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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第7章 魔王編 -へらへら男とくそったれの地下街-
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第111話 欠乏症と縁なしと目隠れどもが

 空気が悪い。


 悪すぎ。


 居心地の悪さから脱するように、一人、また一人と隊員は部屋から出て行った。最初に部屋から出る流れを作る人が一番勇気がいる気がするけど、それを担ったのはアシュリーだ。さすが、感情欠乏症は伊達じゃなかった。


 一応、男子は全員この部屋で眠る訳だから、出ていく必要ないんだが……女子はともかくとしてさ。夜風にあたりたいとか言っても(誰も言っちゃいないが)、ただこの場にいるのが気まずいだけなのは明白じゃん。


 結局、今部屋に残っているのは……俺を抜かせばアル、レイス、リバイア、カーリー、大生にフェリスとツインテイルだけだ。


 あ、ダクトもいるか。あいつは少しでも早く身体を完治させたいらしく、一足早くベットに転がっていた。あいつに限ってこの雰囲気の中眠りこけてる……ってことは無いだろうから、清聴してるパターンか。


 で、え?


 ……これで、終わり…………?



 唐突すぎないか? 俺の人生に突然現れて、よく分からないけど引っ掻き回してきそうだったアザゼル・インザースという男は…………これでもう出番は終わりだってのかよ。


 アルフレート。


 お前は本当にこれでいいと思ってるのかよ。


「リーダー」


 今まで黙って聴いていた大生が、手を挙げていた。アルは何も言わぬまま、視線だけをそちらに向けた。それを許可と取ったのか。


「確かに、アザゼルは何を考えているのか分からない男です。でも、俺には…………あの男が悪人とは思えないです」


 俺たちに迷惑がかかるからって理由で、こうして出て行ったんだもんな。


 部屋の出入り口である扉を眺めた。アザゼルの、茶髪のポニーテールがそこに消えていく姿が脳裏に蘇る。


「不死鳥の炎を防いでくれたのも、封じ込めたのもあの男でした。原理こそ分かりませんでしたが」


「――あァ、そういや結構活躍してくれてたんだな」


 俺も薄情な奴だな、忘れてたわ。言い訳しておくなら、他に考えることが多すぎて失念していた。いちいち誰がどういう活躍したとかチェックしようと思ってなかった。


 大生は俺に向けて小さく頷いてから、続ける。


「ニルドリルとの戦いの時も、アザゼルは戦ってくれていた。アザゼルがいなければ……俺も、ランスさんも、それにレイスも……いや、もっと被害が出ていたかもしれないんですよ」


 ここで俺も手伝って、畳み掛けた方がいいか。


「そォだな。俺たちの為に戦ってくれたあいつを、無下にしていい訳ないよな」


 と、援護射撃をした俺の方が強く睨まれるのは、おかしいと思わないか、なあ?


 ひい、と両手で顔を覆ってアルの視線から逃れるようなジェスチャーをすると、ため息をいただくことに成功した。


「それで? アザゼルに借りがあると説明して、結局お前たちはどうしたいっていうんだ。俺に何を望む」


 お前たち、って一括りにされはしたが……俺は黙ってた方がいいよな。とりあえず、大生が返事すべき?


「彼を呼び戻して、彼の敵とも戦う覚悟を…………」そこで大生は言葉を止めた。


「……………………」


 アルの沈黙に、これでは駄目だと解ったからっぽい。


「……とりあえず、アザゼルにもう一度しっかりと話を聞くべきでしょう。それから、あいつを連れてきたチーフにも。目的が分からなければ、それに折り合いをつけることも難しい」


「…………ふむ…………」


 アルは大生に同意しかけているように見える。よし、気を利かせてやるか。


「じゃあ、悠長に話してる場合でもないだろ。とりあえず俺はアザゼルを呼び止めてくるから」


 思い立ったらすぐ行動しないとな。宿から出ていかれたらまずい。


 部屋から出ると、すぐ横にアストリドがいた。壁にもたれて、目を瞑っている。部屋の中の話を聴いてたのか? なんでわざわざ出て行ったんだよってかんじなんだけども。


 しばし見ていると、アストリドは目を開けてこちらを見て、ゆっくりと首を横に振った。どういう意味だ。私のことは気にしなくていいからさっさと下行け、みたいな? そうするわ。


 階段を駆け下りると、再び酒場の喧騒が耳を突く。が、用があるのは食堂では無く、受付だ。大方、アザゼルはそこで荷物の受け取りをしているだろうと踏んだのだが。


「もういねェし……」


 早いな、ダッシュか。相当呼び止められたくなかったのか。


 受付の周りには大きなソファがあって、酔い潰れかけの人間がちらほらいる中に、医療班のベニーがちょこんと座っていた。


「なァ、ベニー」


 赤毛のベニーは、目元が隠れるまで髪を伸ばしているせいで、表情が窺いづらい。あと、声も殆ど聴いたことない。かといって、無視してくるほどでもない。


「アザゼル・インザースってもう宿から出ちまったか分かるか?」と訊けば、こくりと頷いて、宿の外に繋がる扉を指さした。


「――……――」


 あっち。と言ったのだと思う。


「どもども」


 間に合わなかったか……そう思いつつも、一縷の望みをかけて外を覗いておこうと思う。


 すたすたと歩み寄って、扉に手を掛け――、「おわっ!?」突然扉が開いて、バランスを崩しかけた。ドアは向こう側に開くから、俺に痛みこそ無かったけど。


 そこに立っていたのはアシュリーと……アシュリーに腕を掴まれ、引っ張られている人物。


「アシュ……ティス? なんで……何があったんだ?」


 見れば、ティスは少し悔しそうな、けど観念したような笑みを浮かべていた。あれだ、諦観。


「いやぁ、まいったね。誰にも見つからないようにこっそり消えようと思ったんだけど」


「そうはいくか。無責任が過ぎる。……こいつは、アザゼル・インザースに誘われていたそうだ」


 誘われた、って……。


「夜の街に、…………おデートに?」


 冗談が自然と出ちまった。ええい、この口! もう俺ダメかもな。人間界に毒され過ぎてる。


 ティスはアシュリーの腕を振り払うと(というより、彼女がもがいたのでアシュリーが開放してやった)、右手で縁なしメガネをクイッと引き上げた。


「そんな浮ついた話じゃないさ。ただ、彼の目的地に私も用があるというだけ…………いや、少し違うな。彼を助けたいんだ。私がいることで、彼の目的はほぼ確実に達成される」


「とりあえず、もう逃げないよな? そこで座って話そうぜ」


 ベニーのいるあたりを指さした。


 で、俺、アシュリー、ティス、ベニーというあまり関わりのないメンバーで面を突き合わせる形になった訳だが……いや、多分ベニーは喋らないけど。


「アザゼル・インザースは幼少期、この国に住んでいたんだ。産まれたころから裏社会で真っ当なことをして生きていて……」


「…………」


 裏社会で真っ当なことってなんだ。そう口を挟みたかったが、アシュリーに殴られそうだから我慢した。


「私の父の研究所で……弱冠10才にして研究員見習いとして働いていたんだ。俗にいう天才少年だな。まあ、私は父とはその頃から手紙でやり取りするばかりで、アザゼルとも面識は無かったのだが」


 私の父の研究所……ねェ。学者肌なのは親譲りだったってわけかよ、ティス。


「要点だけ纏めよう。……さっきも話に出ていた兵器、ザツギシュが関係してくる。あれの原型は、元は父が研究していたものだ」


 ちらりと周りを見る。その話ここでしても大丈夫なやつなのか。大丈夫そうだ。周りの酔っ払いは完全に潰れている。部屋いって寝ろよ。いや、もしかすると泊り客ではないのか。


「父の原案に、アザゼル少年の協力があって完成したザツギシュ。元々はモンスターと戦うために造られたそれは……今では人殺しの兵器として悪用されていることが殆どだ」


「なァんでんなことになっちまったんだ?」


「父の部下の裏切りのせい、らしい。ここからは全てアザゼルからの伝聞だがな。約5年前……父の側近の一人の裏切りによって、父を含めた研究員は全滅。ザツギシュとその資料も全て持ち出され、アザゼル少年はその罪を擦り付けられる結果になったらしい」


 おう……。


「そりゃァ…………なんというか…………」


 ご愁傷様っていうか……。なんと口に出していいものか悩んでいると、ティスはフッ、と笑った。


「下手な慰めはいらんぞ。私にとって重要なのは、父の残した技術がこの世界で悪用されているという点だ。どうにかして、この現状を変えなければならない……」


「それが、お前だけでは無くアザゼルの目的でもある。そういうことか」


 目線は下に向けたまま……左腕に嵌めた小手をいじりながら、アシュリーが言ったんだ。


「そういうことだ。アザゼルは、この街に潜伏したかつての父の側近……ラファエルを捕らえるつもりだ。いや、捕らえるとは言っていたが……あの眼は」


 殺す気しかないってことか。


「物騒な話になって来たな。アザゼルはそいつらの居場所に見当がついてるのか?」


「ああ」


「じゃあ、すぐにそこに乗り込んで、戦い始めちまうかも……ってワケか、急がな――」


「いや、彼は私を待っているからそれはない。一応、10時までには大通りの突き当たりにあるモニュメント前で落ち合うことになっている」


 言われて、時計を探す……あった。直ぐに見つかった。受付の上にかけてある。今の時刻は……9時50分。


「あんまり時間無いじゃねェかよ」


「最悪、私だけ先に行って、アザゼルを引き留めることもできるとは思うが。……で」


「でって?」


「レンドウは私達に付いてきてくれるつもりだと。そう思ってもいいのか?」


「あァ。アル……く辞書が納得するかは分かんねェけど。例え許可されなくてもついていくつもりだ。いや、一応報告はしてくるけどな」と、天井に視線をやった。上では今も大生がアルを説得しているのだろうか?


 カーリーやリバイアが口を挟めなかったのはまあいいとして、レイスが喋らなかったのは気になるが。


 あいつのことだから、真っ先にアザゼルを手助けするって言いだすと思ったんだけどな。どうしてだろう。


 もしかして、俺が何かを見落としているのか? そんな風にも思ってしまう。……俺の中に、レイスは正しいことを言うみたいな固定観念が生まれつつあるのか。……ちょっと怖ェな。


 ティスは口元だけで笑んだ。


「それは助かる。レンドウがいれば5人力だ」


 …………5人力でございますか。


「なんか、すごい……リアルな評価されたもんだな」


 まァ、100人分の力は無いって分かってたけどよ。


「待て」


 そこで、アシュリーが何かに気付いたように声を上げた。


「どうしたんだ?」


 鋭い目で、まるで何か恨みでもあるかのように視線を向けた先は……ティスだ。そりゃそうか。ここで突然ベニーにでもその眼を向けてたら、これからのこいつとの関係考えちゃうわ。


「ティス。そもそもアザゼル・インザースは信用できる男なのか」


 あー、そうくるか。


「いや、あいつがいなかったら大生もランスもレイスも死んでた(らしい)ぞ。エスビィポートでしっかり戦ってくれてたんだから、信用できるに決まって――、」


「甘い。それは、ただ単にあいつの命すら脅かされるような環境だっただけに過ぎない、かもしれん。俺たちという駒を守り、利用して、打ち勝った。今回もまた同じ……ではないな。自分の目的の為に、ティスと……それに付いてくるものを利用しようと考えている、かもしれん」


 二階の部屋での大生の言葉をほぼ丸パクリしたというのに、アシュリーに反論されてしまって、正直かなりビビってる。さっきの俺がバカみたいになるじゃねェか。


「な、なんだァお前アシュリーお前」お前って言いすぎた。「どんだけ人を疑ったら気が済むんだよ、ビビってんのか?」人って自分がビビってる時に限って相手に向かってこうやって虚勢張るものなんだってな。俺にもそういうところあったんだな……。


「落ち着け、争うなよ二人とも。アシュリーの疑念は当然のものだと思う。アザゼルはその態度も、出で立ちも境遇も、何もかもが怪しすぎる」


 酷い言いようだな!? 容赦ないなオイ。半目になってティスを見る。


「お前、擁護したいのか陰口叩きたいのかどっちだよ」


「……怪しすぎるのは事実だが、私は父の手紙で彼の人となりを聞いている」


 アシュリーが口を開きかけたのを防ぐように、ティスは素早く息を整えると、即座に口を開いた。


「――たかが手紙でと思うかもしれないが、それでも、それだけが、私と父のコミュニケーションの全てだったんだ」


「…………」


 アザゼル本人と言うよりも、手紙。父からの愛情の証。それに書かれていた内容を……つまり、父親こそを信じているのか。


「ちなみに、父からの手紙はほぼ毎週、便箋4枚に渡ってびっしりと書き連ねられていた。中々の情報量だ」


「……………………」


 結構コミュニケーション取ってたんじゃん。


 俺とアシュリーは果たして、同じ感想を抱いているのだろうか。


「ってか、手紙を運んでくれてんのはキャラバンだろ。裏社会がどうとかー、そういう話、書いていいのかよ。万が一にでも読まれちまったら、さ?」


「今はそれはどうでもいいだろう。そろそろ行かないと、約束の時間だ」


 言うと、ティスは立ち上がる。ウエストポーチを一つ持っただけの、軽装だ。


 とても戦いに向かう格好じゃない。いや、戦闘員じゃないけど。


「分かった。大通りを真っ直ぐ行けばいいんだよな。二階の連中に話したらソッコー行くから……アザゼルを引き留めておいてくれ!」


「うむ」


 ティスは頷くと、アシュリーの方を見た。


「アシュリー、君はどうする」


 すると、彼は返事をするより前に立ち上がっていた。


「逆に訊きたいんだが、お前は何の為に俺がこの場所で長々と話し合いに参加していたと思っている……」


 言外に、付いていくに決まってるだろ、って言っているつもりらしいぜ、これで。まァ伝わってきたけどさ。


 結構付き合い長いんだったな、この二人。感情欠乏症でも、好意みたいなもんはあるんだろうか。


「感謝する。……ベニー、君は……留守番かな」


 それで当然、とばかりの台詞を吐いたティスが、しかし、瞳を大きくした。ベニーも立ち上がったからだ。


「――……ぃ――」


 聴こえたぞ。口の動きこそ殆どなかったが、今度は聴こえる程度の音量だった。


「ついてくってさ」


 翻訳(?)してやってから、俺は昇り階段に足を掛けた。背後ではティスがベニーに握手を求めているらしい気配がする。


 ――中々カオスな夜になりそうだ。


 何の采配だよ。


 どういう人選なんだろうかね、まったく。

お読みいただきありがとうございます。


章が変わるごとに、違うキャラクターをフィーチャーしたいという欲求があるんですよね。なので、「カーリーの活躍がもっと見たい!」「ダクトが敵をボコボコにする展開はもうないの?」みたいな要望に中々応えられなくてすみません(そんな要望があるのかは知りませんけど)。


自分が生み出したキャラクターみーんな好きなんで、それぞれに出番を与えさせてください。


まぁ、あくまでメインはレンドウ君なので。レンドウ君さえ好きになってもらえれば、あんまり退屈することはないのかな~と思います。

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