⑪宝物の翳り
「ただいま、ツグネ」
明かりがついていないから今日はいないと思ったのに。彼女は暗い部屋の中、花に囲まれて遊んでいた。
彼女が手を振るうたびに花が舞い踊り、彼女は口元に笑みを佩く。
彼女は青も、白も、灰色も嫌いだ。だから俺の部屋にそれらの色を持つものはほとんど置かれていない。雑多な色の入り混じる様はまさに無色と言うにふさわしい。
「おそいわ、鯉音」
「ごめん、ツグネ」
明かりはつけずに部屋に入る。花を投げてくるツグネの可愛らしい抗議を防ぐでもなく受け止める。
遅れた俺が悪い。ツグネが不安定なのを分かっているにもかかわらず保健室で寝すぎたんだ。
ー幼馴染に囚われるのもほどほどにね?
胡散臭い笑みを浮かべる保険医が脳裏に浮かんだ。きっと、というより絶対、わざと起こさなかったんだろう。
「ねえ、ツグネ、聞いてくれる?」
「なあに、鯉音」
ツグネの周りに散らばる花を少しまとめて脇に避ける。どうせまたツグネが遊ぶんだからしっかり片付ける必要はない。
「俺ね、今天使を探してるんだ。1番美しい天使を。」
「ねえ鯉音、それで、見つかったの?」
ふざけたツグネが俺を後ろから抱きしめる。ひどく軽いツグネ。不安になって触れようとしてもその直前で離れられてしまった。振り向けば、やはりツグネはそこにいる。
「鯉音。」
ツグネの猫のような瞳が、湖面のように凪ぐ。この目をするツグネは怖いし、こんな目をして欲しくない。
だから
「うん、探すまでもなく」
ツグネ、僕の愛おしい幼馴染。ずっとずっと一緒にいた、比翼連理の大切な人。
「いい子だね、鯉音」
音が聞こえる
ツグネの歌が、ツグネの音が、僕のために、ツグネが歌う
ー鯉音、鯉音、私の鯉音
ー比翼連理の私の鯉音
ー私を愛する愛しい鯉音
ーずっと一緒にいてあげる
ーずっとずっと一緒にいよう
「ツグネ、僕はーーーーー」
ツグネの歌を聞きながら、僕はゆっくりと闇に呑まれた。
「おいおい、今日はサンナンも鯉音も休みか?」
担任が呆れたように眉根を寄せる。いろいろなことがあって忘れそうだけど僕たちはまだ入学したばかり。勉強は難しくはないものの、こんな初期から休んでいると先生たちからすればあまり心象は良くないだろう。
まあ、サンナンは灰色だからそんなこと気にしなくていいのかもしれないけど。
「小鳥、お前何かしらないか?」
「小鳥じゃなくて小鳥遊です。サンナンは昨日、ほぼずっといっしょにいましたが元気でしたよ。静川は眠りこけてました」
「そうか…、放課後俺んとこ来てくれ」
「はい」
…あー、担任ってなんて名前だっけ。というか、何の先生だっけ
クラスの人に聞こうにもいつもサンナンと静川と一緒にいたせいで他に仲のいい人はいない。
「小鳥、お前いつも大丈夫か?」
「なんだったら世話役俺ら変わるぜ?」
昼休み、話しかけてきたクラスメイトは皆が皆、純粋な心配の情を浮かべていた。
教材を仕舞いながら首をかしげてみせる。
「えっと、何が?」
「灰色と静川のことだよ!灰色って要するに先生にチクるのが仕事の番犬だろ?静川が灰色のそばにいろって先生に言われてんのはあいつがなんか訳ありだからじゃないのかって噂だぜ?」
「あの自由そうな静川ですら灰色の命令には逆らえないんだ、お前も灰色にこき使われてたりしないか?」
あの仲の良い静川とサンナンがそういう風に見られているというのは少し意外で、少し納得できた。
人は、理解しえないものを嫌い、妬み、怖れ、畏れ、恐れるから
「あの二人はいい友達だよ。サンナンは命令なんてしないし、静川に何かわけがあろうがなかろうがそんなのどうでもいいでしょ?僕とあの二人は友達なんだから」
「…小鳥がそういうんなら」
「悪かったな」
うん、自分とは違う意見をちゃんと理解できる人はいい人だ。友達は守るべきだけど、間違いを認めた人をそれ以上謗る必要はない。
「うん、引いてくれてありがとう」
にいちゃん、きっと褒めてくれる。
「あれ、愛ちゃんどうしたの?」
「柳葉さんが俺たちのクラスに…!」
何やら教室の扉付近が騒がしい。
「小鳥くん、ご飯まだって聞いてきたんだけど、ほんとかな?」
「「小鳥ぃ」」
あれ、おかしいな納得してくれたはずのクラスメイト主に男子が怖い目で僕を見てる
「ほんとだよ、柳葉さん」
「じゃあ、お昼ご飯、一緒に食べませんか?」
「「小鳥ぃぃぃ「そうだね、柳葉さん!!」
座右の銘はにいちゃん命、好きな言葉は逃げるが勝ち。
「おまえ、なんでブラコンで可愛いくせに柳葉さんと仲良いんだよ!」
「僕はブラコンじゃないし小さくない!!!」
ぼくはただにいちゃんが好きで少しみんなよりコンパクトなだけだ。
ヒットアンドリターン、僕はさっさとクラスメイトの輪から退散した。
「一緒に、昼へ行ってくれないかな?」
「昼…?」
ねぎとろビンババがビビンバを指しているのかそれともこの食堂特有の食べ物なのか迷いつつ朝に該当する建物を思い出そうと試みる。
…ここは夜、他に特別な名前がついてるのは灰色の寮である太陽の館と無色と青の寮である夕焼けの館、そして迷路図書館だけのはずなんだけど。
「うん、あ、小日向駅って言えばわかる?」
「あー、と、古物屋のほう?」
「そうそう」
物は試しと食券を買い、丼物の列に並ぶ。柳葉さんは海鮮丼。
夜ヶ丘駅には夜ヶ丘学園が。
そこから3駅乗ると
朝霧台駅にショッピングモールやデパートが。
そこから3駅乗ると
小日向駅に古本、古着、古道具屋さんがある。
それぞれは夜、朝、昼の愛称で呼ばれ、夜の生徒御用達となっているという。
あくまで聞いたことがあるだけで、朝にも昼にも一度も行ったことはないが。
「いいけど、どうして?」
「 ほら、きょう…羽の如雨露は割れてしまったでしょう?」
言いかけた言葉を呑み込んだ柳葉さんがそっと辺りを窺う。
慶喜の天使は結構ポピュラーな噂ではあるが新しい情報は滅多に上がらない。サンナンと佐藤さんにも夜の管理側としてあまり噂を流したくないと緘口令が布かれている。
「うん。だから、代わりに?」
「そうそう。ユハ先輩へのプレゼントにどうかなって。」
「いいと思うよ。あ、静川にもお詫びの品あげた方がいいかも。」
おばちゃんに食券を渡そうとした、その時。
「おばちゃん、このねぎとろビンババひねりがなくてつまらないからさ、[ネギ載せとろのたたきとナムルの甘辛丼]に変えない?」
前の男子生徒が親しげにおばちゃんに食券をチラつかせた。
「ふっふっふ…タカラくんのおかげでうちの食堂メニューの摩訶不思議さは日に日に上がっていって、今じゃ一部めであも騒ついとるわ!それじゃあいまひとつひねりが足りないからそこは[とろのペーストと野菜のごま油和えのせ韓国風混ぜご飯]にでもするかね!もちろん、改名候補のお題に今日のご飯は1.5倍にさせてもらうよ!」
「それで手を打ちましょう!それとおばちゃん、めであじゃなくてメディアね?め!でぃ!あ!」
うん、なんだろうこの愉快な人は。
とりあえず夜の七不思議、食堂の愉快痛快迷惑極まりないメニューの謎は解けた。犯人はこのタカラくんと食堂のおばちゃんだ。
タカラくんとやらの顔は見れなかったけど、その耳にキラリと光った銀と緑の色彩は、嫌に目の端に残った。輝く白と、緑。少しだけ、少しだけ胸が、騒ついた。
散らばる光の羽根、舞う空気に銀砂が踊り、淡い燐光をまとって黄金を孕む御髪。
深く、濃く、密に、凝り、籠り、篭り、
全てに絡みついて、
耳を塞ぎ、 目をふさぎ、
鼻を塞ぎ、 口を塞ぎ、
喉を塞ぎ、 張り付き、 ひりつき、 侵食する 、あの、 白と、 赤と、 緑の、 黒の、 色の 、乱舞
白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白
白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白白 白 白 白 白 白 しろ し
し ろ し ろ
ろ しろ
堕ちた白
くすんだ赤 くすんだ赤
真紅
淡く脆く仄かで厳かなる翠
落ちた天使の羽に埋もれて、獣の静寂の骸に囲まれた、くすんだ、赤は、
ーおいで、僕の愛しのーーー。
「……く…?……り…ん?、小鳥くんっ!」
「…どうしたの?柳葉さん?」
「えうっと、ご飯、できてるよ?ネギトロ丼」
みれば不思議そうな顔をしたおばちゃんとほかほかと湯気をあげるねぎとろビビンバ。いや、ねぎとろビンババ。
「ありがとうございます。…いこっか、柳葉さん」
「そうだね、小鳥くん。どこで食べる?」
突然大きな声をあげた柳葉さんに周りの目は集中したまま。できるだけ隅の席を探す。
見える限りに、あのタカラという生徒は見えなかった。
「放課後のことだけど、担任のところに行かなきゃいけなくて。だから少し待ってもらいんたいんだけど、いいかな?」
「うん、いいよ、小鳥くん。」
まあ、そんな些事はどうでもいい。今は女の子と一緒なんだから彼女に尽くさなくっちゃ。




