⑬藍色の玩具箱
「ここだよ」
柳葉さんが連れて来てくれたのは藍色の窓1つない直方体の建物だった。無地の藍色に、白字で銀杏と書かれている。
茶色の木の扉を開ければ、あまりの暗さに目が眩んだ。
「よお」
雑多に物が積み重なり、たれ下がり、おもちゃ箱をひっくり返したかのような混沌の中で、カウンターに置かれた淡い灯りを頼りに本を読む人がいた。
30代後半くらいだろうか。目つきはきつく、頰はこけ、左目の眉の上から鼻の横にかけて切り傷があり、左目が潰れている。ざんばらの髪は真っ黒で、適当に括られていてなお、男に似合わぬ美しすぎる光沢を持っていた。
「おいちゃん、お久しぶりです」
ぺこりと頭を下げた柳葉さんに合わせ、会釈する。その時にはもう男の目は本へと戻ってしまっていた。
「柳葉さん、ここって?」
「古道具屋さんだよ。年中無休、24時間開店。なんでもあるから結構隠れた名店って感じなんだよ」
確かにグランドピアノの上にはアコーディオン、アコーディオンを覆うようにして中世のドレスの骨組みが乗り、その骨組みにはフラフープや貴金属らしい光沢を放つ装飾具、缶バッチや紐に通されたパスタなどが飾りのように連なっている。
おもちゃ箱はおもちゃ箱でも、何か訳ありそうなものばかり。世界中からかき集めた童話をバサバサ降って落ちてきたものを適当に積み重ねました、そんな雰囲気ですらある。
「これはどう?」
生けるように如雨露の腹に入れられていた羽ペンやガラスペンを抜き取り、淡い明かりに照らしてみせる。
白い如雨露、ツタが全体に絡まる衣装で、ひんやりとした滑らかや感触は甘都で出てくる茶器を思わせた。手に吸い付くような、土の感触。
「あ、ごめんね。買おうと思ってるものはもう決まってるの」
たった1つの、それも暗いランプの明かりではぼんやりとしか顔は見えない。それでも柳葉さんが申し訳なさそうに眉根を寄せていることはすぐにわかる。
「いや、気にしないで」
柳葉さんが手に持っているのは鶴を思わせる細く長い優雅な首を持つ茶色の如雨露だった。明かりに照らされると淡く橙に光るそれは職人技らしい洗練された機能美が見て取れた。
「そっちの方が似合ってる」
意外にも、女の子らしい白の陶器よりもおそらく銅製のすらりとした如雨露の方が柳葉さんにぴったりとはまっていた。
「この子、すっごく手に入れるのが難しい子なの。職人さんが一個一個手作りしてるから新品のものを買おうとすると何年も予約待ちになっちゃうんだ。ーおいちゃん、この子買いたいです」
おいちゃんと呼ばれた男がやはり本から顔を上げないまま手招いた。小鳥君は見てて、そういった柳葉さんは喜びを隠す様子もなく嬉しそうに男の、カウンターの方へ歩んで行った。
商品の山へ目を向ける。これはかなりいいものなのでは、と思わせるものもあればがらくたにしか見えないもの、そもそもそれが何かわからないものなど商品にする基準は謎だ。
その中で、真っ白なキャンバスが目を引いた。影を落とさないように体をずらしてみれば、白家の具で美しい街並みが描かれているのがわかる。
「これ、にいちゃんの絵…?」
確証はない、でもそうであるという確信はあった。なぜここにあるのか、本人には会えないのにこんななにも関係のないところで絵は見つけてしまった。そのことに自嘲が漏れる。
1番美しい天使を、早く探さなくてはならない。
【やあ、シュウ。ぼくの最愛。早くおいで、追いついてごらん。1番美しい天使を見つけるんだ。簡単だろう?君はぼくに最も近しい1人なのだから。】
ぼくは、にいちゃんの近しい人。だから、にいちゃんを見つけられないなんてあってはならない。にいちゃんの願いを叶えられないなんて、決してあってはならない。
白いいキャンパスは、なぜ先ほどまで気づかなかったのだろうと不思議に思えるくらい、朧げな灯りに闇に沈む他の品物に対して、白く、鈍く、わずかに発光しているように見えた。
「ほんとですか?ありがとうございます!」
柳葉さんの柔らかく、高めの声に目を転じれば、ぎゅ、と藍色を胸元に抱きしめて笑っていた。くると向き直った柳葉さんは藍色に白で銀杏の木が描かれた紙袋を持っていた。
「小鳥君、お待たせ!」
「ううん、次はどこに行く?」
銀杏を出るとき、もう一度振り返ると、あの絵は品物に埋もれて、亡霊のように淡い白をぼおっと光らせていた。
「ねえ、柳葉さん」
「?」
如雨露の入った紙袋を持ってご機嫌な彼女にふと思った疑問をぶつけてみた。
「ギンナンなの?イチョウなの?あの呼び名は」
「…あー、どうなんだろう?多分イチョウだと思うよ。銀色の杏で、銀杏」
あやふやなら聞けばよかったな、そう思うと同時に品々の中でぼおっと光るあの白いキャンバスが、まるで黄色に葉に埋もれた銀杏のように思えて、
「失敗した」
さらに後ろ髪を引かれる思いをした。
「今日はありがとう、小鳥君」
佐藤さんたちには青と赤の本のジンジャークッキー、静川たちには鯉と馬のジンジャークッキー。
そして僕にも小鳥のジンジャークッキーをくれた柳葉さんは、ご機嫌そうに図書館へ戻っていった。
如雨露を一度部室に置きに行くらしい。暗い道とはいえ校内、僕は先に寮に戻ることになった。
【シュウ、天使は見つかった?でもシュウ、天使探しなんてことをして友達を疎かにしてはいけないからね。】
【今日は友達と遊んだよ。にいちゃんは元気?友達と買い物に行った古道具屋さんでにいちゃんの絵を見つけたんだ。相変わらず綺麗で、僕はにいちゃんの絵が1番好き。ねえにいちゃん、僕のために絵を描いて?そしてたら美しい天使も、きっと見つかるから】
にいちゃんは、僕のために決して絵を描いてくれない。それは知ってるけど、にいちゃんがいないのに久しぶりに絵を見て、僕は久しぶりに苦しくなった。
会いたい
優しくて
格好良くて
綺麗な絵を描く
にいちゃんに
「ーーーーーー」
人気のない紅のレンガの間で、小鳥は孤独な馬と同じように、最愛の名を囀った。
「ふふっ残っててよかったあ」
思わずニコニコしてしまって慌てて辺りを見渡します。まだ20時にもなっていませんが、さすがに夜の学園で1人笑っている女の子というのは私が見たら怖くて逃げ出しちゃいますから。
誰もいないことに一安心して双子の天使を見上げました。ここの花壇は佐藤さんがお世話なさっているのでいつもとても綺麗です。
ぴしゃん
「…え?」
ぴちゃんっ
ちょろちょろちょろ
ぴちゃんっ
「…早く図書館に入らなきゃですね!」
図書館には実は、2つで入口があります。1つは真正面、もう1つは下駄箱を左へいったところに壁と同じ色の司書教諭用出口です。
本来なら生徒は使えませんが、佐藤さんたちの特別の配慮で夜中にも部室へ行けるようになっています。これは歴代の先輩たちが熱心に園芸に励んだ結果なので、ちょっと誇りに思っています。
「「こんばんは、柳葉さん」」
「こんばんは、佐藤さん」
この司書教諭用通路は佐藤さんの可愛らしいお家の裏側に繋がっています。出ればやはり、佐藤さんがお茶をしていました。香りからするとハーブティーでしょうか。カモミールの匂い泣がしますが成否はつきません。ちょっと違う香りも混じっているような気がします。
「これ、お礼です。ユハ先輩のこと助けてくれて、ありがとうございました!」
本の形のジンジャークッキー、見つけてくれたのは小鳥君です。驚いたことに小鳥君は可愛いものを見つけるのが上手で、銀杏でもとっても可愛い如雨露をお勧めしてくれました。あまりの可愛さに心惹かれましたが、やっぱり庭園部としては性能の良さを重視したいと思ってしまいます。ですが飾るように買ってもいいなと思ってしまうあたり、小鳥君は趣味がいいです。
「「ありがとう、柳葉さん」」
「お茶を飲んで行きませんか?」
「お茶請けはつきませんけどね」
夜遅いのでと丁寧に辞してランプをお借りしました。もう図書館の明かりは落とされていて、暗い中本棚の間を抜けるのは危ないからです。もちろん、ランプは本当の火ではなく電気で点けたり消したりするものです。これも、銀杏で見つけた掘り出し物で、ユハ先輩と2人で夜の巡回用にプレゼントしました。
私が使うことが多いように思いますが、佐藤さんも気に入ってくださったようで昼間もよく、飾ってくださいます。
「あーいちゃん」
「きゃふっ⁈あ、こんばんは、イガさん」
まっすぐな真っ黒い髪に白いワンピース。よく図書館に遊びに来てくれる常連さんです。佐藤さんのお友達らしく、夜に来ることも多いのだとか。
「驚かさないでくださいよっ、私怖がりなんですからぁ」
「夜に図書館を徘徊できるなら大したものだと思うけどなあ?」
くすくすと笑うイガさんはしょっちゅう悪戯をしてきますが憎めない方です。どこで驚ろかしに来てもちゃんと危険がないことを確認してからなのであまり強く怒れません。
「今日はどうしたの?」
「そうだ、みてください!」
銅の如雨露を見せれば、やはり分かってくださいました。繊細で柔らかく水が出てくるこの如雨露、そうそう手に入らない逸品なのです。
「ーーーー!ーーーーーーーあっ、愛ちゃん時間!門限すぎちゃうよ!」
「そうでした!イガさんは、」
「私、如雨露置いてきてあげる!愛ちゃんより走るの早いし、お姉さんだもん、ね?おやすみ、愛ちゃん!」
「え?わ、ありがとうございます、お休みなさい、イガさん!」
立ち話で盛り上がっているうちにもう21時半です。ここから寮までは20分、そして門限は22時。
お言葉に甘えて私は佐藤さんの家に向かって走り始めました。
小鳥君は、ちゃんと寮に着けているでしょうか。
そういえば、今日は静川くんにもサンナンさんにもお会いしませんでしたね…
いけません、走らなくては
ランプを片手に少女は、暗い図書館を走ります。夜の暗さも、少女には関係がないのです。
小鳥も馬も恐れた夜を、少女は迷うことなく、走り抜けました。




