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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第7章 魔王編 -へらへら男とくそったれの地下街-
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第99話 フェリ姉の想い人

 男は舌なめずりをしていた。


 ――目の上のたんこぶ、我が計画に残ったしこりのような存在が、まさか自分の方から死地に飛び込んでくるとは。


 ――大人しく魔王の庇護下にいればよかったものを。


 男が人知れず標的の後ろに回るまで、さほど時間は要さない。誰一人、男の移動に気付くことはできない。


 いつ、仕掛けるべきか。標的は感情を爆発させ、見知らぬ少年と口論をしている。哀れな姿だ。


 ――それが最期の言葉になることを自覚することなく、逝くといい。



 ◆シュピーネル◆



 ――ツインテールは(ほど)けていた。じゃあもうツインテイルじゃないじゃん。ただのシュピーネルじゃん。いつものことだけど。いや、そんなことを考えてる場合じゃない!


「まあ、フェリ姉、ちょっと落ち着いてって。一体どうしちゃったの?」


 フェリ姉が前に言ってた想い人って、どう考えてもこのレンドウって人のことだよね……。


 荒く息を吐いているレンドウさんを見る。それから、地面にへたり込んでいるフェリ姉を見る。


 現在、非常に上手くいってない様子。せっかく戦いが終わって、平和な時間が戻ってくるところだったのに。いや、街中ではまだモンスターが暴れてるんだっけ。でも、敵の親玉を倒せたのは大きいだろうし。


 原因は二人の意見の行き違いのせいらしいけど。


 私の心はすぐに、レンドウさんに向けて憤り始める。


 ちょっと、何フェリ姉のこと泣かせてくれてんの?


 とまあ、外見的にも言動的にもいかついレンドウさんにそう言えるようなうちじゃないんだけど。


 まさか手を上げることまではしないよね……? レンドウさんの挙動に注意しつつ、フェリ姉の方を見れば……、


 息を呑む。


 つい数瞬前まで、そこには誰も立っていなかったはずなのに。暗い紫色の服装の人物。いつの間に。その手が高く振り上げられている。


 一体何者だ。何をしようとして――いや、そんなの、良くないことに決まってる!!


 だが、幸いなことに。うちの身体が動く前に、いち早くそれに反応している人物がいた。正しくは、遅れを取り戻すように、だ。


 うちより後から状況に気付いたというのに、フェリ姉を突き飛ばして前に出たレンドウさんは、右腕を頭の前に差し出した。


「ッヅアアアアッ!!」


 痛そう! 自分、語彙力ないなあ!とにかく痛そうだ。


 でも、見直す。さっきの今であれだけど、ちゃんとフェリ姉を守ってくれた。ちゃんとってなんだろう。親衛隊でもないのに、今の今まで口論になっていた相手を助けるために動ける人間ってすごい。


 ……レンドウさんの右腕、それに半ばまで食い込んで止まったのは、見るからに業物。


 ああ、あの刀身には見覚えがある。これは、よくないものだ。


 数多の戦場にその名在り。それは最後には決まって、大将首を背後より奪っていったと云う……呪いの刀。人の手を渡り続ける、裏切りの刃。持ち主を狂わせるという逸話を持つ、血を吸い続けたような赤黒いその刀の名は。


 ――妖刀、妃逆離(ひげきり)


 でも、なんであれがここに。いや、分かってる。分かりたくないだけで。


 今のあれの持ち主が奴だなんて、ああ、この上ないほどピッタリじゃんか。



「「――ニルドリルッ!!」」



 うちとフェリ姉の叫びが重なって、それを耳にしたものは例外なく目を見張った。行動が早い者は、すぐさま臨戦態勢に入った。その間にも状況は動いていた。


「噂の軍師様、か」駆け抜けるは、茶髪の青年。「そっちから登場とは、手間が省けたな」


 妃逆離の切れ味は、人間一人を切ることすら叶わずにその身を留める程度のものじゃない。レンドウさんの腕が斬り飛ばされなかったのは、(ひとえ)に彼の能力によるものだ。


 傷口から噴出する緋翼を見て、ニルドリルは分が悪いと判断したのだろう。奴の判断力には舌を巻かざるを得ない。せめて、あと1秒遅ければ。魔王城遠征隊リーダー≪歩く辞書≫の長剣が奴を捕らえていただろうに!


 一歩、二歩とステップするように後退したニルドリル。その表情はフードに覆われていて窺うべくもないが……視界確保できてんの? あれで周囲の攻撃に反応できているのだから、つくづく実力ある悪党ってくそったれよね。


 そこへ、次々とヴァリアーの面々が襲い掛かる。ヴァリアーの隊員以外も。うちも行くべき? いや、フェリ姉の傍を離れる訳にはいかない。


 ロングローブとでもいうべきニルドリルのスタイルは“戦いに向いた服装”の指標に真っ向から挑みかかるような挑発的な出で立ちだ。「沈め!!」そのローブの裾を踏みつけるように前進、顔面にブチ込めアイアンナックル! しかし、アシュリーさんの拳は奴の顔面に炸裂する寸前で固まった。「あ、が……?」いや、拳だけではない。まるで彼という人間が世界から切り離されたかのように。時間が止まったように動きを止めた。でも、身体の硬度は当然、人間のままだろう。


 ちっ、と舌打ちをする。舌打ちしちゃった。


 魔術の類か。いつの間に、詠唱を? アシュリーさんは動けない。このままでは斬られてしまう。うちらの中に飛び込むように現れたニルドリルは本来、魔学技術に秀でている男だ。特に、召喚術の類に。だからって、接近戦が苦手だと誰が決めた。少なくともうちは決めつけていた。その認識が徒となった。


「アシュリーッ!」入れ替わるように大生さんが飛び出してきた。アシュリーさんの固まった身体は大生さんに押されてその場に倒れ込んだ。大生さんが掲げた剣は、妃逆離によって容易く両断された。「――ッ!!」そして、すんでのところでそれは勢いを失う。いよいよ大生さんの脳天を赤黒い刃が切り裂かんとしているところだった。原因となったのは、アザゼル・インザースがニルドリルのローブの背を掴み、力いっぱい引っ張ったことだろう。惜しむらくは、アザゼルさんが無手(むて)だったということ。アシュリーさんと大生さんのピンチ故の、咄嗟の行動だったからか。ダメージを与える手段は、無い。


 ニルドリルは大生さんを蹴り飛ばしながら反転し、アザゼルさんに右手をかざした。その行為にどんな意味があるのか、悠長に想像などして過ごせば、きっとたちどころに命を落とすだろう。何らかの魔法的意味があると考えるべきだ。


 だからこそ、アザゼルさんも右手をかざしていたのか。両者の腕が同時に光を放った。ニルドリルの掌の前には青色の魔方陣が。アザゼルさんの腕は、紫色のオーラを帯びた。


 そして、両者の間に、どのようなやり取りがあったのかは分からない。傍目には、何も起きていないようにすら見えた。恐らくだが、ニルドリルの攻撃を無効化か、相殺できたってことなんじゃ……そこまで考えた時、アザゼルさんは喀血し、背後の建物目がけて吹き飛んだ。思わず悲鳴をあげてしまった。


 破砕音が響き、大量の埃が舞う。アザゼルさんは見えなくなった。ニルドリルはこちらへと――やはり狙いはフェリ姉だ――向き直ると、左手に携えた妃逆離を直線的に構えた。腕を伸ばしきっただけ。そんな風にも見えるが、相当な重量であるだろうその刀を、真っ直ぐこちらに向けられると恐ろしい……だから、そんな感情抱いてる暇ないんだっ、て……。


 馬鹿が、油断しすぎよ。刀の先端から赤いエネルギーの、弾丸……放たれ、て。っ、つぅ…………!!うちの左足の腿が撃ち抜かれたんだ。こ、の程度で、死なない。大丈夫。大丈、夫。


「ネル!!」


 ふらりと足取りが覚束なくなったうちを、フェリ姉が後ろから支えてくれたらしい。


「フェ、フェリ姉……もうちょっと、そのままで」


「え、ええ」


 役得だ。フェリ姉に包まれながら……じゃない。支えられながらなら、やってみせる。目を閉じ、耳をピンと立てて、周囲の全てを“観る”。視界は必要ない。視界には罠が多い。ニルドリルの匂いは覚えた。不確定要素を排除し、位置情報を更新。こちらに向かってきている。ニルドリル。


 妖狐の一族を舐めないでよ、ね!


「貫け……尖晶、棘、欠片(スピニード・ダスト)……!!」


 うちらの目には、生まれつき術式が宿っているんだ。自らが得意とする属性を好きに選ぶことこそできないけど、そこいらの凡夫とは一線を画す速度で魔法を放てるんだ。その速度は、時折詠唱放棄とも称される。


 目の前に浮かんだ70センチ程の正八面体。緩く回転するそれは、斜陽を受けて輝きを放つ。見る角度によって薄い赤にも緑にも青にも見える。フェリ姉がこれを綺麗だと言ってくれるのが誇りだ。けど、悠長に眺めるために呼び出したんじゃない。


 八面体が弾け、幾条もの欠片が連なり、その威力を増しながら多方向より敵の身体を穿ちにかかる。さすがのニルドリルも、同時に3本、4本も腕は生やせまい。そう楽観的に思いながらも、最悪の事態に思い至り、それはすぐに現実となってしまった。


 ニルドリルによって召喚された魔物か。ニルドリルのローブを引き裂きながら……刺々しく、また太すぎる硬質な獣の腕が生えて、空中を乱舞。ダストを全て掴み取り、握りつぶしてしまった。


「そんな…………、え!?」


 驚愕は更に連鎖する。ニルドリルのローブが破れ、青色の炎が踊り、その全てを焼き尽くした。後に残ったのは、二足歩行の、蜥蜴人(リザードマン)……!?


 腕が二対(につい)であることを除けば、それはまさしく蜥蜴人なんだけど、え、じゃあ、ニルドリルじゃなかった……ってこと?


 そういえば、奴は一度も言葉を発していなかった。ニルドリルと決めつけたことこそ早計だったか。いや、でも。


 蜥蜴人が吠えた。嫌でも注意はそちらへと引きつけられ、何も考えられなくなる。あと足痛いし。そこで、「伏せろ!」レンドウさんが叫び、何事かを喚きながらこちらへと手を伸ばしていた。


 嫌な予感がして、すぐに言われた通りに身を投げ出していた。後ろで、恐ろしいものが振り下ろされる音。地面が砕ける音。腿から一層血が噴き出し、痛みに喘ぐ。「ふぅっ、ふぅっ」喘ぎながらも、地面に手を突いて振り返ると、うちがいた場所には妃逆離を振り下ろしたニルドリルの姿が。


 そう、それは今度こそニルドリルで間違いなかった。フォレストグリーンの髪をオールバックにした壮年の男。


 その顔には、右上から左下へと、斜めに大きな傷が走っている。奴からしてみれば左上から右下へ、か。消そうとは思わなかったらしい。奴の人生の汚点であると同時に、誇りでもあるという。


「くは、くはははははははは」


 戦場において異質ともいえる豪奢な鎧を身に纏い、ニルドリルは哄笑を上げた。


「……余興にしては私には物足りなさ過ぎるな。アドラスがいなければこの程度か、ヴァリアー諸君?」


 ジュバッ。余りにも容易く肉体の間を駆け抜けるものだから、その音に不快感を覚えるのが遅れた。うちとフェリ姉を庇うように立っていたレンドウさんの胴が薙がれて、鮮血が舞う。


「きゃああああっ!!」


 フェリ姉が悲鳴を上げた。それが心地よいとばかりにニルドリルは笑みを深くし、しかしそれをすぐに打ち消した。「いかんな、目的を見失っては」思い直したように、今度は不気味なまでに感情を消すと、返しの刃がフェリ姉に向かった。


 さ、せない……。懐からダガーを抜き、両手に構えて妃逆離とフェリ姉の間に差し込む。それがあえなく砕かれ、うちの命もここまでか、とはならない。うちはフェリ姉を信じている。


 瞬間、うちを黒翼が飲み込んで、うちとフェリ姉とレンドウさんは、建物の影を伝って瞬間的に移動。ニルドリルから20メートルもの距離を得る。


 黒翼に包んだものごと影の中を移動する、フェリ姉の得意技だ。


「……逃げ足だけは一流のようだ」


 遠くでニルドリルが、憎々しげに呟いた。そこへ、歩く辞書さんが跳びかかっていく。彼は強い。少しくらい目を離しても大丈夫か。蜥蜴人の方はどうか。大丈夫そうだ。レイスさんが全身を傷だらけにしながらも攻撃を引きつけている。カーリーさんはレンドウさんの様子を気にしつつも、蜥蜴人をレイスさんと挟み撃ちにするために回り込む。


 レンドウさんが「ごぼっ」と血をふいた。仰向けに寝かせているが、アニマなのに……傷の治りが遅い。うちも出血しててあんまり余裕ないんだけど……後でフェリ姉に治療してもらえるなら、それも役得。


「意識はある、みたいですね?」


 というか、フェリ姉にこれをさせる訳にはいかない。うちはまだこの男を見極めていない。認めてない。


 ――だから、うちがやる。


 うちの血の匂いに興奮でもしていたのか。吸血衝動の兆候が瞳に浮かんでいたアニマの少年。その口を塞ぐように、勢いよくうちの右腕をあてがった。


「なら、さっさと吸えっての!」

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