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城の裏手の魔法工房(マーセナル) ~ジェネリック魔法道具はじめました!~  作者: たまり
二話 ◆ 呪いの『独身指輪(ドクシーン・リング)』
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 恐怖! 『みのむし亭』の大繁盛?

「えーん、引っ張っても取れないのよぉ……!」

 マルボーンさんの中指に光る指輪(リング)は、やっぱり呪いの魔法道具だったみたい。

 嵌めたら最後、今度は外れない。マルボーンさんはすっかり涙目だ。


「マルさん、石鹸です! 流しで石鹸を塗って引っ張りましょう!」

 仕事中はちゃんとオーナーと呼ぶけれど、それ以外の時、例えば食事をする時なんかは、わたしもティリアも親しみをこめて「マルさん」と呼ぶ。

「そ、それだわ!」

 私はマルボーンさんの手を引いて、部屋の隅にある「手洗い場」に連れて行く。

 そして石鹸を指に塗って、指輪を引っ張ってみることに。けれど、

「熱ッ!?」

 指輪(リング)に直接触れた途端、火傷しそうな熱を感じて手を引っ込めた。

「ナルっち、大丈夫!?」

 熱いのにゾッとするほど冷たい。不快な痛みが指先から伝わって、わたしは思わず手を引っ込めてしまった。

 魔力の波動を感じられる体質の、わたしやティリアくんでは同じように刺激を感じてしまうだろう。触れた指先がじんじんと痺れている。

「痛たたっ……。わたしじゃ、触れられないです」


「ナルっちは魔力を過剰に感じちゃうってこと? 無理しないで。大丈夫……! 私がやってみるから」

「すみません。マルさん」

 工房を取り仕切るオーナーとしての貫禄と、しっかりとした一面を見た気がした。


「えいっ……! い、痛い!? うえーん……やっぱり取れないよナルっちぃい……!」

 ダメだった。

 気合とともに指輪を引っ張るけれど、指と一体化したように引き抜くことが出来ない。

 貫禄なんてどこへやら。目を白黒させて泣き出す始末。


「ど、どうしましょう……」

「ランツー! なんとかしてぇ」

 マルボーンさんは泣きべそをかきながら、ランツ先輩へと泣きつく。

「ばか! こっちに来るんじゃねぇ!」

「そんな事言わないでよっ! ランツ、お願いよー、外してぇ……」

 ランツ先輩の胸に飛び込むと、えぐえぐと涙を流しながら訴える。

 呪いの魔力波動が辛いのは、わたしだけじゃない。魔法使いの端くれ、ランツ先輩もティリアくんだって同じことだ。


「よっと……」

 と、横を見ると、ティリアくんが何やらゴソゴソやっていた。

 修理中だった鎧のヘルムを被り、大きくてガブガブの胸当てのパーツを着込んでいる。

 小さな背丈のティリアくんが騎士の鎧を身につけて、不格好でユーモラス。

「ティリア、何してるの? あはは……」

 思わず笑ってしまうわたし。


「この鎧って、王国の騎士団のものでしょ? 対魔法防御(マギナシール)の術式が掛けられているから、呪いをブロック、楽になるかもって……思って」

 わたしとランツ先輩は、ティリアくんの言葉に思わず顔を見合わせた。そして、


「ティリア、天才!」

「その手があったか」


 王国の騎士団が身に着ける鎧には、攻撃魔法や、恐ろしい呪詛から身を護るための魔法が幾重にもかけられている。

 魔王軍との戦いにおいても騎士団は、魔法の鎧や盾で武装し戦った。

 邪悪な魔法使いの魔法攻撃に耐え、破滅的な『黒い雷』さえも跳ね返し、果敢に戦ったという逸話が語り継がれている。

 それと同じ鎧なら、呪いの魔力波動から護ってくれるはず。


「借りちゃいましょう」

「そうだな」

 本当はお客様の物だけれど今は緊急時。ちょっとだけ貸してもらう。

 とりあえず、修理中の部品(パーツ)を拝借し、身に着ける。すると途端に身体が楽になった。

 私は金属の胸当てと、小さな盾を借りることにする。

 金属の重みは確かにズシリとくるけれど、全身から力が吸い取らるような、不快な呪いの魔力波動を浴びるよりは断然楽だ。


 ふぅ、と一息つく。

 先輩とティリアくんも鎧を身につけて元気が出たみたい。

 もう呪いの波動なんて怖くない。


「指輪が外れないのは仕方ないとしてぇ……。仕事運向上、恋愛運向上……の効果はあるのかしら?」


「この期に及んで、まだ期待してるのかよ!」

「そうですよ、壊してでも外しちゃいましょう」

 鎧で武装したランツ先輩とわたしは、マルボーンさんににじり寄る。


 と、その時。

 ドンドンドン! と誰かがドアを叩いた。


「こんな時に、お客さんかな?」

 わたしは胸当てを身につけて、盾を構えたままドアを開けた。

 そこには中年の紳士が立っていた。きっちりとした身なりの「執事」みたいな男の人だ。


「あ、いらっやいませ……」

「突然失礼致します。私は七公爵家の一つ、ローゼンバゥム・デュードバフィ家の執事長を務めております、リンデルメイスと申すものです。突然ではございますが、公爵様の大切な『魔法の杖』が壊れてしまいまして……。こちらで修理をしていただきたいのです」


「え!? こっ、公爵家!?」

 わたしは思わず盾を落としそうになった。

 鎧の一部を身につけて、妙な格好のわたしを見ても眉一つ動かさない執事長のリンデルメイスさんは、言葉を続ける。


「えぇ。当家の魔法の杖は、代々受け継がれた由緒正しきものにございます。本来ならば契約していた魔法使いに頼むのです急病で不在……。急ぎの儀式がありまして、なんとか修理を頼みたいのでのです。代金は幾らでもお支払いいたします」

 腰を三十度ほど折り曲げて優雅に礼をする。オールバックの白髪に、片眼鏡(モノクル)がキラリと光っている。すごい、本物の執事さんだ。と感心している場合じゃない。


「せ、先輩! どど、どうしましょう!?」

 わたしが振り返ると、ランツ先輩もチグハグな鎧を身につけたまま、呆然としていた。

 この下町の小さな魔法工房(マーセナル)、『みのむし亭』に、こんな大きな仕事が来ることなんて、わたしが知る限りでは無かったはず。先輩が驚くのも無理は無い。


 ――これって、もしかして指輪(リング)の効果?


 と、路地の向こうから別のおじさんが駆け寄ってきた。

 それは魔法工房(マーセナル)組合(ギルド)長、ハーネスガーンさんだった。


「おーい! あぁナルルちゃん、丁度いい! 仕事だよ! 仕事!」

「えぇっ!? こ、今度はなんですか!?」

「おや、先客かい? なら次でいいんだが、明日までに百個の『記憶石(メモリア)』へ書き込みの依頼なんだ! オーナーいる? 急いでお願いしたいんだよ」


「仕事!? また!?」

 これは緊急事態……ていうか、異常事態。

 こんなに仕事が来ることなんて無かったのに、一気にこんなビッグビジネスがやって来るなんて。

 と、ランツ先輩がわたしの肩に手を乗せたかと思うと、「ちょっと失礼」と笑顔でお客さんに挨拶をしてから、店の中に引っ張りこんだ。


「間違いねぇ、こりゃあの指輪の呪いの効果に違いねぇ。仕事運の向上……ってやつだ」

「指輪の効果でもなんでもいいですけど、どうするんです? こんなに沢山の仕事、こなせませんよ」

「あぁ、確かにこのままじゃパンクしちまう」


 わたしとランツ先輩は同時に頷いた。

 鎧の修理だってまだ途中。

 その上、魔法の杖の修理に、記憶石への書き込み依頼まで。そんなに手が回るはずもない。


「とりあえず、組合長(ギルマス)のおっちゃんの仕事は断ろう。『魔法の杖』の修理は俺がやる。記憶石(メモリア)の仕事も惜しいが、流石に無理だ」

「わ、わかりました」


 先輩はここぞという時に頼りになる。

 笑顔で組合長には事情を説明して、お引き取り願う。

 本来なら大歓迎だけれど、とても……悔しい。


 とりあえずお執事長さんから魔法の杖を受け取って、明後日までに、約束を交わす。

 そしてドアの外には『(取り込み中)』の札をかける。


「……呪いの『独身指輪(ドクシーン・リング)』……だよ、きっとそうだ」

 突然、ティリアくんがつぶやいた。


「『独身指輪(ドクシーン・リング)』……!?」

「知っているのかティリア」

「うん……。ぼくの国に伝わる古い言い伝え。有名な御伽話に出てくるんだよ。いろいろな『呪いの指輪』の話があるんだけれど、その中にそっくりな指輪があるんだ」

 賢い男の子、ティリアくんが博識を披露する。


 イスラヴィアには古い遺跡や遺物に纏わる、いろいろな伝説や伝承があるという。

「それって……どういうもの?」

「例えば、うっかりミスで国を滅ぼした悲劇の姫、ドゥジー・コゥンが身につけていた呪いの指輪『ドジッ娘』の指輪(リング)。他にも仕事ばかりしていて結婚できず、無念を抱えて死んじゃった可哀想な娘が身につけていた『独身指輪(ドクシーン・リング)』とか……」


「それじゃん!?」

「そのものズバリだな」

「みんなで私を見ないでぇえ」

 マルボーンさんがしゃがみ込む。


「その指輪をつけると、お仕事が凄く忙しくなって……。お金は手に入るけれど、結婚できないとかなんとか……」

 ティリアくんが、頭に被ったヘルムを直しながら言う。

「うわぁ、怖い」

「伝説級の呪いの魔法道具ってことか……」

 ランツ先輩が顎を指で支えて唸る。


 そんなものが何故下町の路地裏で売られていたのか、経緯は考えてもしょうがない。

 けれど、効果を考えれば本当にヤバイ呪いの指輪なのだろう。

 

「このままじゃマルさんどころか、私達まで仕事に追われて過労死しちゃう……?」

「いいやぁあ!? 怖いこと言わないでナルっち!」

 私の腰に抱きつくマルボーンさん。

 きっと仕事に追われて、恋愛も結婚もできない……ってことだ。

 あれ? 

 でも忙しいのは実際に作業をする私達なわけで……。

 そっか、呪いの効果は本人だけじゃなくて、周囲にも及ぶんだ。

 ってことは――わたしもヤバいじゃん!?


「あわわ、どーしましょう!?」


「よし、こうなったら、あの指輪を解体しちまおう」

 ランツ先輩の提案に私は驚いた。

「ディ、解呪(ディスペル)するってことですか!? 貴重な太古のアイテムですよ」

「呪いの指輪だかなんだか知らねぇが、仕事が忙しすぎて恋愛も出来ないとか、不幸すぎるからな」

「だから私を可哀想な目で見ないで、ランツぅ……」


「ですよね」

「ちょっと力を借りることになるぞナル、ティリア。これは……総力戦だ」

 ランツ先輩が真剣な眼差しを、わたしとティリアに向ける。


「わ、わかりました」

「うん!」

 こうなったら『みのむし亭』の工房は一致団結。

 呪いをといてやるんだから!


<つづく>


【予告】

 次回、みのむし亭の総力戦

「呪いの指輪 VS 魔法工房」で章完結!



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