第114話 残り者
◆アザゼル・インザース◆
いらぬお節介だと断り、振り切ることもできた。
しかし、それでもそのお節介を許した俺は、結局のところ……人との繋がりに飢えていたんだろう。
つまりこれは、俺がヴァリアーを信頼するきっかけになった物語ってこと。
◆本代ダクト◆
「フェリス、分かってると思うけど……」
レンドウが部屋にいる間、奇妙なほどに喋らなかったレイス。
「レンドウは君のことがどうでもいいってわけじゃない。君を護るのが嫌なんじゃないよ。彼は仲間を、」
あいつを信じていたからこそ、何も言わずにいたんだろうな。影で擁護してるのが最高にレイスって感じだが、
「そんなの、分かってるわ」
まるでその話はこれで終わりとばかりに、フェリスはぴしゃり言い放った。感じ悪いな。
それでもレイスは喋るのをやめなかった。
「……彼はすっごく変わったよ。ヴァリアーに来たばかりの時とはもう、全然違う。レンドウは僕たちなら大丈夫だって信じてるから、アザゼルさんを助けに行けたんだよ」
行ったんだよ、じゃなくて行けたんだよ、か。
フェリスはレイスの方を見ていない。窓際に立って、夜の街を眺めているのか。何を考えてんだろ。レンドウを心配してんのか。ツンデレなのか。
「カーテンは閉めておけ。わざわざこちらの様子を見せつける必要があるか」
と、そこで歩く辞書から叱責が飛び、フェリスは無言のままカーテンを閉じた。
ちょっとピキッてたな。
お前らもう少し互いに歩み寄るとか考えないのか。……いつでも布団を被れるようにスタンバイしとこ。暑いけど、喚き声とか直に聴きたくねぇし。
レイスは両者の様子にため息をつくと、入り口を見て眉根を寄せた。
「それにしても、ツインテイルちゃん戻ってこないね?」
ああ、そりゃ俺も考えてた。あの狐っ子(俺とそう変わらないトシだろうけど)、レンドウの忘れ物を届けに行くとか言って出て行ったきり戻ってこない。ぶっちゃけそんなん1分そこらで達成できんだろ。
不思議だなぁで済ますのはお粗末すぎる。俺が言ってやる必要があるか。布団から頭だけにゅっと出した状態で。自分で言うのもアレだが、かなりマヌケな外見だ。
「大方、レンドウに同行することにしたんだろ。つーか最初からついていく気だったんじゃねぇか?」
忘れ物なんてそもそもなかった、とかな。
言うと、カーリーが口を「あ」の形に空けた。「そういえば、そんなこと言ってた……レンドウを見張って、見極めるって……」
「見極める?」レイスは首を傾げた。「って……なんの為に?」
見極める必要があるの? という意味か。どう見てもレンドウは信用できるでしょ、何で見極める必要があるのかな。……って言いたいんだろうが、どんだけ信頼厚いんだ。
「それは……、えっと……」カーリーは口ごもった。が、視線はちらちらとフェリスの方に向いてしまっているので、大体分かってしまう。
ツインテイル的にも、フェリスとレンドウのどちらの意見が正しいか、決めかねているんだろう。正しいって言うか、そんなの個人の感じ方でしかないから、最終的に自分がどっちの意見に寄り添いたいかだけどな。
当然、最初は仲間であるフェリス派だったはずだが、その仲間と喧嘩しているレンドウを悪だと決めつけずに「見極める」なんて言えちまうってのは、若いくせに中々見どころあるな。俺とそう変わらないトシだろうけど!
「…………ロビーで休んでくるわ」
そう頭を押さえながら言い、フェリスは部屋の出入り口へと向かった。本来休むのは自分の部屋であるべきはずなんだけどな。他人と顔を合わせてると落ち着かないってことなんだろうが、「黒バニー、付いていけ」歩く辞書が即座に言った。「……わかった」「アストリド、お前もだ」歩く辞書が天井を見ながら少し大きめの声で言うと、「はぁい」というやる気のない声が廊下から聴こえてきた。
一人になりたいから出ていくのに、監視役が付いてくるんじゃ本末転倒じゃねぇのと思わなくもない。
彼女らが一階へ降りて行ったあと、レイスがぽつりと呟く。
「うーん、どうしてこうなっちゃうんだろう? なんとか全員が仲良くできればいいんだけど……」
「仕方ねぇんじゃねーか。所詮違う生き物なんだし」
俺はいつも夢の無いことしか言ってやれない。が、こういう役回りも必要だろ?
「命令に従うのが当たり前……とか、そういうのとはまた違ったベクトルの話だけどさ。自分の意見を持つことが何より重要なんだよ。自我が無いよりゃよっぽどマシ。そうだろ、リーダー?」
歩く辞書に問い掛けると、彼は小さく頷いた。どうやら俺は歩く辞書から結構評価されてるっぽい。こいつもリアリストだからな。
ふうむ。そうだなぁ……。
「レイス、お前はレンドウとフェリス、どっちに共感できる?」
「え?」
「いいじゃねぇか。今ここにゃどっちもいねぇ訳だし」
お前は別に日和見主義って訳じゃないはずだろ?
試すようにレイスを見ると、レイスは目をぱちくりさせた。
「あ、うん。どっちかと言えばレンドウ寄り、になるのかな」
別に言い辛いとかじゃなかったのか。レイスは続ける。「自分の知らない過去。忘れてしまった自分を前提に、今の自分を否定されるのは……苦しいと思う」
……なるほどな。
「リバイアは?」ついでに矛先を他の人物にも向けてみる。
「レンドウさん派です!」
少女の返答は意外なほど早かった。
「理由、言えるか?」
深く突っ込まれても、少女は何も疑わぬ笑顔のまま。
「レイスさんがそうなので」
「……はぁ」
俺が言いたかったことが、こいつにゃ全く伝わってねぇ。
「大生」
最低限の言葉で大生にも問いかける。最早問いかけというか、名前呼んだだけみたいになってるけど。
「ああ、なんか、存在を忘れられてるのかと思ってたけど。……まあ俺から言えるのは、恋は盲目ってことかな」
それはお前の師匠がどうこうって話か。お前はいつも師匠の話をしたがるな。リバイアへのあてつけも少し入ってるのかもしれないが。
「それだけ聞くと、フェリス派みたいに聞こえるんだけど」
「実際、そうだからな。可哀想じゃないか。好きな人に存在を忘れられてしまってるなんて」
意外だな。いや、そうでもないか。大生は女子に甘いタイプなんだ。
と、そこでレイスが不思議そうに首を傾げているのが目に入った。
「え……?」
「どうした?」
「えっと、その、フェリスってレンドウのこと……好きなの? ……異性として?」
……………………。
はあ~~~~~~~~?
……………………え、嘘だろ。今更?
レイス、さすがにそれは……。
……ほら、歩く辞書が本を落とすレベルだぞ、お前。




