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第四話

 宿に戻った僕達は、部屋毎に設置されているプライベート用の露天風呂へと浸かった。花火はとっくに終わってしまったらしく、先ほどまでの華やかさが嘘のように、濃紺に染まった空には、いくつもの小さな星が寂しげに瞬いていた。

「ねぇ」

 小さな水音を立てながらミサが空を見上げた。

「ん?」

「織姫と彦星って年に一度しか会えないでしょ」

「そうだね」

「私だったら絶対に耐えられない」

 何を言おうとしているのか分からなくて、僕はミサの方を見た。そしてタイミングを計っていたように僕の方を向いたミサと見つめ合う。

「僕も同じ。耐えられる自信はないよ」

 その言葉に満足したようにミサは頷いて「同じだね」と笑って、言葉を続けた。

「長いよね、五年。一年でも無理だと思うのに、そんなの絶対に耐えられない」

「僕もだよ。だから……」

 続く言葉を遮るようにミサが口を開いた。

「ねぇ、もし私が付いて行きたいって言ったらどうする?」

 もちろんそれも考えた。

 でも。

「拒否する」

「だよね。でも安心して。そんな事言わないから」

 当然だ。僕と同じように早くに両親を亡くしたミサ。でも一人っ子の僕と違って、ミサには妹がいた。親戚の家にお世話になっているからと言って、まだ小学生の妹を置いて行くなんて選択を、優しいミサが出来るはずがないのだ。

「どうしてそんな事を聞いたの?」

「私ね、考えたの。このまま付き合っていく事と、別れる事。どっちがいいのかなって」

 続きを聞きたくないと思いながらも、聞かずにはいられない。そわそわした気持ちを誤魔化すように、僕は移動してミサを後ろから抱きしめた。

「どうしたの?」

「どうもしないよ。続きを聞かせて。どっちが良いと思った?」

 ミサは小さく笑った後で、僕の腕に手を乗せて口を開いた。

「分からなかった」

「そっか」

「うん。私ね、ジュン君が好き。それは絶対に五年後も変わらない。でも……」

 ミサが僕の腕を撫でる。

「でも、なに?」

 僕の方に寄り掛かりながら、首だけ振り向いた。僕を見上げるミサの瞳が揺れていた。

「ジュン君が私の事を何とも思わなくなる日が来てしまうんじゃないかと思うと、どうしようもなく怖いの。もしそんな日が来てしまうくらいなら……」

 奇しくもそれは、僕の想いと良く似ていた。

「そんな事はあり得ないよ」

「わかってる。でも……」

 続く言葉を、キスで遮った。

 唇を離し、至近距離で見つめ合う。ただそれだけで、色んな気持ちがお互いに伝わってしまう。そんな気がした。

 何の言葉も発しないまま、もう一度キスをして、貪るように口内を蹂躙し合う。今までしてきたような優しいキスではなく、獣のような荒々しいキスだった。自分で自分を制御できない不思議な感覚。何も考えられなくて、ただ目の前にいるミサが欲しくて、欲しくて堪らなかった。


「のぼせちゃったね」

 小さく笑いながら、ミサがおにぎりを頬張る。

「長湯させちゃってごめん」

「だいじょうぶ」

 甘えるように寄り添ってくるミサの柔らさを感じながら、宿の人が気をきかせて用意してくれた夕飯を食べる。本来なら出るはずだった豪勢な夕飯は、僕達が花火を優先したせいで食べられなくなってしまった。しかし事前にその事を伝えてあったおかげか、部屋に戻るのに合わせて、おにぎりとみそ汁、それから数品のおかずを持って来てくれたのだ。その上で、片付けは翌朝でも構わないと言ってくれた宿の人の気遣いに感謝するばかりだ。

 冷めても尚、美味しいままの夕食は、僕の腹だけでなく、心も少しだけ満たしてくれた。


 夕食を終えた僕達は、どちらからともなくお互いを求め合った。


 いつも以上に丁寧だったかと思うと、途端に荒々しくなり、かと思えば優しく労わるように。まるでいくつもの感情が同居しているかのようだった。

 その日のミサはいつも以上に美しくて、切なげで、淫らで……。僕を虜にして、決して離そうとはしなかった。夢の中にいるような不思議な感覚の中で、心地良さと、寂しさを同時に味わいながら、僕はミサの身体に何度も何度も、自分の存在を刻み付けた。

 この先、どんなことがあったとしても、その夜の事が霞んでしまわないようにと。僕の事が、心から消えてしまわないようにと。

 ただひたすらに願いながら。






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