④尋ね人
月曜日は、一瞬だった。
「サンナン、この後談話室Aに来い。小鳥は連れてくんなよ。」
ぼうっと授業を受けていて、気づけばもう帰りのホームルーム。授業中、ずっと考えていた。1番美しい天使は、どこにいるのだろうと。
「分かりました。」
にいちゃんだったら、どれを選ぶ?どこを選ぶ?表情は?持つ物は?にいちゃんに選ばれた1番美しい天使は、どんな姿だ?
「小鳥。そういうことだから、今日は1人で帰って。」
「え?」
サンナンが軽く溜息をついた。繰り返されて、うなづく。
「わかった、じゃあな。」
2人が教室を出て行くのを見送り、ヨルガハを開いた。とりあえず校舎付近から攻めていこう。
養護教諭の先生がいるブロックごとに構内を分けると全部で…
そういえば静川はどうしたのだろう。2人して先生に呼び出されるなんて珍しいこともあるもんだ。
「あ、の、こんにちは!」
右に人が立って声をかけてきている。今隣に静川はいない。ということは、
「こんにちは」
ふわりとした茶色の髪の女子。クラスの人たちが遠巻きにこちらを眺めている。
「あ、の、私、庭園部の柳葉愛と言います!」
「小鳥も遊ぶ秋の雨の書いて小鳥遊秋雨です。みんなには小鳥って呼ばれてるけど。」
「こ、小鳥くん!付き合ってください!」
柳葉さんが叫んだ。そんなに大きな声で言わなくても聞こえるんだけどな。
僕はやっぱり小鳥って呼ばれる運命なんだろうな。迷いなく小鳥くん呼び。
「いいよ。昨日の?それと、声落とそうか。」
「は、はい!」
まあ、あれだけのことがあったんだから庭園部の方に呼び出されるのは当たり前だ。
なにやらざわめくクラスの人たちはじっとこちらを見つめている。
目立つの嫌いなんだけどなぁ
「柳葉さん、下駄箱どこ?」
「1のCなので小鳥くんと同じですよ。」
そう言われて教室の札を見上げる。
【1のB】
A〜C、D〜F、G〜I、J〜L、M〜Oで1つの下駄箱がある。確かに同じだ。
「じゃあそのまま一緒に行けるね。」
「あの、荷物持ちます?」
かっこいいこと言うなぁ。物語の中なら普通、荷物を持つのは男子だろうに。
そういえば腕を骨折していたんだったっけ
「いや、大丈夫。」
「そうですか。あ、昨日はすみませんでした。」
下駄箱から靴を取り出しかけて止まる。昨日。そういえばリュウカのお菓子はいつ届くか書いていなかった。
「その、ユハ先輩が失礼なこと言っちゃって。」
「いや、こっちこそ。静川も言い過ぎてたからお互い様だよ。」
食べ物系は校門で直接受け渡ししなければいけない決まりになっている。昨日わざわざメールしてくれたということは今日届く可能性が高い。
下駄箱を閉じ、待ってくれていた柳葉さんにお礼を言って外へ出る。
「ごめん、先に校門に行ってもいいかな。リュウカから菓子が届くことになってるんだ。」
「いいですよ。リュウカ、さん?妹さんですか?お菓子を送ってくれるなんて優しいですね。」
さて、地図を見なくては。
「まあ、そう、かな。でもよくわかったね。」
「年上の方なら敬称をつけるでしょう?男友達がお菓子を送ってくるとは思えないですし、彼女なら名前を出さないでしょうし、妹さんかなって。」
ヨルガハを開く。紺の夜空、さらに深い紺の丘のシルエット、そして夜空に絵筆が銀でヨルガハと描く。丘のシルエットがズームされ、地図が開かれた。
この、最初の動画が綺麗で気に入り、毎回見るようにしていた。
「あ、ヨルガハ使ってるんですね。」
「うん。道覚えるの苦手でさ」
最短ルートだとなんども建物を突っ切ることになる。だから、スマホの画面を見続けるしかない。人と話すときはその人の顔を見るべきなのに、申し訳ない。
「なくても大丈夫ですよ。私、最短ルート覚えているので。」
「さすが庭園部」
柳葉さんが道を覚えているならヨルガハを開く必要がなくなる。
「綺麗ですよね、ヨルガハって。知ってますか?白銀期の白の特待生がすべての絵を描いたらしいですよ。だから、ヨルガオカノガハクを省略してヨルガハってマップ名にしたそうです。あ、そっちじゃなくてこっち」
方向を訂正され、建物内に入る。外の寒さと裏腹に建物内は暖かい。
「夜ヶ丘の画伯、面白いね。その画伯さんの白銀期って?」
「知らないんですか?理事長がこの学園を作って、金銭的な理由や過去に問題を起こしてしまって強豪校に入れなかった実力のある方々をほぼ年齢を問わず、特待生として招き入れたのが黄金期。今まで埋もれていた人材を根こそぎ持って行ったって言われています。例えば、そうですね。画家のニキさん、作詞家の神楽さん、時期は短いですがあのウィーンで起こった事件のお二方も黄金期の特待生だそうです。」
だめだ、知らない名前ばかりが出てくる。あのウィーンで起こった事件、と言われても詳しい内容を話してくれないことにはわからない。ウィーンでなんてなんども事件が起こっているだろうに。
「白銀期は2回目の特待生がたくさん出てきた時期のことです。白銀期はちょうど黄金期の特待生が各分野で名を挙げ、夜ヶ丘の名前が知れ渡るようになった時のことですね。さすがに黄金期には届きませんでしたが数多くの特待生が今も各地で活躍しています。佐藤さんも白銀期の特待生だったらしいです。」
「黄金期、白銀期、じゃあ次は赤銅期かな?」
「青銅期でもいいかもしれませんね。」
2人して少し笑う。なんだか見たことのある景色になってきた…気がする。もともと赤レンガの建物と天使がそこここにあるからあまり当てにはならないが、もう10分ほど歩いたしそろそろだろう。
「あ、山南くんですよ。それから、昨日の。」
見ると担任に連れられて2人がどこかへ向かっているようだった。2人にいつもと変わった様子はないし、怒られたということではないようだ。
「静かな川に鯉の音でシズカワリオンだよ。」
「綺麗な名前ですね。小鳥くんも、山南くんも、静川くんも。小鳥も遊ぶ、秋の雨。可愛らしくて好きです。」
「にいちゃんも褒めてくれたんだ。自分でも気に入ってる。」
そろそろですね、と柳葉さんが前方を指した。確かに校門と来校者館が見える。
校門からはなだらかな坂が続き、夜ヶ丘駅に直結している。夜ヶ丘学園のホームページには最寄駅から小股で一歩、と書いてあった。夜ヶ丘駅には【夜ヶ丘学園入り口】という出口があるのだ。天気のいい冬の日にはその出入り口まで見通せる。多分。
骨折した日に一度見通しただけだからまぐれの可能性が高いけど。
「シュウさん。」
やはり、リュウカは今日送ってくれた。
使いから箱を受け取り、いつものように箱を結ぶ紐に挟まった手紙をくわえて抜く。
「リュウカ様が明々後日までに召し上がってください、と。」
「ん。」
ということは、感想が早く知りたいのか。重さ的には多分落雁だと思うけど、どうだろうか。
手紙は見たいけど柳葉さんをこれ以上待たせるわけにもいかない。一度菓子の箱を戻し、手紙をバッグに入れてからもう一度貰う。
「お待たせ、行こっか。」
「大丈夫ですよ。」
「図書館って食べてもいいところある?数ありそうだし、少しおすそ分けするよ。」
「わ、ほんとですか?ありがとうございます。」
「どうして⁈本当なの⁈」
女子特有の甲高い叫びが響いた。柳葉さんの表情が硬くなる。
「ユハ、」
「聞きたくない!あの人のせいだ、いつもいつも、私は!」
森と学園内を隔てる塀を挟んで男子と見覚えのある女子が喧嘩をしていた。
女子の方が一方的にヒステリーを起こしているようにも見えるが。
「行きましょう、小鳥くん。」
いいのか。あれは確か中柴先輩だったと思うけど。
「大丈夫です。そろそろあの人が出てくるので。むしろ、後輩にあの状態を見られることの方が嫌だと思いますし。」
そう言っている間に確かに柳葉さんはどこかへ行ってしまった。何かに招かれたように。
男子の方は僕らに気づいたのか一礼すると逃げるように去っていった。
「ほら、ね?」
「うん。あ、敬語じゃなくていいよ?」
「じゃあ小鳥くんも敬語はやめてよ?」
「ん。」
「寒いし、いそごう。」
軽く走る柳葉さんの背を追って、僕は駆け出した。
「行くぞ、鯉音。」
「はいよー」
この学園の制度は不公平だ。
灰色には膨大な数の生徒の管理をさせ、生徒が問題を起こせばそれは灰色のせいになる。
青色は走り続けなければならないし、走らない青色は冷たい目で見られる。
白色は作品を作り続け、向上し続けなければならないし、筆を折ることも楽譜を破ることも許されない。
無色は届かなかったその色を、様々と見せ付けられることになる。
何色であろうと、どこかに不幸が転がっている。
「なあ、サンナン」
「ん?」
長身の友人は、いつも1人だ。自分の世界を作って、そこに大切なものをしまいこんでいる。
何かを恐れ、何かを愛し、何かから逃げている。サンナンは、何も俺に話してくれない。
「俺のせいで、お前が怒られるのか?」
サンナンの冷たい瞳が俺を見透そうとでもするかのようにじぃっと止まる。
「悪い。」
「いや、俺は灰色だから。」
サンナンは、灰色、という時必ず獣の目をする。捕らえられ、繫がれ、人に飼い慣らされようとしている獣の瞳になる。思うようにならない苛立ちと、非力な自分への怒りと、届かないところへの羨望と、自由なものたちへの憎悪と、何かへの恐怖。
捕らえられた獣が、自分を嫌悪し身食いするように、灰色に染まった髪をすく。
「悪い」
「おい、サンナン、早くしろ。」
「はい」
サンナンに用があるのに、俺が付いて行こうとしても何も言わない。こんな時、本当にサンナンは俺を見張るように言われているんだということを思い知る。
俺は、それほど問題視されているのか。当たり前かもしれない。俺は、
[鯉音、おいでよ。私は、あなたを待ってるから]
「鯉音!」
「っ、わ、今行く!」
なんで今、あいつの声がしたんだろう?慌ててサンナンのところへ行くと、担任が歩き出した。
「分かっていると思うが、他の5人からは特に報告はない。」
「はい。」
この先生は、夜の制度を嫌っている節がある。もし俺が監視対象であるなら聞かせてはいけないような話も、平気でする。
これまでの会話を考えると、5人、というのは灰色の下の成績優秀者5名のことだろう。無色であるが、灰色の手伝い、要は生徒の管理をする5人だ。
「お前は特別だ、お前が灰色である意味を理解しろ。夜に誠意を示せ。5人とともに動くのが嫌なら、俺が連絡はする。灰色という地位は他にいくらでも代わりがいるんだ。望まない色になりたくないなら、夜を信用させろ。」
「お気遣い、ありがとう御座います。でも多分、俺は灰色であり続けますよ。俺がサンナンである限り。」
サンナンはサンナンだ、サンナンでなくなることはないのに。煙に巻くような話し方に、先生はかすかに困惑を滲ませる。サンナンは、たぶん気にくわないとかそんな理由で灰色であることを憎んでいるわけじゃないと思う。先生とサンナンは、相容れない。
「鯉音、前向いたまま横目で左見ろ。」
「は?」
こちらを歩きながら見ている二人組、1人は童顔の男子、もう1人は見覚えのある女子。
先生にもその声がきこえたのか面白そうに呟いた。
「お?小鳥か。へえ、柳葉さんも。」
「ヤナギバ?」
聞き覚えのない名前だ。でも顔は見たことあるような気がする。
「柳葉愛さん、庭園部の生徒だよ。クラスの男子どもが可愛いって騒いでたぞ。…まあ、お前らは興味ないか。」
昨日の、あの子。ヤナギバ、アイ、柳葉愛、だろうか。確かにふさわしい名前だ。柳の葉を愛する、あるいは柳の葉に愛される少女。
そういえば何も考えずについてきたが、どこへ行くのだろう。
「先生、何しに行くんですか?」
「お、話してなかったか?知ってるか【あの人】、あるいは【キョウキノテンシ】の噂」
「アノヒト?キョウキノテンシ?」
あの人、だよな…?どうも強調されすぎてよくわからない。それに、キョウキノテンシ。多分、この学園のことだからテンシは天使だろうが、キョウキ…狂気、凶器、狂喜。なんにせよ不吉な名前だ。
「慶事に喜ぶ天使と書いて【慶喜の天使】だよ。なにやら、その天使とやらに出会うと美しい恋ができる、というのが謳い文句なんだがな。名前の通り、救われる喜びを与えてくれる天使ってわけだ。」
「歪ですね。」
サンナンの言葉に先生が黙る。人は、己が理解しえない事柄を嫌悪する。
結局、到着したのは白の作業棟。正確には、その作業棟を抜けてポツンと森の中に立っている白の旧館だ。
赤レンガの建物に、鈍い銀色の窓枠。おそらく白かったであろう灰色がかった踏み石。踏み石以外の場所が草ぼうぼうなのを見るともうあまり使われていないらしい。
「ここは白の杜の館。木が3つの森じゃなく、鎮守の杜とかで使われる木に土って書く方だ。」
重厚な扉は、しっかりと閉じられて開きそうには見えない。しかしその玄関口に落ち葉も小枝もないところを見るとやはりここは開くのだろう。
「それで何でこんなところに。」
サンナンが灰色の髪をとく。
がちゃんっ!
「うわっ⁈」
ぼうっとしているときに大きな音がなり、思わず声が漏れた。見ると聖堂色の扉が開いている。観音開きの扉の片方だけ開いた担任がニヤニヤと笑った。サンナンはというとやはり灰色の髪をいじっている。
「静川、お前こういうとこは苦手か?え?」
「いきなり大きな音がしたら誰でも驚きますよ!」
全く取り合っていない顔でそうかそうかと言った担任が先に中へ入る。
ォォォォォ
建物が、唸っている気がした




