第110話 騒動の予期
「……悪いんだけどさ、ちょっと聴いてほしいことがあるんだよね。実は……――――、」
大衆酒場を兼ねる宿屋≪アンヴィーエンド≫の二階、男性陣の客室(こっちの方が大きい部屋だから)に集まっていたヴァリアー一行(一部魔王軍含む)。
これから先の予定……魔王城の前に立ちはだかるダンジョン、≪剣氷坑道≫についての対策会議をしていたのだが。……それを割るように、話を始めた人物がいた。
「……よく聴こえなかった。もう一度言ってくれないか?」
ああ、嫌だなァ。人の怒っている声を聴くのは嫌だ。心臓がキュッてなる。
アルフレートは相手のその言葉を聞くや、すぐさま怒りを露わにした。怒りの聞き返しってやつ。
その相手と言えば……、
「もっかいか? いいぜ。……ミッドレーヴェルに入る時、門で入国審査をしたろ。そん時、俺たちは写真を撮られている。その情報が既にこの街の表から裏まで出回って……まああんたたちヴァリアーの面々は特に問題ないんだが、少なくとも俺には刺客がかかる」
――アザゼル・インザースだった。
「はァ……?」
思わず、声を漏らしてしまっていた。でも、俺だけじゃない。「はえ」とか「えっ」とか、その手の声があちらこちらで上がった。荒唐無稽とも言えるアザゼルの突拍子もない話に、誰もついていけてなかった。
おま、この局面でそれはまずいだろ。……ただでさえアルフレートは、残してきた仲間のことでフラストレーションを溜めているってのに。
てか、なに? 刺客? ……四角?
「おま……………………犯罪者?」
つゥか、表とか裏ってなんだよ。そういう年頃かよ。14才でちゅか? 裏社会を知ってる俺カッケーみたいな? お前大人だろが。面白くねェぞ。
俺が率直な疑問を放つと、アザゼルは軽く首を傾げながらこちらを見つめた。
「俺としては無実のつもりだけど、あいつらにとっては……ま、今はそれは重要じゃないね。君たちに全部説明するのも骨が折れそうだし」
俺たちの理解なんて期待していないような、輝きのない瞳だった。虚ろとも言える。だが、決して人形ではない。彼には明確な目的があって、そのために行動している……はずだ。どこまでも、無気力なままで。
それが、逆に不気味だった。きびきびと動いているのに、それが心からのものに見えない。
「君たちヴァリアーにとって大事なのは、俺が襲われる、つまり俺がいる場所が襲撃されるってことだけだろう?」
アシュリーが自己申告していた“感情欠乏症”とも違うような気がするな。
ただ淡々と、へらへらと、しゃあしゃあと。のらりくらりと全てを流すように立ち回るその余裕ある仕草が、日々を全力で生きることに必死な者達を苛立たせるのだろう。
「チッ……何をどこまで把握しているんだ、お前は。襲撃の時間は、相手の戦力、規模は?」
メガネの位置を直しつつ、アルフレートが怒りを抑えて問いかける。うん、大分理性的な対応だと思うぜ。もっと言えば舌打ちが無ければ最高だけど、正直俺も困惑してて、それがいつアザゼルへの怒りに転化するか分からんから怖いんだが。いちいちキレたくねェよ。
まあ、ぶっちゃけ“こいつがいるせいで全員狙われる”なら既にフェリスという前例がある訳だし? 俺個人としてはもう言いたいことはそん時に全部吐き出したからな。今は俺の代わりにアルが怒ってるとも言えるか。
「既にこの宿の周りに監視役が数人いる。後は深夜隊に決行班が三人一組で来るかなぁ……小手調べとして」
「そいつらの実力と武装は」
「君たちの実力を向こうは知らない。知らないということは……念には念を入れるやつらだ。かなり慎重で、神経質でね。つまるところ、割と強いのが送り込まれてくるだろうね。少なくとも、ここにいる子供たちが戦うべき相手じゃない」
……いや、だったらそもそも巻き込むなよな……と言いたかったが、当たり前の事過ぎてわざわざ言うまでもないだろう。俺は黙って壁にもたれかかって、仲間たちの顔色を見渡していた。
仲間たちが余計な声を上げないのは、アルに会話を任せようって思っているからなんだろうな。信頼の証と言うか。
最初は嫌味たっぷりで嫌われ者かと思っていたけど、いざリーダーに任命されると結構誠実に頑張ってくれてるよな、この元・陰険メガネ。態度は時々悪いままだけど。
「武装に関しては……最近エスビィポートで見たと思うけど、今こっちで流行りの兵器、≪ザツギシュ≫だね」
「ザツギシュ……」
歩く辞書の異名を持つアルフレートでも聴き覚えが無いらしい。
と、思ったら、突如として考え込むような仕草を始めたアル。「知っているか……?」と、俺以外の誰にも聴こえないような音量で呟いたのが分かった。フェリスには聴こえたんだろうか。なんなんだ、誰かに話しかけた……訳ないから、自分に問いかけているのか。
もしかして、それが歩く辞書と言われる秘訣? 大量の知識を貪欲に取り込み……自由に引き出すためには、思い出しやすくなる思考るーちん(?)だかおまじないみたいなものがあるんだろうか。
そして、アルフレートは得心が言ったような表情になって、アザゼルを睨んだ。
「着用者の生命力と引き換えに魔法的力を発現させる……魔導具、か」
おお、思い出せたのかよ。本当に凄いな。
もしかすると、凄すぎるのかもしれなかった。何故なら、あのアザゼルが目を見開いていたから。すぐに元の大きさに戻ったけど。
その口元は、心なしか弧を描いているような。
「へえ? ……逆に気になるね。どうしてあなたがそんなことを知っているのか」
「どうでもいい。質問するのはこちら側だ」
が、楽しそうなアザゼルをアルは一蹴した。
「ま、そうだよね。ヴァリアーの情報網も侮れない、か……」
わかってたよ、とアザゼルは頷いた。後半、小声で(マジで微かだった)言っていた内容が気になる。侮れない。場合によってはヴァリアーと敵対することもありえるとでも言いたいのだろうか。いや、言いたくはないか。俺が勝手に聴いちゃってるだけだわ。まさか聞かれてるとは思ってないだろうし。
ぶっちゃけ、微かな音量と唇の動きだけで、何を言ってるのかは大体分かっちまうんだよな。
「知ってるかもしれないけど、ザツギシュはそれぞれが全く異なる能力を持っているんだ。だからその力に傾向とかはなくて、対策を立てるのは難しいね」
何が難しい、なんだか。難しい状況を引っさげて現れ、それを俺たちにプレゼントしておきながら気楽な奴だぜ。俺たちにボコられるとか少しも考えてないんだろうか。
暴力まで行かなくても、俺たちからすればアザゼルと彼が敵対している組織のどちらを信じればいいか分からない訳で。もしかしたら、アザゼルをそいつらに引き渡す……みたいな行動に出る可能性もある訳じゃん?
「……お前はその襲撃があることを予期できていた。なのに、俺たちが宿泊施設に来るまで何も言わなかったのは何故だ。何が目的だ」
すると、アザゼルは唐突にこちらを向いた。首だけだ。
「…………レンドウ君、きみはどう思う?」
ここで俺かよ。さっき口を挟んじまったからか?
「え? お前の目的?」
「うん」
いや、普通に白状しろよ。なんで俺が答えを探さなきゃいけないんだよ。
「あー、そうだな。…………俺たちに護ってもらう、ため?」
でも一応答えちゃう俺なのであった。
「正解さ。まあ、あわよくば、の話だけどね。予想はしていたけど、どうやら俺は信用を勝ち得ていないみたいだし、これ以上ここに置いてもらうのは無理そうだ」
顔を戻し、アルと視線を交わしたアザゼルは……肩をすくめた。仕方ないね、とでも言いたげだ。その瞳に感情の揺らぎは最早無く、感傷も諦観も見受けられなかった。
「お前がここを出ていきさえすれば、俺たちは襲撃されることはないのか?」
言外に「そんなはずないだろう」が含まれたアルの言葉に、しかしアザゼルは頷いた。
「うん、それについては確信しているよ。さっきも言ったかもしれないけど、奴らは慎重で神経質なんだ。俺さえ逃さない状況であれば、あなたたちの対応は急がない……急ぐことを嫌うだろうね」
「…………」
「安心していいよ。奴らはあなたたちのことを二日も三日もかけて観察し、その後に結論を出すつもりだろうから。明日の朝に魔王城へ向けて出発すれば、何も問題は無い。剣氷坑道に向かってると悟った時点で、奴らは手を引くさ」
そう言ってドアに手を掛けたアザゼルに、声を掛けられる者はいなかった。
「……それじゃあね」
お、おい……。
どうしたらいいか、何か言えばいいのかも分からぬまま、俺はドアが閉じる音を聴いた。
お読みいただきありがとうございます。
ここら辺からが章タイトルの「へらへら男」のターンですね。アザゼル・インザースです。
魔王城を目指すという主題があるくせに、脇道にばかり逸れてしまう。永遠にこんなことばかり繰り返していたせいで、物語の進みが遅かったんですよね……。今はすでに書いてある部分をただ手直しして投稿しているだけなので、とても気が楽ですけど。
いよいよ最新部分まで投稿し終わったら、その後の更新頻度はどれくらいになるんだろうか……と、自分でも気になってます。もうしばらく「1から小説を書く」という行為をしていないので。