プロローグ
2人はついさっき出された宿題をひろげながら、いつものように部屋でおしゃべりをしていた。
「昭斗は大人になったら何かしたいことある?」
「うーん、いっぱいあるよ。
飛行機のパイロットになって世界中をみたいとも思うし、テニスプレイヤーになって毎日コートを走りまわりたいとも思うし、あと医者とか大工にもなりたいなぁ」
午後の陽射しが優しくふりそそぐこの部屋は、9歳の子供2人のための部屋にしては広すぎるように感じるかもしれない。
部屋には彼らが寝起きしている大きなベッドが1つ、本を読むときによく座る大きなソファが1つ、そしてさっきまで授業をしていて今も2人が使っている大きなテーブルが1つ。
この部屋にあるほとんどの調度品が2人が同時に同じことができるような大きさなのである。
さっきまで行われていた授業で教師は世界の偉人についての話をした。
教師は偉人と言われる人がどんな子供時代を過ごし、どんな職業に就き、どんな人生を辿ったのかを2人の興味に合わせて話してくれた。
授業後、2人は自分たちの未来について話した。
昭斗はいくつもやりたい職業をあげていく。
「でもどれか1つをえらばなきゃいけないんだよなー。
どれにしよー。」
「・・・・。」
「流依?どうしたの?」
「・・・むかしお父さんが言ってたこと、思いだしてた。」
「流依のお父さんが?
なに?」
流依は父親が亡くなる少し前に、自分に話してくれた言葉をより鮮明に思い出そうと、今よりも幼かったころの記憶を手繰りよせようとした。
「たしか、えらぶことは捨てることだって。」
「・・・よくわかんないよ。」
なぜ父親がこんな話をすることになったのかは思い出せない。
しかし、あの時の父親の言葉の一部は思い出すことができた。
「流依、いいかい。生きているかぎり、人はえらびつづけなければならないんだ。
だけどね、なにかをえらぶことはなにかを捨てることでもあるんだよ・・・」
流依は父親の言葉を思いだしたとたん、なぜか嬉しさと悲しさを同時に感じていた。
「ねぇ、流依。
今のどういう意味なの?」
「よくわかんないけどすごく大事なことだった気がする。
本当に大事なこと・・・」
「そっか。」
昭斗は流依の返答に納得できなかったが、いつになく真面目な表情の流依に、いつもの調子で聞くことができず、とりあえず理解したふりをした。
その3年後、流依はえらぶことが捨てることであるということを実感する。
そしてさらに5年の月日が流れ、彼らは高校2年生になった。