プロローグ 《七海京子の記録》
両親が交通事故で亡くなった。そう聞いた時私は中学三年生だった。身寄りの無い私は親戚のお婆さんの家で介護をしながらお世話になることになった。それが、高校生一年生の事である。
「京ちゃんみてちょうだい。あんなに愛らしい花が咲いたわ。お手入れしたかいがあったねぇ」
来栖マリア、九十歳。私の母のお父さんの兄弟のお嫁さん。私とは直接的な関係は無かったが温かく私を迎え入れてくれた。マリアさんはイギリス人であった。立派なお屋敷に彼女と私は暮らしている。お庭の手入れは体が思う様に動かない彼女に変わって私、七海京子が手入れをしていた。
「うん。お婆ちゃんお庭を再現したくて」
そう言うと彼女は顔をくしゃりとさせて笑った。頑張ったかいがある。お花は好きだ。花は私を一人にしないから。私は一ヶ月後それを強く思う事になった。春の終わりマリアお婆ちゃんが息を引き取った。お婆ちゃんは私にありったけの愛情を注いでくれた。それを教えてくれたのは彼女の孫だった。なんでも、病院に入院しようと話がでていたそうだ。でも、私を一人にするのはどうしても嫌だった。なんともいえない感情が溢れた。私がもっと明るくて強い子だったら、お婆ちゃんはもっと長生きしていたのかな。もっと、お婆ちゃんと居たかった。両親を失ったばかりの私に生きる希望と幸せな日々をくれた。
私はお孫さんの家に引き取られる事になった。大学入学まで死ぬ気で勉強し、有名な国立大学に入る事が出来た。勉強漬けの日々が終わると私は乙女ゲームにはまった。CMでみて興味が湧いて始めたのだが案外のめり込んだ。特に好きだったのは《恋に見た目は関係無い!》と言う乙女ゲーム。主人公は二人で、ハイスペックヒロインとモブキャラヒロイン。私はモブキャラヒロインは普通に可愛いく、幼馴染エンドしか見てはならぬと言う恐ろしい書込を見た事があったので王道ヒロインのルートしか知らない。私は部活一筋の攻略キャラに一目惚れ、二年間ずっとそのキャラの追いかけをしていた。私も鷹くんと付き合いたいっ!って思っていたのは内緒だ。実際、参考書片手にゲームをしていただけに自分より高学歴で家を持ってる人がいいと頭では思っていた。
「なな。クマで来てるぞ」
この頃、私は何故か大学で首席の男子とそこそこの仲だった。見た目はどこぞのアイドルで運動もできるハイスペックなお友達。
「元々ブスだし」
「そーか。可愛いぞ、普通に」
……乙女ゲームでよく聞く歯の浮く言葉。イケメンとはと本気で悩みたくなる。
この工藤皐月という男は既に起業していて、立派な社長だ。私はどうして友達してるんだろう。
「どーした、変な顔して」
「別に」
私は冷めた女で冷たくあしらっても彼は懲りずに私に構う。今時流行りの犬系男子。なんというか、彼にはちょっとお馬鹿な私とは正反対の子がお似合いだと思う。彼を見ているとゲームだけでなく、勉強での対抗心が燃えた。一度も勝てたことは無いのだが。
「なんかさ、ななはいつか俺の前から消えそう」
珍しく真面目な顔でそう言った彼。私達は大学と言う檻の中では友達かもしれ無い。ここを出たら私、とうなるのだろう。
「大学卒業までは消えない」
私がしれっと答えると彼は浮かぬ顔をしたまま宣言した。
「俺はどんな形であってもななを一人にはしないから」
私は彼が私に同情して言ったのかはたまた違う気持ちでいったのかはわからない。ただ、嬉しいとは思った。それは四月、二十歳のこと。暖かい陽射しの中で私は友達の彼との先の事を考えた。
最近乙女ゲームをする機会が減った。目まぐるしい程周りの状況が変化していった。
工藤皐月が行方不明になったのだ。彼は有名人だった。さらに有名大学だった事が災いして週間雑誌にも取り上げられ、私は警察から事情聴取を受けた。淡々と事実を述べる警察にはい、はいと答えた。彼は私を一人にしないと行ったのに。私はまた一人だ。捜索は三ヶ月行われたが、その後どうなったのかはわからない。音信不通になった彼が私の名前を呼ぶその声が頭の中で反響する。信じていたひとから受けた傷は私に大きなダメージを与えた。私の人生は呪われているのではと思う程追い詰められた。大切な人がいなくなる呪い。
私は久しぶりにゲームに電源を付けた。遠のく意識の中で――
――私に幸せと希望をとねがった。