⑥小さなほころび
朝、そこは戦場だった。
「おい小鳥…」
「小鳥てめえ…」
「え、と、なに?」
なにやら物言いたげな男子たち。なぜか鯉音はいなち。サンナンは呆れたように僕の後ろに立っている。もしもの時は助けてくれるかなぁ?
「おまえ、、、そんなに可愛い顔して何柳葉さんに告られてるんだよっっっ!!!」
「僕は可愛くない!」
「まず反論するのはそこなのか…。」
後ろでサンナンが何か言ってるが気にしない。
「それと、柳葉さんとはただの友達だから。」
「昨日付き合うって言ってたじゃないか!」
「うん、付き合ったけど。」
「「こぉぉとぉぉりぃぃぃ!!!」」
男子、大絶叫。
な、なにが悪いのか…。別にお茶の約束しただけなのに。
「小鳥。」
長身を屈ませ、低い声が耳朶をくすぐる。
「?サンナン?」
「恋愛とかじゃなく用事に付き合っただけって言えば通じる。」
真顔で起き上がったサンナン。慣れてそうだなぁと思いつつ、不倫報道でも食らった芸能人のような気持ちでクラスの男子に向き直る。
「柳葉さんの用事に付き合っただけだよ。」
「は?」
「だから、恋愛的な付き合う、じゃなくて用事に付き合ったの。」
「「小学生かよ」」
「だから僕は童顔じゃねえっ!」
呆れた顔のクラスメイトに怒りがふつふつとこみ上げてくる。別に小さくないし…!童顔でもないし…!
「おーい、おまえら座れー。小鳥ー、おまえは童顔じゃないぞー。幼いだけだー」
「それ同じ意味です先生っ!」
なんだろう、喧嘩売られてる気しかしない。にいちゃんは、大人びてるのに。僕はいっつも童顔だの幼いだの言われる。
「お、ギリセーフじゃん」
と、静川が教室に駆け込んできた。夜ヶ丘は寮で暮らす生徒が多いため遅刻する生徒は皆無と言っていい。
先生がはん、と鼻で笑った。
「しっかり遅刻だ静川。今日はサンナンと来なかったのかー?」
「昨日は色々あったんすー」
むくれた鯉音は結局昼までずっと寝ていた。
「おい、こいつまだ寝てんの?」
「うん、朝からずっと」
それはもう、教科書をまとめてその上にマフラーを乗せて自作の枕を作るほどの力の入りようだ。
「はぁ…ほっといて食堂行こう、小鳥。」
「うん。…は?」
今、サンナンが静川を置いてくって言った…?
「置いてくぞ」
「いや、静川は?」
「あ?高校生なんだし別に置いてったって飢え死ぬことはないだろ。」
いや、まあそうだけど、友達を置いてくってどうなんだ?ずっと一緒にいるのに。
静川の肩を叩いても揺すっても、静川は動かない。
「おまえ行かないなら俺先行くわ。」
「え、いや、行く」
ちょっと朝の出来事があってから休み時間のたびに性別クラス多様な人たちが訪ねてきていていたたまれないのだ。これまでの休み時間、ずっとサンナンに張り付いて難を逃れてきた僕にとってここでサンナンという盾がなくなるのはなかなか辛いものがある。昼休みって長いし。
「…なんつーか」
席を立った僕を見てしみじみと、といった風にサンナンがつぶやく。
「なに?」
「おまえって思ったよりちい…小柄だな」
「黙れ縮め。」
高身長は知らないんだ。小さいって自分でわかってても言われるとぐさっとくることを…
置いて行こうとして少し早歩きで歩いても、一瞬で追いつかれる。歩幅って残酷だ。
「…ああ、いつもは鯉音が隣だからか。」
「サンナン今日は意地悪だね。静川を置いてったり、置いていったり、僕に喧嘩売ってきたり。」
「置いてったりが2度あるのはわざとか?」
つっけんどんながらもちゃんと扉を押さえて通れるようにしてくれるサンナンが、何故今日だけこんな風に苛立っているのか。
静川がいないだけでどうにも会話が弾まない。
「サンナンって今日の放課後暇?」
「また天使探しか?暇だよ。」
「いや、リュウカ…実家が和菓子屋なんだけど、リュウカが和菓子送ってきてくれて。感想が欲しいって。食べる人は多いほうがいいから。柳葉さんにはお願いしたんだけど、一昨日の話もするらしいからサンナンもいたほうがいいかなって。」
本当はサンナンを誘うつもりはなかった。中柴先輩はサンナンを嫌っているように見えたから衝突を避けるために。でも、サンナンが悩んでいるみたいだし息抜きになるかもしれない。友達は大切にしないと。にいちゃんに怒られてしまう。
「ああ。付き合うって本当に用事のことだったのか。」
「え?うん」
サンナンが、灰色の髪をすく。
「小鳥は付き合ったりしなさそうだもんな。」
「サンナンも付き合うとかしなさそう。あ、もうつくね。」
ちょうど食堂棟が見えてきた。にしても遠いしすでに生徒の姿がちらちら見える。
体育のあとなのだろうか、青いジャージの一団がたむろしていた。
「小鳥、今日何食べんの。」
「え?」
サンナンを見ると、ほとんどの人が道を開ける。どんなに混んでいても、皆反射的に場を譲ってしまうその光景はサンナンが偉そうとか、強そうには見えなかった。
人々に恐れられる、疲れた狼、いや、ヤフーたちを支配する賢き馬か。もし1人なら、仲間がいなければ、馬は愚かなヤフーたちと話し、仲良くしようとしただろうか?
「おまえ、いっつも鯉音と同じメニュー頼んでるだろ。あるいは鯉音の一個隣のメニュー。」
そうだっただろうか。特に記憶はないんだけど。
「おまえ先に食券買って。」
膨大な量のメニューの入った食券機。昨日は何を食べた?今朝は何を食べた?
くん、と中の匂いを嗅ぐ。カレーの匂いだ。
【カレーのルーと白米】
…?
「え?これ、だよね?カレーライス」
「あ?あー、うん。なんかここって表記おかしいんだよ。まあ確かにそうなんだけど、うーーん、みたいな名前になってんの。」
「そう。」
後ろの人を待たせても悪いし、さっさと食券を買う。サンナンは迷うことなく唐揚げ丼を買った。
「小鳥、準備できたか?」
結局、静川は寝るなら保健室行けと5時間目に言われ、保健室に行ったきりまだ帰ってこない。
「できたけど、本当に静川はいいの?」
「おまえしつけえ。」
灰色の髪をすき、ちらりと扉の方へ目を走らせる。
「迎え、来てるぞ。」
何やら騒がしいと思ったら柳葉さんが後ろの扉からひょこりと覗いていた。
慌てて荷物を持ち、サンナンを連れて駆け寄る。
「ごめん、お待たせ。」
「ううん、大丈夫。その、ごめんね?昨日私が大声で言っちゃったから…」
柳葉さんが少し見上げるようにしながら謝る。僕、男子の中では小さいけど女子に比べれば背高いんだなぁと、少し安心した。
「大丈夫、サンナンを盾にしたから平気だったよ。あ、今日、サンナンも一緒でいい?」
「こんにちは、ヤナギバアイ…柳の葉を愛すると書いて柳葉愛です。」
「山の南で和む馬、ヤマミナミカズマですが、サンナンと呼ばれることのほうがはるかに多いです。」
なんかもはやつっけんどんな名乗り方。僕と同じように多くの人からサンナンと呼ばれているサンナンは、最近は本当に本名?を名乗る意味がなさそうだ。僕が言えたことじゃないけど。
「じゃあ、サンナンくん、でいいですか?」
「呼び捨てで。」
「じゃあ、サンナンさんで。」
サンナンが髪をすく。
僕、柳葉さん、サンナンの組み合わせは非常に目立つ。しかも今は僕と柳葉さんが付き合っているという根はあるが葉はないうわさが立っている最中だ。サンナンがいるおかげか話しかけられることこそないが、周りの目が僕らに集中している。
「そろそろ行こう、このメンツはちょっと目立ちすぎる」
「誰のせいだと思ってんの。」
「ご、ごめんなさい、私のせいです…」
サンナンの言葉に柳葉さんが身をすくめる。自分から静川と距離を置いているくせに、不機嫌さを小出しにしてくるのは無責任だ。
「いや、俺も目立ってるし柳葉さんだけが悪いわけじゃない。」
埒があかないと思ったのかサンナンが先に歩き出した。多分、また灰色の道を突っ切るんだろう。サンナンはこの制度を嫌っているからといって与えられた特権までを嫌うことはない。むしろ使い倒そうとしているようにも見える。
「ね、サンナンさんって道知ってるの?」
「うん、いちおう。」
いちおう、の言葉に柳葉さんが首をかしげる。
「灰色の通れる道を行くから、普段通ってる道じゃないところ歩くんだよ。」
だから、未だに寮から高校棟への道、寮から食堂までの道しか分からないのだが。
「すごいね、サンナンさん。」
1メートル前を行くサンナンは、下駄箱のところで僕の分まで靴を出してくれた。腕を骨折していることを慮っていつもは静川がしてくれること。静川の不在を一番感じさせるのは、サンナンの態度だ。
「柳葉、今日って中柴先輩いるの?」
「いえ、器物破損問題と佐藤さんの判断で1週間部活停止、図書館立ち入り禁止令がでてます。」
早速灰色、教師以外立ち入り禁止のドアを突っ切る。夜ヶ丘学園の特徴に広いことや特待生制度、天使の多さなどの他に最新の設備がいくつもあることがある。通行制限のかかっている場所にはモニターのようなものがあり、灰色や先生の顔を認識することで開く場所があるのだ。まあ、先生たちの後についていけば通り放題だが、ふだん普通の生徒が前に立っても開かない扉たちがスルスルとサンナンの前に開いていくのは面白いものがある。
「す、すごいね。この扉って開かないものだと思ってた…」
イメージはジブリの某龍神様だ。よくわからない倉庫のようなところまで、サンナンにかかればただの通路。
秘密の扉も、サンナンにとってはただの扉だ。秘密も何もなく、ただ開けて入るためにあり、開けた後に閉めるためにある。数々の開かずの扉はサンナンを飲み込み、再び大勢にとっての開かずの扉となる。
目まぐるしい扉と階段と通路の果てに、パッと天使たちは現れる。
寄り添い、本に没頭する双子の天使
きっと彼らに人の姿は見えていない
彼らをそこまで魅了する物語とは、いったいどういうものなのだろう?




