工房の美人オーナー、マルボーンさん
ある日の昼下がり――。
カンカン、ガンガンと、金属を叩く音が『みのむし亭』に響き渡っていた。
「えい……やっ、と!」
耳に痛い騒音は、鎧を構成する金属板を、木槌で叩く音。
わたしは細腕で木槌を振り上げて――叩く、叩く!
ガンガンと激しく音を鳴らしながら、裏側から二度三度と叩いてやると、凹んでいた金属の板が元に戻った。
そう……。わたしは今、鍛冶屋さんのように、板金加工の真っ最中です。
立派な仕事なのだけれど、王政府から鍛冶屋ギルドが請け負った『甲冑の修理一式』の下請け……の孫請け、ということになるらしい。
この辺の魔法工房は思わぬ、仕事の依頼に活気づいていた。なんたって依頼元は窓からも見える大きなメタノシュタット王城! 支払いだって気前がいい。
「……もう少しかな?」
ガンガッと片手で持てるサイズのハンマーを打ち付ける。女の子なのに腕に筋肉が付いちゃうかも!? ……という心配は無用。
実は、それほど力を入れて叩いているわけじゃない。何故なら、わたしの振るう木槌も「魔法道具」なのだから。
持ち手から魔力糸を循環させることで、ハンマー部分に施された、特殊な魔法が励起される。それで対象物を叩くことで、普通の金属は勿論、『魔法で強化された特殊な金属』さえも曲げる事が出来るという便利道具。
これは通称、『板金上手』と呼ばれている。
カンッ! と打ち付けると火花のように青白い閃光がチリチリと光る。それは、魔法の力で金属の結晶構造変えている……のだとかなんとか。
とにかく、わたしたち『魔法工術師』が使う、プロの仕事道具……というわけ。もちろん見習いのわたしでも使えます。
横から見たり、斜めから見たりしながら、更にコンコンと叩いて微調整。凹んでいた箇所もすっかり元通りになった。
「よしっ……と」
作業机の横から突き出している『万力』(※部品を挟んで固定する器具)から、鎧のパーツを外して仕上がりを確かめる。
金属板は、丸底の鍋をナナメに切断したような形になっていて、鈍い銀色の光沢を放っている。三箇所に他のパーツと繋ぎ合わせる金具が付いていて、鎧の「肩」の部分だということが分かる。
ふぅと額の汗を拭う。結っていた髪がほつれたので、もう一度シュシュで纏める。
腰を伸ばしながら工房を見回すと、ガーラント・ランツ先輩が、少し離れた位置に置いてある作業机で、同じような『板金上手』を振るい作業をしている。
ティリア君は、すばしっこく作業所内を動きまわり、作業補助。接続されたままの甲冑の部品を外したりしながら、細かなパーツに分けている。
「おう、ナル! 休んでねぇで次々頼むぞ」
「がってん!」
ガーラント・ランツ先輩の言葉に、私は次のパーツの修理にとりかかる。直すべき部品はまだまだ山積みだ。
これらの鎧は全て、魔王大戦とよばれる戦争で使われ、傷ついたり凹んだりしたものばかりだという。
一応は洗ってあるみたいだけれど、時々血とか、何か分からない汚れもあるのでドキリとする。
そもそも、わたしが直していた肩のパーツも、ボッコリと凹んでいた。これを着て戦っていた戦士の皆さんは、一体どんな相手と戦っていたのだろうかと、考えだすと恐ろしくなる。
「ナル、終わったパーツはこっちの机の上に並べとけ。あとでまとめて俺が『形態維持魔法』で強化するから」
「あ、はい!」
先輩の言う『形態維持魔法』は、物をより丈夫に長持ちさせる魔法。その魔法をかけることにより、壊れにくくする効果がある。
魔法の呪文の文字数は多いけれど、覚えると色々な使い道があって、とっても便利らしい。
ある程度使いこなせると、ヘアワックス代わりに髪型をバッチリキープしたり、スカートのプリーツをそのままにしたり……。
ちなみにランツ先輩は、コップの水に『形態維持魔法』をかけて、ひっくり返しても落ちないぜ! というのを見せてくれたことがある。
上級者になると、水を固化させて歩かせたりも出来るのだとか! うん、なんだかすごい魔法使いみたい。
「っていうか、魔法工術師の上級試験て、油の塗られた柱を『形態維持魔法』だけで登らなきゃならないってホント?」
「何言ってるのナルルねーちゃん?」
「あ、ごめんひとりごと」
それはそうと、修理で工房に持ち込まれたのは、全てその『形態維持魔法』で強化された甲冑ばかりだ。色も鉄の色というよりは白銀のような明るい色合いの合金製だ。
単純な鎧の板金修理なら、この界隈に沢山ある普通の鍛冶屋さん行きだ。けれど、こうした『魔法装甲』をもつ甲冑ともなれば、わたしたち魔法工房の出番というわけ。
そもそも、特別仕様のスペシャルな鎧ということはつまり、一般の兵士さんの装備ではなく、メタノシュタット王国の誇る『騎士団』に属する騎士が身につけていた物に違いない。
もしかすると、その中でも最強にしてダントツ人気、貴族出身のイメケン美麗な騎士集団、『神託の十六騎士』の身につけたものだったりして……!?
顔を近づけてみると、素敵なイケメン男性特有(?)の芳しい汗の匂いと、高級そうな柑橘系の香気がそこはかとなく混じっている気が……すはー。
「ナルルねーちゃん……。なんで部品の匂いを嗅いでるの?」
「んはっ!?」
ティリアが半眼でじぃ、とわたしを見ていた。
「怯えた目つきはやめて、お願い……!」
「血と汗が好きなの?」
「や、やだな、ティリア! そういうんじゃないのよ!? 有名な騎士様が使ったのかなっーて思ってね。そう考えると辛い仕事も楽しいじゃない!?」
わたしは手をパタつかせながら説明し、ティリアくんに歩み寄ったけれど。けれど、すすっ……と逃げられてしまった。
「……早く次をやらないと夕方までに終わらないよ?」
「わかってるわよ」
少し離れてから言うティリア。いちいち「ごもっとも」な事を言う弟分はかわいくない。
と――。
ドアが勢い良く開き、ぶら下げられていたベルがカランコロンと涼やかな音を立てた。
「やっ! 頑張ってるかね諸君!」
元気のいい声が響き渡り、元気な女性が入ってきた。甘い香水の香りを風が運んでくる。なんというか、大人のレディの香り。
「おかえりなさい!」
「おかえりです!」
わたしとティリアは、いらっしゃいませではなくて、お帰りなさいと挨拶をする。何故なら彼女こそ、この魔法工房『みのむし亭』のオーナーであり、わたしたちの雇い主だから。
「うーす」
ガーラント・ランツ先輩は、挨拶もそこそこに、自分の作業机に固定した部品と格闘中。
「いやー途中で、いろんな人に会っちゃってね、世間話が長いのなんのって……」
目に鮮やかな紺色のスーツを身につけた金髪の美人オーナー、マルボーンさん。
顔はわたしから見ても「美人さん」の部類だろう。ふっくらとした小鼻に、セクシーな厚めの唇。細く整えられた眉に、ややタレ目がちな色っぽい眼尻。
胸の下まである緩やかにウェーブした髪を、ふわりとかきあげながら、作業部屋の中へやってくる。
そして、接客用のソファーに身を沈めると、んーっと伸びをする。
ティリアくんは、早速お茶を準備している。
「ティリア、はやい」
「え? そう?」
わたしがお茶を淹れようと思うと、いつも先を越されちゃう。ティリアくんの女子力が高すぎて……辛い。
「甲冑、結構な数があるでしょ? がんばって仕入れたんだよ、不景気な昨今、ありがたいことだよね、ランツー」
「うるさい。ウチは鍛冶屋じゃねーぞ」
「あーん、そんなこと言わないで、チャキチャキ直してね」
「手間ばっかりかかりやがるよ」
ブツブツ言うランツ先輩。
マルボーンさんは、ソファーのうえで上半身を逸し、伸びをしながらひっくり返り、ランツ先輩に話しかける。
けれど、先輩はにべもない。とてもオーナーに対する態度ではないけれど、実質この工房を支えているのはランツ先輩だったりする。
それに、実のところランツ先輩は、マルボーンさんの「甥っ子」なのだとか。最初二人を見た時は、お似合いの職場恋愛? と思ったけれど、ランツ先輩の態度は、うるさいお姉さんに辟易している……といった感じだった。
と、そこでわたしは、伸びをしたマルボーンさんの指に見慣れない指輪が光っているのを目敏く見つけた。
「あれ? その指輪……」
「あ、流石ナルっち。気が付いたー? えへへ、知り合いの商人に安く売ってもらったんだー」
「へぇ!」
わたしだって女の子。宝石とか指輪とか興味ありま……うっ!?
わたしはマルボーンさんに近づこうとして思わず足を止めた。何故なら、明らかにその指輪からは、重い石のような、冷たい気配が発せられていたからだ。
気が付くと、ランツ先輩は険しい顔で、魔法力を少し持つティリアくんも妙な顔つきで作業の手を止めていた。
「あ、あの……」
「なぁに、ナルっち」
――それって、もしかして……呪わてません?
<つづく>