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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第7章 魔王編 -へらへら男とくそったれの地下街-
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第113話 小さな監視役の女の子

 宿から出てすぐ、確かに上方から視線を感じた。それは殺気を伴っていない、ひどく曖昧な違和感のようなものでしかなかったが……少なくとも、アザゼルの話の信憑性は増した。


 わざわざ俺がそれに気づいていることを悟らせる必要も無いだろう。無視して先を急ぐことにする。監視されているのが分かっててそっちを見ないのって、割と辛いけど。


 えっと、まずは大通りに出ないとな……と、歩き出そうとしたところで、後ろで宿の扉が開く気配がして、


「待ってください……うちも付いて行きます!」


「ツインテイル。おま……まァ、確かにお前はお姫サマって訳でもねェし、ヴァリアーでもないけどさ……」


 わざわざ危険な場所に身を置く必要もないだろ? という目を向けてやる。


「うち、レンドウさんを見極めるって言いましたよね? もう忘れたんです?」


 えっへんと胸を張って見せたツインテイル。


「いや思い出したけどさ……」


「まあ、それなりに戦えますから。レンドウさんには負けましたけど」


「そういやそんなこともあったな」


 ヴァリアー襲撃の時だ。


「あん時って随分軽装だった気がするけど。短剣持って飛び回ってなかったか?」


 お前が今着てる着物、めっちゃ動きづらそうなんだけど。という意味だ。


「ああ、これは」ツインテイルは自分の服に目を落とし、胸元を軽くつまんで言う。「マナの変換速度を上げる服なんですよ」


 マナってなんだ、誰かの名前か? と思わなくもないが、今はいいか。面倒だし。「ふーん」と適当に相槌を打っておく。


「つまり、魔法で戦うってことか」


 ニルドリルと戦っていた時も何か、結晶みたいなのを放ってたような気がするな。


「実は前衛よりも後衛の方が適性があるって言われてたりするんで、期待してくれていいですよ」


「じゃあなんで前衛やってたんだよって思うけどな、フツーに」


「えへー。ちらり」


 間の抜けた声と共に、彼女は袖の中から取り出したらしい刃物を見せつけてきた。投擲用のものだろう。あ、それ前に俺の足に刺さったやつか!?


 ……要するに、今だって近接攻撃の手段が無いわけじゃないって言いたいんだな。


 まあ、そういう強さもあるか。何か一つに特化して鍛えるんじゃなく、バランスよく何でも学ぶっつー。


「……じゃ、さっさと行こうぜ。つっても大分遅くなっちまったし、もうあいつら移動しちまってる可能性もあるかもなんだよなァ……」


「いや、そこでうちですよ」


 なんだ、何か魔術とやらでもあるのか。


 ツインテイルは鼻下を左手でなぞると、


「へへ、嗅覚には自信がありますからっ。アザゼルさんやティスさんの匂いを辿ればいいんですよね!」


 魔法でもなんでもなかったけど、それができるなら凄いな。ちょっとキモいかもと思い掛けたけど、女子相手にそれは失礼だろうと、そこは口を噤んだ。俺は気配りができる男になるんだ。


「んじゃ、先行頼むぜ」


「お任せください! ……ああ、それから」


 まだ何かあんのかよ。と文句を口にしなくて本当に良かった。それは間違いなく好感度の上昇を示す類のものだったから。


「……シュピーネル、でいいですよ?」



 * * *



「今、この街で俺たちの敵になりうる勢力が二つもあんのか……」


「気を付けてください、レンドウさん」


 夜の街をシュピーネルに続いて早足で歩きながら、忠告を聴く。


「ニルドリルはうちら、つまり魔王軍の仲間たちにも自らの力量を隠していました」


 要するに、ニルドリルはお前らを仲間だとは思ってなかったってことだろ。


「先日の邂逅で分かったかも知れませんが、ニルドリルの剣術は相当な域に達しています。その上、固有の隷属・召喚魔法を持ち、軍隊の指揮も出来るほどの頭脳のせいで、誰もそれ以外の能力があると疑っていませんでした」


「そりゃ、そうだろうな。ってか、それだけで既に普通の魔人の限界だよな」


「はい。恐らく、“同化”よって使える魔法を増やしているんだと思います」


「同、化……」


 なんか、背筋が寒くなる言葉だな?


 シュピーネルは頷いた。


「御想像通り、禁忌とされる邪法です。死んだばかりの生物から、生前の力を奪う……」


「それがあいつの多芸のからくりってわけか」


「恐らくは。……でも、同化にも制限があって。同時にいくつもの同化を為し得るなんて聞いたことが無かったですし、それに…………その、もって数日……の、はずなんです」


 な、ん……だと?


 ……………………だとすると。


 ニルドリルは…………日常的に“偶然出会った、戦闘に向いた能力者またはモンスター”を狩りまくっているってことか? ……いや、そんなはずあるか!


 大方、“ストック”しているんだろう。それがヒトか、モンスターかは解らないが……もしかしたらどちらも。自分の戦いを有利にするために能力者を集めて、有事の際に“使う”為に。


 空恐ろしい話だが、最早そうとしか考えられない。


「あいつはあん時、何個能力を持っていたんだ……?」


「うちの見立てでは、先日の戦いでは幻術は勿論の事……自己強化の魔法も掛かってたはずです」


「……自己強化っつゥのは?」


「“エナジースケイル”……生命操作による身体の表面の硬化。一度誰かに見破られるまで姿を隠す“ハイド”。もしかすると、他にも……」


 アザゼルのにおい……っていうとなんかアレだな。痕跡とでも言い換えてやるか。それがそちらに向かったことを察知したのか、シュピーネルは大通りから逸れて、脇道へと侵入した。


「いや、ちょっと待ってくれよ」


「はい?」


 一瞬振り返ってこちらへ怪訝な目を向けたシュピーネル。


「魔法っつーのはつまるところ、“魔人の持つ理屈の説明できない力”のことだろ。言っちまえば、一人一人違う能力を持ってるわけだ」


「そうですね」


「……じゃあなんでそんなものに名前なんてついてんだ? エナジースケイルとかよ」


「言われてみれば…………確かに」


 おい、まじかよ。俺の素朴な疑問に、プロが考え込み始めちゃったんだが。


 普段からそれが当たり前の世界に身を置いていると、逆に深く考えることもなかったんだ的な?


「あ…………もしかすると…………」


 シュピーネルは足を止めないまま、口に手を当ててもごもご思索に耽っていた。


 なんか思いついたのか。


「……?」


 視線だけで問いかける(背中に向けられたそれに彼女が気付けるわけもないが)と、


「…………うちは、うち達は、大きな思い違いをさせられていたのかもしれない。軍の魔法教育、それにも当然アイツの、ニルドリルの監修が入っている。…………うちらは教科書の中身が正しいと信じて学んできた…………」


 シュピーネルは足を止めてしまった。なんだよ、さっさと行こうぜ。いや、まさか、それどころじゃないっていうのか。


 彼女の顔を覗き込むと、月明かりの下でも明確に分かるほど、青ざめていた。


「似た系統の魔法を……枠組みを作り……同じ魔法として……思い込ませ……。うちらは……盲目的……それを信じて、いや、何の為……? 決まってる、うちらに本当の知能をつけさせないため、疑わせない……ため?」


 結論出たんじゃねェのかよ。一人で延々とブツブツ言ってると、暗い奴みたいになんぞ。


「なァ、結局どういうことなんだよ。いや、そもそも今一番重要なのはアザゼルを追いかけることじゃ――、」


「レンドウさん」


「――なんだ?」


 シュピーネルは、震えていた。


「うちは……怖いんです。……あの男が、ニルドリルが、怖い。今も、全部あいつの掌の上で転がされているような……気がして…………」


 今、こいつの中で何がせめぎ合ってるのかは、なんとなく分かる。


「まだ何か……とんでもないことを見逃しているような…………そんな気がするんです」


 ……自分が今まで信じていたもの全てが、足元から崩れていく感覚。里で教えられた知識は真実ではなかった。そこに悪意が在ったのかは解らない。もしかすると、俺の為を思ってのことだったのかもしれないが……。故意に引き起こされた勘違い、嘘の植え付けが行われていたことは間違いない。


 それでも、昔の俺には友達がいた。今の俺には仲間がいる。少ないけど、大切な仲間たちが一緒に悩んでくれる。勝手に悩みを共有してくれやがる。


 だから、案外お前も大丈夫じゃねェかと思うけどな。友達多そうだし。


 もしかすると、俺も何か力になれることがあるかも……無くはないかもしれないし。


 というようなことを、どうこの年下の女の子に伝えればいいか分からない。


 分からなくて、でも何とかしないと……とテンパりながら取った行動は、彼女の頭をポンポンすることだった。


 …………やっちまった。


 これ、イケメンにしか許されないやつじゃん。俺イケメンじゃないじゃん。むしろ最近分かったんだが、かなり凶悪な顔面をしているらしいし。


 こりゃ手で払われるかな……と思ったのだが、シュピーネルは暴力ヒロインではないらしく、俺の腕から逃れるように数歩後ろに下がるだけだった。


「……ありがとう、ございます」


 とかなんとか言ってるけど、お前結局俺の腕から逃れるために後ろ下がったじゃねーか。はいはい、やっぱ怖いんだろ俺の顔。分かってますよもう。


 でも、一応落ち着いたみたいだ。突飛な行動もしてみるもんだな。


「行けるか?」


「はい。……すみません、こっちです!」


 再び歩き出したシュピーネルに続きながら、先ほどの彼女の言葉の意味を考える。


 恐らく、ニルドリルが意図的に真実を歪め、兵士たちの魔法知識をコントロールしている……ということなんだろう。


 自分の部下たちをわざと馬鹿に育てて、何かメリットがあるのか? ……いや、アホか。考えればすぐに分かることだ。ニルドリルは当初から(それがどれだけ前の事なのかは知らんが)魔王ルヴェリスを裏切るつもりでいて、兵士たちに自分を疑う脳みそを持たせないように立ち回っていたということなんだろう。


 では、具体的に何を疑われたくないのか?


 それはきっと、奴の魔法にあるはずだ。


 あいつが魔王軍と全面的に敵対することになった場合にも、優勢を保つための保険。奴だけの、秘密の魔法。


 ……それにしても、ニルドリルは多芸が過ぎないか? ズルだよな、存在がもうイカサマレベル。


 あの剣術は鍛錬で得たものだとしても、だ。ってか、それも十二分に脅威だったし。


 本当にアドラスのライバルポジなのか? いや、別段アドラスを馬鹿にしたい訳じゃないんだが。俺はあいつに負けたことがないからな、一応……。



 ――ニルドリルが使用していた“魔法”は少なくとも3種。



 ――ひとつ、召喚士としての立場を作った、召喚魔法。


 これについては魔王軍も、アドラスも知っていた奴の十八番。間違いなく、これが奴の固有魔法だろう。


 ヴァリアーを襲ったグローツラングという大蛇は、ニルドリルによってジェノに“憑いていた”らしい。


 あれだけの戦闘能力を持つモンスターを隷属させられるというのも驚きだが――実際には敵味方関係なく好き勝手暴れてるだけだったっけか――、それを他人に付与できるというのも脅威だ。


 下手をすると、ニルドリルは前線に出る必要すらないじゃねェか。安全地帯から召喚魔法付与と指示だけ出していれば、そんな軍隊は無敵なんてもんじゃない。反則だ。


 だが、それができないってことは……この魔法にも何らかの制限、または限界があるはずだよな。同時に召喚できる数は一匹まで、とかだろうか。



 ――ふたつ、生命操作の魔法。


 こっちは記憶に新しいな。アザゼルが回収していた、エイシッドが生前身に着けていた……ザツギシュとかいう魔導具。エイシッドはそれを使って、透明化の能力を持ったモンスターを何度も治癒していた、ということらしい。アルが言ってた。


 何度も殺した実感を得ていたのに、その度に復活してきやがったのは、そのせいだったんだな。


 ニルドリルはそれを応用して、自分の防御力を強化している、と。まァ、そりゃそうだよな。秘密にしていた魔法だってんだし、あの裏切り者に、誰か癒すような仲間がいるとも思えない。


 ……しかし、こうして思い返してみると、エイシッドがとった戦法――透明化からの生命操作――は、ニルドリルのそれにそっくりだな。まぁ、両者は裏で繋がっていたんだから当然なのか……。


 ニルドリルからすれば、自分の戦い方を前もって披露したようなもんだよな。なぜそんなことを? エスビィポートで俺たちが全滅すると高をくくっていた? いや、この保険の掛けよう、周到さを見ると……とてもそうとは思えない。


 ……気味が悪いな。まだ、何か力を隠しているんじゃないかとすら思えてくる。


 奴が能力者を……生贄を“ストック”しているのだとすれば、今までとは毛色の違う戦法でこちらを手玉に取ってくる可能性もある。


 手に入れたばかりの能力にすら即座に適応し、それを使いこなす……その才能こそが、一番恐ろしい点なのかもしれないな。悪魔的に同化にマッチしている。しすぎている。



 ――みっつ、俺たちの目を欺いていたあれ……隠密魔法、なのか。いや、幻術か?


 こうやって奴の使う魔法を無理にカテゴライズしようとする思考そのものが、奴の術中という可能性もある。自らの限界を自覚しているならばこそ、疑問は仲間と共有するべきだろう。


「シュピーネル。ニルドリルの……誰にも気づかれないように潜む魔法? ……と、あいつを斬ったと思った瞬間、蜥蜴人とあいつが入れ替わっていた魔法……。その二つって、同じ魔法だと思うか?」


「……ごめんなさい。自信が無いです……けど」


「けど?」


「最早、同じ魔法だと断定する意味はないんじゃないかって思います。ニルドリルは規格外すぎる。あいつの魔法が3種類だから、まだ他にも隠し持っている力があるかもしれないと警戒するとか、4種類だからもうさすがに他にはないはずだ、とか……そういう“思い込み”が、何よりも危険なのかも……って」


 ……なるほど、こいつも俺と同じようなことを考えていたみたいだな。


「わかった、サンキュ。……じゃあ、あいつの魔法が例え10種類でも20種類でも絶望しないように、心の準備をしておくとするか」


 冗談めかしてそう嘯くと、シュピーネルはくすっと笑ってくれた。


 確かに、現時点で既にあいつは規格外の強さだ。しかも、未だ明かされていない脅威すら存在するのかもしれない。


 それでも。俺の信頼する仲間たち一人一人の力を合わせれば……それはきっと20にも、30にもなるはずだ。


 だから、俺は仲間の分離を、離反を止めなくちゃいけない。


 元・孤高の吸血鬼様が何言ってんだってハナシだけどな。


 友達大好きアニマのレンドウ様は、こう在らずにはいられねェんだよ。


 改めて決意を明確にして、俺とシュピーネルは仲間を追った。そして…………。


「っし、見つけた……!!」


 俺の両目が、闇の中に仲間の姿をいち早く捉えた。


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