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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第6章 魔王編 -ほんとの俺は王子様-
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第90話 竜の時代976年

 物心ついた時にはもう、冒険者ギルドで下働きをしていた。


 ……冒険者ギルドの本拠地であるイーストシェイド自治領は、サンスタード帝国を左に望む小国だ。いや、国じゃないのか。でもまあ、国のようなものだ。


 清流の国の西端から流れてくる恵み、オールブライト川。その商業的価値を最大限に利用できる位置に、俺たちの街はある。


 ギルドの総力を挙げて森林を開拓した結果生まれた石壁の街、メ・ドレ。


 親を亡くした俺を拾い上げたのが、ここを治めるリーダー……エサイアス団長だったらしい。と言っても、別に団長は俺に特別な思い入れがある訳でもなく、沢山拾ったうちのひとつの命でしかなかったみたいだけど。


 ……勿論、感謝はしている。


 自分の生き方は自分で決めろ。面と向かってそう言われた訳ではないが、そういうことだったのだろうと思う。


 最低限の居場所と職を提供された子供たちの中には、新天地を求めてここを後にする者も多かった。いや、成人を待たずして、殆どの者がここを去ることになる。


 その理由だが……。


 そもそも、この仕事は割に合わないのだろう。


 ギルドの本懐は、隣国……竜信仰の国ガイアの6割を占める森林地帯、【土竜の森(もぐらのもり)】攻略だ。更に言うなら、その中央に聳えるあの巨大な塔。


 土神(つちがみ)の塔、だ。


 古の時代に建造され、中には世界の秘密が詰まっていると伝わる建造物。


 眉唾物でしかない、少年の内に捨て去るべきなんじゃないかという夢だけを負い続ける行為を、この組織はもう10年以上も続けているというのだから驚きだ。


 ロマンを追い求める年寄りからの出資だとか、モンスターの大規模な討伐作戦が大陸で行われるたびに援軍として駆けつけている報酬とか、組織が存続していけるだけのギリギリの予算はあるようで。


 まあ、言ってしまうなら、この大陸上で暇を持て余した人間による、壮大なお遊びだ。少なくとも、俺はそう認識している。……戦争が大好きな国とか、種族のためにこれまた武力を持ち出した例の国とかよりは、まあマシなんじゃないか。ただの逃避かもしれないけど、きっとこういう抜けたところも必要なのだ、この世界には。


 当然、全く何の進展も無しに、無為に時が流れている訳ではなく。


 モンスターを寄せ付けない、奴らが苦手とする臭いの研究……だとか。


 行き止まりでしかなかった今までのものとは違う、遺跡の新しい入口が見つかる……とか。そういうニュースは度々あった。


 ただ、それでも俺たちの中には、いつも当たり前に抱いている感情もあって。


『どうせ、俺たちの世代では見つからないだろう』


 ……そういう類の、諦めが。


 故に、同世代の若者は、次々と旅立っていくのだった。その日暮らしのダンジョン漁り、遺跡の探索、書き記した地図を売る、等。聴こえもあまりよくない。決して華々しい職業なんかじゃない。自立できる目途が立ったんなら、それは……都会に出てまっとうな職に就く方がいいだろう。


 そんな現状を認識しつつもこの俺、グスターヴォ18歳は何故冒険者ギルドに残り続けているのか……?


 それは……ひとえに、師匠がいるからだ。


 イデア・E・リアリディ師匠。俺より2歳年上だ。


 ミドルネームの読みはエロイーサだというが、「エロ姉さん」と呼ばれるのが嫌で、あまり語らないのだとか。


 ふんわりとした紺碧の髪。凛々しい灰の瞳。毅然とした表情の中にも慈愛を湛え、その手は花を慈しんだかと思えば、時として激しく唸り、眼前の敵は灰燼に帰す。長身を暗めの色のコートで身を包むのがいつものスタイル。


 年下をあやす様な口調で、大らかで、それでいて情熱的な人だ。誰より遺跡が大好きで、ついたあだ名が≪土神狂い(つちがみぐるい)≫……直球だ。


 戦いが得意ではなかった俺に、誰かを守ることの達成感を教えてくれた人だ。それは、当人がいつも危ない目に遭っているとも言い変えられるが……。


 だから俺は師匠を、大切な仲間達を守るために、大盾を持ち続けている。


「真っ暗ですね」


 暗闇に俺の声が木霊する。予想以上の大きさに自分でびっくりしていると、後ろからクスクス笑いが聴こえてきた。


「怖いのかい? ほら、入口。閉まるよ」


 この手の遺跡の扉は自動的に閉じてしまう。閉じ込められる訳ではないが、太陽の光をシャットアウトするその仕掛けは、いつも冒険者の浮ついた心を押さえつけてくる。


「ええ、まあ」


 カンテラつけて、というニュアンスの師匠に従い火を灯しながら返答。


「素直だね」


「ここで怖くないっていうのも強がりが過ぎるかな、と」


 後ろでもシュッという音がして、視界の明度が上がった。師匠もカンテラに火をつけたらしい。最初から二人分使うのか。全力投資だ。


「困るよ? いきなり抱きついてこられたりしたら。動き鈍るし」


「んな……」


 いやそんなこと。


「しませんよ……」できないというか。


 悪戯っぽい声に、つい動揺してしまう。師匠はなんでこう、子供っぽいこと言えるんだ。後ろ向けなくなっちゃうでしょ。


 この人のタチが悪いところは、自らに向けられる感情に敏感なところだ。しかも、大体にしてそれを上手に呑み込んで、楽しんでしまう。


 つまり、俺が師匠の事をどう想っているのかを知っている。いや、気づいている、か。一応。言ってないし。


「うわ、ここだけで一日潰れそう。見てグスターヴォ、この壁の意匠……」


 俺の事なんか眼中にないんだろうなぁ。仲間としてはともかく、少なくとも男としては。ってかもう興味が遺跡の方にいってる……。


「はやく進みましょうよ。皆待ってますよ」


「ええ~、これを作った人たちだって、後世に見られることを考えて頑張って描いたと思うんだけどな~」


「師匠が今日、土神遺跡最奥部の第一発見者になるかもしれないのにですか?」


「行こうか」


 素早く立ち上がった師匠は、颯爽と俺の前を歩いていく。おい、なんだその切り替え。


「というか、俺、盾役なんですけど……」


 片手曲剣と小盾、軽装で纏めた師匠が前をグイグイ進んでいくのはどうなの……今はいいのかな。この階の探索は終わってるって話だし。


「ふーっ」


 全く。結構自分勝手だよな、この人。それでもついていこうとする俺も俺か……。


 こっちの調子を狂わせてくる師匠と、軽口を叩き合える日々。こんな日々がずっと、続いていけばいいと思った。


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