⑦メジロの箱
「やあ、お邪魔してるよ。」
「佐藤さん、こんにちは」
灰色の道、図書館の迷路とひたすら歩いてきた後に、お茶と草花の匂いのする静かな庭園部の部室はふんわかと心を和らげた。
方や紅の、方や碓青の分厚い本を読んでいた佐藤さんは昼寝から目覚める猫のように気だるげに微笑んだ。
あの家のようなカウンターはどうしているのだろう。生徒に手伝ってもらっているのだろうか。
「和菓子、足りるかな?」
柳葉さんが声をひそめる。昨日棚に置かせてもらったお菓子を出し、机に置く。
ウグイス色の紙に白の薄紙、金の細い紐。見た目は春らしく上品。
「綺麗なものをお持ちですね。和菓子ですか?」
「はい。」
ぴ、と柳葉さんが給湯器に電源を入れた音がした。金の紐を解き、紙を退ける。箱は白、隙間に軽く爪を入れて箱を開ける。
「へえ。綺麗なもんだな。」
白い和紙の上にビー玉のような薄く透き通る丸い錦玉がコロコロと、金平糖と取り混ぜて入れられている。小さな竹編のカゴが2つ。それぞれに二匹ずつ、小さく可愛らしい造作のメジロがうずくまっている。
薄い水色や薄紫、透明の錦玉は氷や冷たさを想像させるが小さな桃色や黄色の金平糖たちはほのかな暖かさや花を思わせる。静かな春の訪れ。見た目の美しさだけでなく、あまりクセのない錦玉や見たことの多そうな金平糖を織り交ぜ、練り切りというあまりての伸びにくい日本ならではの菓子をあまりとっつきにくそうに見せないようにしようとしているのだろう。
「わ、可愛い!」
「結構大人っぽいですね。僕らでも買いやすそうです。」
「このメジロは練り切りですか?僕好きなんですよ、練り切り。」
美しさ、可愛らしさ、しかし美しすぎず可愛すぎず、大人にも子供にも受け入れやすい。
「このメジロは練り切り。この小さい桜の花びらが入ってるのが錦玉。寒天の一種…和風のゼリーって言ったほうがわかりやすいかな?あとは金平糖だね。甘都の金平糖は全部果汁をつかって着色して、手作業で作ってるから形はバラバラだけど手の込んだものになってるんだ。」
「カント?え、甘い都で甘都?」
佐藤さんの目が鋭くなる。
「はい。甘い都で、甘都です。ご存知でしたか?」
「ご存知も何もないよ!老舗の和菓子店でしょ⁈私だって知ってるよ!」
柳葉さんが目を丸くする。サンナンまで少し驚いているようだった。
「あの甘都の試作品をたべれるなんて…久しぶりに食欲が湧いてきた…」
「僕、改めてここの司書になって良かったと思うよ…安月給だけど…」
佐藤さんたちが若干不穏なことを口走りながら和菓子を凝視する。
「この箱の名前、なんだと思いますか?」
ことりと皆が首をかしげる。
「リュウカが味見する人に求めるのは2つです。1つは感想、1つは、その箱に名をつけるとしたら何にするか。」
「リュウカ?」
「小鳥くんの妹さんですよ、ね?」
「まあ、ね。」
早くもサンナンは考え始めている。
僕が名前をつけるとしたら…
はい、と柳葉さんが手を挙げた。
「あ、シュンオウとかはどう?」
「春鶯、その心は?」
「淡い鶯色をしてるから。春って淡い気もするし、春を告げる鳥でしょ?」
あー、やっぱりそういう勘違いが起こる。
「この子たちはメジロだよ。鶯じゃない。」
「ふぇ、そっかー」
鶯色と呼ばれている色は本来ならメジロ色と言い表せるべきものだ。この色を持つ鳥は鶯ではなくメジロ。
「「春朝」」
「春の始まり、長い微睡みから覚める春の鳥」
「冷たいの薄氷の中に閉じ込められた春も」
「「目覚める」」
「いいですね。その言葉を聞けば、冷たさではなく清々しさの方を先に感じることができます。」
そう、この箱は少し冷たすぎる。
「ミズハナ」
「水の花ですか?」
サンナンの言葉に柳葉さんが再び首をかしげる。
が、佐藤さんたちがふと目を見開いた。
「水の端と書いて水端。始まりを意味する、見た目も音も綺麗な言葉だ。この和菓子が見た目も味もいいかは知らないけど。溶けかかった氷の上、水の端で巣の中で微睡み春を待つメジロ。春は水の端にあり。」
どこか透き通った音、形、意味。
「いいね。水の端でミズハナ…いや、ミズハ…春水端かな。」
「ハルミズハ…綺麗です!」
音も、見た目も、美しい。
「じゃあ、食べようか。」
お茶を入れ、それぞれに部室にあった小皿を使って錦玉を3つ、金平糖はパラパラと。
練り切りは、僕がサンナンに少し分けてもらい、他はあげた。柔らかいが、柔らかすぎず、なめらかながらすぐには溶けてしまわない。
リュウカの、練り切り。
「さすが甘都、と言いたいところだけど…、食感がなんか違う?」
「とろけるのではなく、しっかりと残る…」
「「僕、この感じも好き」」
嬉しそうに食べる佐藤さんにこちらまで嬉しくなってくる。リュウカの和菓子は人を幸せにする。
「なんか、和菓子ってお高くて大人が少し食べるってイメージあったけど、これなら食べやすいかも。なんか高いものってすぐになくなっちゃって味わう暇がない、っていうか。逃げられちゃうイメージがあったけど。私も好きだな。このメジロちゃん」
逃げられちゃう感じ、か。普通はとろけるものほど尊ばれるがそういう風に感じる人もいるのか。
「この…錦玉?さっぱりしてるな。甘いの苦手な人でも食いやすいし、このメジロで口が甘くなってもさっぱりする。」
「あ、こっちの紫は甘いですよ?少しずつ味変えてるみたい!」
確かに、薄紫は甘く、薄水色はさっぱりと、透明はかすかな酸味まで感じる。
この取り合わせなら甘いものが苦手な人がいても楽しめる。
「味薄いね。」
透明をつまみ、少しかじる。
「え?」
「今回はお茶に合う親しみやすい和菓子のハズだった。なのにこの錦玉はかすかな酸味、かすかな甘み。お茶に合わせるならもう少し味が濃い方が引き立つ。でも濃くしたらこの透明感のある色がくすむ。だからこんな微妙な濃さになった。」
お茶を飲み、残りを口に入れる。やはり酸味を感じにくい。
「これだけの量があると食べ飽きてくる。下がこのかすかな酸味、甘みに慣れて味がわからなくなってくると思うね。味は微すぎても飽きやすくなるんだ。」
次は金平糖。色は鮮やかだし、この箱にもあっている。桃色、檸檬色、乳白色を拾い上げる。
「質問だけど。お茶と金平糖って、一緒に食べる?」
「…確かに食べないな。金平糖はそれだけで行きたい。むしろラムネとか、そういうのと食いたい気がする。」
「そうだね、金平糖は飴の一種ですし。」
「うん、和菓子とはいえお茶と一緒に食べるというのは違和感があります。」
サンナン、佐藤さんの言葉に柳葉さんが顔を曇らせる。
「確かに私も金平糖は単体で食べたいです…」
「次はメジロ。メジロの体に寒天の粉とか金平糖の破片が付いてたよね。それに、竹かごに入れてあったせいで少し体に跡が付いてた。味も見た目も、損なわれていると言える。」
金平糖を口に含み、転がす。味はいい。だけど、練り切りには合わない。かけらが入ることで、練り切りのなめらかな食感も味も見た目も損なわれてしまえば一緒に入れる必要性はない。
「改善点を挙げるとすれば、何かありますか?」
「「竹かごに和紙をしくべき」」
佐藤さんがハモる。
「錦玉と金平糖を混ぜるんじゃなくて、柄付きの錦玉と柄なしの錦玉を取り混ぜたらどうかな?柄ありは濃い味、柄なしは薄い味。そうすれば見た目も楽しいし、飽きにくくなると思う!」
「金平糖を全否定する必要はないと思う。全部が全部お茶に合わせる必要はない。親しみやすい和菓子を目指すなら、お茶を用意しなくても気軽に食べられる和菓子も箱に入れておくべきだ。」
ぱ、とみんなが一度に微笑む。
これで、 今挙げた問題点は改善される。
「外見はどう思う?みんなは箱の中を春水端という名がいいって言ったよね。鶯、白、金。この色は春水端に相応しい?」
そう、中の清々しさに対して鶯色は少し色が落ち着きすぎている。中に金色っぽい要素は金平糖くらいだし、そもそも金という感じはあまりしない。
「それこそ薄水色、薄紫、透明な和紙を重ねたりして少し冷たさを押した方がいい気がする。」
「僕も僕と同じ意見。水面模様を入れても綺麗かな」
「鶯色の紐で縛ったらどうでしょう?」
「あえて、真っ白い和紙で包んで、それを青と、鶯色の2色の細幅の紐で結ぶだけの方が綺麗かもしれない。春水端は、みずみずしく、微な春の息吹を感じさせる和菓子だから。」
サンナンの言葉に、3人がほお、と息をつく。これで意見は出揃った。サンナンを連れてきて、良かったみたいだ。
「うん、それでいいと思う。その白に佐藤さんが言ったように同じ白で水面模様を入れれば爽やかな冷たさと瑞々しさを出せると思う。じゃ、残りを食べよう。」
それからはもう各々好きにとって食べることになり、話題はまあ、ひとところに着いた。それはやはり、あの日の、狂乱。




