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夜の神話  作者: 春夏秋冬
2/16

➁迷路図書館

一瞬、どこにいるのか分からなかった。静川は、ソファに寝転がっていたのだ。背もたれから顔覗き込む。


「おはよう、静川。」

「おはー」


僕らが集まったのは青と無色の寮の間にある生徒ホール。無色、つまり特待生ではない普通の生徒用の寮は外装も中の絨毯も他の施設と同じく赤いレンガ色。青のスポーツの特待生の寮は青みがかったタイルの外装に、青い絨毯。その2つの寮生の混ざる生徒ホールの絨毯は紫色だ。紫と言っても青みの多い落ち着いた紫で、木の机や茶色いソファーにもあっていた。生徒ホールはその名の通り生徒たちが交流するためのものだという。大きな窓からは学園の施設群が見えるようになっており、夜はなかなか綺麗な景色になる。

木の机は16人掛けの長いものが3つ、窓側に8人掛けの机が4つ。長いもののは木の椅子が、8人掛けの方には机を挟んで2つの4人掛けのソファーがある。広々とした空間だが、青はあまり量にいないし、無色は無色で寮の中に談話室があるため利用者は少なかった。現に、生徒ホールにいるのは静川と僕だけだ。


「サンナンはまだ。小鳥も座りなよ。」


灰色の寮は先生が連絡をしやすいように教職員棟の近くにあるらしく、サンナンはまだ来ていない。静川の向かい側に座り、昨日入れたマップアプリ【ヨルガハ】を開く。このアプリは学園内の情報保護のためかダウンロードしても生徒証の番号、名前、学年を入力しないと使えないようになっていた。夜ヶ丘学園の地図には天使の位置は載っているが、その天使の容姿は省かれている。確かにそこここに天使を表すマークが溢れかえっていた。

学業の灰色は先生の近くに、芸術の白たちは静かな森のそばに、スポーツの青と夜ヶ丘の生徒の無色は移動がしやすいようにちょうど施設群を見渡せる位置にある。灰色の寮はここから歩いて10分もかかるらしい。

スマホから惑へと目を転じる。

周りより少し高いところにあるおかげで生徒ホールは眺望がよく、寮の方へ上がってくる人は必ずホールから見えるようになっていた。窓から見える道には日曜日なだけあって青いものを身につけた生徒たちが集団になって走っている。この寒いのにご苦労なことだ。


「ねえ、そういえば静川っていつサンナンと知りあったの?」


2人して黙りというのもおかしな話だ。何よりクラスメイトとは仲がいいに越したことはない。

夜ヶ丘は内進生と高入生を分けない。だから2人が高校で知り合ったのか中学で一緒だったのか、気になっていたのだ。


「んー、知り合ったのは、入学説明会」

「出会って2週間?にしては仲良いよね?」

「まあねー。なに、羨ましいの?」


どうやら目が覚めてきたらしい。にへっと笑った静川は人懐こい獅子のようだった。どこか眠そうで、気だるげなのに、敏捷そうで、それでいて神経を張っているように見えるところが。歯を見せずに、笑うところが。捕らえられた獅子のように、どこか諦めの見えるその瞳が。


「いや、別に?僕にはにいちゃんがいるから。」

「おー、そかそか。にしても遅いな、あいつ。」


約束の時間は10時だ。寮の近くの天使を確認してから昼ごはんを食堂に食べに行く予定、だったのだが。

10時10分になってもまだサンナンは現れなかった。


「サンナンって遅刻しない人だと思ってた。」

「実際、あいつと待ち合わせて遅刻されたことなんてないよ。この鯉音様が間に合っているというのに…」


ぱたっとソファに倒れ込んだ静川が不満げにスマホをいじり始めた。催促しているのか、指がせわしなく踊る。


「あれ?」

「んー?」

「静川って茶髪?」


昨日はサンナンに気を引かれていたけど、静川の短髪は先の方だけ明るい茶色だった。外にいると日光かと思ってあまり気にならないが、室内で見ると結構目立つ。


「んー、まあそんなとこ。」


昨日気づかなかったのは一応緊張していたってことなんだろう。本当はここに来ればすぐにいちゃんに会えるんだと思っていた。なのに、入学説明会から2週間経って未だに1番美しい天使は見つけられていない。にいちゃんはちょっと目を向けるだけでたくさんのことを知ってしまうのに、僕は見ることすらままならない。すぐに自分の世界に閉じこもって考え出してしまうのは僕の欠点の1つだ。にいちゃんは、即座に答えを出して正しい行動をとるのに。


「小鳥、キモイとか思わないの?」

「何が?」


唐突な静川の言葉に思考を戻す。珍しく真剣な顔をした静川はやっぱり同じ目をしていた。


「俺は茶髪だし、サンナンは後ろだけとはいえ男だけど髪が長い。茶髪で軽そうなやつと、髪が長くて黙ってばっかりのやつ。普通はキモイとか変なやつって思われる。」


普通は、か。でも、にいちゃんは普通の人じゃない。あの人は天才だ。あの人は、僕なんかの手の届かないところにいてこっちへおいでと手を差し伸べる。だから僕は、にいちゃんのようになりたい。


「静川は静川だし、サンナンはサンナンだよ。」

「ふーん。友達のことそんな風に思うわけないだろとは言わないんだな。」

「だって、静川は静川じゃん?それ以上でもないし

それ以下でもない。髪が黒かろうが茶色だろうが、善人だろうが悪人だろうが静川は、静川でしょ?」

「あ?ああ…?」


静川がなんとも言えない表情でうなづく。何か変なことを言っただろうか。


「鯉音、小鳥、悪い遅くなった。」


ちょうど遅れていたサンナンがやってきてその話はそこで切り上げになった。サンナンの顔を見ても静川の顔は晴れなかった。




「まず、図書館に行くべきだと思う。」

「なんで?」


天使を探すのではなかったのか。地図が必要ならヨルガハを見ればいい。白の遊び心か、ところどころ天使のマークがなく、自分で調べようと書いてある場所があるが、別に地図として使う分には支障ない。そもそもサンナンは道を覚えているのではなかったのか。

朝の太陽に照らされたサンナンは明るい静川と比べるとどうにも黒く、暗く見えた。


「夜ヶ丘の天使たちはだいたい花壇の中にいる。ここの花壇の何割かは庭園部が管理しているんだ。自分の天使を美しく保って欲しい、そう思った製作者が時々自分の天使とその花壇を管理してくれるように頼みに行くらしい。いわば庭園部は【天使の守り人】ってわけだ。当然彼らは決してこの学園内で迷わないし、どんな天使がどこにいるかも基本的にわかる。彼らなら、心当たりがあるかもしれない。で、庭園部の部室は図書館の中にある。」


すでに効率的な探し方を考えているあたりサンナンらしい。多分静川と僕だけだったら無為に歩き回って時間を無駄にするだけで見つけられなかっただろう。


「サンナン様々だね、静川。」

「だろ?」

「お前が威張るな、鯉音。」


授業はないが、骨折したせいでまだ十分に荷ほどきができていない僕に合わせて全員制服だ。紺のブレザーと深い青のネクタイ。その上に、それぞれマフラーを巻く。サンナンは紺、静川は赤、ぼくは焦げ茶。

正面玄関から外に出ると、青の生徒たちが息も乱さず走っていた。真剣な瞳の彼らから漏れるのは、白い息だけ。緑の芝生と、青いジャージ。青い汽車が走り回ってる、そう思うとなんだか不思議な感じがした。

静川がマフラーを引き上げる。


「悪かったな、先生に捕まっていたんだ。」


サンナンがぽつんとつぶやいた。冷たい空気が口を開くのを躊躇わせているように思えた。静川はきゅうっとさらに首を縮めた。サンナンの言葉が、なんとなく静川だけに向けられたもののような気がして、ぼくは赤い施設群に意識を向けた。


「いい。」


謝罪を再びつぶやいたサンナンと応える静川の声が遠くなる。

赤いのに、陽が当たっても決して煌めかない施設群。高さも大きさも形も違う20棟ほどのそれは清々しいを通り越して寒々しいと言い現わしたい今朝の冷たい空気の中にどんよりとそびえている。死んだ炎、凍りついた愛、切り取られた夕焼けの海、時を止めた校舎。温もりが、何か超えられない壁越しに感じられるその風景は、心に迫ってくるのに心に何も残してはいかなかった。

あのどこか懐かしくて触れられない打ち捨てられた思い出たちの中で、今を生きている人がいるということがとても美しいことのように思えた。死に続ける炎の中で、いつか死へと向かう炎たちがその命を燃やしているのだ。とりとめない言葉が、生まれては消え、生まれては消える。シャボン玉?いや、切り取られた夕焼けの空の下、赤く凝る海の下、それらを見上げる魚の、こぼす泡のように。海の底へ、潜れ、潜れ、息が切れるその時までに。


「小鳥。そっちじゃない。」


突然サンナンに肩を掴まれ、ふっと思考が戻る。


「ヨルガハにはこっちって書いてあったけど」


今朝、一応予習しておいたのだ。ヨルガハには現在地から行きたい施設への最短通路が表示される。昨日を試すために授業で使いそうな場所は一通り行き方をしらべてみたのだ。記憶が正しければ、蒼白寮の前の坂を降りたら目の前の部室棟を左だったと思ったのだが。


「ああ、ヨルガハは生徒用だからな。今から行くのは、」


サンナンが薄く微笑んだ。


「灰色の道だ」


魔法のようだった。サンナンのかざす灰色の生徒証は、許可されたもの以外の通行を禁ず、と記された扉をどんどん開き、ヨルガハが概算した寮から図書館までで掛かる時間“20分”を大きく下回り、わずか10分ほどで着いてしまった。

周りの施設の数倍大きな美しい紅煉瓦の建物は、その大きな外観に似合わず、入り口は小さめだった。手前にある花壇と、本を読む双子の天使の存在感も、小さいと感じたことの理由の1つかもしれないが。

カラフルなレタスとでもいうような植物たちが敷き詰められた真ん中に、2人の天使がいた。

1人はランプを掲げ、もう1人が大きすぎるようにも見える本を広げている。2人の口元には柔らかな微笑が浮かび、伏せられた目元にはどこか眠気を感じさせる。

食堂前のピクニックの天使像は寒々しく見えたのに、その双子の天使は暖かそうに見えた。その天使たちの周りだけ、ふんわりとした暖かで落ち着く空気が流れている。本当にそう思った。


「俺、この天使たち好きなんだー。」


静川がマフラーを下ろし、にひゃっと笑う。

確かにぼくも嫌いではない。でも、好きだと断言するのは難しい。


「俺は、羨ましい。」


にいちゃんは、どう思うだろうか。死んだ赤と、石の白のコントラスト。きっと静かに微笑むだろうな。


「っあー、さっむい!早く入ろうぜ?天使なんていくらでも見る機会あるんだからさ。」


ブルリと身を震わせた静川に、サンナンが苦笑した。花壇を回り、図書館へ向かう。天使たちは穏やかな読書の時間を続ける。



自動ドア一枚隔てただけでほっと溜息が出るほど中は暖かかった。中といってもそこは玄関で、先の扉へ進むにはここで靴を脱いでスリッパに履き替える必要があるようだ。


「ぃよっ、と」


かこん

図書館の靴箱は遊び心を込めすぎた感があった。高い天井の上まで、蜂の巣のようなかたちの靴箱があるのだ。1番上は3、4メートルはあるだろうか。図書館内部につながるドアを挟んで、オレンジ、黄色、橙、山吹色の六角形がずらりと並ぶ。

静川が入れたのは濃いオレンジ。自分の入れられる限界に挑むあたりが彼らしい。

とん

サンナンが入れたのは薄い黄色。もちろんたかさは1番入れやすいところ。


「まあ、なんでもいっか」


適当に静川とサンナンの中間あたりに入れた。いわゆる、オレンジ色に。

中に入っていたスリッパは全部同じで色にも形にも違いはない。それをつっかけてサンナンが開けてくれた扉をくぐる。

木の大きな扉の向こうは、別世界だった。マフラーもブレザーも脱ぎたくなるほど暖かく、本の匂いに満ちている。入って5メートルほどは机があり、その先はびっしりと本棚が置いてある。木の掲示板に貼ってある紙には【ここは夜ヶ丘大図書館。本の迷宮の奥深くに御用の方は鈴を鳴らしてください。司書がご案内します。中で迷ったときは本棚につけられているボタンを押してください。救助に向かいます。】と書いてある。

迷宮図書館、どういうことだろうか。広い図書館とはいえ迷うことなんてないだろうに。


「小鳥、サンナンにちゃんとついて行くんだぞ?ここの図書館は、理事長の指示によって作られた。一階はただの迷路だ。とはいえ広大で難解であることに変わりはない。はぐれるなよ?」

「お前もだ、鯉音。」


ぶっきらぼうに言ったサンナンはスタスタと本棚の間へ身を滑らせる。静川に続く前に、一度振り返った。数人の生徒がこちらを見ていて、何事もなかったかのように目を戻した。まただ。サンナンと静川の2人といるとしょっちゅう周りの人に見られる。なのにこちらが見返すと皆一様に気まずそうに目を背けるのだ。不思議だし、微かに不快だ。


「小鳥、早く!」


静川の声に誘われ、小鳥は迷宮へ飛び込んだ。

道は細くなり、太くなり、本棚の古さ、新しさもまちまち、高さだって揃っていない。本当に迷宮というのがふさわしいほど本棚の迷路は入り組んでいた。

いくつもの本棚の角を曲がり、パッと視界が開けた。

小さな家がある。そう思った。絵本に出てきそうな、赤い屋根に白い壁の2階建ての家が、そこにはあった。


「やあ。」


散歩の途中で知り合いにあったような気安さで、そのお家の一階の窓で綺麗な男の人が手を挙げていた。

白いシャツ、紺色のネクタイ、生徒のように見えるが、耳についた深い藍色の耳飾りが教職のものであることを証明している。


「こんにちは。」

「今日はどうしたのかな?山南くん」


にこにこと微笑む男の人は、近づいてみると女の人のようにも見えた。本棚の迷宮の中、赤い屋根に白い壁の小さなお家に住まうのは、性別不詳の麗人なり…物語の中で生きていそうなその人は、サンナンを山南くんと呼んだ。


「迷宮で迷わないために糸玉をお借りしにきました。」

「アリアドネに力を求めるなら、対価を払わなくてはいけないよ」

「糸玉?アリアドネ?」


静川が首を傾げた。佐藤さんが柔らかく微笑む。佐藤さんの声は、決して小さな声ではないのにこの迷宮の空気に溶け込むように消えてゆく、不思議な声だった。


「昔々、ダイダロスという天才建築家がいました。彼の作品で最も有名なものはやはり、迷宮でしょう。迷宮には迷宮である所以があります。その迷宮の中には、なんと牛の頭に人の体の怪物が住んでいたのです。怪物は、毎年生贄を欲しがりました。ある年、1人の美しい青年が生贄たちの間に混じって迷宮にやってきました。彼は迷宮に入る前に王の娘アリアドネに見初められ、糸玉をもらいました。その糸玉を迷宮の扉の取っ手に結びつけることで、青年は怪物を弑し、帰還しました。」


佐藤さんの言葉が、図書館に溶けていく。佐藤さん自身も、本なのかもしれない、ふとそう思った。


「それって変だよ。アリアドネが王の娘なら、生贄の近くになんか近寄らせないはずだ。」


静川のその言葉に、ハッとさせられた。佐藤さんのことから気を引き戻される。

確かにそうだ。王女が生贄なんかに近寄れるはずがない。


「ええ、そうです。だからアリアドネは、神に祈った。そして神は、アリアドネにそっくりの姿を持つものを身代わりとしてアリアドネに与えた」


そっくりの姿、2人のアリアドネ。まさか。全知全能なる神は、そんなことをするだろうか。


「勇者は帰還し、勇者とアリアドネはともに船に乗った。しかし、アリアドネは途中の島に置き去りにされた。それがなぜか、わかる?」

「アリアドネが、昼寝をしてたから、じゃなかったですか?」


静川の言葉に佐藤さんはふわりと微笑んだ。


「いいや、違うよ。アリアドネは、嘘をついたんだ。アリアドネは、勇者を愛していなかった。アリアドネが愛していたのは、怪物。生贄という名の刺客に襲われ続けた哀れなる王子だったんだ。」


迷宮の怪物が、王子である。そのような物語は以外と溢れている。別になんのひねりも無い迷宮の物語。なのに、佐藤さんの様子からはそれ以上の何かが隠されているような気がした。


「アリアドネは、2度身代わりを使った。一度は王を欺き、勇者に糸玉を渡すため。2度目は、」


物語には、裏がある。

佐藤さんの微笑みが、チェシャ猫のように、妖しさを持つ。


「勇者を欺き、王子とともに逃げるため。勇者について行ったのは、身代わりの方。」


くすくすと、佐藤さんが笑う。その笑いは、なぜか反響した。


「彼女の名はアリアドネ。彼女は王も勇者も欺き、愛しの王子とともに逃げた。」

「彼の名もまた、アリアドネ。彼は彼女のために皆を騙し、島で男であることを知られて置いて行かれた。」


違う、反響しているわけでは無い。同じ声が、後ろからも。


「神がアリアドネに与えたのは、そっくりの容姿の青年だった。」


振り返ったそこには、迷宮を背に立つ、

佐藤さんがいた。


「「うわぁぁぁぁぁあぁ⁈」」


思わずのぶとい悲鳴が漏れる。が、その声はサンナンの鉄拳によって沈められた。


「大声出すな。それから佐藤さん、悪ふざけが過ぎます。」

「ごめんごめん」

「また成功したな、朝日。」

「そうだね、夕日」


そっくりな容姿、そっくりな声、そっくりな無性の2人は、横に並ぶと声を揃えてお辞儀した。


「「アリアドネの力を借りたくば、それに見合う対価を示せ」」


芝居がかっている。それはわかる、だが、それはやけに板についていて、やはり物語の人物が出てきたとしか思えなかった。


「図書館通信に乗せるネタを提供する。無色、灰色、青色、白色、それに続く5番目の特別な色を探し出し、その仔細を報告します。」

「5色目⁈」

「「それを対価を認めよう、山南くん。」」


隠された色、5番目の色、特別な色。隠されているから特別なわけではないのに。特別な、才に恵まれた、天才を表す言葉なのに。そんなものを対価として出すサンナンも、驚く静川も、それを認める佐藤さんも、きっとにいちゃんの良さが分からないのだろうと思った。


「僕は佐藤朝日、夕日の兄だよ」

「僕は佐藤夕日、朝日の姉だよ」

「朝日さんと、夕日さんですか」


静川の言葉にサンナンが首を振る。


「いや、この前は夕日が兄で朝日が姉だった。その前は曙が兄で黄昏が姉。この人たちは悪ふざけと物語と夜への愛でできてるから信用すんな。」


夜への愛。夜ヶ丘の学生の言う夜には3つの意味がある。1つは時間帯としての夜。1つは夜ヶ丘を略して夜。1つは、学園長のあだ名としての夜。

果たして、佐藤さんの愛する夜は、何だろうか。


「山南くんは悪ふざけが足らなすぎるよ。あるいは、もうすでにたりちゃった?」

「そんな言葉遊びしてないで案内してくれ。ダイダロスに会いたい。」


ダイダロス、迷宮を作った人。つまり、まるで迷宮のようなこの学園内を管理している人たち、庭園部のことだろう。


「いいよ、行こうか。僕が行く?それとも僕が?」

「僕が行って。僕は残るよ」


目眩がしそうだ。四方を戸棚に取り囲まれ、全く同じ顔の人間が彼らにだけ通じる言葉で話す。どちらがどちらなのか、もうわからない。サンナンのようにただ佐藤さん、と呼ぶのが正解か。


「問題です、僕は誰でしょう?」


案内役の佐藤さんがコトンと首を傾げた。当たる確率は、100パーセントだ。


「あなたは佐藤さんです。」

「「大正解」」


こんなの、簡単だ。別に下の名前を答えろなんていわれてないし、たぶん彼らもそれを望んでいない。


「じゃあ、行きましょうか。」


そして僕らは、再び迷宮の中へ舞い戻った。

白い佐藤さんの背中は、なぜか、ふとするとたくさんの本に紛れてしまいそうで、ひどく美しかった。

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