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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第7章 魔王編 -へらへら男とくそったれの地下街-
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第108話 狐と兎と俺様と

 ◆レンドウ◆



 チャパの背中に乗り、一日以上が経った。いや、ぶっ続けで乗り続けてた訳じゃないけど。


 その振動にも大分慣れてきたころだった。


「見えてきたね」


 ロームに跨って併走するレイスが言った。騎乗している生物の大きさも相まって、少し顔を下げてやる必要がある。


 んで、こいつの格好。脱衣所で手間取っていたのは、普段こいつが着るはずもない服が用意されていたからだったってことだが……なんでよりにもよって……女装、してんだよ。


 ――似合ってんだろうが。


 あァいや、そうじゃなくて、景山家のあのメイド、良い趣味してんな。「人は似合うものを着るべきだと思うので」とかしゃあしゃあといいやがって。男湯に入ってる奴の着替えに女性用の服を置いておくどういうことだよ。間違えちゃったとか言って誤魔化す気すらないよな。


 当初用意されていたスカートは突っ返したものの、次に用意された中性的な服にもまた可愛らしい意匠が施されていて――ってそれ最早中性的とは言わないのでは――時間も無いのでそれで妥協することになった。レイスが妥協を申し出たのだから俺としてはもう何も言えないだろ。俺自身の服装には特に文句ないし。紺色のジャケットが悪くない。


 そんなこんな、思うところあるこいつの格好については飲み込んで、俺はレイスの示すものを見る。


「あァ」


 お前らより早くから俺には見えてたけど……それも飲み込もうか。


 高い城壁に囲まれて、中身を窺うべくもない。……このご時世、魔物やらなんやらの襲撃に耐える為にどこの主要都市もこんなもんらしいけどな。


 とてつもなく大きな街みたいだな?


「中堅都市ミッドレーヴェル……ってんだろ? これより上の街があるってのに、この規模なのか」


 ハイレーヴェルな街は一体どんだけなんだって話。


「あ、違うよ」


 レイスが首を振った。


「学徒の国って呼ばれてるエクリプスで一番大きな街が、あのミッドレーヴェルなんだ。中くらいの街が一番大きな壁を持ってるんだよ」


「普通の奴らが一番人口が多いってことか?」


「まあ、そういうことかな? 上流階級の人はハイライン、あとは荒んだ街として知られてるアウトロウがあるよ」


 アウトロウ……って、アウトローってことか?


「最後の街の名前凄まじくね? というかわざわざ落ちこぼれとか荒くれ者(?)が住む街が造られてるって凄ェな……ある意味優しいのか」


「居場所があるっていうのは大切なことだよね」


 うんうんと頷くレイス。お前は疑問とかないのかよ。


 なんなの、世紀末なの? ヒャッハーな人種だけがその街に住んでんの?


 どういう国の在り方だよ。あれか、この国では学力が全てを決める……みたいな。○○が全ての世界があった……ってなんだよ、まんがの世界か。簡潔な説明で物語はじめちゃうタイプのやつかよ。わりと好きだぞ、そういうの。


 脳内でまんがに対して大胆な告白をしていると、次に俺の耳が捉えたのは、カーリーとツインテイルの会話だった。


「シュピーネル、あなたはフェリスとレンドウのどっちが正しいと思ってるの?」


「うーん、うち的にはやっぱりフェリ姉の肩を持ちたくなっちゃうんだけど……」


 ツインテイルのことをシュピーネルと呼んだカーリー。本名で呼ぶことを許されたのか。見てないところでこいつも頑張ってるのかなァ、友達作り。まぁ、ツインテイルの方から歩み寄ったのかもしれないが。


 というか、会話の内容。また俺かよ! 思わず振り返っちまうわ。


「でも、決めつけるのは良くないとも思ってるかな。自分で両者の話をしっかり聞いて、……判断したいな~~~~と……?」


 途中まではカーリーに対する返答だった筈なのに、最後の方は俺へと顔を向けて、期待するような疑問形に。


 知らん知らん。顔を背けて前方に集中しようとしたのだが、ぶっちゃけナイドという種族は優秀過ぎて勝手にいい具合に進んでくれるんだよなァ……。


 その為か、両者に挟まれる格好になっても、邪魔だと言いづらいのだった。レイスは俺たちの邪魔にならないようにとの配慮か、フイラに速度を上げさせ、前方へと出て行った。何その配慮。むしろ俺の手助けをして?


「レンドウさん、フェリ姉のこと可愛いと思います?」


 ……口に飲み物含んでたらやばかったな。


「突然なんだよ! 話の趣旨変わってんだろが」


 外見だけなら悪くないんじゃねェの。……なんて、いちいち褒めてやるようなこと口に出すと思うなよ。


「一応確かめておきたいんですよ。そういう感情があるとないとじゃ、正しい判断が下せてるか分かったもんじゃないでしょう?」


 そういうもんか。


「今のとこ、少なくとも中身はクソだと思ってる」


 言うと、案の定ツインテイルはうへぇという顔になったが、俺はやめない。鬼だから。いや、違うか。……アニマとやらだとしても、言いたいことは言うぞ。


「……自分の中にある答えが正しいと疑わないし、相手に理想の姿を押し付けるし、庶民の気持ちが解ってるつもりになってるだけのお嬢様だろ?」


 誰が一緒にいたいと思うんだよ、そんなやつ。ヒガサを見習えってんだ。あっちもお嬢様だったらしいけど、フェリスとは大違いだぞ。両者が会うことはないだろうけど。


「……外見は?」


 反対側でカーリーがぼそりと呟いた気がするというか確実に呟いたんだけど、それには気づかないフリをする。


「あれで相当苦労してるんですよ、フェリ姉。魔王位継承絡みで争いが絶えないし、勉強しないといけないことが無限にあるし、最後のピュアブラッドだし……」


「ピュアブラッド?」


 別にスルーしてもいいんだろうけど、分からない単語が出てくるとどうにも反応してしまうのが俺と言う生き物。


「純血種って言った方が伝わりやすいですか」


 ツインテイルは苦いものを口にする表情になった。純血種という、その言葉が嫌いなんだろうか。


「純血……ってェと、混ざりっ気無しの吸血鬼は魔王城にはいないってことか」


「ルナ・グラシリウス城に限った話ではなくて、魔国領ベルナタに吸血鬼はもう……残ってないんですよ」


 ……は?


「残ってないって……絶滅? え、吸血鬼が……伝承の超種族が? なんで?」


 伝承の超種族、とか自分の事だったら絶対に言えないな。今では俺も、自分が吸血鬼では無くアニマなる種族だということを受け入れてきたという証か……。


「……それは単純な話、増えなくなったからですよ」


「増えない……?」


 ツインテイルは街の方を、遠くを見る目になった。


「いつからか、子供が出来なくなったみたいなんですよね」


「……ふーん。……いや、でも」


 吸血鬼と言えば、他にも。


「はい。そうですよね。レンドウさんが思い当たらないわけがないですよね」


 頷いて、答える。


「本物の吸血鬼って言ったら……あれだろ、噛まれた人間が……」


「――吸血鬼になる。有名ですよね。古い伝承はみんなこれです。今この世界には吸血鬼っぽい生き物……アニマの方が多く分布しているので、新しめの物語では“吸血鬼に噛まれた人間は死ぬ”で定着しちゃってますけど。で、結論から言いますと、本物の吸血鬼に噛まれても、人間は吸血鬼にならなくなったんですよ。これも、吸血鬼に子供が出来なくなったのと同時期からだと言われてます」


 なるほど……? そうだったのか。いや、どうも荒唐無稽な話で、いまいち理解が追い付かない部分が多いけど。


 でも、そうだとするとつじつまが……うおっと。顎に手をあてて思索に耽ろうとして、やっぱ手綱って離すもんじゃないわ、と再確認する。


「あれ、でもおかしくねェか」


 フェリスがベルナタにおける吸血鬼……その最後のピュアブラッドだって。


「なにがです?」


「いや、魔王ルヴェリスは? 魔王も吸血鬼なんだろ。だからその娘であるフェリスが姫なワケで」


 魔人達の王が吸血鬼、あまりにもしっくりき過ぎてて、そうだと疑ってなかったけど。


 ああ、それですか、とツインテイルは得心が言ったように頷いた。


「フェリ姉は魔王様の実子じゃないですよ」


 な、なんだと……ってなるかよ。


「まあ、ウン。この流れならそうなるだろうな」


 じゃあ魔王ルヴェリスの本当の種族は一体……?


「魔王の――」


「それは実際会ってからのお楽しみと言うことで、そろそろ話を元に戻しましょう!」


 オイ。


「気になるだろうが。フェリスのことよりよっぽど」


 これは言うべきではない一言だったと、言い終わった今ならはっきりと分かるぜ! はっはっは!!


「つーんだ。魔王様は魔王様ですよーだ」


 ……拗ねた様子のツインテイル、どうやらまともに答えるつもりはないらしい。なんだ、魔王様は魔王様って。種族名マオウサマかよ。


「で、真面目な話、フェリ姉と仲良くできませんか? いいでしょ? 可愛いじゃないですか」


 だから外的要素で攻めてくんのやめろって。まるでそれしか取り得が無いみたいに聴こえるぞ。切ねェ話だなオイ。


「別にあいつがマトモに話しかけて来れば、俺だってそう邪険には……」


 扱わない、かなァ? うーん、どうだろう。一度入った亀裂を無視して仲良くするってのは結構難しいような気も。


 例えば、俺が現在ダクトと友好的と言っていい関係を結べているのは、それ以前の関係が単に“戦った相手”でしかなかったからだ。そこに憎しみは――もしかしたらあったかもしれないが――それによって生じた恨みも痛みも、もう過去のものでしかない。戦いに負傷は付き物だ。


 だが、フェリスは違う。あいつは明確に俺の過去を、感情を抉り、訂正……もとい更生を求めてきた。それは8年を掛けて育まれてきた俺という人格そのものへの攻撃であり……否定だった。「あんたなんか消えちゃえ。私のレンドウを返して!」ってことだろ。それを憎まずにいられようか。


 あいつの一番たちが悪いところは、自分が何を要求してるのかを解ってないことだと思うんだよな。


 というようなことを、とつとつとツインテイルに語って聞かせた。当然カーリーも聴いてる。


「過去の俺に戻れってことは、今ここにいる俺に死ねって言ってるのと変わらないと思うんだよ」


 死ね、という言葉を口にすると胸が痛む。軋む。強い言葉だ。できれば避けて通りたいとも思う。他の皆もこんな思いでこの言葉を口にしているんだろうか? ……俺だけな気もする。それは俺が弱いからか……?


「……そう、なんですか?」


「そうって?」


「えっと、記憶を取り戻すって言うことは……今のレンドウさんが失われるっていうことなんですか?」


「俺が読んだ本にはどれもそう書いてあったぞ」


 あのなァ、俺が俺自身に振りかかった現象にまるで興味無かったと思うなよ?


 調べたわ。めっちゃ調べたわ記憶喪失。記憶喪失のプロだぞ俺は。えっへん。


「記憶が戻る時、ゆっくりと断片的に思い出すにつれて、「ああ、なんで忘れていたんだろう、っつーかなんで俺様ァいままであんな考え方をしていたんだよゴラァァ」ってなるんだと」


 例え記憶を失っていた時に自分が抱いた感情を覚えていたとしても、それに共感できないんじゃ怖すぎる。


「自分が抱いた感情……。怒り、憎しみ合ったヤツ。好きになった相手……それが全部過去のものになるなんて、耐えられるワケ……無ェだろ、きっと」


 思わず、言おうと思っていなかった部分までポロリと漏らしてしまうと、「駄目、そんなの絶対嫌!」カーリーが騒ぎ出した。


「レンドウに忘れられるなんて絶対に嫌! だったら、思い出さない方がいい!」


 いや、存在までは忘れないと思うけどな?


「確かに、それは……はい。辛いでしょうね。うちなんかが分かったような口をきくのもおこがましいと思うほどです」


 でも、だからこそ言わせて欲しい、そう前置きして。


「訊かせてください。その貴方が読んだ本の人物たちは、記憶を取り戻したことによって人格を壊されたんですか?」


 …………だからこそ、言いたくなかったんだ。


「いや、そういうことは無い。皆思い出した自分を受け入れ、受け入れって言うか……多分何よりもしっくりくるんだろうな。取り戻した自分を受け入れて幸せに生きていく。そういう風に本は終わる」


 皆ハッピーエンドが大好きだからな。それは創作話に限った話じゃない。実体験をもとに書かれた本も、決まってそう終わる。


 でも、それって結局“そうするしかないから”受け入れてるだけって話じゃねェのか?


 思い出した後で、記憶喪失の時の自分には戻れないんだから。


 つーか、「記憶を取り戻さない方が幸せだったわ、ふええん」とか思って沈んでる奴が本なんか書けるか!


「なら、やっぱり…………その、レンドウさんは記憶を取り戻して、その…………幸せになるべきだって思ってしまう、そう思っちゃうのは。……うちがおかしいですか?」


 ……………………。


「おかしく、は、ないのかもな」


 お前と話して、いろいろ考えて、そうも思ったよ。


「…………でも、そのレンドウは私の知ってるレンドウじゃない」


 カーリーは拗ねるように言った。それに対して、俺は笑みを浮かべてやる。


「なんだ、今のが俺が俺を諦めたように聴こえたか? ばーっかお前、俺様がそう簡単にいなくなるかよ」


 言ってやると、カーリーは顔を輝かせた。うん、可愛いなこいつ。


 カーリーは可愛い! これは今の俺が抱いた、嘘偽りのない感情だ。大切にしよう。


「俺は諦めないぜ。俺は全力で俺にしがみつく。俺であり続ける」


 いよいよ近づいてきた外壁に、レイスがスピードを緩めた。俺もそれに合わせて手綱を小刻みに何度か引いた。


「んでもってお前もフェリスも、俺を尊重しつつも心の中で「はやくレンドウが記憶を取り戻さないかな~」って思ってるくらい、別にいいじゃねェの。悪くはないんじゃねェの」


 目をぱちくりとさせているツインテイルに、してやったりという気分になる。


「それくらいの多様性、簡単に許されるようなカオスな世の中じゃねェーか」


 これから行く街にも、初めて見る混沌が待ち受けているのだろう。そこで俺は新たな価値観に触れ、新たな感情に出会うのかもしれない。


 それを怖がるのは、もう……やめだな。


 他人を尊重できる人間になろう。


「……凄いですね、レンドウさんは」


 ふーっと息を吐いて、ツインテイルは頭を掻き毟った。「あー、なんでこんな単純なことに悩んでたんだろー!」お前は両手を離しても大丈夫なんだな、さすがナントカ騎士団。ナイドの扱いは既にマスターしているんだな。


「凄いか?」


 俺が凄いって言うなら、里の教育が良いってことになんのかね。


「凄いですよ。フェリ姉の味方をしてるからって、うちのことを「こいつも敵だー」みたいに決めてかかったりしないですし」


 ……少しもそんな風に思わなかったかといえばそうでもなかったかも知れないけどこいつは気づいてなかったっぽいしそれについてはどうでもいいやいいはずうん。


 ツインテイルは狐耳を嬉しそうに立てながら快活に笑った。街に入ったら隠さないとな、それ。あれ、でも帽子の類用意してたっけ……。


「うちは、フェリ姉の味方でいいんですよね!」


「あァ、好きなだけ味方しろ。俺を「こいつ敵だー」と決めつけないでくれれば……。あいつを護りながら俺を正しく評価してくれりゃ、それでいいさ」


「その言葉頂きました! うちがしっかりレンドウさんのこと見張って、見極めますからね!!」


 それ、結局お前はフェリスの傍にいんのか俺の傍にいんのか、どっちなんだよ。


「じゃあ私は、フェリスのことを見極める」


 ふんす! 意気込みを感じてそちらを見れば、カーリーがガッツポーズをとっていた。


 お前も手放しできんのかよ。俺だけか、騎乗がへたくそなのは。


「おー、そうしろそうしろ。友達作り、頑張れよ」


「うん!」


 キレるとすぐに相手に魔法を掛けて永眠させようとするクセだけは直した方がいいと思うけど。本当に永眠させられるのかは知らん。


 そんなこんなでツインテイルと親睦を深めているうちに、俺たちはその街へとたどり着いた。


 学徒の国エクリプス最大の街、中堅都市ミッドレーヴェル。



 次の目的地までの繋ぎ。ただの一晩の宿。



 ……それだけの思い出で済めばいいんだけどな?


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