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【完結:修正予定】緋色のグロニクル  作者: カジー・K
第6章 魔王編 -ほんとの俺は王子様-
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第88話 孤軍奮闘

「くそ、くそくそくそくそ……」


 どうしろってんだ。どうしたらいい。


 誰も殺したくない。誰も傷つけたくない。


 だが、対する彼は、その動きに一片の躊躇も無いようだった。


 剣戟の音は一瞬。弾かれたのは、俺の方だった。その激しい打ち込みに、自分の体は為す術もなく後退した。その場に踏みとどまろうとしているはずなのに、まるで体重が軽くなったみたいだな。減量成功かよ。


 体当たりを仕掛けてきた男性を躱す為に、更に後退。すると、ここ一帯に影を落とす巨大な建造物に背中を預けることになった。文字通り、後がない。


「さあ、どうするんだい!?」


 黙ってろ。耳障りだ。


 仕方なく、壁を蹴り出すようにして前方へと飛び出す。立ち止まる以外には、そこしかなかった。自らに走るはずの、忌避して然るべきはずの痛みを……忘却したかのように群がってくる人間たち。


 出来れば、彼らに怪我を負わせたくはない。しかし、こうなってしまっては、それは贅沢というものじゃないか?


 俺は俺の命を繋ぐために、どこまで鬼になれるというのだろう。


 無言のまま石を投げつけてくる女性がいる。子供がいる。包丁を持っている人物もいて、要警戒だ。このままでは命中する、と思った。緋翼を左手の先に集めて、石の勢いを殺して、キャッチ。どうすんだよこの石。まさか投げ返すわけにもいかないだろ。適当にポケットに突っ込んでおく。


 この場に来た者から続々と正気を失っていっている現状から鑑みるに、包丁を持っている人がいる理由は……近くに雑貨屋があるとかだろうな。まさか、正気の状態でさえ“外出するときは包丁を手放しません!”みたいなバトルに対してアグレッシブな主婦ばかりじゃないだろ。


 右手が掴まれる感触に目を向けると、それは守だった……ッ。逃してくれるつもりはないらしい。左足にもまた、拘束される感触があった。守から放たれる斬り上げを、回避しきれない。全力で上を向きつつ首を引いたおかげでなんとか頭は守れたが……左のわき腹から右胸まで、血の線が走る。


 いっ……たい。痛い。痛い。


 それが更なる痛みを呼び込むだけだと解ってはいたが、守の顔面目がけて、頭突きを放った。これも上達すれば、自分だけは痛くないようになんのか。無理だろう。殴った方だって痛いのは当たり前だ。痛い。


 仰け反る守の手が俺の右腕を解放する。なら、すぐにでも……働いてもらわないとな。右腕に力を込める。お前はそこら辺の人間より頑丈……であってくれ、と祈りつつ守の胸に強く掌底を打ち込んだ。振り向きざまに恰幅のいいオジサマを突き飛ばし、足に取り付く少女を……足を振り回すことでふっ飛ばして、しまう。


 クソ、それは人として駄目だろクズ野郎……。思わず、体が勝手に動いていた。自分が突き飛ばした少女が背中から地面に打ち付けられる前に、駆け寄って手を伸ばしていた。素手のままでは、とてもじゃないが届かない。緋翼を噴出させて、少女の体を包み込むように回し込み、クッションにする。なんとか、無事だな。少女は気絶したらしい。それを見て、やはりこれしかない、この方法しかない、と思った。


 全員、気絶させる。それしかない。


 痛みに焼き切れそうな思考で、なんとかそこまで考えた時。


 ドス、と。


 身体が振動する。


 ああ、刺されたのか。


 貫通こそ――肋骨と緋翼に阻まれて――しなかったものの……。


 どうやら下手人は守らしい。


「ははははぁ!! 争え! もっと争いたまえよぉ!!」


 クソ。クソのクソ展開すぎる。

 

「正気に戻れ、このバカ……!」


 防衛本能として、緋翼が翼を形作る。それを回避するために跳び退き、その際に得物を回収したってことか。身体から異物が引き抜かれる感触があって、俺は倒れそうになる。


 潰れそうになる。


 だが、腹の下で気絶している少女を見て、持ちこたえる。


 俺がここで死んだら、この少女は。周りの一般市民たちは、どうなる。


 決まってる。エイシッドが利用し終わった人間たちを労う訳が無い。利用価値の無くなった人間は、当然……殺される。


 なら、潰れてる暇なんて無い。


 やり切るしか、ないんだ。


 守、やはり……まずはお前だ!


 起き上がって、緋翼を振りまく。そうして周りの人間たちを遠ざけつつ、守を見据えた。


 この場で最も脅威なのが仲間であるお前だっていうのは、ああ、全く頭が痛くなる要素だが。


 そもそも、操られている状態ってのは……その戦闘能力はどこに、誰に由来しているもんなんだ?


 もしエイシッドが守の一挙手一投足、その全てを今も知覚し操作しているというなら、奴自身も卓越した……卓越し過ぎた戦闘センスを持っていることになる。なら、その線はナシか。ナシであって欲しい。


 いや、大丈夫なはずだ。奴の手駒にされてしまっているのは守だけじゃないんだ。それも“最悪”を構成する要素ではあるが。今や俺を狙っているのはエイシッドと守だけじゃない。この騒ぎに駆け付けた……正義感に溢れた住人達、全てだ。


 それがよくなかった。モンスターが暴れている訳じゃないから。人間が喧嘩しているだけだから。だから、自分でも止められるんじゃないか。そんな甘い考えでここに近づいた者たちがエイシッドに操られ、また新たな被害者を呼び込んでいく。


 そして、被害者は加害者となる。


 守が動き出した。先にこちらから仕掛けるべきか。駄目だ! できればカウンターで沈めたい。カウンターを得意とする奴(?)にカウンターが効果的なのかは謎だが。


 懸念されるのは、俺が武器を振りかざした場合だ。操られている……守を筆頭とした人間たちは、果たしてそれを避けようとするだろうか、ということ。


 最低な性格をしたエイシッドのことだ。俺の心を傷つけるためなら、手駒の一人や二人の欠損を何とも思わないんじゃないか。むしろ、俺の凶器に向けて、しめたとばかりに自ら身体を躍り出させるくらいはするかもしれない……警戒しておくべきだ。


 縦一文字に振り下ろされる守のロングソードをピアスを横にして防ぎながら、俺はそう考え……くそっ、考える暇も与えられない!


 ピアスは両手で持つことに適していない。細身とはいえ、向こうは立派な剣だ。ロングソードの重量に容易く俺の手首は下を向けられる。まずい!

 

 跳び退って回避する。間一髪だった。いや、前髪は持っていかれたかもしれない。なら間はゼロだったのか。一応喰らってたってことか。


 ……この武器は打ち合いには向いていない! ああいや、前の持ち主に文句があるとかじゃなくて、これは刺剣なんだ。相手の防御を抜いて穴だらけにしたり、出血を狙うことなら得意なんだろうが、今は……相手に致命傷を与えるなんて以ての外だ。


 全力なんて、とても出せない。出してはいけない。だが、俺も認める守の実力は……相手をしてみると、想像以上に恐ろしい。素手で相対するのなんて、もっとまずいに決まってる。手放すわけにも……。


 そして、俺が少しでも考える時間を稼ごうとしている間も、勿論守は行動する訳で。


 一瞬で稼いだ距離を詰められる。守は苦悶の表情を浮かべながら、その切っ先を俺の胸へと向けていた。


「うわああっ! 父さんっ!!」


 その時、守が一際大きな叫び声を上げた。驚いたが、攻撃の合図だと思えばありがたいか。


「俺はお前の親父じゃねェ!!」


 こいつ、幻覚でも見せられてんのか……?


 間一髪、……いや、またしてもだ、避けれてはいない。


 が、やられっぱなしでもない。


 斬り上げられたロングソードを右の腋の下で挟み込み、固定を図る。これもある意味、真剣白刃取りなのか。しかし、俺は達人の域には達していなかった。そこから緋翼が立ち上ったのは、俺の肌が斬られたからだ。


 痛みに喘ぐ暇があったら、行動しろ。歯を食いしばって、心中で守に詫びつつ、蹴りを放つ。守の身体は操られた市民をなぎ倒しながら吹っ飛んでいく。いや、人にぶつかってんだ。それほど遠くまでは離れていない。


 好都合だ。結局、俺は緋翼を使ってこいつを気絶させなきゃいけないんだ。手傷を負いつつも強引に切り開いた、今こそがチャンスなんだ。


 ――なのに、邪魔が入る。


 くそっ、それくらい想定しておけッ、レンドウ!


 腰を無理な体勢に捻って、身体が軋むのを感じる。守以外から向けられる刃の輝きに、一瞬以上に度肝を抜かれる。幅広の直剣。凝った意匠など無い堅実な造りのそれを手にしているのは……傭兵風の青年。


 魔物が暴れている街にそれでも出てきたということは、こいつは正義感に溢れた立派な剣士ってワケか。その善意が俺を苦しめることになるとは、なんとも皮肉な話だ。大人しく布団引っかぶって震えてりゃよかったのによ。


 咲き乱れるような赤毛の間に見える、切れ長の目。虚ろなそれに、血まみれの俺が映る。


 右腕の外側をなぞる様に切り裂かれた。相手の本懐は勿論、そうではなかったはずだ。俺の右腕を使い物にならなくしたかったはずだ。俺は身体ごと左にずれていた。俺の身体を離れ、ロングソードが地面に向けて落下を始める。


 青年の腹部に膝蹴りを叩き込みつつ、右の肩甲骨辺りから緋翼を噴出、片翼の吸血鬼といった風貌か、今の俺は。青年の顔全体を覆うようにそれを叩き付ける。


 その時、違和感があった。


 ブシッ、という音を立てて、背中から緋翼の供給が断たれた。


「は……ッ!?」


 仰向けに倒れ込んだ青年だったが……その意識を刈り取ることは叶わなかった。彼は直剣を杖代わりにして、立ち上がる。


「おい……」


 状況を受け入れられず、左手で背中を叩く。


 ……だがそれは虚しく。


 脇腹から、胸から、思い出したように血が流れていくだけだった。


 緋翼が、出ない……………………?


 頭が真っ白になりかける。絶望を知りそうになる。カラン、という乾いた音に、どうにか正気を取り戻したのか。


 足が守のロングソードにあたったらしい。そうだ、とにかく、これは拾わないと。他の誰かに拾われる訳にはいかないし。ポケットに入る大きさでもないから、持ち続ける必要があるが……。


 震える手でピアスを鞘に納めて、左手一本で直剣を構える。


 本当は両手で持ちたいところだが、情けない話、右腕にあまり力が入らない。だらりと垂れ下がるばかりだ。血が流れるばかりで止まらないというのが、そもそも新鮮だった。


 何でこの程度の傷で、こんな。


 己の身体と剣一本で身を立てる、なんて言うけどな。それ、俺にはとてもじゃないが無理そうだ。生まれ持った種族の特性を使い、今まで散々楽をしてきて。それに慣れ過ぎた。そういうことなのか。


 視界もぼやけてきた。足取りもおぼつかない。緋翼の使い過ぎ、だってのか。


 ちくしょう。ちくしょうちくしょう。悔やんでも仕方ないことは分かってる。ここ数日間、いや人生のどこででも。少しでも緋翼を出し惜しみしていれば、俺はたぶん生きてはいなかっただろうから。


 ここまで持ってくれたことに感謝して、ここからは本当の自力で生き抜かないといけないってこと。ちゃんとわかってるさ。


 でも、駄目だったみたいだ。


「がばっ……」


 意味のある言葉すら出てこない。ただ、俺を構成していた血液が流れ出ていくばかり。


 身体の芯を貫いた直剣を、力なく見据える。対応しようと持ち上げかけた左腕だったが、次第に感覚が消えて、そのまま剣を取り落とした。


 俺の腹を貫いた後、青年はその体勢のままで動かない。引き抜かないのか。その方が、俺の失血死は早まるじゃないか……。


 ああ、俺の体感速度が変化しているのか?まるで、自分の思考を除いて、全ての時が止まっているかのように感じられる。


 ……敵じゃない人間たちと争わされた末。


 自分を殺した人物の名前も知らぬまま。


 こんなところで、終わりなのか。


「ヴィイイイイイイイイイイッ!!」


 勿論、時間が止まってるだとか、そんな俺の勝手な妄言や錯覚なんて関係なく、これからも生きていく奴らは行動する。


 もうすぐ、俺と関係なくなる奴ら。


 俺と世界の関わりが経たれれば、すべて。


「シュバ、舞台は整ったのかい。……ああ、こっちも終わったよ。案外あっけなかったな。じゃあ僕もそっちに行くから……」


 怪鳥と会話でもしているのだろうか。期待外れだというように。俺を馬鹿にしたようなエイシッドの声が離れていく。


「……連れてなんて行かないさ。そっちでまた揃えればいいからね」


 どうせ、俺にはもう関係ないことだから。どこにも力は入らず、ただ死を待つ身。


「もういらないよ」


 その。


「こっちの人間は全部廃棄で」


 その言葉を聞くまでは……………………死んでいた。


 目が破裂してもいい。もう二度と光を拝めなくていい。俺は一度死んだんだから。少なくとも、気持ちの上では。


 内臓が千切れようと、この指が折れようと、俺はお前の思い通りには死なない。


 顔を上げると、俺から直剣と引き抜いた青年が、包丁を持った市民が、鋭利な断面を晒す鉄材を手にした守が、その切っ先を自分へと向けていた。


 ふざ、け、るなよ。


 脳裏を支配していたのは、エイシッドへの憎悪。


 無我夢中だった。俺は青年に飛びついて、その首に噛みついていた。


亜餓(アガ)亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜亜……」



 * * *



 亜亜、何とか間に合った。間に合わせタ。



 ――最初から、こうすりゃあヨカッタンダ。



 周囲に倒れ伏している人間。その数、30は下らナイ。全員、生きているはズダッタ。


 ……全員もろに緋翼の嵐を受けて、ともすれば視力に影響が出ているかもしれない。顔面にそれを喰らいすぎたアドラスのように。


 もしくは、横っ腹とはいえ剣で打たれたことにより、骨折しているか。


 血を吸ったことで、俺の中にいる魔物と意識が同化したような感覚がある。それは数分もすると落ち着き、それが逆に不気味だった。


 ……今の俺は、正常か?


 見知らぬ人間を襲い、その血を啜った俺は。


「くっ……」


 頬を涙が伝う。


 仕方がなかった。これしか方法は無かったんだ。そう言い聞かせようとも、復活した緋翼が傷の修復を始めていることを素直に喜ぶ気にはなれなかった。


「エイシッド……!!」


 さっき、奴の声は上から聴こえてきていた。後ろの建物を見上げるが、どこにも奴の姿は無い。自分が“廃棄”した者たちの顛末を、見届けずに去ったってのか。あいつにとって先ほどの行動は、遊び終わったおもちゃを片付けるような、当たり前に繰り返してきた行為なのか。


 だが、その性格が災いしたな。俺にとってはようやく訪れた幸運というべきか。


 当然、全てが上手くいっていると盲目的になるのも危険だ。


 果たして、


「こいつらの催眠は解けてるのか……?」


 ということ。


 花壇を破壊するように民家に激突した青年。俺のすぐそばで、最期に締め上げた守。


 相手の魔法はあまりにも悪魔的すぎる。最悪の事態、つまりこいつらが目覚めた瞬間、再び自刃(じじん)に走る可能性を捨てない方がいい気がするんだ。なら、方法は一つしかない。


 気絶した面々を周り、緋翼を吹き付けて拘束を施していく。せっかく取り戻した力を、大分消費し続けることになるが、致し方ないだろう。


 この状態で緋翼を使い続ければ、ともすればこいつらの拘束が解けてしまうかもしれない。そのことを念頭に置いたうえで戦わなければならない。できるのか、この俺に。


 貧弱すぎる、素の俺なんかに。


 駄目だ、すぐに弱気になる癖をどうにかしろ! 両手で頬を強くたたいて、気合を入れる。エイシッドが去ってから、無為ではないものの時間を使いすぎてしまった気がする。いつしか太陽の角度が変わって、俺たちは照らされていた。


 いかないと。


『舞台は整ったのかい』


 奴が言っていた言葉も気になる。


 ――嫌な予感なんてもう足りてるってのに、全身に感じるこの悪寒は一体、なんなんだ。


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