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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第6章 魔王編 -ほんとの俺は王子様-
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第91話 グスターヴォ

 ――その冬、師匠の様子はおかしかった。


 いや、きっと、もっと前から兆候はあったんだ。間抜けな俺が、兆しを見逃していただけで。


 薄ぼんやりとした照明のある部屋だった。光源はなんだろう。それ自体が発光している何かが、天井の素材になっているのだろうか。


 その明りに照らされ、地を這うことしかできないギルド員が呻いている。その殆どが俺の目の前、入り口付近にいるが……。


 向かいの扉の前にも一人だけ。誰かを追おうとしていたかのように、何かを掴もうとしているかのように。


 手を伸ばしながら……伏している人影があった。


 ――血を流して倒れる団長を見てようやく確信を持てるなんて、俺は本当にどんくさい。底なしの鈍間野郎だ。


「エサイアス団長……」


 命までは流れ出していないものの、危険な状態には変わりない。急いで止血しないと。


「グシー、お前……先行け」


 傍らでしゃがみ込んでいたディック。衛生兵仲間……メルヴィを診ながら、彼が言ったんだ。


「でも、俺にも何か……」


「お前にできんのは、あの女(イデア)を止めることだろうがっ! さっさと行け!!」


 ……!!


 わかった。覚悟の程は、自分ではよく分からなかった。それでも俺は友に頷いて、走り出す。果たして師匠に再開した際、俺は毅然とした態度で、事をなせるだろうか。


 自信はないまま、それでも。


「なんとかしないといけない。するんだ」


 自らを奮い立たせるように繰り返し呟いて、俺はその部屋へたどり着いた。



 竜の壁画が描かれたその扉は、10メートルはあるだろうか。ごつごつとした質感のそれは、話によると剣を突き立ててみても(遺跡大事にしなよ)傷一つ無いとのこと。どうやって削り出したのか疑問の残るところだ。しかも、それに文様まで彫り込むとは、古代文明の技術は凄まじいものがある。


 破壊されたわけでも無く、その扉は扉としての役割を全うしていた。


 傷一つ無く、接合部すら見当たらなかったそれが。


 小さいときによくやるアレ、“割れてるか割れてないかゲーム”だとしたら「割れてない」と言いたくなるほどの隙間の無さを見せていたそれが……縦に裂け、奥へ向かって開かれていた。


 ――この扉の開け方、師匠だけは知っていたんだな。


 その部屋の中へと足を踏み入れながら、俺はどうでもいいことを虚空に向けて放っていた。


「“割れてるか割れてないかゲーム”の割れてる率は以上ですよね……まあ、遊び手が初等教育前の子供たちだからしょうがないんでしょうけど……」


 こんなにどうでもいいことなのに、声は震えてしまった。情けない。


 埃っぽい場所だった。踏みしめた床は、乾いた土のようで。


 声は全く響かなかった。音は床に壁に天井に、その全てに吸収されてしまうかのよう。いや、音に留まらず、生気までも。


 その部屋の床は円形……なのか。周囲を見渡す限り、緩やかな湾曲が見えるため、そうなんじゃないかと思う。奥の方がどうなっているのか、どれくらい広い部屋なのかは、暗すぎて分からないけど。


 何より目を引くのは、すり鉢状の構造。前に踏み出すとすぐに表れたそれは、まるで世界を飲み込む大穴。底なしにすら錯覚するそれに、思わず後ずさった。



「……怖いのかい?」



 一聴して、いつもの調子の声が聴こえてきたのは、その時だった。


 閉じるよ、とは言われなかったが、ギギ、と軋みを立てながら、背後で大扉が閉まっていくのだろう。


 振り返らない。大穴の中を覗き込むと、挑発するように照らされるカンテラが見えた。


「とっても」


「……やっぱり素直だね」


「今更取り繕ってもしょうがないと思って」


 へへ、と苦笑しながら言うと、大穴の中からも小さく、笑い声が聞こえてきた。


 いつまでもこうしている訳にもいくまい。もう退路は断たれているんだし。


「抱きついて来られたら困るけど?」


「……今の俺ならやりかねないですよ。掴まえて、多分もう放しません」


「うわ~、グスターヴォ、情熱的~」


 怖いし、怖くて怖いけど、それでも俺は踏み出した。砂粒のような感触に足を取られ、俺は尻もちをつく。でも、この体勢が一番安全かもしれないな。砂まみれになりながら滑り降りるが、しかし師匠の姿はそこには無かった。更に奥へと進んでいったのだろうか。


 入口の方を振り返って見上げてみるが、悲しくなるだけだった。5メートル以上滑り落ちた気がするし、もう自力では帰れないだろうな。


 こんな地下深くまで人の身で下って行くなんて。とても正気の沙汰とは思えない。


「っていうか」口を開くと、砂煙が侵入してきて、苦い思いをする。「あんなに目立つ高い塔を立てておいて、大事なものは地下に隠してるって……中々ニクいですよね、古代文明」


 滑り降りた段階で火が消えたカンテラに、もう一度火を起こしつつ、暗闇に向けて声をかける。もしかしたらさっきので終わりになるかとも思ったが、


「結構共感するところあるけどね、私は。一番大切なものを護るために、よく見えるところに偽物を立てておくとか。さすが私のご先祖様ってところかな」


 幸いにも、というべきか、師匠には俺達と敵対している現状を鑑みて口を閉ざしたりする思慮深さはないようだった。とか言うと怒られそうだ。


「ああ、やっぱりそうなんですね。……じゃあ師匠からすれば……」冒険者ギルドという組織そのものが、茶番。「自分が引き継いで当然のものを奪おうとしていた集団……だったってことですか……?」俺たちは。


 数秒間の沈黙が置かれて。


「……そうでもないかな。別に、この遺跡を私の所有物だと思ったことは無いよ。ただ、第一発見者が権利を得るのも事実。どうしても、この部屋だけは譲れなかった。それだけだよ」


 遺跡の発掘、出土品の扱い時における第一発見者の優遇度は高い。しかし、この土神遺跡は特別だった。何せ、森の周辺の街道……どころか、周辺のどこの街からでも見える、巨大すぎる建造物なのだから。朝起きて一番にこの塔を眺めることが日課になっている、そんな人間も多い。


 つまり、発見するも何もない遺跡ってこと。それに手をつけたければ、自ら内部を攻略し、遺物を手にするしかない。


「そのためなら、団長を斬ることも厭わない、そういうことですか」


「あの人は駄目」


 ぴしゃりと。


 即答だった。俺がそういうことを見越していたかのように、氷のような師匠の声が空間を裂いた。


「理由、訊いてもいいですか……?」


 暗闇から、ふーっと息をつく音。存外、近いらしい。カンテラの明りを消しているのか……。なら、今は向こうからのみこちらが見えている状態。こちらも明りを消すべきか……?


 いや、このままでいい。


 師匠は俺に向けて不意打ちをしたりしない。そんなことをする人じゃない。


 もしそうなったら、成すすべなくやられてやる! ……なんだその覚悟。


「彼は、サンスタードの言いなりだからね。傀儡と言ってもいい」


 それは別に、そこまで意外でもない話だ。


「そりゃ、帝国に頭が上がらないのはどこの組織も同じでしょう?」


「違う。エサイアスは帝国の支配階級出身なんだ。帝国そのものの、身内のために動いている。彼にとって、冒険者ギルドは仕事そのものなんだ」


「なんっ、……それ、は……驚きですね」


 でも、遊び半分な連中も多い中で、真剣に遺跡発掘をしているっていうのはいいことな気もするけれど。


 しかし、それが本当だとして、だ。


「団長、冒険者ギルド……」いや違う。「……帝国の意向が土神の塔の探索。師匠もそれを先んじて手に入れようとしている……。なにか……とんでもないものが? 一体何が眠ってるんです、ここには……?」


 しんと静まり返る世界。


 パラパラと砂が落ちる音がして、師匠が動きを止めている訳ではないと思う。


「見つけた……」


 当ても無く探索を再開しようかとしびれを切らしかけたところで、師匠の声が再び聴こえた。それは何を意味するというのだろうか。


「見つけたって……?」


「これだよ、グスターヴォ」


 声のする方を向くと、闇の帳が裂け、師匠の姿が露わになる。左手を掲げ、カンテラで何かを照らしている。なんだろう……。宝箱とかでは、ないみたいだけど。


 呼ばれたからには、すぐにいくさ。師匠の位置が分かったからといって、攻撃しようなんて考えは一切浮かばなかった。


 ――この人の全てを理解したい。


 そういう想いがあった。


 俺は師匠を最後まで信じたい。戦うのは、それが必要だと思った時だけだ。


 何故だか泣きたい気持ちになりながら、俺は師匠の隣に立った。その横顔を見たい気持ちを堪えて、師匠のカンテラに合わせて俺も自分のカンテラを持ち上げ、それを照らし出す。


 なにか、途轍もなく巨大なもののようだけど……この湾曲した突起はなんだ。いくつも、上下に折り重なるように伸びるこれは……。


 師匠は、左右から広がるように鎮座するその物体を、右から回り込むように歩いていく。まるで分水嶺だ。俺は何を言われたわけでも無いが、師匠は逃げたりしないという確信があった。その奇怪で巨大なオブジェクトを、師匠の反対側から回り込むように歩いた。


 15歩ほど歩くと、師匠と対面した。ついに見ることが叶ったその顔は……どう表現したらいいのだろうか。


 嬉しさ、悲しさ、希望、絶望。悲願の達成、積み上げたものを全て賭した、いや、捨てたからこその喪失感と解放感。相反する感情が幾条にも流れ落ちているかのようだった。


「さ、答え合わせと行こうか」


 こんな状況になっても、師匠もきっと一人じゃ寂しいんだろう。会話を続けているのがその証拠だ。


「これの正体は……」


 師匠はそこで言葉を切った。


 続きを促すように、俺を見つめている。


 所々崩れ落ちていながらも、残った部分は……どう見ても生物の骨だ。


 しかし、こんなにも大きな生物。


「まさか……竜の骨、ですか? 伝承の……これが、大地と隆起、繁栄を司る土竜、ガイアなんですか……!?」


 いや、でも、だとすれば。


 ――もう死んでいるじゃないか。骨なんだから。


 そもそも、伝承の竜のように高い知性を持ち、人間を従えたり世界を作り替えたりする存在だったのか、それともただの大きな蜥蜴(とかげ)だったのかは不明だが、生きていないのならどちらでも変わらないではないか。


「土竜の森だからそう思うのも無理はないけど、正しくは地竜(ちりゅう)ガイアだね。……うん、私はそう確信しているよ。“視える”からね。……彼らにとって、肉体の死はあまり大きな意味を持たないんだ」


 みえるから……?


「一体、何を仰っているのか……?」


 師匠はブーツの横っ腹で地面の砂をかき分けると、今度はそこを照らした。そこには黒く固まった……なんだ、これは。何かが流れていた痕なのか。


「竜の体を流れる超物質こそ枯れてしまっているけれど……。それも、私が竜と成れば関係ないさ」


 竜に、なる……。


「お願いですから師匠、俺に分かる様に説明してくれませんか。竜になるとかいきなり言われても。あ、勿論師匠がおかしい訳じゃないって、勿論信じてますけど」


 不穏過ぎるワードに焦ってしまう。冷や汗を滲ませながら言うと、しかし師匠はクスクスと笑った。


「ああ、ごめんごめん。じゃあ説明するとね。ここは竜の墓場で、地竜ガイアの精神体が今もここに存在しているんだ。私は地竜の血を受けた一族の末裔で、今から地竜をこの身体に降ろす」


 ……………………ええ?


 おろす? 降ろす、か。降霊術みたいなものか、ううむ。


 …………何度頭の中で反芻し、吟味しても、いまいち理解し辛い。そもそもだ。


「師匠の中で、竜ってなんなんですか」


 意匠は、困ったような表情になると、


「う~ん、私にとっては当たり前のものだったけど、恐らく、話しても他の誰にも分からないんじゃないかな。同じく“視える”人にしか分からないんだと思う」


「そんなこと……!! せめて真剣に、説明してみてくださいよ! そしたら俺だって――」


「無理だよ」


 こちらを飲み込むように鎮座しているようなそれ……肋骨か。その中へと足を踏み入れていく師匠。


「信じられないよ。今まで、上手くいったことが無いんだ。同じものを見れない君たちに、私が心を許すことはできないよ」


 胸が抉られる心地がした。


 俺が、信頼されてなかったって……? 誰もにも心を許したことが無かったって? そんなの。


「10年前、イーストシェイドと帝国を襲ったテンペストも。5年前、塔の頂から世界へ宣告したガイアの声も、誰も話題にしなかった。もう、この世界に私以外に竜を視て、聴ける人はいないと確信したんだ」


 落ち着け。深呼吸しろ。


 あり得ないことと、切って捨てるな。


 ――俺は、俺だけは師匠を信じる。そう決めた。


 テンペスト……災害竜とか、恐ろしいワードもあるけど。10年前、幾つもの竜巻が異常発生した件か。確かに、あれは大陸でも類を見ない最大級の災害だったけど。それが、竜の仕業だって言ったのか?


 でも、そもそも災害竜テンペストと言えば、上部海洋を席巻する竜どもの頭目で、その存在は周知されてるじゃないか。俺だって、直接はなくとも絵くらい見たことあるし。


 ……それより。もっと大事なのは、師匠に縁のあるという、土竜……いや、地竜ガイアの方だろう。


「その、宣告っていうのが関係あるんですか? それを聴いたからこそ、師匠はこうして……」


 冒険者ギルドに反旗を翻したっていうのか。


 俺が師匠の話を全肯定したことに驚いたのか。師匠は意外そうな顔でこちらを注視した後、上を見上げる。その先にあるのは……照らされているのは、竜の頭蓋か。


 ん?


 ……どうして死して骨だけになっているというのに、死の瞬間の姿勢を保っているんだ。


 横倒しになるとか、うつ伏せに崩れ落ちるとか、あるだろう。ないのだろうか。


 そうでなくても、頭蓋は転がり落ちていて当たり前なんじゃ……。


「死というものが曖昧なんだろうね、彼女らにとっては。……さあ、そろそろあなたも話しなよ……ガイア」


 5年前みたいにさ、と師匠は付け加えた。


 その言葉に反応したのか。


 竜骨が、光を放つ。


 その光の明滅が、言葉だったというのか。


「はは、凄いよグスターヴォ。この人、これでまだ生きてるんだって」


「人なんですか……?」


 ……生きてるってなんだよって言いたくなるな。


 橙色の、あたたかい光だった。ずっと暗がりにいた俺たちを苦しめることもない、淡い光。それでも、光量は充分だ。


 しかし、空間の全てが明らかになることはなかった。むしろ、最下層まで滑り落ちた結果、更に広い空間に落とされたようだ。


「じゃあ、ガイア。あなたの望み通り、はやく始めようよ」


「師匠……」


 師匠はカンテラを投げ捨てると、両腕を広げて振り仰いだ。


「どうしたの? 悲願でしょう? ほら、直ぐに!」


 淡い光を放つ竜を急かすように、師匠は語気を強めた。光は先ほどより頼りなく明滅している気さえするが。


「師匠……!」


 顔を降ろした彼女の表情は、険を極めていた。


「なんだい、グスターヴォ」


 もう、こっちだって我慢の限界だ。


「何をするつもりなんですか」


 逃げるな。イデア・E・リアリディ。そう念を込めて、俺は睨み返した。


 ふっと息をつくと、観念したように。


「世界を、あるべき姿に戻すだけだよ」


「いや……そんな、ラスボスみたいなこと言ってないで……くださいよ」


 今言うべきことはそれか? 馬鹿俺。もっと、大切なことがあるだろう。


「コホン。……あるべき姿に戻ると、具体的にはどう変わるんです?」


 師匠は表情を無くしたかのような声で。


「人間が絶滅する。少なくともグスターヴォ、君の知る“人間”という種族は」


「そん、ななこと……!」


 左腰に下げたディックのショートソードに手をかけ、カンテラをその場に落とす。


 いきなり切りかかるつもりはない。


 ――ただ、俺の覚悟を伝えたかった。


「させられません……!!」


 人間を絶滅させるなんて。……可能なのかどうかじゃない。そんなこと、させられない。あなたにさせたいと思ってほしくなんかない。そんなの、この世界を、自分の人生を捨ててしまうようなものじゃないか。


 どうしたらそんな結論を出してしまうのか、“視え”もしない、“聴こえ”もしない俺なんかには……解る筈ないって言われるんだろうけど。


「あなた、剣で人を斬れないでしょ。そんなもので私を止められるとでも……?」


「やってみせますよ。だって、師匠が止めて欲しがってるんですから」


 しん、と静まり返る。


 淡い光だけが不安そうに明滅する。


「…………」


 その沈黙、肯定と受け取っていいですよね。


「人に心を許したことが無いって? ちっとも? そんなはずないでしょ。師匠は心から笑ってた! 俺たちと一緒にいて、いつも裏では腹黒いことばっかり考えてたとか、ありえないですよ」


「そんな、人の事勝手に――」


「周りが! 周りの人が下した評価が間違っているなんて決まりはない! 師匠、あなたは自己評価が下手なんだ。そう、そうなんですよ。俺は知ってる。あなたがくれた優しさは――」


「――ずっとあなたが疎ましかった。グスターヴォッ!!」


「――ッッッ!!!!!」


 時が来た、と思った。


 鞘走る音は無かった。当然だ、師匠の曲剣……カトラスを支えている箇所に、おおよそ鞘と呼べるものは存在しない。内側に鉄をあしらった革の筒のようなものに、それを刺しているだけだ。しかも、それは内部から押されることで容易く開く構造になっている。殆ど抜き身の刃は見る者を不安にさせることもあるが、その利点は何よりも抜刀が早いこと。


 先に剣の柄に手を添えていなかったら、対応できなかっただろう。


 カトラスをショートソードで打ち返し、流れるように師匠の剣を狙うが、当然読まれている。左腕に括りつけられたバックラーが俺の右腕をしびれさせ、今度はこちらが無防備を晒す。


 珍しく俺が剣を使えば意表を突けてなんとかなるかも……と考えもしたが、甘い。彼女は俺もよく知る実力者だ。


「しつこく後ろをついてきて、私が苦労して積み上げた技術をすぐに吸収して。それに、いつも私に期待してるでしょ。そういうことを。私はあなたの為に生きてる訳じゃない! あと、その名前! 呼ぶたびにあの男の顔がちらついて、不愉快だった!」


 ええ、名前までもか。エサイアス団長がつけた名前だから? ……というか、そういうことってなんだ。エロいこと? まぁ、確かに……多少はそういうことを考えたことが無くもないと、まぁ、認めざるを得ないが。


「――だったら! どうして俺を突き放さなかったんですか! どうして俺はついていくことを許されたんですか! 俺はあなたのおかげ……あなたのせいで、強くなったんだ! あなたの前に立ちはだかるほどに!」


 顔面目がけて突き出されたカトラスを首を左に傾けて躱す。最大の攻撃こそ、最小限の動きで躱すべし。そうですよね。その隙を、突く……! しかし、それもきっと対応されるだろうから。その更に、一手先をいく……!


「…………」


 返しの刃が首を追ってくるのを、しゃがんで躱す……そう思ったはずだ。俺は、避けない。当然、死ぬつもりはない。


 前進あるのみだ。近づいて近づいて、近づいてしまえば、俺の首に当たるのはあなたの腕でしかない。


「期待してましたよ! しまくりでしたとも、ええ! 俺がどんだけあなたのことを好きだったか、解ってる! つもりでも!」


 懐に飛び込んだ時、俺は既にショートソードから手を放していた。


「――解られて、たまるかあッッッ!!!!!」


 そのまま右腕を師匠の腰に回して、押し倒す。


「ぐっ……!」


 直ぐに関節を極め、その手から武器を奪うと、俺は師匠に馬乗りになって、正面から向き合う形になる。どういう形だよ。


 師匠は最後の抵抗か、両腕を振り上げようとしたが、それを俺の両手で押さえつけて、えーっと、……さながら婦女暴行の現場みたいになった。


 しばらく両者、両手を震わせて戦っていたが、やがて、師匠は折れたようだった。両手から力が抜けたのを感じて手を放すと、師匠は仰向けに脱力した。


「……は、はは………………いっそ殺せ……殺してくれ……」


 その響きは、少しも死を望んでいる風ではなくて。


 ようやくいつもの師匠が戻ってきたと、俺にも笑みが返ってくる。


「あ、くっころですか、師匠。ついに女らしさを磨こうとして……」


「違うから」


「いやでも無理しなくても」


「ち・が・う・と……言っている!」


 顔を真っ赤にした師匠が、腕を上げて、俺の頬をぐりぐりつついてきた。


 もう大丈夫そうだ。


 いつまでもこの体勢でいるのも良くないだろう。立ち上がると、師匠もそれに続いて起き上がり、砂まみれになったコートを叩き始めた。


 ――いや、でも、半分無理やりでもキスくらいしておけばよかったかも。そんな体勢だったような気もしてくるけど、きっとそれができる性格なら俺はグスターヴォやってない。……グスターヴォとは。


 そんなことを考えていると、なんだかばつが悪くなってきて、俺も師匠の真似をする。


 しばらく地下空洞には、両者が服を叩く音だけが響いた。……シュールだな。


 ……師匠、今、何を考えているんだろう。


 俺、さっき告白した……んだよな。いや、別に返事が欲しかったわけじゃない。勢いで言っちゃったというか。


 でもまあ、せっかく勇気を出して叫んだわけだし、この機会に答えを聞いておくのも悪くないか……。


「師匠、さっきの俺の……」


 いっそどうにでもなれという気持ちで振り返るのと、轟音が響くのは同時だった。


「……え?」


 どさり、と。


 身体を横たえたのは、師匠。


「ど、どうしたんです……か……!?」


 駆け寄って、抱き起せば……俺の手は瞬く間に、真っ赤に染まった。


 血だ。師匠の血。


 血液が、こんなに……!!


「……ェ……ァ…………」


 え、なに?どうして?なんて?


 師匠が何か言葉を発しようとしているのを感じて、耳を口元に寄せる。その時、横を向いたことによって、俺は暗がりから現れた……答えを目撃していた。


「エ……サイア、ス」


 その手に硝煙を噴き上げる火器を手にした、エサイアス団長がそこにはいた。


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