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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第7章 魔王編 -へらへら男とくそったれの地下街-
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第125話 眩しい世界

「…………マジかよ」


 そこへ到着するや否や、俺は思わずベッドに倒れ込んでいた。もう、一歩も動けない。動きたくない。そうもいかないのは分かってるんだけど。


「すぐにここを立つべきだろう」


 アシュリー、そうだな。お前の言うことはもっともだ。


 それはそうなんだけど、現実に思考が追いついてこない。ただただ、しんどい。


「置いて行かれたとか……マジかよもォ~~~~…………」


 ――俺たちがミッドレーヴェルの地上に帰り着いた時、そこには眩しすぎる世界が広がっていた。


 ターミナルの中は人口の明かりがメインでこそあったが、向こう側に見える出入り口から、強烈な太陽光が差し込んでいたんだ。


 そこで俺はようやく、自分たちが地下にいる間に膨大な時間が過ぎ去ってしまっていたことに気付いた。


 幸いにも地上にいた人々は俺たちに奇異の視線こそ向けれど、行く手を阻もうとすることはなかった。唯一、エレベーター脇にいた警備員は逡巡する様子を見せたが、俺たちが走り出す方が早かった。


 そうして宿屋まで戻ってきてみれば、そこに仲間達の姿は無かった。


 簡潔に言えば、そういうことだ。


 ――アルフレートは、いつまでも帰ってこなかった俺たちを見限った。……いや、それは悲観的過ぎるか。いつでも大局を見据えたあいつは、予定通り魔王城へと出発した。それだけだ。


 もっと言えば、「レンドウ達はきっと無事で、後から追いついてくるはずだ」という具合に信頼してくれた結果かもしれない。……今度は楽観的すぎるか。


 まぁ、怒ってはいるだろうなァ……。


 しかし、あいつには聴きたいことがいくらでもあったんだが。特に、この――こいつ。


 ベッドに放り投げていた短剣に目をやり、左手で軽く触れる。


 ――ヴァギリ。お前のことを問いただしたかったんだ。


 象牙色の短剣は、あれきりだんまりを貫いている。というか、さわっても何の気配もしないので、ともすればあれは夢か幻か……俺の妄想だったんじゃないかとすら思えてしまう。いや絶対違うけど。


 何故、アルフレートが貸してくれたこの剣が俺の能力……緋翼の力を引き出し、身に纏うなんてことができたのか。


 喋る剣ならどれでもそういう力があるのか。ヒトの持つ力を助けてくれる、そういう特性が。


「怪我人もいることですし、少しだけ休憩時間をとった方がいいと思います」


 シュピーネルがアザゼルを気遣うように言った。


「ありがとう。だけど、気絶した女の子を連れ回してる俺たちはかなり悪目立ちしてるし、可能な限り早くこの場を離れるべきだと思う。それに」


 俺が倒れている向かい側のベッドに、サーレニさんが寝かせられている。彼女が未だに目を覚ます様子が無いのは、アザゼルが嗅がせた薬品のせいだろう。


 さすがに四肢を拘束したまま持ち歩く訳にもいかないしな。そりゃどう見ても誘拐だ。……実際、今やってることも誘拐のような気がしてきた。


「申し訳ないけど、俺はサーレニを連れて、この旅から抜けさせてもらうつもりなんだ。こうはなりたくなかったんだけど、できればサーレニの説得……彼女の洗脳を解くために、」


 アザゼルは言いにくそうに、しかし顔を上げてハッキリと言った。


「私が必要なんだな」


 アザゼルの言を引き継いだのはティスだった。


「ふむ……私としては構わないが……そうするとレンドウ、アシュリー、ベニー、シュピーネルのたった4人で旅を続けることになるのか」


「そりゃ寂しくなるな」


 茶化すように本心を吐露した。こんなんだから本心が伝わりづらいんだけどな。俺の悪い癖だと思う。


「本当に、すまない。でも。俺はもう、君たちのことをどうでもいい存在だなんて思ってない。俺の周りを取り巻いている問題が片付き次第、必ずヴァリアーに……君たちに恩返しをさせてもらう」


「……別にいい。アザゼル・インザース。お前は既に俺たちの命を救っている。結果的には、助け合った形になっただけだ」


 アシュリーが言っているのは、エスビィポートでアザゼルが盾になってくれたことだろう。アザゼルがいなければ、俺たちは不死鳥に為すすべなく焼かれていた。


「いつか、君たちとはまた肩を並べて戦いたいものだね」


「戦いねェ。俺的には世の中かた争いとか消えてくれて構わねェんだけど……」


 アザゼルは目をぱちくりさせながら、笑った。


「ははっ。レンドウ君の印象も、最初とは全然違うよ。もっと血の気の多い子だと思ってた」


「知るかよ……そうなんじゃねェの」



 * * *



 それから俺たちは休憩がてら、色んなことを話した。


 アザゼルの幼少のこと。サーレニと過ごした日々のこと。これからアロンデイテルの首都、シルクレイズへと向かうつもりだということ。


 昨日……一昨日? 風呂場でアザゼルが避けたような話題だ。それは人間同士がよくするような慣れあいで、他愛なく、さして興味もないのに何となく踏み込んでしまうような、そういう話題だった。


 そして、それにアザゼル・インザースが乗ってくれたということが、俺は嬉しかった。


「えーっと、これを言って信じてもらえるか自信が無いんだけどさ。この、アル……く辞書に借りた短剣なんだけど」


 知識人達の力を借りようと、俺も分からないことを、ありのまま皆に伝えてみようと思った。


「レンドウの緋翼に反応していたのか、その剣は」


 ティスに頷いて、続ける。


「ああ。……この剣がさ、脳内に直接話しかけてきたんだよ。いや、本当に。嘘みたいに思えるかも知れないけど、マジなんだって」


「いや、レンドウ君がそう言うなら信じるよ」


 そう即答してくれるアザゼル。嬉しいは嬉しんだけど、


「なんか急に俺のこと盲目的に信じちゃってないか? もうちょっと疑ってくれよ」


「え、疑われたかったの? ……そうじゃなくて。ただ単に、魔法剣ってことでしょ?」


「魔法剣?」


「魔法剣。魂の吹きこまれた武器の事さ」


 アザゼルは黒ずくめによって背中に斬撃を受けていた。ベニーに包帯を巻かれながら、しかしその喋りは怪我を感じさせないほど流暢だ。


「それってあれか。最強の剣を造りだそうと試行錯誤する内についに鍛冶屋の人格が投影されてしまった呪いの剣的な……」


「何を想像しているのか分からないけど、違うって。そんなに悪いものじゃないよ。持ち主を認識して会話できるから、持ち主以外の人間がそれを盗もうとした時には剣が抵抗したり、力を貸さなかったりする。メリットだらけだよ」


「へえ、で、どうやって造られてるんだ?」


「結構成り立ちとか気にするタイプなんだね。俺だったら使えるものは何でも使うし、作り方は知らなくてもご飯は食べられるんだけど」


「こちとらなんだか分からないものを食うようになったのは最近なんだよ」


 切り裂き魔の“人間”じゃあるまいし、俺は今までありのままの姿のものを認識して食べて来たさ。


「さすがは“血吸い鬼”だね」うっぜー。


 アザゼルは軽く茶々を入れつつ、


「全ての魔法剣がそうやって造られるのかは知らないけど、魔力を扱える鍛冶師……つまり魔人の鍛冶師がフツーに金槌で叩いてるんだと思うよ。何か念仏でも唱えながら」


 だが、さすがは異邦人である男のセリフというべきか、俺には馴染みのない言葉が多くて、話の腰を折ってしまうことが多くなる。


「あー、ねんぶつ? が分からん」


「ふむ。レンドウ君って神って概念は知ってるんだっけ?」


「シューキョー……のことか?少しは教わったけどいまいち理解できてるかどうか」


「じゃあいいや。何かブツブツ呟きながら金槌を叩いてるって認識でいいよ、うん」


 ぶんなげられた。面倒になったなこいつ。


「とにかく魔法剣であることはメリットさ。リーダーさんの魔法剣ってことなら、レンドウ君に力を貸さないなんてことはないだろうし」


「実際にその力でさっきは助かった訳だものな」ティスが頷いて言い、更に付け加える。「だが、問題は何故≪歩く辞書≫の持つ剣が緋翼の力を引き出したのか、ではないのか? いや、もっと言うならば、逆だな」


 ティスの目は誰を見るでもなく、窓の外へ向けられていた。どこか遠くを見据える様な、しかし何かを確信しているような。


「なぜ緋翼の力を引き出す剣を、≪歩く辞書≫が持っていたのか、だ」


 ――そうだ。結局はそこに帰結する。避けては通れない命題だ。


「アニマの里とヴァリアーには関係が無かったわけじゃない。その中で物資のやり取りもあっただろう」


「以外だなアシュリー。お前がそんな風に大事なことから目を反らすような発言をするのは。……やはり、口にするのは憚られるか?」


 ティスの声色には少し棘があった。だがアシュリーは激昂するでもなく、ただ静かに押し黙った。


 二人はもう気づいているんだ。そしてそれは、アシュリーが口にできないようなことで。


 なら、俺が言うべきかもしれない。


「リーダー……アルが…………アニマかもしれないって言いたいのか?」


 タイムリーな話だが、実際に里に所属していないアニマの存在を認知したばかりだ。だけど、それにしたって。


 魔人を倒し、人間を護る組織の幹部に……アニマが。俺と同じ種族が。


 無情にも(誰にとってだ)ティスは頷いた。


「あいつが自らが人間では無いことを明かし、それでも種族だけは隠した理由。今となってはそうとしか考えられん。≪歩く辞書≫はアニマだ」


 確かに、そう考えれば……納得のいくことはあったかもしれない。


 脳裏に浮かぶは、彼の発した言葉。


『こいつ、吸血鬼の貴族の血統だ』


『よーよー、お二人さん、仲睦まじいねぇ』


『くっはっはっはっはっははははははははは!!』


『いや、まあ元気出せよ。俺も声かけとくからさ……』


『仲睦まじいな、さすがおれ……いぎぎぎ!!』



 なんか余計なものまで思い出したような気もする。



 高笑いしてるか俺とカーリーの仲を茶化してくる人みたいになったぞ、どうしよう。まだ彼女できないの? とか平気で訊いてくる親戚の口うるさいオッサンみたいな扱いだな。まぁいいか。


 というか、あいつって最初かなり性格悪かったんだな……なんで最近あんなに真面目なのか不思議なくらいだわ。俺も部隊をまとめる立場になったらああやって振る舞えるのか。無理だろう。


「確かに。こうして思い返してみると、あいつは……最初から俺がアニマの貴族だって知ってたんだ。それに、そこにいない誰かと会話しているみたいなところがあった。あれはもしかしてこの剣と……」


 ヴァギリと会話していたってことなのか。


 んん? ヴァギリが言うには口に出す必要は無いって話だったけど。


「そこまで来るともう確定的ですね」


 シュピーネルは今まで部外者だったからか、平然としている。


「……………………」


 アシュリーが複雑な心境なのは、まぁ分からなくもない。自分の上司が吸血鬼もどきだったなんてな。俺だって里で接してた大人の一人が実は人間でしたとか言われたらビビる。


「別にそれでもいいんじゃないかな」


「え?」


 憑き物が落ちたように晴れやかな声でアザゼルが言うので、皆がそちらに注目した。


 まるで、どうしてそんなことで悩むの?とでも言いたげだった。


「だって彼は君たちの仲間なんだろう? 言いたくないこともあって、それは言わなかった、それだけさ。彼が信頼に足る人物だということは疑いようがない」


「そう……なん、だよな」


 一体どういう人生を送れば、こんな風に人間とヒトを区別しない考え方ができるようになるんだろう。不思議に思うと同時に、俺はアザゼルを羨ましく思った。


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