸血鬼の皆さんは、族長さんを運んで、治療してください!」


 シュピーネルの叫びに、吸血鬼たちがヴィクターさんの元に集まった。


 ――そうだ、それでいい。足手まといになられるくらいなら、離れてくれた方が――って、それじゃさっきまでの俺達と同じじゃないか。


 で、じゃあ今の俺たちはどうなんだよ。何かが変わったか? いや、そんなはずない。


 それでも、この紫色の霧に隠れたマジムという怪物と、ニルドリルを相手にしなきゃいけないんだ。


 覚悟を決め切る前に、霧の合間から現れた刃が俺に迫っていた。


「しまッ――」


 両手を顔の前に晒し、ひどく不格好な体勢で、それでも命だけは長らえようと防御の構えを取った俺だったが、結果的に無傷だった。


 横合いからジェットが、槍に変形させた左腕を差し込んで弾いてくれたんだ。


(どん)くせぇんだよ、このアニマッ!!」


 普段であれば頭に血が上りそうな罵声だが、命の危機だったこともあってそれどころじゃない。だからといって素直に感謝する気にもなれないが、どちらにせよ今考えるべきはそこじゃない。


 ニルドリルの繰り出す剣撃を、ジェットは変形させた巨大な両腕でよくさばいていると思う。そこをマジムとやらに邪魔させるわけにはいかない。一瞬で勝敗が決まってしまう。


 ――そっちは俺が担当するしかねェ……!!


 これ以上、敵に先手を取らせる訳にはいかない。紫色の煙とジェットの間に割り込みながら短剣を――ヴァギリを抜刀。両腕を前に、緋翼を薄く散布する。


 攻撃力は無くていい。まずは、緋翼を触角として扱い、敵の全貌を掴むんだ。


 ――生き残るために、力を貸してくれ。ヴァギリ。



『――承った。解るか、レンドウ?』



 返答は迅速だった。俺の意思ではない風のようなものが緋翼の中を駆け抜けた。その動きがマジムの体表を撫でるとともに、俺の脳裏にその姿が思い浮かんだ。


 ――ああ、こいつ……蛇……じゃ、ないな。


 2対の足がある。4本の指はどれも鋭い爪を持っている。全長10メートルは超えていそうなこいつは……。


 ――トカゲの……怪物だな?


『そのようだ。攻撃が来る。引きつけてから後ろに跳べ。その際、後ろにある龍脈に立ち入らぬよう注意せよ。龍脈を跳び越えるのが最善やもしれん』


 短く区切るように指示を出してくるヴァギリを、全面的に信じよう。


 脳内に直接響くヴァギリの声。周りの悲鳴だったり、戦闘による破壊音、その中でも容易に聞き分けができる。それを、聴こえた順に処理していく。


 俺のいた場所にマジムの右前足が突き立った。顔を横に向けて後方を確認する。エーテル流溜まりに落ちる一歩手前だった。危ねェ。


 エーテル流溜まりから熱エネルギーを回収するためにある気球、それを支える金属の支柱たちにぶつからないように調整しつつ、青緑色の輝きを一息に越えられるように全力で後ろに跳ぶ。


「シュル、シュルル」


 マジムの鳴き声か。耳障りな音だ。


 俺を追いかけるように一歩、二歩と地面を爪で抉りながら迫ってきていたマジムだが、


 ――今、躊躇ったか?


 エーテル流溜まりの上を通過しようかというところで足を止めたかと思えば、回り込むように移動を始めた。


 こんな化け物も、何にでも耐えられる訳じゃないんだな。


『やはり、紛い物ということだ』


 ――紛い物?


『蛇も蜥蜴も、所詮は竜のなりそこないだ。本物に触れれば形を保つことはできん。これは容易に勝利できそうだぞ、レンドウ』


 脳内に話しかけてくる存在と会話する時って、果たしてどちらを向いて喋ればいいんだろうか。あ、この剣か。いや、敵から目を反らすのは愚かか。


 ――待ってくれ、全然話が見えないんだけど。もっと分かりやすく説明できねェのかよ。


 ヴァギリの柄に走った暗い文様が、戸惑うようにチカチカと黄色い光を放った。やめろよ、その「え、このガキこの言い方だと分かってくれないの……?」みたいな反応。困惑してんじゃねェ。


 ――アルフレートと違って、俺はどこまでも世間知らずのバカなんだよ。仕方ねーだろ。大人たちは何も教えてくれなかったんだから!!


 何も教えてくれなかったは言い過ぎかもしれないな。結構頻繁にいろいろと様々なことを隠されてた、程度か。


 それより、まずい。アルフレートを引き合いに出してしまった。この極限状態でヴァギリにだんまりモードになられると、とってもよくないんだけど。終わるんだけど。


『……緋翼の腕を作って、それを龍脈に軽く浸すのだ。強力な武器になるが、直接自分の素肌に触れることが無いように注意を払え』


 幸いにもスネる(?)ことはなく、短い沈黙の後にヴァギリは噛み砕いて教えてくれた。


 が、その内容の凄まじさたるや。


 この煮えたぎるエーテル流に突っ込めだァ……!? いや、まぁ、直接触れるなとも言われたけど。あくまで触れても平気なのは緋翼だけだ、と……。


 ――けど、どうして俺に、緋翼にはそんなことができるんだ。いや、アニマや吸血鬼なら誰でもできるのか?


 マジムがこちらに回り込んでくるまで、もう殆ど猶予が無い。ヴァギリが答えずとも、行動は起こさなければならないだろう。


 ヴァギリを左手に持ち、右手をエーテル流溜まりに向けて、その先から緋翼を噴出させた。


 勢いよく吹き付けたそれだが、エーテル流の上にふわりと漂うだけで、いまいち危険なモノに触れている実感が無い。


 まるで、沸騰したお湯の上に漂う蒸気みたいだ。エーテル流の中まで侵入することはできないし、両者が混じり合うワケでもないんだな。


『もう充分だ。引き戻して、腕に纏えばいい。再度言うが、直接肌に触れないようにな。変色した部分を先端にするのだ』


 変色した部分?


 言われた通りに緋翼を引き戻すと、確かに先端の方がエーテル流に浸って……青緑色に発光していた。感覚はないけど、しっかりと影響は受けていたらしい。


 これを、肌に触れないように……こうでいいか。


 ぶわり、右腕に纏わりつくように。いつだったかベアクロウと名付けたように、数倍に肥大化した腕を作り上げる。その五指を青緑色で構成した形だ。


 言わば、今度のこいつはドラゴンクロウか? エーテル流……龍脈って呼ばれてるものから力を貰ってる訳だし。


『先ほどの問いだが――』


 ――え?


『吸血鬼にはできん。龍に連なる者達……本物であるアニマの能力だからこそ、龍脈を取り込める』


 ん~~~~~。


 ――あのさ。オマエほんとこういう戦闘中とかばっか饒舌になって大事そうなこと言うのマジでやめてくんない? それでどうせ後で根掘り葉掘り聞こうとしたらだんまりなんだろ。俺ァそういうとこ良くないと思う。


 そういうとこだぞ。


 何なんだよ、龍に連なるだとか本物がどうだとか。


 ――後で絶対説明しろよな。


『……反省しよう』


 だから、その反省は結局後でちゃんと喋ってくれるという了承なのか? 違ェ気がする。クソったれ。


 さっさとこの場を切り抜けて、アルフレートに直接訊くしかねェってのか。そうなのか。


「だったら」


 左足で強く地面を踏みしめ、こちらへと右前足を振り上げたマジムに向かう。


「オマエなんかで躓いてる場合じゃねェんだよなァッ!!」


 振り下ろされたマジムの足を、ドラゴンクロウでがっしりと掴む。相手の勢いを殺しきれず身体が地面に埋まりかかるが、両膝を地面についた辺りで重みがふっと消える。


 出来るなら握りつぶそうと力を入れたつもりだったが、駄目だ。マジムの身体は硬い鱗に覆われていて、俺の緋翼は少しも喰い込まない。


「ジョルッ!!」


 だが、そこにマジムの前足が無いのは、焦ったやつが退いたからだ。


 見れば、マジムの右前足を覆っていた紫色の霧が消え、白い体表が露わになっている。そこに走った黒い焦げ跡は、間違いなくドラゴンクロウがつけたものだ。


 なるほど。物理攻撃では荷が重そうな相手だが、エーテル流であればやつを焼くことができるみたいだ。


 ……待てよ。焼く?


 ――ヴァギリ。緋翼を炎に変換すれば、あいつにダメージを与えられるんじゃ……。


『待て、早まるな。それは大量のエネルギーを消費する行為だ。近くに龍脈があるのだから、それを利用した方がいい。それに……』


 ――それに?


『手の内は、できるだけ隠しておくものだ』


 ――分かった。


 なるほど、確かにそうかもしれない。敵はマジムだけじゃない。ニルドリルだっているし、ニルドリルが他にも手勢を抱えていないとも限らない。


 俺の新たなる力が切り札になる場面も考えられる。安売りしないでおくべきだろう。


 なら、こいつだけでどうにかするしかない。


 自分を護るように前に突き出した右腕だけど、これは防御の構えじゃない。


 今回は威力より、エーテル流を如何に長時間やつに触れさせるかが勝負になってくる。


 己を傷つける能力を持った相手であると認識し、警戒した様子で俺を見つめるマジム。


 今に見てやがれ。なんたって、俺は獣狩りが得意なんだからな。


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