第103話 ナイド小屋
びるるるる、ぶるん。
変な鳴き声だな。
「おぉ、やっぱ足ってこいつのことかぁ……!」
と、一際体躯のいい個体に近づいて――警戒したように後ずさるそいつを逃がさずに――撫ではじめたダクト。
「お前、もう自分で歩けんのかよ……」
呆れるわ。その頑健さに。
「今が人間の頑張り時だろ。こいつの背中に乗せてもらってからは、こいつ任せなんだし。フラ姉を早く迎えに行かないといけないんだから、さっさと乗馬(?)練習しないとな」
全身に打撲と擦過傷、おまけに火傷と来たもんだ。絶対に居残りコースだろうと踏んでいたんだが……本代ダクトはこうして復活した。包帯塗れではあるが、弱音を吐かない、自分の足で歩く等、とても怪我人とは思えない。自分の面倒は自分でみれそうだ。バケモンだわ。まあ、ここに来るまでは大生が背負ってたんだけど。
「……世界最強の称号をやるよ、ダクト」
「レンドウの一存で贈呈できる類のものじゃないだろそれ」
「確かに。でも、世界最強決定戦みたいな催しがもし、もし開かれたとしたらどうだ。結構いいとこまで行けんじゃねェのか? 自信あんだろ」
「ちっともないな。お前らは俺をよく持ち上げたがるけど、別に単身でドラゴンに勝てる訳じゃないぞ。そんくれぇは……解ってると思うけど」
「はい皆さん聴きましたかァ? さすが人類最強のダクトさんは違うッ! 自分が勝てないだろう相手筆頭はドラゴン! かーっ、やっぱり強者は例え一つとっても違うねェーッ!」
「茶化すんじゃねぇ!」
ノリよく騒いでくれるものの、やはりこちらに手を出してじゃれ合えるほど全快という訳でもないのだろう。ダクトは鼻を鳴らして腕を組んだ。
拗ねましたか。結構子供っぽいところあるよな。
ダクトに呼応するかのようにそいつも鼻をぶるんと鳴らした。俺たちは揃って笑う。
これ、2メートル越えてるかもな。頭頂部に頂いた冠とも云うべき捻じれた角は、全部で8本。あの時は禍々しいとしか思えなかったけど、こうしてみると……いや、やっぱ怖ェよ。威圧感半端ねェよ。
魔王軍過激派による……エイシッドの、いや、元を正せばニルドリルの陰謀か。それによるヴァリアー襲撃事件の折、俺たちはこいつを“暴れ馬”とかそれに近しい綽名をつけて呼び、忌避していた。
またこいつを見ることになろうとはな。
「ナイドが怯えてるなんて……全身に包帯を巻いている人相手だからかしら?」
フェリス。こいつが口を開くと、やっぱりどうしても身構えてしまう。あれだけ喧嘩したしな。といっても、今のは俺に向けての発言ではないだろう。口を閉じていると……な、なんだよ。言いたいことがあるなら言えよ。なんでこっちをちょっと向いた後顔を逸らした。
「全身に包帯……魔王軍に、そういった格好の兵士がいたよね?」
「ジェットのことね」
レイスとフェリスの何の気なしの発言に、しかし俺の全身の産毛がピリピリするような感覚。
……ジェット、か。あのド派手な二色の爆発したような頭。冗談のように変形する両腕。そして、その腕から放たれた槍……それが貫いた先。駄目だ駄目だ、名前を聴くたびにこんなこと一々考えてたら、キリが無い。和解、するんだろ。
するしかないんだろ。
「騎士団を乗せて移動するために育てられたナイド達だから、ジェットを思い出して委縮している可能性はあるわね。彼が育てたナイドの数は相当だから」
「なるほど」
「ちなみに、ここにいるナイドたちは第一線を退いた、療養中の子なの。その中でも怪我が治った……少ない子たちに、今回は頑張ってもらうことになるわ」
「ほれほれ、お前俺の専属にならねぇか?」
フェリスの説明に頷くレイスを背景に、ダクトはナイドに関係を迫っている。言い方……まあ、事実だ。一番大きな馬を欲しがるとか、単純な奴。
周りを見てみろ。こんだけ沢山いるんだ、もっとよく探したら、より相性のいい個体がいるかも知れねェぞ?
――景山家の別荘。
可能な限りの速度で魔王城へと向かいたい俺たちは、昨夜……病院で仲間を拾い上げ、アロンデイテルの国家機関に拘束されないよう、装備を整える時間すら惜しんで出発した。
が、さすがにその足で後一つの国を越えるのは無謀と言うものだろう。足のあてががあるというフェリスに案内されたのがここだ。エスビィポートの門をくぐって8時間ほど山の方へと登り続けた。
疲れた体にはきついって。
しかしまあ、このパーティーでは俺も大人な方だ。眠る権利は守やリバイア達に譲って、明日から世話になる相棒選びをすることにしたんだ。そっちはツインテイルが案内を担当した。
だから俺はまだ、一度も本邸に足を踏み入れていない。するとこの建物の名前は……馬小屋……になるのか? それにしては立派過ぎるけど。
はァー眠い。……仕方ないだろ、もう空が白んできてんだから。……本邸では清潔な寝床が待っていると信じて頑張るしかないよな。
にしても、どうしてフェリスが紹介する、紹介できる場所が人間界にあるんだ。景山家って何者だよ。というか、ナエ……ミョウジ、そう、苗字だ。なんでワフーの人間の名前してんだ。
……当然、少し考えてみりゃあ予想くらいはできる。
大方、人間界で活動するスパイとかだろ。
あんまり日の当たる職業じゃないなとは思うが、それにいちいち文句や嫌味を言っても始まらない。景山家が無ければ俺たちは……少なくとも馬の都合が付けられる街に到着するまでは延々と歩くことになっていたのだろうし。景山家サイコー!!
「ははっ、なんか可愛く見えてきた」
とかなんとか言いながら、いつの間にかダクトはナイドの背中に乗っていた。
「お、おい大丈夫なのか」
「鞍はついてるぜ?」
そういう問題じゃないだろ。
「振り落とされたらどうすんだってことだよ!」
と、心配したものの、ナイドは思いの外大人しく……いや、それも怯えているが故なのか。ダクトが無様なことになる未来は無かった。
「ほんと可愛いなお前、よしよし」
もし振り落されても、綺麗に受け身を取るくらいはしたかもしれないけどな、このムカつく怪我人は。
「…………」
俺が何とも言えない視線を向けていると、大生が腕を擦りながらこちらへ歩み寄ってきた。
「どうした?」
「いてて、油断してたら普通に噛まれたよ。服の上からだったし、本気じゃなかったみたいだから平気だけど」
「そりゃ悲惨だな。まあ、こいつが本気で噛みついてきたら、な……」余裕顔でいててとか言ってられねェだろうさ。
「あんなこと言ってるダクトも、襲撃の時はナイドのことを「クソ馬」って呼んでたよう、な……」
大生がそこまで言って、フェリスの何とも言えない視線を受けていることに気付いたらしい。誤魔化すように咳をした。
やばいぞ、ナイド愛好家連盟の方を怒らせるんじゃない。この女を怒らせるのは俺だけで充分だろ。
「ま、まあ、戦闘中のことだからな。誰でも口が悪くなるときはあるだろ」
――なんで俺がこんな気を使わなきゃなんねェのかは謎すぎるが。