第1話 守るためならば
年号が昭和から泰成に変わってすでに25年になる。
良い部分も悪い部分も昭和と泰成とでは大きく変わってしまったと言われている。
しかし、泰成という時代しか知らない柊流依と橘昭斗にとって、そんなことはどうでもよかった。
毎日の学校生活を2人で楽しく過ごせる時代であるならば昭和も泰成も同じだった。
この日も2人はいつものように橘家の自動車で登校する。
流依は車の窓から、外を歩く修華学院の女子生徒の数人が楽しそうにおしゃべりをしている姿をみてため息を漏らした。
「流依ー、ため息なんて、どうしたんだ?」
眠そうな表情の昭斗がいたずらっぽい調子で聞いてきた。
事情をすべて知っているはずの昭斗の態度を嫌そうに見て、流依は昭斗の問いに答える。
「例のあのこが外を歩いてただけだよ!」
「もしや最初は僕のことが好きだったのに、流依君が口説きまくった結果、流依君に乗り換えたあのこかい?」
昭斗が楽しそうにつづける。
「あのこ、流依君にぞっこんってやつですよね。
なのに流依君たら、好きにさせた責任もとらずに放置。
ひどいなぁー。」
「うるさいなー。
仕事なんだからしょうがないだろ。
たくっ、誰のためだと思ってるんだよ。」
不機嫌な表情の流依を昭斗はニコニコしてみている。
昭斗があまりにも楽しそうな笑顔なので、流依もつられて笑ってしまった。
そうこうしているうちに2人を乗せた車は修華学院高等部の校舎前に到着した。
流依は軽くまわりをうかがってから車から降り、昭斗がそれに続いた。
少し風が強いが、天気がよく、たくさんの学生が互いに朝のあいさつをかわしている。
2人が校舎に向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。
「昭斗君、流依君!
おはよう!」
ふりかえって声の主を確認した流依は、気が重くなったのがはっきりわかった。
そこにいたのはクラスメイトの女子3人だった。
その中に木島よりがいた。
たぶん声をかけたのも彼女だ。
要注意人物。
流依は自分のモードを切り替えた。
最近、木島よりとその友達は昭斗の前によく現れる。
彼女が昭斗に気があるのは、いつも昭斗と一緒にいる流依には明らかだった。
昨日の昼休みも、教室で弁当を食べている昭斗と流依のもとへ木島よりと数人の女子がやってきて、昭斗の誕生日やら血液型やらを聞いて、自分との相性についてしゃべっていた。
「来月学祭だけど、昭斗君は誰かとまわる約束してる?」
木島よりがとびきりの笑顔で聞いてきた。
昭斗は愛想よく質問に答える。
そうするように教育されている。
人に好印象を持たせるのはお手のものだ。
「約束してるわけじゃないけど流依とまわるよ。
な、流依?」
「あぁ。そうだな。
でも俺はよりちゃんとも2人でまわりないな。」
流依も昭斗に劣らず愛想よく、木島よりに向かって話した。
そうすれば木島よりの気持ちが昭斗から流依に変わるかもしれない。
流依は昭斗の評判を守るためにいつも気をつけている。
もしも木島よりが昭斗に告白なんかして断ったときに誰かが腹を立てたり、変な噂をたてられては、昭斗にとってプラスになることはない。
そうなるくらいだったら自分に気持ちを向かせてしまった方が昭斗を守りやすい。
自分に気持ちが向いたとしてもその気持ちに応える気はないのだが。
その結果、女たらしの女泣かせと言われようともかまわない。
流依にはそれくらいの覚悟がある。
たぶん木島よりも最近は昭斗と同じくらい流依のことを気にしている。
しかし、昭斗の悪い噂を聞くことはないが、流依に関してはたくさんの女子生徒が泣かされているという噂があり、木島よりだけでなく多くの女子生徒が流依を警戒しているようだ。
それでも中性的な整った容姿で成績もトップクラスの流依にやさしい言葉をかけられたりほめられたりすると多くの女子生徒が恋してしまうのだ。
「よりちゃんは誰かと約束してる?
もしよかったら1時間くらい俺と一緒にみてわまってよ」
流依は木島よりにやさしい笑顔を向けた。
「え?あ、でも流依くんなら私じゃなくても一緒にまわってくれる女の子いるじゃない。」
木島よりは少しびっくりしたようだったがうれしそうだ。
「そんなことないよー。
それに、よりちゃんかわいいしもっと仲良くなりたいんだ!
ね?1時間だけ学祭は俺と2人でいよ?」
木島よりは顔を赤らめて小さく頷いた。
「じゃあ約束だよ!
そろそろホームルームの時間だな。
昭斗、早く教室行くぞー。」
「おー」
昭斗は平静を装っているが内心では今の一連の流れが面白くてしょうがなかったはずだ。
たぶん家に帰ったら昭斗にからかわれるだろうな、と流依は思ったがいつものことだ。
さっきの木島よりの反応から近いうちに気持ちは流依に向かうと昭斗も流依も予想した。
また流依は女の子に悲しい想いをさせることになる。
それでも・・・・
昭斗、君のためになるなら他の誰が傷ついてもいいと思う。
俺ってひどい人間だな。
でもそれが俺の仕事だし、俺がえらんだ道なんだ。
そのことを理解してくれるからいつも俺のすることをからかってくるんだよな。
俺が辛くなりすぎないように。
ありがとう。
何があっても側にいるよ・・・