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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第6章 魔王編 -ほんとの俺は王子様-
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第95話 過剰起動

 ◆大生(おおぶ)



 絶望的な一撃を受ける寸前のレンドウを前に、カーリーに我慢の限界が訪れたらしかった。かくいう俺も、駆け出した彼女の後に間髪入れずに続ける程度には爆発していたが。


 細い路地から飛び出し、左手にある交差点。開けた場所だ。身を隠すものなど無いと言ってもいい。レンドウの身体を“掘り返す”のをやめ、こちらへと意識を向けた不死鳥……その、後ろで。


 エイシッドなる男が、俺たちを補足したのだろう。


「ぐ……ぎがっ……」


 後ろで足音の代わりに、そんなうめき声が聞こえてきて、即座に振り返る。


「アシュリー……っ」


 彼は、膝をついて頭を抱え、いや、髪を千切るような勢いで拳を握っているのか。苦悶の表情を浮かべていた。だが、逆に言うならば、意識は保てている。かろうじてだとしても。


「気に……せず……行け!」


 無言で頷いて、俺は不死鳥に向き直る。しまった、カーリーは少しも減速していなかった。……一人で先に行かないでくれ。というか、少しはアシュリーを心配しようか。


 そこまで考えたところで、自分とカーリーの様子が変わっていないことに気付いた。


「よし、操られてない……!」


 彼女の読みが当たっていたのだろうか。


 エイシッドの能力は、恐らく精神系の攻撃。似た様な能力の使い手だというカーリーの証言を信じるならば。


 ……その特徴、弱点として挙げられるのが、まず、距離による威力減退。そして、一度それを受けた者に耐性がつく可能性が高いこと。俺なんかはそうだと思う(そう信じたい)。


 強靭な精神力を有した人間には、そもそも能力自体が全く効かないこともあるらしいが……俺は修業が足りなかったのだろうか。


 更に彼女が言うには、「精神干渉は、それを意識していないときにやられると……まず落ちます」だそうで。つまるところ、それを強く意識していれば回避できる可能性が高い。


 精神攻撃の使い手は、自らの能力を相手に知られないように立ち回るのが常なのだ。


 その話を聞いて、もしかすると、と思った。


 エイシッドは、こちらが向こうの能力を恐れて、攻撃を仕掛けに行きづらくなることまで織り込み済みなんじゃないか。いや、恐らくそうだ。なら、こちらに同系統の能力についての知識を持つ人物がいたのは、奴にとっては正に……誤算。


 当然、その知識を得たことなど、奴に教えてやる義理も無い。破れかぶれの特攻だと高を括っている間がチャンスだ。


 平等院のロングソードを下段に構えて走り、カーリーに向けて振り下ろされた炎の腕――彼女がひらりと躱したそれは、地面を焦がすように突き立った――に向けて振りぬいた。振りぬきながらの、後退。攻め込みすぎに注意。まず、様子を見たかった。


 手ごたえはなかった。微塵もだ。


 予想通り、この炎の腕に攻撃しても、何の意味もない……!


 いや……本体に攻撃しても、同じことだった。俺がこのモンスターを不死鳥だと断定した理由。こいつの生身の部分を切り裂いた時に、それを即座に修復するように巻き起こる炎。それはまるで、吸血鬼を彷彿とさせて。俺の脳裏に、不死身という言葉を思い起こさせるのだった。


 ――こいつだけは、まだ攻略法も何もないんだ。何とか、何とかしないと俺たちは。


 ……だが、しかし、あるのだろうか?


 伝説上の生物。不死を冠するその巨躯を沈める方法など。一介の冒険者あがりでしかない俺が、その攻略法を思いつけるだろうか?それも、戦いの最中に。


 答えは、不可能。


「抜けるぞ!」


 叫びつつ、俺はロングソードを不死鳥へと投げつけた。それは音もたてずに不死鳥の身体に深く身を埋めた。不死鳥はただ不快そうに、だが確かに身をよじる。死とは無縁でも、感覚はあるようだ。別にお前は……あらゆる剣を跳ね返す、鋼鉄の肉体を有している訳じゃない。


 炎の腕、そしてやつの自重を支えていたうちの一本、強烈な質量を持ったそれを何とか躱し、俺は転がる様に跳ねながらレイスの元までたどり着いた。剣を捨てたからこその移動速度だった。ごめん、平等院。お前の剣を捨てたくて捨てたわけじゃない。エイシッドの方は、大丈夫か……? とそちらへ一瞬目を向けると、奴と切り結ぶ人物が。


 縛られていたはずの黄緑色の髪が解かれ、巻き起こっている。静謐な表情をしたランスが、エイシッドを足止め……いや、討とうとしてくれていた! 彼女の長剣がエイシッドの短剣を弾き、その肩へと血の線を描き出していた。流石副リーダー。


 アシュリーが立ち止まってしまった時点で、レイスとレンドウを救出するべく動き出した作戦が頓挫するかと思われたが……何とかなるかもしれない。希望が生まれた。


 三十六計逃げるに如かず。足りない頭で考えた策だったが、あの不死鳥を殺す術がない以上、どうしてもあれは最後まで残る。そしてあれがいる限り、エイシッドに止めを刺すのも難しいだろうと考えたが故の作戦だった。


 レイスの傍に落ちていたレイピアを持ち、背後に投擲。そして、倒れたレイスの身体を跨ぎながら、彼の背中に突き立っている――今も白い光を帯びて揺れる――直剣を引き抜いた。


 瞬間、その光が俺の右腕を飲み込むようにうねった。不快な感覚でこそ無かったが、やはり少し怖い。思いつつ。不死鳥を真っすぐに見据えると、すぐさまそれも投げ……られない。なんだこれは。まるで俺の腕と一体化したような……。


 考えていても仕方ない。不死鳥が攻撃するのを待っているつもりか。左手一本でも持ち上げられるレイスの華奢な身体に感謝しつつ、背中にもたれさせた状態で、彼を引きずるように走る。


「死ねオラああああっ!!」


 支配に打ち勝ったのか! アシュリーの怒号。不死鳥の気を引いてくれているのなら、有難い。ナイスタイミングだ。こんな時だというのに、少し口元が緩む。いける。俺たちはやれる。


 俺より前を行くカーリーが、レンドウを背負って、ランスとエイシッドが戦う横を抜け去った。よし、そのまま逃げてくれ。


 すぐに俺もそれに続……きたかった。


 だが、その時。横に何かの気配を感じてそちらを見てみれば……、


 ――巨大な眼球が、こちらをギョロリと。


 ――見ている。


「あえっ……?」


 思わず、変な声が出た。その巨体における一歩は、地面を振動させるほどの踏み込みだった。転びそうになった俺に向けて、迫りくる鉤爪。


 こいつの……知能は…………高すぎ、る……!?


 大声を上げただけでは、足りなかったというのか。アシュリーを脅威と認識しなかった? どれだけ攻撃されようが、自分は死ぬことはないのだから? ……そんな考え方があるというのか。


 あるのかもしれない。その体質を持って生まれた魔鳥が、自分の生についてどう考えているのかなんて、俺には解らなかった。


 ともかく、不死鳥は俺を殺すことを優先したようだった。


 そのまま成すすべなく切り裂かれる……寸前。


「フッ……」


 目の前に躍り出た人物を見て。


 俺は、先ほどレイスに向けて挑発していた、エイシッドの発言に引っかかる部分があったことを思い出していた。



『番外C……君の部下のレンドウ君もそうだったけどさ……』



 魔物対策班番外隊C隊員……レンドウがそう呼ばれていたのは、もう一か月以上も前の事だ。それがエイシッドの言い間違いではないなら、だ。


 ――奴の情報は、その時期で止まっているのではないか?



 こちらの人員を把握し、対策を立ててきているというエイシッドの情報網にも、穴があるのではないかということ。そして、俺の前に立っているこの人物は、対策なんてしようもない、流星のような現れ方をしたということ。


 ただ俺がこの人の事を念頭に置いていなかったのは……戦力として数えていなかったのは、戦う意思があるのか疑わしかったからだ。


 ……全面的に間違っていた。


 これが彼の戦いにおける装いなのだろうか。長めの金髪(やはりダクトと比べてしまう)。両手に幅の太い、いくつもの凹みを持ったナイフを逆手に携え。ちらりと見えたその顔には……微笑を湛えていた。


 そう、ちらりと見えた。彼は、こうして俺が思考にふけっている間にも、止めどなく移動を繰り返しているんだ。


 その一撃が、二撃が、踊るような三撃が、飛び上がっての四撃が――駆け上っての()()()()が、不死鳥の頭に跨り、そこに陣取って炸裂する。目玉を抉り取るような剣裁き。炎が舞い散るだけで、それは即座の再生を意味するのだろうが……少なくとも気は引けている。不死鳥が仰け反るが、彼は落ちる様子を見せない。


 ――モトシロ・ツギヒト・ウルフスタン!!


 何がロストアンゼルスの一介の船乗りだというのだろう。「ヴィ、ヴィルルヴィヴィヴィヴィィ……ッ!!」汗一つ浮かべないまま不死鳥を翻弄するその男の姿に、魂が震えた。


「戦うの、久しぶりすぎるんだけど。その復帰戦でメインディッシュが不死鳥とか……普通に荷が重いよね」


 誰に話しているのだろうか、というか喋る余裕があるのだろうか、しかしその不死鳥を馬鹿にしていると言ってもいいような、その平常通りの声が、味方にとっては頼もしいことこの上ない。


「どうせ殺せないんだ。僕が抑えてるうちに、はやく逃げてもらえると助かるかな!」


 その声に我に返り、俺は移動を再開する。気づけば、右手から白い光は消えていた。今ならこの剣を捨てることもできるだろうが……ここまで来たら、持って行った方がいいか。


 いや。


 ……捨てる訳には、いかなくなった。


 目の前で、不可解な姿勢で動きを止めたランスの腹部に、エイシッドが刃を突き立てていた。


「ごめん、レイス」見過ごせるはずがない。彼の身体を置き去りに、エイシッドの背に接近する。


 どうしてランスほどの実力者が、エイシッドにこうも簡単にやられたんだ。その答えは、やはり彼女の姿勢にあるのだろう。喀血しつつ、エイシッドの意識を自分に引き付けるように、何やら挑発しているらしい副リーダーの体勢は。


 まるで、羽交い絞めにされているようだった。


 ……まさか、また。“まだ”いるというのか。カーリーがレンドウから聞いたという、見えない敵の存在。レンドウが二度にわたり命を奪ったはずのそれが、また?


 くそ、不死鳥ほどの攻撃力ではないとしても、その性質が分からない以上、実質同等の警戒が必要だ。まさか、2体目の不死生物とか? やめてほしい。


「あはっ、言うじゃないか。でも、君のような女をどう扱えば連中が一番発狂するか、僕はよく知っていてねぇ……」


 ランスの顎を掴み、いやらしい笑みを浮かべているだろうエイシッド。お前だけが今、唯一俺の手で殺せる相手だというなら。喜んでその役目を引き受けてやる。


 このままこの右手を振り下ろせば!!


 ――だが、不思議なことに、脳裏にフラッシュバックする光景があった。


 その光景の中で、俺はダクトを救おうと、同じように激昂し、相手に挑みかかっていた。


 捕らわれた仲間を救出するために、俺は周りが、相手すら見えなくなって。


 その結果、人質を武器にされ、敗北するのだった。


 そう、それは……………………レンドウと初めて会った日の出来事だっ、た?



 は?



 いや、何を考えているんだ。そんなの、俺の記憶にはない光景のはずだろう。……フラッシュバックなどしようはずもない。何故なら、()()()()()()()()()()()()()()のだから。



 それでも。



 ――駄目だ!!



 頭の中で誰かが割れんばかりに叫び、俺は行動を変えていた。


 右手を開き、そのまま剣を落としていた。いや、まだ落ちている途中だ。この動き、以前にもしたことがあったっけ。そうだ、勿論覚えている。忘れられるはずがない。師匠との戦いで、同じように俺は剣を落としたんだ。一瞬、師匠とランスが重なったように錯覚した。


 にやりと笑みを浮かべ、振り返ったエイシッド。その顔を、驚愕に歪めさせてやる。


 ――俺に、ランスを斬らせようとしたんだな。


「何もかも……」


 奴が盾のように突き出してきたランスの身体をがっしりと掴み。


「はあっ……!?」


「お前の思い通りになってたまるか!」


 そして抱き寄せるようにランスを引き寄せ、代わりにエイシッドの顔面には蹴りくれてやる。


「ぶごぁっ!?」


 無様に地面に転がったエイシッドから一旦意識を離し、俺は剣を拾い上げながら後退する。そしてレイスが倒れている地点まで戻ると、ランスもその場に寝かせた。


「すいません……戦場から出してあげられそうにないです」


 意識を保っているらしい彼女にそう言うと、彼女は感謝を目で伝えた後、しかし叱責するような厳しい目をした。普段の柔和な雰囲気は何処へやら。ガチモードということらしい。


「ケホッ。……そういうのいいから、警戒を。私は大丈夫」


「いや、大丈夫って。腹に剣刺されててましたよね……」


 言いながら、だが彼女の言うことはもっともだと思い直す。エイシッドは顔を抑えて転げまわっている。何やら俺に対する呪詛を呟いているようだ。汗に塗れた身体は鉛のように重いし、先ほど脳裏に浮かんだ光景は謎すぎるし、念願の一発目をあいつにお見舞いできたことは嬉しいし、その話を肴に酒でも飲みたい気分だが、今一番の問題はそれらではなく。


 ――見えない敵だ。


 どこから来る……? それとも、来ないのか。エイシッドの周囲を固めているのか。一体だけなのか、複数存在するのか。


 攻撃の予兆、どんなかすかな気配すら見逃せない。とは言っても今も背後からは不死鳥の叫び声が延々と響いている訳で、静かになることなど望めそうにない。背後でツギヒト君が頑張ってくれている、あの一番の怪物を引き付けてくれているというのが何よりの救いだと思わないと……、その次の瞬間。


 ――きた。そう思った。


 頭を後ろに引きながら、剣を振り払っていた。


 ……危なかった! 間一髪だった!


 見えない敵は、鋭利な爪を有しているのか。俺の左頬が、目の下が縦に裂けたらしい。眼前に血が舞い、背筋がゾクッとした。


 勿論、そういう戦法があることは知っていた。だが、やはり実際に相手にしてみると、恐怖でしかない。


 ――あと少し反応が遅れていれば、失明させられていた……!!


 だが、落ち着け。確かに、失明は怖いさ。目に注射とか、俺には絶対にできないと思う。それくらい目に異物が触れるのは怖い。だが、どっちみち、見えなくなることに変わりは無い……死んだなら。死んだなら、全てが見えなくなる。目を奪われれば、世界が見えなくなる。相手の一撃で死ぬわけじゃない。ほら、そう思えば、まだいける気がしてくるだろう。


 俺が振り払った剣は、どうやら敵に触れていたらしい。狙いも定まらずに振られた剣。それは致命傷にはとてもなり得ない程度のものではあったが、確かに相手の体液を散らしていた。


「――そこに、何かいるんだな」


 それが、吉と出たのだろう。


 達観したような声と共に、振り下ろされた一撃。


 こげ茶色のマントをはためかせながら、空から降ってきた人物の剣が、そいつを完全に捕らえていた。何もない空間に見えるそこから、しかし大量の出血(色は青緑だが)。俺は思わず顔を覆った。浴びたくないのもある。


「ちっ、足痛ぇな」


「リー、ダー……!」


 誰かが彼をリーダーと呼んでいるところをまだ見ていないが、俺は与えられたその呼び名には感謝している。彼に元からあった呼び名、つまりコードネームは言い辛すぎた。


「大生。敵の頭目はどれだ?」


 ずれた眼鏡を直しながら、≪歩く辞書≫は言った。俺は、肩の荷が下りたような気持ちになって、いけないと分かっていつつもしゃがみ込んでいた。


「あ……あそこで転がって、喚いてる男です。……す、すいません」起き上がろうとするが、押しとどめられた。


「いい。少し休んでいろ。そうか、あいつか」


 彼の背中は、とても大きく見えた。身長的には、俺の方が上のはずだが。


「大生、見えない敵は……いまどうなって……?」


「……あ!」


 そうだ、それを確認しないと。ランスの声に、我に返る。休んでいろと言われて、はいそうですかと言ってられるか。ここで俺が努力を怠って、その結果また足をすくわれるなんて、絶対に御免だ。


 這うように移動し、青緑色をした血の海に空いた空間に手をやる。まるで、そこに何かが横たわっているような空間。


 いた。生暖かいその肌は、すべすべしている。自らの体液で色づかないように、水を弾くつくりをしているのか。これが周囲の景色に解け込むモンスターだとすれば……両生類とか爬虫類とか、それに準じる姿をしているのだろうか。


 一応、命の脈動が感じられる。弱々しくはあるが。いますぐに再生し、再び襲い掛かってくる存在だとは感じないが、油断は禁物だろう。


 どうするべきか。あまり気は進まないが、この状態の見えない敵に、更に追い打ちを……容赦なく、かけるべきなのだろうか。……そうかもしれない。立ち上がる力が出せず、剣を地面に突き立ててようやく実現する。見えない敵の存在を確かめるように踏みつけつつ、俺は直剣をそれに突き下ろした。嫌な感触がして、心が疼いた。


 ……また少し、悪い大人に近づいたような気がします、師匠。


「もうそれで充分だよ」


 その時、真横から声が聴こえて、心底驚いた。驚いたが、跳び退るほどの体力はもう残されていなくて、そしてその必要も無い相手だった。必要ない相手、だよな。


 アザゼル・インザース……?


 ティスについてきたという、素性の知れない男だ。ヴァリアー周りで噂は聞いていたし、平等院が酒場でよく賭け事をしていた相手ではあるが……一体、その余裕は何だ。


 ――戦える人間なのか?


 その答えは、すぐに明らかになった。


「ごめんよけてっ!!」


 その声は、ツギヒトさんか。顔を傾けると、こちらへ向けて口を開けた不死鳥の姿が。炎の両腕は消えていた。引っ込んでいたといった方が、正しいのかもしれない。それは不死鳥が力を削がれたゆえだとはどうにも思えなくて。


 それに、ツギヒトさんが初めて焦ったような声を上げた訳だし、嫌な想像しかできなかった。その通りだと言わんばかりに、不死鳥の口の中が眩しく光り、大気を焦がしながら炎が迫る。まるで飛竜のブレスだ。


 俺は絶望感を覚えながら、せめてと思い……レイスとランスの上に覆いかぶさった。


 くそ、盾さえあれば……。


 悔やんでも仕方がない。本日二度目の炎の中で、今度こそ俺は焼き尽くされるのか。


 だが、いつになってもその瞬間が来ない。


 ……いや、分かっている。こういう時は、適応しないと。時間を無駄にしてはいけない。きっと何らかの事象によって、俺は生き残ったのだ。何故だろうか?


 ファルルルル! ファルルルル!!


 空間を歪めるような……不思議な音が断続的に響いていて、不死鳥の攻撃が終わっていないことを伝えてくる。なら、それを俺たちへと届かせまいとしているのは……。


 俺より更に前に出て、光り輝く右腕を宙に掲げている青年。アザゼルだ。その輝きの色は、紫。不思議な光だ。なんだろう、この感覚。見ていて、嫌ではない。


 不死鳥の炎は俺たち全員を飲み込むべく広がっているのだが、まるでアザゼル一人だけを狙い直したように、いや、吸い込まれるように途中から軌道を変えて……収束を始め。最後には彼の輝く右腕に集まって、……消えて、いるのか!?


 一体、どこに消えていくというのか。原理は全く分からないが、とにかく助かった、助かっているらしい。彼が五指を開いたその先で、紫色の光が空中に波紋として広がった。それも、何度も。


「よし、全然余裕、入る入る。いくらでも吐いてくれていいよ」


 余裕の表情でそう言ったアザゼル。頼もしいことこの上ないが。


「なんなんだろう、この余裕の男ラッシュは……」


 いや、いいのだが。ツギヒト、歩く辞書、アザゼル。少々以上の意外性を含みつつも、勝てるというなら何の文句もない。俺の活躍の機会なんて無くてもいいから、一息にやってしまってほしい。


「ギュ、ギュルルゥゥ……ヴィヴィヴィヴィヴィヴィィッッ!!」


 やがて、ブレスを止めた不死鳥。叩き付けるように踏み出し、アザゼルに、つまりこちらへ肉薄しようとする。まるで癇癪をおこした子供のようだ、と思った。


 だが、モトシロ・ツギヒト・ウルフスタンがそれを許さない。


 不死鳥の巨体の上を踊る様に跳ねまわり、そのあちこちを短剣で切り裂いていくのだが。驚くべき事象が発生した。


 不死鳥が、出血している! ちゃんとした、赤い血が噴出している!!


「これは、弱点発見かな。もしかすると、こいつから炎を取り上げることは、再生能力を断つことと同じなのかもしれないね!」


 ツギヒトは嬉しそうに、高らかに歌い上げるように、空中で踊り続けた。


 不死鳥は……いや、ただの大きな鳥は詰まったような鳴き声を上げ、その巨体を壁に激突させた。横たわったのだ。


「いや……」


 言いたいことはあえるけど、わざわざ口に出すほどでもないだろうか。でも、心の中でだけ。



 ――普通、その“炎を取り上げる”っていう条件一つだけでもう勝てないの確定でしょうが……!!



 尋常ならざる力を持った二人の人間の力が合わさって、初めて実現したことだった。本代の剣技(というより身体能力全て?)と、アザゼルの謎の力。ありえない。ありえないけど、いいさ。こっちが勝つ側なら、なんだっていい。


 あとは、エイシッドだけか。俺がもう何かをする必要はないのかもしれないけど、それでも俺は起き上がっていた。力が湧いた。俺も小者だな。


 リーダーの方を見る。よし、彼は無事だ。こっちの二人もすぐに合流するぞ。年貢の納め時だ。観念しろ……エイシッド。


「何なんだよ……」


 だが、その男の粘りつくような執念は。


「何なんだよお前ら……」


 俺が想像することもできないほどの。


「おかしいおかしいおかしいおかしいくるってるくるってるくるってるくるってる!! 全部全部全部全部だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ」


 リーダーの異様なまでに堅実な、相手の反撃を許さない理詰めの剣技に押されるがままだったエイシッド。


 仲間が次々と斃されたことで、激昂したのだろうか。


 対敵もまた、全てを投げうつ覚悟を決めたということだったのだろうか。


「待ってくれ、それはやめた方がいいと思うぜ!?」


 何かを察したのだろうか、焦ったように敵に言葉を投げかけたアザゼル。


 だが、それでエイシッドは止まることはなく。リーダーが、自らの戦法を曲げてでも止める、とばかりにエイシッドに肉薄したが、……遅かったのか。


「全てを僕ノ゛手の゛ナ゛ガニィィィィッッ!!」


 胸を貫かれ、吐血しながら、それでも奴は右手を天へと(かざ)した。そして、桃色の光が、世界を染め上げる。


過剰起動(オーバードライブ)……。洒落にならないぜ、そりゃ」


 そのアザゼルの声を聴いたのを最後に、俺は。


 がつんと殴られたような衝撃に、意識を失った。


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