第118話 貯蔵庫
次から次へと、アザゼルの周囲に道具ともがらくたとも区別のつかないものが並べられていく。
「俺のザツギシュの能力は……」
アザゼルは、紫色に輝く右腕に左腕を突っ込んで、そして引き抜く。すると、そこには先ほどまで無かったはずのアイテムが握られているんだ。
「いわば貯蔵庫なんだよ。この世界に存在する道具やらエネルギーやらを蓄えて置けるんだ」
「そりゃァまた……なんつゥ非現実的な」
「現実と非現実の区別なんて、今更そんなものあったもんじゃないだろう?」
俺の足が数本分はあろうかという大きな杭? がゴトリと音を立てて置かれる。さすがにそいつの用途は分かるぜ。
ロープでも結びつけて、それを辿って下まで降りようってことなんだろう。
「それ、俺が地面に突き立てりゃいいんだな」
「お願いしてもいいかな」
「どう考えてもこん中じゃ俺が一番怪力だろうからな」
言うと、アシュリーからムッとした雰囲気を感じなくもなかった。アザゼルも同じことを思ったのか。
「そっちの彼も大分パワーありそうに見えるけど」
「…………」
「まァ確かに? 俺よりガタイはいいけどな。でも生まれ持った筋肉の質が違うって言うか? ま、見とけって」
……大丈夫だよな? この程度の態度はネタとして受け取ってくれるよな? アシュリーを不快にさせすぎていないか少し不安になりつつも、俺は両腕で杭を突き立てた。
んで、そこで気づいた。
これ誰かが支えてるところに上から叩きつけた方が効率良いやつだな。
「そのまま支えておけ。一発入れてやる」
そう考えていると、ため息をついてからアシュリーが言ったんだ。
「……はい、よろしく。すまんね」
「別にいい……――ッ!!」
俺が垂直に支える杭を、アシュリーが踏み抜いた。ガゴッ、と中々の震動がきて、こいつに頭を踏んづけられたくはねェなと思った。
杭は三分の一ほど岩盤に埋まった。余計な軋轢を生みなくないので、黙ったまま俺の力でもそれを数回ふみふみしておいた。うん、大丈夫そうだな。
「ただ、理由は……詳しくは分からないんだけど、ザツギシュの能力は一つとして同じじゃなかったんだ。少なくとも、俺が見てきた限りではね」
右腕から(ザツギシュから、と言えばいいのか)ロープをするすると引き出しながら言うアザゼル。
「それじゃ対策のしようがねェじゃん」
「そこら辺で知らない魔物や魔人と戦うのと大差ないよ。相手が人間だと思わなければなんとかなるんじゃないかな」
「いやいやいやいや。せめて能力の傾向とかさ……」
あるだろ。相手方だって攻撃のための能力を揃えてるだろ普通。
「まぁ水を綺麗にする能力とか、おいしい料理が作れる能力みたいな人はいないだろうね。あそこの戦力といえば……腕から火の玉を飛ばして来るとか、電撃を飛ばして来るとか」
言いながら俺にロープを渡してきたアザゼル。まあいいけど。受け取って、杭にきつく巻きつけていく。
「属性攻撃しかないように聴こえるが?」
遥か下の様子を窺っていたティスの言葉だ。
「いや、そんなことはないよ。俺のこれだって攻撃の力じゃないし」
「フェレスベルの火炎をとめたんでしたっけ」
……フェレスベルってなんだっけ。シュピーネルの言葉が分からん。が、アシュリーには分かったらしい。
「不死鳥のことか。だがあれは、アザゼルの言葉を信用するなら止めたというよりは――」
「そうだね。この中に格納したんだよ」アザゼルが右腕を掲げた。
もう今となってはただの人間の右腕にしか見えない。
いや、よく考えてみれば、こいつの肌をあまり見た記憶が無い。手袋に加えて腕をすっぽりと覆っているアームカバーは……もしかすると、彼の腕は他人に見られてはマズイものになってしまっているのかもしれない。変につつかない方がいいか。
「日用雑貨とか便利グッズとか入れてるみたいだけどさ、そこに不死鳥の炎なんか混ぜちまって大丈夫なのかよ」
ライトとか杭とかロープとか、それらが全部炎に耐性を持ってる素材でできてるワケじゃないだろ。だとしたら偶然がすぎるわ。
「格納した物質やエネルギーは、それぞれが個別に管理できてるんだ。上手く伝えられる自信はないんだけど、少なくとも俺自身が願ったものを自由に取り出せてるよ」
「よくできてますねぇ……もしかして生き物……なんかも入っちゃうかんじですか?」
「本当に知りたいかい?」
「あ、いいえ……」
恐る恐る、といった風に問い掛けたシュピーネルだが、アザゼルの不気味な笑みにすぐに引っ込んだ。うん、それがいい。こいつは間違いなく突っ込んだらヤベータイプの人間だよ。
まず、あの紫色の光に生き物も吸い込めるとして、中に入って無事だとは到底思えない。大変グロテスクな姿になって出てきそうじゃないか。
「人間を相手にすると思わなければいいよ。外で素性の分からない魔人と相対した時と一緒さ。相手が水のカッターを飛ばしてこようが岩を吐き出そうが驚かないように心構えしておけばいい」
「そんな心構えは普通ムリだろ」
こいつ、ヒト相手の戦いも慣れてるんだろうか。
結局、なるようにしかならねェってことなのかもな。そんな諦めに似た感情を抱きつつ、俺たちは慎重に崖下を目指した。
幸い壁面は凸凹していて、足を引っかける場所には困らなかった。
最初にアザゼルが下まで降りるのを確認してから、俺が続いた。身体能力で劣る者達……つまりティスとベニーに万が一のことがあったら受け止められるように、緋翼を準備していたんだ。結局何も問題無かったけど。
下に降りると、随分と暗い。窪みを流れるエーテル流の光なんかは直接目に入らなくなったし、周囲にそびえる岩の壁や建物の影響もあるだろう。俺はまあ見える方だけど、人間には辛そうだ。
「さて、侵入したらスピード勝負か? コホッ」
服にまとわりついた埃を払いながらティスが言った。
「入り口から監視カメラの類は全部俺が壊していくつもりだけど、それで気づかれない訳じゃないね」
「というか監視カメラが壊されたら気づくよな」
いや、監視カメラとかいう文明の利器を扱う側になったことがないから、ただの想像だけど。
「そうだね。俺はできるだけ組織にダメージを与えられるように機械を壊しながら人探しをするよ。君たちは――」
アザゼルは一瞬だけ考えるそぶりをみせ、「うん、やっぱり危ないからね。逃げる時にすぐ逃げられるように、入口近くの部屋に留まってほしい。人がいたら気絶させて一か所にまとめておいてよ」
なるほど。気絶させた人間の中にアザゼルの探し人がいれば御の字ってことだな。
「ヒマだったらこれでも使って、大事そうな資料を焼いといてくれると助かるかな」
そう言ってアザゼルは小さな道具を全員に配った。
半透明の緑色をしていて、頭は銀色だ。半透明の部分には何らかの液体が入っていることが分かる。
「ライターか」アシュリーが呟いた。らいたあ。いや、カタカナ語だよな、たぶん。あ、エイ語か。
「使い方が分かるのか?」
訊くと、アシュリーは無言でライターを握り、カチッという音……! うわ、火!
慌てて俺も手元のライターをしっかりと握り、見よう見まねでスイッチを入れてみる。
「すげェ」
「初めて見たの? あんまり無駄遣いしてると火がつかなくなるから注意してね」
アザゼルにそう言われ、バツが悪くなった俺はすぐにスイッチを押すのをやめた。今のは多分“子供のように目を輝かせていた”って言われちまう状態だったろうな。黒歴史だ。
「ところで、」やめろ。話を反らそうとしたなコイツ、みたいな目で俺を見ないでくれ。「俺たちここでぺっちゃくちゃ喋っちまってるけど、人っ子一人通らないんだな」
「目的無く散歩するようなスポットじゃないからね。だからといって、ただここを歩いているのを見られただけで不審がられるってほどでもないし」
なまじこういう世界の人の流れは凄いからさ……と、アザゼルは自分自身にしか聴こえないような音量で締めくくった。
「よし。じゃあ、やろうか」