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夜の神話  作者: 春夏秋冬
1/16

➀天使探し


それは、多分天使の導き。

聞こえない音に導かれて、少年はスタートも出口もない迷路を進む。上が下で、下が上で、そうして気づけば、答えのない答えを探していた。

ねえ、探すべきはなんなのだろう。求めている天使は、どんな天使なのだろう。

そしてこの耳に残る音は、なんなのだろう。

天使の歌?悪魔のささやき?神の天啓?それとも、龍の咆哮?


はたまた、人が何かを望む声?





「初めまして。小鳥も遊ぶ秋の雨と書いてタカナシシュウウと読みます。始業式の前の日に右腕を骨折して今日まで休んでいました。趣味は読書です。よろしくお願いします。」


パラパラと気のない拍手が起きる。まだ寒い春の朝は気温だけでなく生徒のテンションだって低い。そのうえ今日は夜ヶ丘学園高校の入学式から一週間経った土曜日。授業が三限までなのに加え、明日は日曜日だから学校はない。皆入学したての最初の一週間の最後とあって疲れ切った顔をしていた。


「えー、小鳥の席は…」


先生が真顔で悩み始める。ここは小鳥じゃなくて小鳥遊ですと言うべきなのか、覚えてもらうまで我慢するべきなのか。


「俺の隣です。」


1番後ろの席の男子が手を挙げていた。確かに、その人の隣は席が空いている。窓側の、1番後ろの二席のうちの、窓側。中学の時は机が一つ一つ話されていたから二つくっついているのは小学校以来で新鮮だ。


「あー、まあ、座って。静川ぁ、小鳥が慣れるまで一緒に行動してくれ。サンナン、静川と小鳥の世話頼んだぞー。」

「なんで世話の対象に俺も入ってるんすか」


静川という生徒の言葉に笑いが起こった。クラスの中の面白いやつという位置付けなのだろう。にしても、サンナンとは誰だろうか。三男なのか、それともそれが名字なのか。


「小鳥って1人部屋だったよな、静川とサンナンも1人部屋だからなんか困ったことあれば相談してみるといい。もちろん先生も聞くが…、できたら静川じゃなくてサンナンを頼れ。」

「はい。」


夜ヶ丘学園は寮にはいる生徒と寮に入れられる生徒と家から通う生徒の3通りいる。家が遠い、特待生である、家が近いがその理由だ。


「先生ー、ひどいっす」

「日頃の行いだ、日頃の行い。」


静川は家が遠いから、だろうか。

促されて教壇を降りる。もうすでに近くの席同士でグループができているらしく、こそこそと話し声が聞こえる。こういうの、苦手だ。

カバンをかけようとすると骨折していることを労わってか、静川がカバンを取って机の横にかけてくれた。


「はい、ホームルームおわりー」


担任はさっさと教室を出て行ってしまった。そういえば担任の名前、覚え忘れたな。


「俺、静かな川に鯉の音って書いてシズカワリオン。適当に呼んで。」

「じゃあ、静川?」

「おー、静川だ。で、それが俺の世話係のサンナン」


静川が指をさした方を見るとメガネをかけた背の高い男子が立ってた。サンナンの容姿を一言で言うと、モテそう。


「鯉音。紹介するならもっとマシな紹介しろよ。あと俺はお前の世話係になった覚えはねぇ。」


サンナンの容姿に、かっこいいこととは別に一つ引っかかる点があった。黒髪の、ひと房だけがなぜか灰色なのだ。確か校則でピアス、香水、化粧、私服はオーケーだが髪を染めるのは禁止、だった気がするが。

一週間しか経っていないからか、まだ私服のひとは誰もいない。にも関わらずサンナンは堂々と校則破りをしていた。


「俺は山の南で和む馬って書いてヤマミナミカズマ。こいつがヤマミナミをサンナンって読み間違えたおかげで教師生徒全員にサンナンって呼ばれてる。まあ、好きに呼んで。小鳥。」


それはサンナンって呼べってことだよな。そしてぼくの呼び名はサンナンと同じように小鳥で定着しそうだ。高校生男子に小鳥って、どうなんだろう。

他のクラスメイトたちはこっちを気にする様子もなくそれぞれで談笑している。転校生とかってもっとひとが群がるものだと思ってた。と、ここまで思って全員が入学したての転校生みたいなものだということを思い出した。


「じゃあ、サンナンで。」

「はぁ…」

「山南?」

「いや、サンナンでいい。」


ため息をついたサンナンは無言でこちらを見下ろすだけで何も言わない。


「俺、灰色だから。」


ぽつんとサンナンの落とした声は他の水紋をすべて押しのけて教室全体に広がった。

しん、と静まり返った教室に、サンナンがまたため息をつく。


「ちょ、サンナンいくら日本語とはいえ文法無視したら通じるものも通じねえって。ほら、特待生制度。学年で1番いい成績のやつに学業の特待生として灰色が与えられるじゃん?スポーツは青、芸術は白、その中で美術が白と緑で音楽が純白って具合に。」


そういえば、そうだった。特待生は識別のためにその色を身につけなくてはいけない。学業は灰色、スポーツは青、美術は白と緑、音楽は白。

静川の言葉をきっかけに、談笑が再開し、サンナンの沈黙をかけ消し始めた。


「どこでもいいからって言われて、髪染めたらしいぜ?馬鹿だよな、こいつ。」


この学年で1番頭が良くて、特待生は学費免除で、なのにサンナンは校則を破りに行った。特待生待遇を受けられなくなるかもしれないのに。


「別にいいだろ。お前よりマシだ。俺はちゃんと色を持ってんだから。」


へらりと静川は笑い、わざとらしく時計をさした。


「灰色様、時間だよ」


1から3時間目まで、結局ぼくは小鳥くんと呼ばれ続けた。





「鯉音、おい、授業終わってんぞ」


ばしっ

なかなかいい音を立てて静川の頭にサンナンの手がヒットした。サンナンのことだから、静川が痛くないようにとかじゃなくて自分の拳を痛めないために手のひらで叩いたのかなぁと思う。


「いってえ、サンナンもうちょっと優しく起こせよ!」


ブツブツ文句を言う静川に、また教室に笑いが起こる。とはいえ、自宅に帰る勢はさっさと教室を出て行ったようで残っているのは数人だった。


「小鳥、お前も寮なんだろ。校内案内してから食堂で一緒に昼メシ食おうぜ。」

「あ、うん。」


元気でノリのいい静川と頭が良くて冷静なサンナンのコンビは有名なのか、ぼくが一緒にいると生徒たちは皆不思議そうな顔をした。

下駄箱で靴を履き替え、寒風吹きすさぶ外へ出る。扉一枚なのにこの温度差はなんだ、と思うほど寒い。

夜ヶ丘学園はすべての校舎が赤煉瓦の外装だ。そして夜ヶ丘、というだけあって高低差がひどい。一階から入ったのに廊下を歩いていたら他の館の2階にいた、なんてザラだ。3階から出て、一階から入り、2階に入って、地下一階から出る。そんなことを繰り返しているうちに完全に方向を見失った。


「で、ここが食堂。」


サンナンがぴ、と指すその建物は、今まで見てきた赤煉瓦の建物たちと窓が多いくらいしか違いがなく、もはやここに放り出されたら寮にすらたどり着けないというレベルでワケがわからなかった。


「どうだ!意味分かんねえだろ!」


静川になぜかドヤ顔で言われてこくこくとうなづく。これは、教室移動で遭難する気がする。


「一山買ってそこに中学から大学まで建てるとか、理事長の奇人さ極まれりって感じだよな。」


そう、この夜ヶ丘学園は理事長が山を買って、そこに建てられた中学から大学までくっついている学園なのだ。その分敷地は異様に広く、もはや自転車で行動する人のためにすべての建物に自電車置き場が付いている。寮の生徒のために日用品や自転車屋、それどころか床屋や服屋まであるのだからもう広すぎて意味がわからない。


「一週間だけだけど、夜ヶ丘学園生活の先輩である鯉音様が迷える小鳥くんにいいことを教えてやる!」

「お願いいたします静川様。まじでわかんない」

「覚えようとするな!ただひたすらサンナンに貼り付け!」

「静川に頼ったぼくが馬鹿だったよ。」


でも、確かにサンナンはここまでちゃんと案内してくれたしそれが1番簡単で早い解決法だ。


「サンナン、何か覚えるコツないの?」


サンナンがつと花壇を指差した。そこにあるのはピクニックだろうか、楽しげに籠を囲む天使達の像。


「夜ヶ丘の敷地内の建物は全部赤煉瓦だから建物の形で識別するのは諦めろ。灰色の先輩が言ってたが、一度無差別に選んだ100人の中学からエスカレーターで上がっている内進生の大学生を目隠しして適当に歩き回らせ、適当なところに放りだしてここはどこだと聞いたら8人しか正確に答えられなかったらしい。そのうち3人は灰色だ。」


それってもはや、ちゃんと道を覚えているのは灰色と一部の人間だけなんじゃないだろうか。

寒そうに首をすくめたサンナンが指をおろした。そしてとりあえず中に入る。一度それぞれ食べ物を買ってから窓側の席に座り、説明を続けてもらう。


「それぞれの建物の前に、必ず天使像が置いてある。というか、この学園はいたるところに天使像がある。どれも一つとして同じものはなく、一度置かれたら基本的にその天使は動かない。だから俺は天使像の位置を覚えてそれぞれの建物を識別している。例えば図書館の前の天使像は本を読む双子の天使、食堂の前の天使像はピクニック中。ただし、第四体育館の前の天使像は木の上で寝ているものだから天使と建物の用途が必ずしも同じというわけじゃない。」


どうせなら同じようにしてくれればいいのに。まだ寒い春の空の下、楽しそうにピクニックをしている天使達は腰布一枚。生まれ変わっても天使にだけはなりたくないなと、きつねうどんをすする。


「じゃあ、全部の天使を覚えればいいってこと?」

「まあ、簡単に言えばそうだけど。学園内の天使像は基本的に白と緑の特待生の作品で、1学年に白と緑の特待生は約30人。彼らは一年に1体くらいのペースで作るから、その年ごとにいい出来のものはまあ、1学年から3台ほど出る。つまり、中1から大4までの作品で一年に約30体の天使が増える。一体として同じ天使はいないと言っても、地面に対して90度を指しているか、85度を指しているか、みたいな違いだけの天使像もあるし、大変だと思う。」


それはなんかもう、無理なんじゃないだろうか。


「確か、今学園内にある天使は800とかそんくらいかな。」


あ、無理だ。こうなったらサンナンにカルガモの雛よろしくついていくしかないだろう。


「ついていきますサンナンさん」

「ちなみに、白と緑の卒業生が作って白と緑の特待生が管理している天使の増減に合わせてリアルタイムで天使像、自分の居場所、建物の名前がわかるマップアプリ【ヨルガハ】がある。」

「いや、それを早く言えよ」


そういえば校内で歩きスマホ率が高かった。さらにそういえば歩きながらスマホを見るときはちゃんと耳をすませましょう、っていう謎のポスターも貼ってあった。地図がないと道に迷う学校って、どうなんだ。


「それ、ダウンロードしようかなぁ。」


話に飽きたのか、ぐっと伸びをした静川がぐしゃりと牛乳パックを潰して首を傾げた。


「なぁ、話変わるんだけどさ。小鳥がなんで腕折ったのかって聞いていい話?」

「え、まあ。この学園に入学できるってことで寮の手続きのためにここ来て、諸事情あって最も美しい天使を探して歩ってたら風の吹く中歌ってる白い女の子に出会って、その子の落とした楽譜を取ってあげようとして風に吹かれた楽譜に向かって後ろへジャンプしたら階段転げ落ちた。」

「ふはっ」

「っく、」


静川は大爆笑、サンナンは笑いを必死にこらえているのが見え見えだ。


「ツッコミどころ、多すぎっ」


散々笑ってやっと息を整えた静川が指を立てる。


「一つ、なんで1番美しい天使なんてもの探してるのか、二つ、白い女の子っていい方、三つ、なんで真後ろにある階段に気づかねえのお前っ、ぷはっ」


再び笑いの再発した静川が、もう一度笑い終わるのを待つ。

声を出さずに、少女は歌っていた。白銀の髪、真っ白なワンピース、白い肌、舞う楽譜。つかんだ楽譜の1番上、金色のインクで書かれていた文字は

『hymn』

どういう意味なんだろう。何かの頭文字か、それともそういう単語なのか、はたまた人の名前か。


「一つ、にいちゃんに言われたから、二つ、階段から落ちて腕折った上に頭打ったせいで本当に人間だったのかそれとも天使の像だったのかわからないから、三つ、それは僕も不思議。」

「「ぶはっ」」


今度こそサンナンも噴きだした。こいつらツボ浅くねえか。

空を向いて、身体中で歌う少女、白銀の髪、真っ白なワンピース、白い肌、白い楽譜、そして金の文字。

お前は、本当に人間か?


「つか、人か天使像かわかんねえならその場所に行ってみれば…あー、そうか。」


サンナンが髪の毛をくしゃりと乱した。


「うん。その時も道に迷ってたからわかんない。さらに言えば倒れた僕を運んでくれたのはもう卒業して他の大学に行った先輩。」


この学園には天使像も、階段も溢れかえっている。周りの景色は赤煉瓦だし、ぼーっとしていたから正確な風景は覚えていない。まさにお手上げ状態だ。


「よし、サンナン、小鳥!その1番美しい天使ってのと、楽譜の天使ちゃん、探し出そうぜ!ひまだし!」

「めんどくさい」

「えぇ…」


見事にサンナンとかぶった。だが、出会ってまだ1日も経ってないけど静川が言い出したらなんだかんだ言いながらサンナンは付き合ってあげるんだろうなという確信があった。



結局、サンナンが折れ、なし崩し的に僕も参加することになった。明日また話そうということでとりあえず連絡先を交換。寮に戻り、ベッドにダイブする。

にいちゃん、やっと僕は君に追いつけるのかな。僕はここまで来た。君は、どこにいるのかな?

天使は微笑みを刻みつけたまま、ピクリとも動かずにただ冷たい風にその白い肌を寒々しく晒している。何かを待ち侘びているように、全てを諦めているかのように、ただ、ぽつねんと。

夜ヶ丘に、夜がしんしんと、忍び寄る。


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