第104話 運命の相手?
当初こそ怯えた様子を見せていた一番大きなナイドだが、次第にダクトに心を開き始めているらしい。はやくね?
ああ、それかアレだ、「この男は……我を殺すつもりであれば等の昔に殺し終えている筈。そうでないということは……我を害する心づもりではないと云フこと」的な。 達観ナイド。いや我はないだろ。
「というか、よくもまぁ殺し合った相手に容易く近づけるよなァ」
レイスと一緒になって俺をボコボコにした後もお前はそうだったっけか。4月の話。……めっちゃ懐かしいね。
「いやこの個体と殺し合った訳じゃねぇから。レンドウだってナイドと戦ってたろ」
「ああ」
結構殺した気がする。正気を保ってる間、記憶にあるだけで……5匹はこの手で。
「悪人を何人殺そうが、人間恐怖症になったりしないだろ。同じように、敵として相対したナイドを何匹殺してようが、別の出会い方をしたこいつに悪感情を抱く理由は無いっつぅの」
そういうもんか……?
それだとお前、初対面の吸血鬼である俺にも(というよりクレア?)優しくしてくれてよかったんじゃないの。あれは既に街で手配されてたから、会った瞬間から敵だってってことか?
心と体が強すぎる奴の考えはよく分からん。何基準だよ。敵対したくねェ。
……あと、俺は普通に人間怖いぞ。人間の悪意が怖い。それに善人であっても……俺が触れることで、壊れてしまいそうで怖い。
「まあ、百歩譲って、それが動物に向かう人間側の気の持ち様ってことでいいさ。でもどうやら、こっち側だけの問題じゃなさそうなんだよなァ……少なくとも、俺の場合」
「俺もそうみたい……」
俺の嘆きに同意する声。大生だ。
俺たちはさっきから二人揃って全身に噛み痕を作っている。や、作られてる。ほら、今も。
柵の間際まで近づいてきたナイドの一匹が俺の肩を食み、一瞬噛みしめてからすぐにとんぼ返りしていく。「痛ェ」目を向けたころには、既に奥の方にいる。何なんだよ。びるるるんじゃねェよ。
ビビるくらいなら最初から仕掛けてくんな。
大生はもっと酷い。食まれっぱなしだ。それも、3匹より。小さめの個体が3匹で彼を取り囲んで足だったり腕だったりをモグモグしている。服が唾液に塗れていくのが不快そうだ。
「これ、実は好かれてたりしないかな? かなり痛いんだけど」
「ナメられてんだろ」どう見てもさ。二重の意味で、はは。
「喜んで、と言っていいのか分からないけど……両者とも好かれてるわ」
フェリスが苦笑いしながら言った。
「嘘つけ。おい……このっ!」
再度近づいてきた気配を察知し、俺の髪の毛をよだれ塗れにするところだったそいつの首をむんずと掴む。
振り返って、笑んでやる。
「まずは上下関係を教え込んでやんねェとなァ、オイゴラ」
と、怯えるナイドに真の恐怖と言うものを教えてやろうと思っていたところに、
「レンドウっ! とっても人懐っこい子がいたよ、この子ならきっとレンドウでも大丈……」
レイスが連れてきた小さめの……なにそれ。ナイドじゃないじゃん。ナイドと比べれば小さいが、それでも人間を乗せるには充分な大きさ……。ナイドが馬っぽいとすれば、そいつはオオカミの変異種と表せるような……やつ、が、俺を見た瞬間にレイスの傍を飛び出してこっちに向かって猛然と「うごげばっ!?」
* * *
「いやお前……マジでお前……」
腹を抑えながらレイスを睨みつける。
「ごめん、本当にごめん! 僕がしっかり押さえていればだったよね! いやでもどうして……どうしてレンドウばっかり……?」
「その性格が災いして、生きとし生けるものに攻撃されるんじゃないかしら?」
「さすがに当たりが辛すぎないか?」
フェリスはそっぽを向いている。無様とか、ざまァみろとか思ってそう。
だが、これは由々しき事態だぞ。
人慣れしていて、フェリスが命じれば直ぐにでも人間を乗せられる……所謂優秀な個体は、もう揃いきってる。そいつらには子供たちを始め、体力面が心もとない奴らを乗せてもらう。
すると、俺たちみたいな戦闘班はその名の通りの“暴れ馬”の中から相棒を見繕わないといけないワケだ。クソだ。
どうやら俺と大生が一番絶望的らしい。
「夜明けまでに何匹調教できるかがカギだな……」
「ああ、そんなスキルを持ってたんだ」大生が期待するような目を向けてくるので、「乗馬経験すらほぼねェ」と胸を張ってやった。がっくりと肩を落とす大生。
「最悪、一匹でもいいから頑張ろう。俺とレンドウ君が一緒に乗ることになるけど」
男と相乗りか。まぁ、背に腹は代えられないか。フェリスと相乗りより精神的にマシだと思うしかないだろう。
「不慮の事故があるかもしれない旅路だし、可能な限り最大数のナイドを連れて行った方がいいと思うんだけど」
俺たちに向けて突撃したがるナイドを「どうどう」と宥めながら、フェリスが後ろ頭に喋った。
「はっはーっ! いいぞ、ダーティプリンス」
ナイド小屋(どうやらナイド以外もいるらしいが)の外から、楽しそうなダクトの声が聴こえてくる。仲が良さそうで羨ましい限りだ。
「だーてぃ……?」
プリンスは解るけど、ダーティってなんだ。
「どうやら愛馬に名前を付けてるみたいだ」
「いやそれは分かる。そうじゃなくて、ダーティってどういう意味?」
「え? あぁ……なんだったか……悪いとかなんか、そういうかんじだったと思う」
大生もそんなに堪能じゃないのか、カタカナ語。カタカナ語って名前では無かったと思うが。
「……汚らしいさま。人間界では魔法を使う人がいないから、エイ語も浸透していないのね」
俺に知識を教えるのがそんなに嫌なのか、フェリスはこちらを見ずに言った。視線は……レイスの方を向いている。
「……あァそれだ、エイ語」
普段使うようなエイ語は俺も多少分かるようになってきたし、積極的に使っていきたいとは思うんだけどな。
確かエイっていう海の生き物がいるんだろ。そいつらが考えた言葉なのかな? ……レンドウ子供だからよくわかんない。人語を介するとは……もしかしてヒトの一種だったりするのかな?
……いや、違うよな。もちろん解ってますとも。冗談ですとも。
レイスはオオカミっぽい生き物に跨っていた。全く振り落される様子が無い。やはり、人懐っこいというのは事実だと認めるしかないのか……俺が特別嫌われ体質なだけだと。
「あの子の名前はドライなんだけど、何故彼は勝手に命名してるのかしら……?」
あの子、とはダクトが乗っているやつのことだよな。話の流れ的に。
「まあ、愛称のようなものだと思えばいいんじゃないかな。相手が自分が呼ばれているって気づくようにさえなれば」
腕を組んだ大生は、もう周囲への警戒を完全に捨てたらしい。はみはみ。はまれはまれ、か。痛覚の遮断とかできんの?
「もうなってるっぽいぞ」
ダクトが呼ぶたびに嘶いてるし。何なんだよ。戦闘力も回復力も精神力も処世術もあって、その上動物(魔物)にまで好かれんのかよ。属性盛り過ぎだろ。一個寄越せ。いや、いくつかくれ。
「そうね……凄い、素直に凄いと思う。本代家ってどういう存在なのかしら」しみじみと呟いたそれに、
「知らん」とかわざわざ言わない方がよかったかも。ムッとした顔をされた。
……少しそっけなさ過ぎにも聴こえるセリフだったかもしれないけど、本当に知らないんだって。お前だから教えなかったとかじゃないから。睨むなよ。
「レンドウ君もフェリスさんも殺伐とし過ぎじゃないか? もう少し仲良くしてほしいんだけど。その、空気が」
「仲は全然悪くないはずだぞ。だって初対面なんだから。プラマイゼロのはず、そうだろ?」
俺は、あくまで俺とフェリスは初対面だと思うことにしている。だって、事実俺の認識ではそうなんだから。10歳で記憶を失い、俺として生まれてから今日この方、こいつを知らずに生きてきたんだから。
「あなたね……。……全く、どうしておじいさんは私のことをレンドウに教えてないのよ……」
おーい、言って置くが俺は難聴系男子じゃないからな。むしろ超耳良いからな。お前が小さく呟いた後半の部分まできっちり聴いてるぞ。そんなの、この女も解ってるだろうけどさ。
しかし、言われてみれば確かに、どうしてジジイは俺に、いや、里の子供たち全員に吸血鬼とアニマについての説明をしないんだ? 情操教育……ってやつか? 情報操作教育というか。
何か、自分たちが吸血鬼ではないと気づくことに問題があるのかもしれないな。具体的には? ……見当もつかん。だって実質吸血鬼とアニマの違いが分からないからな。傷が治るのが早いのは一緒だし。翼が出せるのも同じだろ。むしろどうして別種だと定義できた。髪と瞳の色程度か?
いや、フェリスは確か言っていたっけな。吸血鬼は劫火サマの加護を得ることができないから、里には住めないとかなんとか……。アニマの隠れたシンだと云うその劫火とやらが何を考えているのかが分からない限り、答えは出ないだろうな。一体そんなやつ、里のどこにいたってんだよ。引き籠りか。
「僕もこの子とちょっと外に出てみるね!」
ウキウキしながらレイスが言って、その言葉で俺は深い思考から帰ってきた。
「ん? ああ」
「よし行こううぁっ」
レイスが拳を突き上げると同時に、オオカミは風となった。つまり、勢いよく小屋から飛び出していった。レイスの悲鳴が聴こえる。ああ、すぐに楽しそうな声に変わった。
「……凄い速いけどさ。一人で先にいく訳にもいかないし、そもそもオオカミは長距離の移動には向いてないだろ」体力的に考えて。
「オオカミならね」
まあ、ジャストオオカミじゃないだろうけど。じゃあ、なんなんだ……? と視線を向けてみるも、フェリスは口元を引き結んで、あ、少しにやついた。
その理由に思い当たって、ムカッ腹が立った。お前、さっきの仕返しに俺に情報を与えないつもりだな。だからわざと教えなかったワケじゃねェって言ったろ。言ってないわ。
おいおい、そうこうしている間に、余りモノの数すら減ってきているじゃねェか。
俺が「一番マシなのはあいつかな……」とフェリスに申し出ようとしたのを横からかっさらうように、アザゼルが指名しやがった。
こいつ、いつの間に。神出鬼没がすぎるぞ。エスビィポートの戦いの後、いつの間にか居なくなってた時もそうだ。俺たちが武器を拾い集めつつ病院に向かい仲間と合流した時、こいつはまだいなかった。
だってのに、いざ山登りを開始しようって時にはしれっと混ざってたからな。門の上で待機でもしてたのかよ暗殺者ァ!!
まあ、何も言わずに無言で観ててやるさ。……お前が無様に吹っ飛ばされるのをな!
――と、思っていたのだが。
「なんでだ。いや、どうしてでしょうか」
いとも容易く手懐けたナイドの背中……高みから俺を見下ろす格好になったアザゼル・インザース。
「人徳って言うものだぜ、レンドウ君」
「胡散臭い顔で何を仰いますかァ、アハハハ……はぁ」
素直に感心して敬語で尋ねてやったというのに、こいつは。「どうしてでしょうか」のあたり、自分でも驚くほどの完成度の声が出たんだけど? フェリスも目を見張ってたぞ。似合わない自覚はあるけど。一応敬語の練習は続けてるんだよ、頭の中では。
藁をわしゃわしゃと踏みしめながら、アザゼルを乗せたナイドも小屋を出ていく。というか、人徳があるならもうちょっと気性の荒いナイドに挑戦しろよ。俺と大生から良さげなナイドを奪ったカンジになってんぞ。ああ、大生のいつもは大らかな顔が陰ってる。
「チッ……よし、決めた! ほぼ直感だけど、あの真ん中で地面つついてるやつ――、」
端でもなく、群れの中心、を少し逸れたところにいる個体を指差す。
枠からはみ出せば逆に目立つというもの。
羨望の視線を集めるでも爪弾きにされるでもなく、むしろ普通すぎて個性が埋没している。そう、ああいう普通のやつこそが世の中を支えているんだよな……何言ってんだ。
大人しめの個体であることがどういう結果をもたらすかは分からないが、とりあえず……一応騎士達を乗せていた経歴を持つんだろ? なら、乗せて走れないことはないだろうし。
「――という訳で君に決め……ってブファーッ!?」
「レ、レンドウ君……」
大生の声が揺れて聴こえた。
またしてもヒットアンドアウェイ野郎にどつかれて、俺はクルクルと回転していた。野郎とはいったが、果たしてオスなのかどうか。でも、気性の荒い奴って大体オスだろ。
「……いい加減にしろやテメェェ!!」
やっぱこうやってキレてる方が俺らしいな。
「あの、さっきも言ったけど。その子、本当にレンドウのことがす……ンン、気に入ってるみたいよ」
なんだ、今の咳払い?
つまり、なに、こいつを選べと。あなたはそう仰る訳であらせられますね。
「信じがてェ~……ぐごごごご」
俺に向けて頭を押し付ける(つまり角が刺さる。痛い)そいつをまじまじと見る。頭の位置は平常時で俺と同じか少し低いくらい。
体毛は他のやつに比べると随分と明るい。栗毛色と言ってもいいだろう。たてがみは柔らかそうだ。
両手で一番前に突き出ている角を二つ掴んで、押し合う形になる。
「遊んでるつもりなのかも?」
大生は何故か毒気を抜かれたような調子で言った。おい、お前も腰噛まれてんぞ。何勝手に毒気抜かれちゃってんの。それとも、横からだとこいつの顔がよく見えるのだろうか。目から何かを読み取っちゃった系男子か。
「だから、好かれてるっていったじゃない。その子……大方、撫でて欲しいんだと思うんだけど」
「突き殺そうとしているの間違いじゃねェのか?」
結局、こいつが俺の相棒……名付けてチャパになるのだが…………それまでにはもう少し、いやかなり格闘が続いたとだけ言っておこう。
ちなみに大生は最終的に自分を噛みまくってくる3匹の中から「1匹を選ぶなんてできない!」と逆に悩むまでになる。いつかハーレム築きそうだと思った。まる。
それから、屋敷の人間と会話してたらしいアルがこっちに合流した時、小屋の中の生き物が全部警戒して奥に固まったのは……マジ大爆笑。