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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第7章 魔王編 -へらへら男とくそったれの地下街-
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第120話 猫かぶり

 ◆レンドウ◆



「…………気が付いた?」


 ん……ああ。


 ここはどこだ。


 痛い。全身が痛い。身体を起こすこともままならない。


 あれだ、めっちゃ落下したんだよな、確か。


 傷の再生が追いついてないみたいだ。緋翼を使いすぎたからか……?


 暗いな。光源が全くないって訳じゃないみたいだが……かなり遠い。仰向けに寝たまま、目で見渡せる範囲には何もない。地下空間……か。まさか、死体を捨てる為の場所とか言わないよな。


 俺がもうすぐそうなりそうだけど。


 ……そうだ、ベニーは。


「ベニーは……どうなった」


「おかげ様で無事だよ」


 ……さっきから聴こえてくるこの声なんなんだよ。俺の中にこんな人格入ってねーぞ。


「……あの、どちら様……で?」


 いや、なんとなく予想はついてるんだけども。


「あたしがベニーなんですけど」


 ……………………。


 周りが静かだから普段より声がよく聴こえるってことかな……ってそんなワケねェだろ。


「いや誰だよ……」


「もう喋らなくていいから。いま治療してやるから、静かにしてな」


 彼女(ほんとにベニーなのか?)はそう言うと、倒れた俺に覆いかぶさるように顔を覗き込んできた。


 何で顔? 顔は別に怪我してないと思うんだが。


 長い赤髪で普段は完全に隠れてしまっている瞳が――こいつがマジでベニーなら、初めて見たな――妖しく光った。


 目まで真っ赤なんだな。暗闇の中で何故それが発光しているのかは……――ッ!?


「かはっ」


 瞬間、心臓を掴まれた掴まれたような衝撃を受けて、俺の身体が痙攣した……のか。


「あちゃー、やっぱり効かないのね」


「おまえ何を……っ」


 しようとした。その問いに答えられる前に、正直検討はついていた。


「あんたに魅了(チャーム)をかけようとしただけだよ」


「だけってなんだ」


 魅了。そうだ、今のは魅了だ。これこそが本物の魅了だ。フェリスに初めて会った時に「魅了掛けられたんじゃねェか」とか思った気がするけど、全然違うわ。


 今感じたのは、心を無理やり持っていかれるような、そんな気色悪さだ。


 なんで俺は抵抗できたんだ? 自慢じゃないが、精神面の弱さには自信があるぞ。レンドウヨワサニジシンアル。


 っていうか、もし喰らってたらどうなってたんだ。骨抜きにされたレンドウになっちまってたのか。そんなん最悪じゃん。


 そもそもなんでこいつはそんな異能力が使えるんだ。


 まさか。


「あたしが普段猫被ってるってのは分かったでしょ?」


「……そりゃな」


 俺に馬乗りになったまま、ベニーが俺の顔に手を伸ばす。その手が頬に触れると、全身の毛が逆立った。まだなんかやろうとしてんのか……!?


「この場所から抜け出すにはあんたの傷を癒した方が良さそうだとは思うんだけど、そのためにはあたしが力を開放する必要がある。あんたの傷が深すぎて、普通の治療じゃもう無理だし」


「……」


 長文を読み込むのにも時間が掛かる。くらくらしてんだよこっちは。


「んで、あたしはあたしの正体をできるだけ隠しておきたいの。せっかく今回の部隊であたしの正体を知ってる奴はリーダーだけって状況になれたんだから」


 アルフレートだけがベニーの正体を知っている……正体……つまり、人間じゃないってことを、か。こいつもヒトかよ。今回の部隊人外多すぎィ……。


「あんたがあたしの眷属になってくれれば、あたしとしても安心して治療してやれたんだけど」


 眷属ってなんだ。それをされると……何か別の生き物にでもされちまうのか。


「わかった……誰にも言わねーよ。……だからはやく治療して……くれ。死にそうだ」


「本当に言わない?」


「言いませんって……」


 何度か押し問答のようなものを続けてから、ようやくベニーの“治療”は始まった。


 それはやはり魔法(魔術?)のようで、しかし、瞬時に俺の全身の傷が治ってしまうような非現実的というほどの能力では無かった。まぁ、そりゃそうか。そこまで都合よくはいかないよな。


 彼女の手が患部に触れるか触れないかのところで淡い光を放つ。緑色の光だ。


 ズキズキを痛んでいた打撲痕が通常ではありえない速度で――もしかしたら俺本来の再生能力も関係しているのかもしれない――治っていった。体感では30分くらいで痛みが引いただろうか。


 魔法を詠唱しまーすできましたー光に包まれたらあら不思議~、ものの数秒で傷が完治しました~みたいな世界じゃなかった。逆にそんな世界怖いまであるからいいけど。


「あたしが今回の遠征に参加したのは、ヴァリアーの監視が薄いところに行きたかったから」


 ゴツゴツした壁に寄りかかり、身体に問題が無いか少しずつチェックしていると、ベニーが治療の手を止めないまま語り始めた。ヒマなのか?


「隙を見て逃げちまおうってことか?」


「そう。ヴァリアーって堅苦しいんだもん。もう限界よねー」


 喋りながらでも治癒魔法に一切の無駄が無い気がするのは、さすがと言うべきか。


「まぁ、今の状況はお前にとっては願ったりかなったりかもな。アルからも離れられてるし、ここさえ脱出できれば」


「ぶっちゃけ、今までにも何度か逃げようと思えば逃げられるチャンスはあったけどね」


 言われて気づいた。確かにそうじゃないか。


 一月前、あれほど大きなチャンスがあったじゃないか。


「それもそうだわ。なんで魔王軍の襲撃の時に逃げちまわなかったんだ」


「いやあの騒ぎに乗じて逃げたらあたしが関与してたんじゃないかって疑われちゃうでしょ。レンドウ、そもそもあんたは……あたしが番外隊にいなかったのを不思議に思うべきじゃないの?」


 それまた、言われてみればだ。


「ああ、なんでレイスの下についてなかったんだ?」


「自分じゃ何にも考えられないのね」


「…………」


 腹立つなこいつの誘導……。


 呆れた、というように息をついてからベニーは言う。


「あたしが多少なりともヴァリアー内で自由に生きれてたのは、“人間に危害を加えたことがない”からよ」


「でもその割にはさっき俺に魅了の魔法をかけようとしていたような」


「ずっと使ってないから失敗したんでしょーが。大体、魅了の魔法を使ってたらあたしはもっとサキュバスっぽい外見になってたはずだし!」


 へー、こいつサキュバスなんだ。え?


 サキュバスって言うと、アレだろ。淫魔……。


 思わず、ベニーの上から下までを眺めてしまう。いや、他意はないんです。


「……なに? サキュバスの癖にひっでぇ寸胴体系だなぁとか思ってる?」


「いやそんなマサカ……」


 その通りなんだけど、さすがに申し訳ないな。


 じとーっと睨みつけられるのに耐えられず、顔を上に向けた。


 天井の方は暗すぎて何も見えない。俺たちは床が抜けて落ちてきたはずなのに上から光が降りてこないのは変だ。


 上では今頃床が元通りになってるのか。それとも、あの建物の電気が全て消えたのだろうか。


「それで、ベニーは俺を治療して、一緒にここから抜け出したら後はそのまま逃げちまう算段なんだな」


「違うけど」


「あれ?」今日の俺の思考はハズれてばっかりだな。


 フムフムと納得していたつもりだったのに拍子抜けさせられ、思わず視線を彼女に向けてしまってから、慌てて逸らす。危ない危ない。また魅了を掛けられたら溜まったもんじゃない。


「心配しなくても無駄なことはもうしないわよ……。大体、逃げるつもりならロスに向かう途中とか、エスビィポートの事件あたりでとっくに逃げてるっての」


「ほう、じゃあ逃げなかった理由は?」


「あんた怪我人の癖に饒舌過ぎ。……それくらい自分で考えなさい。宿題ね」


 そう言ってベニーは俺の額にデコピンをお見舞いしてくれた。


「いでっ……なんだよ」


 ヴァリアーでもそれなりに自由に暮らしてたけど、それでも出ていきたくなったって? んでもって、周りの人間の数が少なくなる魔王城遠征チームに加わったものの、直ぐには逃げない理由……マジでなんだろう。


 あれ、分からない俺がおかしいのか? 俺ってやっぱり顔怖い上にバカキャラだったんだろうか……。


「よし、もう問題なさそうだぜ。サンキュ」


「ん」


 俺が起き上がって問題なく動けるようになった時、既に目が覚めてから1時間以上は経過している気がした。


「せっかく動けるようになった訳だけど、まさかの脱出経路無しの絶望空間とかやめてくれよな……」


「あー、それはないと思うよ」


「なんでだ?」


「あんたの鼻じゃ分からない?」


 鼻? 嗅覚ってことか。ああ、分かるぜ、この辺りに漂う死の臭気。


「真新しい死体がいくつかあるな」


「そ。あの通路のトラップは、敵味方関係なくこの場所に叩き落とすもの。ま、向こう方は皆落下時に死んじゃってるけど」


 ちっ。結局こうなっちまうのかよ。こっちがどう思って行動しようが、相手が命を大事にしなけりゃ、結局死人が出る。クソ。


「クソが……」


「しょげてないで聞いて。古い死体はないみたいだし、やっぱり誰かが回収してるのよ。遺留物の回収をしたい場合だってあるだろうし、この場所に降りてくる道さえ見つけられれば出られるはず」


 オーケー。そうだな、関係ないやつの死をいつまでも悲観してられない。俺にはより大切な奴らがいるんだ。早く帰らないと。


 向こう側からうっすらと漏れ出てくる明かりを睨みつけて、深く息をついた。こんなところで死んでられないぜ。


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