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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第6章 魔王編 -ほんとの俺は王子様-
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第89話 ダクト狩り

 ◆エイシッド◆



 眼下に見える光景に、思わず舌なめずりをしてしまう。


 なんていうんだろうねぇ、こういう感覚。


 ああ、そうか。


 狩りだ。


 知力を駆使して、ともすればこちらの命すら奪うような危険な生物をも……屈させる。高度な遊びだ。


 それは、相手が強者であれば強者であるほどいいものだ。


「この力が、どんどん馴染んでいくのを感じるよ……」


 右腕に浮かぶ桃色の燐光。五指を蠢かせ、小さく見える獲物を手の中で弄ぶように眺めた。


 どうやら、標的はしっかりと引き付けられているらしい。


 シュバが鳴き声を上げつつ、火を放った建物の壁を突き破って飛び出した。その右足には、ぐったりと項垂れた少年の姿が。ジェノとかいう吸血鬼か。ざまあないね。


 それを救おうとでもいうのか。……その背中へ矢の如く放たれた男。


 ははっ、本代ダクト! そう来ると思っていたよ!


 大生の大楯を足場にしたんだね。


 各地で好き勝手に暴れまわる、この怪鳥の息の根を何としても止めなければ。君らがそう考えるであろうことは想像に難くない。


 ……でもさ。逆に、こうは考えられなかったのかい?


 ――ヴァリアーを狩るために、僕らの方が入念に計画を立ててきてる、ってさ。


 ダクトはシュバの首に跨り、その巨体が空へ飛び立とうとも、逃げ出す素振りを微塵も見せなかった。


 絶対に落とす。高くなど飛ばせない……ってこと? 確かに意気込みだけは立派だし、自分の実力をよく解っての行動だろう。本代ダクトにとって、こんなものは冒険のうちにも入らない。


 だけど、ひひっ。シュバだって、常識の通用する生物じゃないさ。


 シュバは己の体に取り付いた人間を煩わしく思いつつも、振り落としはしなかった。拘泥する様子を見せず、彼は舞い上がる。


「……!?」


 豆粒と表現しても差し支えないほどの距離でも、ダクトの驚愕が伝わってくるようだ。


 彼は片手でシュバを掴み、もう片方の手で黒銀のナイフを振り回した。それは解体とでも言うべき手つき。しかし、シュバは動じない。ダクトが切り裂いた雁首は、変わらずそこにあった。


 周囲の建物を置き去りに、一匹とそれに組み付いた人間は一瞬にして中空へと到達する。


 信じられないだろう? その子の体質は。


 はははは。……おや。


 ダクトは諦めていないらしい。吹きすさぶ風圧にも負けず、シュバの首から背中まで移動し、羽の付け根を、尾を切り裂いた。無駄だよ。


 すると今度は……ジェノを解放すればどうにかなると思ったのかい? 次は足の付け根を目指して、命綱も無しに這いまわる。虫みたいだねぇ!


「ほう?」


 素直に感心するよ。早々に諦めて、飛び降りておけばよかったものを。勿論、今となってはもうどうしようもない高度だけどさ!


 この俺に倒せないものなんて存在しない、とか思っちゃってるのかね。残念、いくら切り裂いても何も出ないよ。


 いや……火は出るか。


 にやりと笑んだ先で、ボゥ、と重苦しい爆発音が響いた。シュバの体が、傷口を起点とするように燃え上がったんだろう。これで種が割れるかは、まあ。あいつらのお勉強度合によるかな。


 ――炎の中でもがいて消えろ。ヴァリアーの本代。


 巨大な火の玉となったシュバは、標的を乗せたまま命を燃やし、地上へと勢いよく落下する。文字通り、捨て身の技だ。自らを焼却してしまうなんて、全く良くできた子だよ。


 やっぱり命というのは、定期的に洗わないとねぇ。ま、それは何にでも言えることかもしれないけどね……組織とか。


 遠くへ墜落していく火の玉も、もはや視界に止めておく価値はない。もう終わったことだ。


「ダクト狩り、しゅ~りょ~」


 ああ、対策って素晴らしい。魔物対策班の連中を対策するの、最高の気分。


「ヴァリアーの紅鬼(あかおに)に、本代。こうなると後はもう、雑魚しか残ってないよねぇ」


 さあ、精々頑張って……予想通りに死ぬことで、僕を楽しませてくれたまえ。



 ◆大生(おおぶ)



「おいおい、ありゃさすがに死んだんじゃね……?」


 敵の戦力の凄まじさに血反吐を吐きそうな気分の俺を差しおいて、平等院はいつも通りの調子で言った。


 やっぱり、お前は凄いよ。


 心から絶望した声なんて、絶対に上げたりしないんだから。今だって、火の鳥――そう表現するしかない、怪物――と共に落下していったダクトの無事を確信しているんだ。仲間を信じ切っている。


「なーんて、な。……ま、俺なんかが生き残ってんだ、アイツが死ぬはずねー」


 それは、自分を過小評価した上での、ちょっぴり悲しい根拠ではあるけど。きっとそれが平等院の処世術なのだろう。自らに期待せず、仲間の強さを上手く頼ることこそが。


 だから俺は、そんな仲間想いな平等院の方針を信じる。


「大生、ダクト……とジェノを迎えに行くぞ」


「了解」


 短く返事をして、大楯を背負い上げ……いや、たとえ重くとも、構えて走るべきだと思い直す。いつ何時モンスターが襲い来るか分からないのだ、警戒を怠るべきじゃない。


 二人で路地を走り抜け、視界が開けると、緑地公園が見えた。遠くで、数本の木が燃えている。あそこか。


「んだ、あの山になってんのは……?」


 斜め前を走る平等院が放った疑問。目を凝らして観察してみる。


 少しずつ近づいてくるそれは……。


「土? いや……灰、か?」


 公園のなだらかな芝生の上、燃え盛る木々の傍らに、2メートル近いだろうか。煙を上げた黒い粉が降り積もっている……?


 俺たちは足を止めて、その物体に近づいてもいいものか思案する。


 見れば、それは指向性を持って飛び散っているようだ。広範囲にまき散らされたものを指で摘んで眺めようとすると、それは風に吹かれて容易く溶けていった。


「灰みたいだ」


 この山は、今しがた現れたものだ。落下してきた、で間違いないだろう。


 平等院はロングソードを引き抜きかけ、思い直したように鞘に納めると、


「デカ鳥がいねー。これは……あいつの死骸なのかもな」


 あいつとは、まさかダクトのことではないだろう。ジェノでも。あの怪鳥のことだ。


 ロングソードではなく、その辺にあった木の棒で灰の山を突っつくことにしたらしい。この灰の山の中に仲間が眠っている可能性があるなら、確かに剣はよくないだろう。


 だが、それでは悠長がすぎるのでは。そう思って、俺は灰の中へと歩みを進める。


「おい危ない、かもだぞ」


「承知の上だ」


 平等院の注意に応じて、警戒は緩めずに灰をかき分けて進む。


 熱い。高温だ。当然か、燃え盛っていたのだから。この中に人間がいたとして、どれほどの間生きていられようか。それを思えば、焦る心も仕方ないような気がする。


「なんであの鳥、自滅なんて選んだんだろうな」


「それが一番攻撃力が高いから、とか。ヴァリアーを名乗った敵は、やはりまずダクトを一番の脅威と考えて、それを排除するためには手段を択ばずに……」


 足にあたる感覚に注意して。……人体を蹴り飛ばしたなら、すぐに気づけるだろうが。


「本代ダクトを倒せる算段をつけるたぁ、中々自信家じゃねーの」


 そうだな。


 ブーツ越し、ガントレット越しでも熱は容易く伝導してくる。俺が限界を感じる前に……と、そう考えた時。


 見つけた、と思った。灰ほど脆く無抵抗でなく、しかし確かに軟らかいものが足に触れたのだ。いや、ちょっと……蹴ってしまったに近い。


 すぐさま腰をかがめる。顔が火傷するのなんて構わない。手を突っ込んで、それに触れて確かめる。


「でもよ、これがあのデカ鳥の死骸だとして。燃え尽きたもんだとして、だ」


 平等院の言葉を、最後まで聞く前に、俺はそれに触れていた。


「……骨はどこにいったんだ?」


 油断していた。てっきり、仲間を見つけ出せたと思った。俺はそれを持ち上げていた。


 ――仲間の体にしては軽く小さすぎた、その肉の塊を。


 それが灰の中より現れ、外気に触れた刹那――タイミング的に、それが継起としか思えなかった――、閃光。視界が焼き付いて、全身が痛くて、足が地面を離れていた。


「大生っ!?」


 地面に叩き付けられ、情けなく転がった後。開かない左目に、働かない頭で絶望しながら、残った右目で見上げる。


 灰の山は、爆発していた。周囲に転がる人物が二人。ダクトとジェノだろう。平等院は、無事なのか。


「ちっくしょう!!」


 見えないが、悲痛な叫びが聴こえたことで、彼の無事を知る。すぐに起き上がらなければ。起き上がってくれ。


 あれは、一人では無理だ……。


 いや、人間がいくら束になっても敵う相手ではないかもしれない。


 酸素に触れる時を心待ちにしていたかのような、爆発。


 新たな誕生。


 火そのものといった風貌の荒れ狂う炎は、やがて収束し、暗い羽を持つ巨鳥へと変貌していく。


 10秒もしないうちに、それは元の大きさを取り戻した。気づけば、周囲から灰は消えていた。


 何も起きていなかったかのように。


 ダクトとジェノを、そして俺を焼いたその怪物は、何事もなかったかのように健在で、凶暴で、無駄がない。


 いつもと逆だ。俺を庇うように前に出た平等院。その自己犠牲をあざ笑うかのように、怪物が嘴を振り下ろすのを。俺は、身体を震わせて見ているしかできなかった。


 何故。


 何故、なんだ。


 いや。


 ――分かってはいた。


 平等院が口ではどう言っていても、いざ仲間の危機となれば己の身を挺して守ろうとしてしまう、彼の言うところの“愚かな奴ら”……そのものだということを。無駄だとしても、人間は得てしてその行動を選んでしまうのだと。


「平等院……」


 彼の名前を呟くのと、彼の体が貫かれるのは、同時だった。


 せめて一矢報いようとしたのだろう、彼が放った捨て身の一撃は、命中はしていた。


 けれど、それもきっと何もなかったことにされてしまうのだろう。


 切り裂かれた怪物の眼球からは、血の一滴も流れることは無く。ただ、火の粉が舞っただけだった。


 まさか、本当に存在するというのか。


 ありったけの力で芝生を握り締め、歯を食いしばって、ゆっくりと身体を起こす。


 襲い来る絶望を、憎しみで上書きする。そうでもしないと、俺は。


「お前が、何……だろうと……」


 仲間の、命を、守ると誓ったんだ。俺こそが、皆の盾なんだ。


 ――守られるだけで終わりになんて、なるものか。


 ――師匠……力を貸してください。


「例え……不死鳥だろうと…………だ…………!!」


「はあ、その意気込みだけは立派だねって思うけど」


「……………………!?」


 背後から響いたその声に、すぐさま振り返る力さえ力さえない俺は。


 後頭部を掴まれ、再び芝生へ引き倒される。「がっ……」「これで元通りの姿勢~」聴いているだけで不快な声の男。


 まさか、この事件の黒幕……「せっかく近づいたんだ。君には、直に強力なのを施してあげようね」強引に顔の向きを変えられ、



 ―― 俺 は そ の男の目を見た。


 ととと思思っったらら、俺は全然違う場所にいた。



 ……いや、全然違う場所?そんなことはない。


 ――ずっとここにいたじゃないか。


 そうだ、俺は冒険者ギルドの宿舎でもある【TOM】のロビーで、師匠が来るのを待っていたんじゃないか。


 ――いつの間にか、居眠りしていたらしい。


「待たせた、グスターヴォ」


「いえ、それほどでも」


 顔を上げると、見慣れた笑顔が俺を迎えた。


「ああ、そうか? それならよかった。じゃあ、行こうか」


 何かに、とても疲れていたような気がするが……師匠の笑顔さえあれば、全てが吹き飛んでいくようだった。


「はい!」


 イデア・E・リアリディ師匠。


主人公勢がよくボッコボコにされるのは、作者の趣味です。受け入れてください。

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