第102話 私は大丈夫
話すこと自体はいいんだが、時間が惜しい。アルフレートはそう言うと、先行して歩き出した。
辺りは真っ暗だ。街灯が残ってない。破壊された町並みに、避難所から様子を見に来たのか、混乱する人々が見える。殆どの連中は家が無事じゃないだろうから、避難所に逆戻りか、切ねェな。魔物は見かけないな。既に鎮圧されきったからこそ、住人の帰宅が許されているのだろうけど。
モトシロ・ツギヒト・ウルフスタンとはあれっきりになるんだろうか。あいつがこれから先も同行してくれれば心強いことこの上ないんだが。ま、まずは弟の方の様子を見てからだな。
残りの仲間が詰めているはずの病院へ向かう俺たち……その道すがらアルフレートより語られたことを要約すると、こうなる。
一、≪歩く辞書≫……つまりアルフレートは、人間では無い。魔人だ。種族は明かせない。とりあえず、先ほどニルドリルにつけられた傷は致命傷ではないらしい。どんだけ固いんだよ。いや、再生力が異常なのか?
二、副局長アドラスは彼の身の上を知ったうえで、彼をヴァリアーの要職に置いている。まじかよアドラス。柔軟にもほどがあんだろ。解ってて引き入れるとか。
三、「レンドウ、頼むから俺の本名はまだ周りに明かさないでいてくれ」。まだ明かせない事情があるのかよ。そう言われると……やはり怪しいとしか言いようが無くなってくるこいつの自分語りだが。逆に言えば「言ってることは真実」なのだろうし、俺はこいつの本名を知っている、つまり弱みを握っているとも言える。
あー、言ってることが真実っていうのも思い込まされてるだけなのかもしんねェけどさ、そんなこと一々考えてもきりがないっていうか。アドラスも信用してるんだろ。
色々思うことはあるし、信じるだけの理由も疑うだけの理由もいくらでも捻りだせる。後は、俺がどう思うかだけだった。
――俺は、アルフレートという男を信じる。
……いつから、俺はこんなこんな甘ちゃんになったのだろうか? 少しずつ、変わってきてるんだな。良いことなのかは分からんけど。
「じゃあ、ヴァリアーの魔人第一号はレイスじゃなかったってことか」
「そういうことになるな」
「……そこんとこどうなん? 自分が人間組織における魔人派閥のパイオニアじゃないって判明した心境は?」
首を巡らせてレイスを見やると、きょとんとした顔をされた。
「え、そこで僕に振るの? ……えっと、どうでもいいかな」
まあ、お前は自己顕示欲とか無さそうだもんな。
「んー、じゃああとは……能力、とか特性、は……種族バレするから言えないか。じゃあ、お前の目的の……方向性はどうなんだ?」
「……方向性?」
怪訝な顔をされた。はいはい、俺が馬鹿ですよ。
「上手い言葉が見つかんなかったんだよ。……アドラスが許してるってことは問題ないんだろうけど、お前は人間よりのスタンスってことでいいんだよな」
何かを思案するような難しい顔をして、アルフレートは。
「……正直に言うが、自分でもはっきりとはしないな。別に人間を敵視してはいないが、俺の中に“人間こそ仲間”だという意識はないな」
ふぅむ。
「……まあ、そうだな。プラマイゼロだよ。魔人も人間も。どっちも敵にもなり得るし、味方にもなり得る。人と人の関係ってのはそういうもんじゃないか」
なるほどな?
「今は人間界がお前の居場所。それ以上でもそれ以下でもない……ってことか」
「そういうことだ」
やっぱり、アルフレートを疑う必要は無さそうだ。
「……それで、ここから先のことだけど」
俺がそう結論付けたところで、大生に背負われたままのランスが声を上げた。彼女もアルが人間でないことには当然驚いているはずだが……これがヴァリアー幹部の胆力ってやつか。よっ、七全議会っ!
「今度こそやっと、その話ができるんだな」
「そりゃあ悪かったな? おう」
皮肉めいた口調のアルを肘で小突いてから、ランスに頷いて続きを促す。
「私はさっきも言った通り、すぐにでもここを発つべきだと思う。動けないメンバーをここに置いていくことになったとしても、ね」
「いや、それは危険だろう」
危険? ……って、どういうことだ? この街に襲い掛かってきていた脅威は、俺たちで追い払ったじゃないか。
「俺たちがいる場所がニルドリルに狙われるってんなら、この街から離れてやることが悪ィようには思えないんだけど」
「考えなしだな、レンドウ。俺はこの街の人間なんて心配しちゃいないさ。いや、全くってほどじゃないが……何より優先するべきは、仲間のことだ」
「なに、急に「ぼく情に厚い奴ですアピール」してんだろコイツ……」
聴こえるように呟いてやると、頭の上に手をぐわしっと置かれた。やめろ、髪が乱れる!
「できればニルドリル、次点でエイシッド……この事件の黒幕としてエスビィポートに突き出せるレベルの輩の身柄さえあれば……アロンデイテルを黙らせられただろうがな」
黙らせられたって、どういうことだよ。まるでアロンデイテルという国がこの事態に黙っちゃいないみたいに聞こえるんだけど。いや、そりゃ一つの街を滅茶苦茶にされたんだから怒っていいとは思うけどさ。
「なんだそれ。……まさか、ヴァリアーに文句言ってくるってのか!?」
アルの腕を払いのけて、怒鳴る。「俺らも被害者だぞ!!」
「俺に怒鳴ってどうなる……」どなってどーなる。はは。おもしろ……くねェよくだらねェ。「もしかしたらの話だ。お前も最悪を想定できるようになれ。そうだな、俺たちが今回の事件を魔王軍による攻撃だったということを証明できなければ……俺たちを拘束して犯罪者として扱うとかな。あり得るかもしれないぞ。来週には俺たちの首が処刑台に並ぶことになる」
「ええー……」大生が信じたくない、とばかりに嘆くような声を出した。アシュリーの口からは獣の唸り声のようなものが漏れ、ランスは嘆息した。なんかアシュリーに嘆息したみたいになってないか。
「人間って……」愚かね、とカーリーが吐き捨てた。レイスに、ツインテイルとフェリスはもしかしたら人間を擁護するかと思ったけど、固く口を引き結んでいた。後半二人は未だに俺に対してイラついていて話に入ってこないだけかも知れないが……。
そういえば、アザゼル・インザースは何処に行ったんだろう。一応、魔王城まで……かは分からないけど、ティスとセットなんだろう、あの男は? 神出鬼没なのは結構だけど(何が結構なんだろう)、一緒に来たいのなら出発までに合流しろよな。
「いや、あくまで俺の予想、それも最悪の話だからな、≪黒バニー≫」アルがカーリーに注意した。カーリーは曖昧に頷いた。未だにアルに対して苦手意識があるのかもしれない。仲良くなるタイプではないんだろうけど、アンダーリバーにいる彼女の家族たちに資金援助をしているのはアルフレートだ。完全に嫌いにもなれないだろう。複雑だなァ。
「ダクトがどれくらい回復しているかにもよるが……少なくとも平等院、ジェノ、それに……ランス、他ならぬお前がこの街に残ることになるんだぞ。ここで俺たちが離れれば、戦力を持たないヴァリアー隊員に対してこの街の連中は……」
ランスたちが何もできないのをいいことに、好き勝手されちまうかもしれないってことか。
だが、ランスの意思は変わらない。
「それでもだよ。軍師ニルドリルはフェリスさんのいる場所を付け狙う」フェリスの方を見やれば、気まずそうに目を伏せていた。迷惑をかけている自覚はあるんだよな。そんな彼女の背中を、ツインテイルが労わるように撫でている。「これ以上人間界を傷つけさせるわけにはいかない。動けるメンバーは、最低限の日程で魔王城にたどり着けるよう、努力するべきだと私は思う」
アルフレートは唸った。怒っている訳じゃない。心底悩んでいる。怪我を負って動けないメンバーを置き去りに。別に自分の仲間でも無い、ただ人間と言うくくりだけの連中を――ああ、アルにとって人間は同族ですらないじゃないか――数が多いからという理由だけで優先しなければならないものなのか。
まあ、そういうのって、結局は規模が物をいうよな。そりゃ、「世界の全てを投げ捨ててでも君だけを助ける」とか言ってみたいけどさ。世界って何って話になってくる。天秤の逆側……大切な人の反対側に乗っているのは、100人か? それとも1000人?
例え愛すべき人が隣にいたとしても、10000人を犠牲にして、果たして心から笑えるものだろうか?
まあ、土壇場で体が勝手に動いて世界より恋人を取っちまったとしたら、たぶん俺は笑うだろうけど。だって選んじまったもんはしょうがないだろ。自分が選んだ道が自分にとって最善だったと信じて、割り切って笑える人間だよ、俺は。……たぶんだけど。恋人いないし。
「ミッドレーヴェルまで二日、剣氷坑道を一日で越えたとして……魔王城に到着し、ニルドリルの悪事を証言。それでニルドリルは何もできなくなり……?」そこでアルはフェリスを見た。フェリスはそれだけは自信があるという風に頷いた。魔王ルヴェリス、そんな絶対的な存在なのか。期待しちまうぞ、色々と。「……それからすぐに戻ってきたとしてもだ、一週間近いぞ。ギリギリだ。それまでお前たちが無事でいられるのか……」
分からないんだぞ。そう言うはずだったろうアルを、ゆっくりと首を振ったことで黙らせ。
「大丈夫。私はヴァリアーの≪ランス≫だよ? 例え身体が動かなくても、一週間くらい、話術でなんとかするから」
そう言って、ランスは笑ったのだった。
「皆は皆のやることを為して。……よろしくね」
でも、その余裕ぶった態度が逆に心配なんだよな。ちょっとだけ……ヒガサを連想する。
そうこうしているうちに、俺たちは病院へと到着した。
――さてと。久しぶりに大怪我をしたらしい、本代ダクトのツラを拝まさせていただくとするか。