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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第8章 魔王編 -背信の軍師と氷の竜-
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第131話 一突き

 屋敷の敷地内には、歩くべきスペースを表す石畳と、足を踏み入れるべき場所ではないことを表す砂利敷きがある。


 脇腹に激痛を覚えながら、砂利敷きに突っ込んでいく俺。


 顔の左半分が削れたかと思った。


「――我らがここで生活せざるを得なくなったのを……誰のせいだと思っている!」


「クラウさん!? 何を……やめてください!」


 怒りに震える男の声と、それを止めようとするアンリの悲鳴。


「お前は下がっていろ。そこの灼熱の申し子(フランアニマー)……」


 ぐ、がっ……さっきから、なんだよ。フランアニマーって。アニマ?


 砂利に手をついて起き上がる。大丈夫だ、体は動く。脇腹は……貫かれた訳ではない。棒のようなもので押された……といったところか。


 怒りは感じるが、殺意まででは……そこまではいってないみたいだな。


「……俺の種族がなんだか分かってるからこそ、そう……呼んでるってことか?」


 視線を上げると、金髪の青年の姿がそこにはあった。むき出しにした歯に、鋭く尖った犬歯が目につく。顔に掛からないように前髪を上に押し上げているのが、自信家のような印象を与える。薄く揃えたあごひげに目が行くが、決して似合っていない訳ではない。


 ……手にしているのは、漆黒の刀。


 あれは黒翼を操作して作った武器だな。ならばこそ、殺傷能力がそこまででもないことにも頷ける。


 ――こいつは吸血鬼だ。


 後ろからアンリに抑えられ、荒く息を吐いている彼は、どうやら俺の疑問に答えるどころではないらしい。


「えっと」


 落ち着けよ、俺。ジェットとどう接していいか分からない今の俺だからこそ、分かることがあった。


 目の前の青年の怒りに触れる何かを、俺は言ってしまったんだろう。


「わからないんだ。あんたが何に怒っているのか。でも多分、俺が悪かったんだろうって思う。だから……」


 砂利の上で、ひどく不格好ではあるけど、姿勢を正して頭を下げる。



「ごめん。ごめんなさい」



 どれくらいそうしていたか分からないが、青年の荒い呼吸は収まり、傍らにはシュピーネルがいた。


「大丈夫ですか?」


「何ともねェよ。ほら」


 左頬から少量の出血があったようだけど、もう傷は癒えていた。傷を治しきった緋翼の残滓が、ふわりと宙に溶けて消えた。


 再び、アンリにクラウさんと呼ばれた人物の方を見る。もう、大丈夫そうかな。


「……ここはエルフの里だって聞いていたけど、あんたみた……あなたみたいな吸血鬼もいるんですね」


 やべえ。今更ながら丁寧語を使うべき場面だったと気づいた。


 当然今の言い直しで“やべえ丁寧語忘れてた”と考えたことにも気づかれただろうが。


 クソだせぇな俺。


「クラウさんは、ここの用心棒さんなんです。この町には他にも何人かの吸血鬼さんがいて、私たちが苦手な戦いを引き受けてくれているんですよ」


 そのアンリの言葉で、ピンときた。


 魔人の集落である都合上、どうしても武力が必要になることはある。周囲への抑止力とか、狩りにしてもな。それを担当する以上、吸血鬼本来の力を解放せざるを得ない。


 だからこそこの“偽エルフの里”では、戦いを担当する者達だけが吸血鬼であることになっているんだろう。いや、結局のところただの想像だけど。


「そうか。こんだけ強い人が護ってくれれば、安心だな」


 心に余裕が出てきた。笑みすら称えてアンリに返してやれた。


 アンリという初対面の年下の少年がいるからこそ、大人ぶった対応ができている気がする。感謝しておこう。


「じゃあ、一応解決ということでいいんだな? クラウさんとやらはまだ言いたいことがあるのかもしれないが、とりあえず穏便に。屋敷の中で座って話せたら、それが一番いいと思うんだが?」


 柄じゃないのは分かっているが……とばかりに、不慣れな様子でアシュリーが纏めだした。


 クラウさんは小さく舌打ちをすると、腕の中にあった黒翼の刀を大気に溶かし、屋敷へと入っていった。


 もしかして、ここの人なのか。まさか族長の息子だとか……むしろ孫だとか言わないだろうな。おい。それだとどっかのアニマと被るぞ。というか俺じゃん。



 * * *



「いやはや、御客人がた。先程はクラウディオが大変失礼した」


「いえ、俺が悪いんで……」


 屋敷へ通されて、まず俺たちは靴を脱いだ。土足厳禁とのことらしい。礼儀的にそれを断るわけにはいかないのは分かっているんだが、どうにも落ち着かない。


 足が妙に軽いというか、心もとないというか。この状況でもし敵に襲われたりしたらどうすればいいんだ。靴下のまま外に出ることになんのか。


 その人物は、うちのジジイに比べて老けて見えた。髪が白く、薄いせいかもしれない。うちのジジイは外見からして衰えるそぶりを見せないからな。


 身体付きは華奢というほどでもなく、いざ戦いになれば活躍してくれそうだとは思うんだが、なんというか……戦って負ける気はしないというか。


 こんなことを考えるのは、滅茶苦茶失礼なんだろうけど。


「儂はこの小さな町を治める者。名をヴィクター・スフレイベルという。以後、お見知りおきを」


 一切の覇気が感じられないものの、その言葉遣いと動作には淀みが無かった。畳の上で、美しいともいえる角度で頭を下げたヴィクターさん。


 お、俺も同じようにした方がいいのか? そう思って周りを見ると、既にアシュリーもベニーもシュピーネルも、床に両膝をついていた。


 ジェット、お前だけかよ。俺と同じように動き方が分からずにいるのは。


 どうやればいいんだよ。俺は正座の正しい足の組み方すら分からないんだぞ!


 見よう見まねで悪戦苦闘しながら正座もどきを組んでいるうちに、アンリとクラウディオがヴィクターさんの両隣に座った。


「妖狐のフレム・ル・シュピーネルです」


 え、シュピーネルお前もかよ。お前もそんな高貴な雰囲気のフルネーム隠し持ってたのかよ。


 うちはお姫様じゃないんで、とか言ってた記憶があるんだが? お姫様じゃないけどお嬢様ではあったとかいうオチ、やめろよな。


「無統治王国アラロマフ・ドール、治安維持組織ヴァリアー所属、アシュリーです。……こちらは同じくヴァリアー所属のベニーです」


「――――」


 アシュリーがいつものようにベニーまで紹介し、ベニーはペコリと頭を下げた。


「ただのジェットっす」


 ジェットの紹介にはずっこけそうになったが、既に座っているのでずっこけようがなかった。お前、苗字が無いにしても、その言い方はテキトーすぎないか。


「アニマの里のレンドウです」


 と言っても、俺にしたって特に喋る内容が多い訳ではなかった。ただ、その短い自己紹介の内に、相手が食いつかざるを得ない名称が入ってるってだけで。


「アニマの里、か。お前……信じられん。自身がアニマだと言うことを正しく認識しているということは、それで……成人しているというのか?」


 さっそく、クラウディオが食いついてきた。が、その内容は予想していたものとは全然違った。


「成人……? いや、してないですけど」


 クラウディオの言うセイジンって、成人であってるよな。年齢の事だろ?


 俺は18歳だから、バリバリ未成年だぞ。


「なんだ、と……」


 するとクラウディオは額を抑えて、何かをぶつぶつと呟いている。混乱している様子だ。


「18歳です」


 追い打ちを掛ける訳じゃないがそう続けると、クラウディオは我に返ったように頭を畳へと打ち付けた。


「…………大変申し訳ないことをした。私は君を成人を迎えたにも関わらず、配慮を知らぬ愚か者だと誤認していたようだ」


 あァ、そうか。


 里を出てるアニマって本来、成人していて当たり前のものだから。


 …………つまり、俺は“大人の癖にものを知らない奴”だと思われてキレられたってことかな……。多分そういう認識でいいはずだ。


 それが年齢のおかげで許されていい失礼だったのかは分からないから、開き直るのも違うとは思うけど。


「謝らないでくださいよ。年齢とか関係なしに、俺が言っちゃいけないこと、あなたを怒らせるようなことを言ってしまったのは事実なんですし」


 そう言うと、クラウディオは感心したような眼差しを浴びせてくるもんだから、なんだかこそばゆい。


 いや~、かっこつけすぎたか? きもくない? 俺。


 心配になって横をチラリと見れば、シュピーネルが小さく親指を立ててくれていたので、上手くやれたんだろう。


「しかし、失礼を承知で訊かせていただきたいんです。どうして俺の発言が、あなたを怒らせてしまったのか」


 言うと、クラウディオが口を開く……前に、ヴィクターさんが手を挙げた。


「それは儂から話すべきかもしれんな。じゃが……アンリよ、少々込み入った話になる。すまんが下がっていてくれ」


 そうだよな。恐らく、腹を割った話になる。種族の秘密を明らかにする場に、純朴な少年は相応しくないのだろう。


 果たしてアンリは――少々不服そうな顔をしながらも、大人しく退出していった。


 その際に「ちぇ~」と族長に向けて言っていたのが印象的だった。よくできた丁寧語を使う少年だと思っていたけど、年相応の面もあるんだな。


「さて、時間を無駄に取らせるのも悪かろう。軽食を用意させましたので、話しがてら召し上がってくだされ」


 ヴィクターさんがそう言うと、部屋の奥の襖が開き、着物姿の女性が現れた。使用人だろうか。


 ううむ、どうしたものか。用意された品物は、固形物を苦手とする俺をしても美しいと感じさせるもので、どう見てもうまそうだ。


 もしかして吸血鬼って結構食文化楽しんじゃってる感じ? 発展させまくっちゃってるカンジ?


 ……食べ物では無く会話に集中できるよう、精神を研ぎ澄まさなければならないかもしれない。そんな風に思う時間だった。


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