間章 ◆レンドウ◆
ここにきてやっと主人公のルーツを解説するらしいです。遅くない?
――目が覚めたとき、自分……俺……いや、その時は、僕だった。
まあ、少年でいいよ、少年で。
少年の顔を見下ろしていたのは、黄玉の瞳だった。
少女はシンクレアと名乗った。長い間眠ったままだったらしい少年を心配した様子を見せる彼女は、どうやら彼の幼馴染らしい。
少年と彼女に共通する黒い髪。自らのそれに梳くように触れ、その特徴から少年は自分が吸血鬼であることを知った。まあ、正しくは吸血鬼では無かったみたいだけど……今はそれはいいだろう。
――ごめん。きみのことをおぼえていない。ここがどこなのかもわからない。
生まれた場所、両親の顔。言葉を初めとする知識を残し、エピソード記憶を失ったらしい少年に与えられた居住空間は、両親のものではなかった。
二人とも大変忙しい立場で、吸血鬼の里に戻ることは殆どないのだと聞いた。「いや事故で意識を失いっぱなしの息子をほったらかしで遠出する親とかその家庭問題抱えすぎだろってか僕の家かよチクショウ」と当初こそ思ったが、少年が昏睡していた期間が一月を越えていたことを知れば、まあ、無理やり納得できなくもなかった。
幼馴染だという少女の甲斐甲斐しい世話もあって、少年の……レンドウのリハビリは順調に進んでいた。
……肉体面に限って言えば、だが。
長い間寝たきりの生活を送ったことによる弊害は、筋力の減退に留まらなかった。
自己を失った少年は、何かでそれを埋めなければならなかった。
周囲は、やはりというかなんというか、少年が“レンドウ”を取り戻すことを期待していたようだった。
だが、それは、重すぎた。
吸血鬼の里において神童の異名を我が物にしていた少年。一族で最も魔法――緋翼のことだ――の才能があるとされ、文武両道、質実剛健、知勇兼備。ゆくゆくは指導者になる器だと噂されていたのだとか。
――いったいだれのはなし?
いつでも誰からもそうだとは限らなかったけれど、確かに一定数存在する奴ら。無遠慮な期待に、少年に我慢の限界が訪れるのは時間の問題だった。その時が来た。
つまるところ、キレた。
癇癪を起こした少年に、同世代の子供たちは近寄らなくなった。当然か。少年の周りに残ったのは、目覚めた時に傍にいた少女と、もう一人の幼馴染だという少年。こちらは、2歳ほど年上だった。名をゲイルといった。
記憶を失ったばかりだったころ、少年はてっきり幼馴染はシンクレア一人だけなのだろうと思い込んでいた。ゲイルは姿を見せなかったからだ。
何か思うところがあったのかは分からない。きっと、複雑な事情があったのだろう。でも、少年の周りから同世代の子供たちが消えてから、ゲイルはまるで少年を気遣うように。少しずつ、共に在る機会が増えていったのだった。
二人は、少年が“レンドウ”へと戻ることを強要しなかった。そりゃ、勿論心の奥底では「早くレンドウの記憶戻らないかなぁ」って思ってたかもしれないし、というか思わないのもヘンだろってかんじだが。二人からは嫌な雰囲気がしなかったんだ。そういうの、やっぱ分かるよ。
そんな二人と一緒にいられるようになっただけでも、キレた甲斐があったなぁと思ったのだった。
そして、少年は歳を、自己を重ねていく。
里の奴らも、俺に理想のレンドウ像を押し付けるのを諦めた。諦めてくれた。やっとかよ。遅ェんだよ。
……少年の一人称は俺となり、臆病な内面を隠すように、乱暴者の皮を被った。
幼馴染も、周囲の大人たちも、確実に俺の「意識して作った人格」に気付いていると思う。
でも、これは……たった一歩ですら前に踏み出すのを怖がっていた少年が、大好きな本の中で出会った、理想の姿だったから。
芯の強さに満ち溢れた、ダークヒーローの姿だったから。
だから俺は。いつか全てを思い出し、俺という人格を手放すときが来るのだとしても。
俺が消えるその瞬間まで、俺であり続けよう。
そう思い続けている。
――そういうこともあって、相手の中に変わらず残っていたらしい“レンドウ”を押し付けられ、カッとなってしまったんだろうなァ……。
正直反省もしたくない。そう考えてしまうのは、やっぱ俺がまだまだ子供ってことなんかねェ。
いやでもこの女マジで言ってることおかしいっつーの。
はあ。
【第6章】 了
お読みいただきありがとうございます。
レンドウ君、わざと乱暴な口調を使うように自分で癖をつけてたんですね。かわいい。