甲冑工房(アーマスミス)『竜のうろこ』は熱かった
ランツ先輩から手渡された地図に書かれていた工房は、歩いて20分ほど離れた区域にあるらしい。
古い街並みの続く『忘却希望通り』を抜けて、路地をいくつか曲がりながら進んでゆくと、街路樹が植えられた緑の多い区域に着いた。
「このへんだと思うけど……」
王都の西の街道から繋がるこの辺りは、鍛冶屋さんがとても多い。工房の建物は互いに少し離れて建てられて、敷地の境界には生け垣や木々が植えられている。
建物の密度が高い王都メタノシュタットでは、比較的緑の多い場所という印象で、きっと火事が起きた時に燃え広がらないように、という意味もあるのだろう。
わたしが住む王城の裏手――狭い裏路地と違うのはそれだけじゃなかった。
馬車がガラガラと音を立てながら、ひっきりなしに行き交っている。辺りを見回しながら歩いていたら「あぶねーぞ!」と怒られた。
荷台付きの馬車が運んでいるのは、どうやら鉄の棒や金属板など、剣や鎧にするための金属加工用の原材料みたいだ。
「えぇと……あ、あった」
そんな地区の一角に、目指す工房があった。
――甲冑工房『竜のうろこ』。
店のドアの横には、銀色の鎧が、大きな看板を抱えて立っていた。ここが鍛冶屋兼、武器の製造直売もしている店であることを意味している。
焼きレンガを積み上げて、屋根に赤茶色の瓦を乗せた店構え。そんなに大きくはないけれど、平屋建ての屋根は三角で、二本突き出た煙突からは煙が立ち昇っていた。
わたしは意を決して、ドアを押し開けた。
「ごめんくださ……い?」
「むぅ……いらっしゃいませ」
髭を生やしたずんぐりとしたおじさんが、ギロリとわたしを睨め付けると、のしのしとこっちに歩いてきた。
「ひゃい?」
針金のように硬そうな鋼色の髪と、顎を覆う同じ色の髭。背はわたしより低いのに、身体の幅が倍以上。腕なんて丸太みたい。
鍛冶工房で出迎えてくれたのは、ドワーフ族のおじさんだった。
西国イスラヴィアの鉱山地帯が本拠地だという彼らは、金属に詳しくて、採掘から精錬、そして冶金に長けている。だから鍛冶屋さんを営んでいる場合が多いらしい。
「何をご所望かな? エルフのお嬢さん」
髭で覆われた口元を動かして、野太いけれど穏やかな声で問いかけてきた。太い眉の下で瞬く目元は、よく見ると優しそうだ。
どうやらドワーフ族のおじさんは睨んだわけではなく、笑顔で出迎えてくれたつもり……らしい。
「あ、あの! わたし『みのむし亭』のナルルと申します。うちの工房長のガーラント・ランツのお遣いで、こちらに伺いました」
「む? おぉ!? お嬢さんが、噂の魔法道具アドヴァイザーかの?」
「まほうどうぐあどヴぁいざー!?」
なんでしょう、その職種。
「っと、申し遅れたがワシは、ここの工房長、マガノハームじゃ。いつもランツ君とマルボーンさんにはお世話になっておるんじゃよ」
「そうなんですか……! こちらこそよろしくお願い致します」
わたしはぺこりと頭を下げた。工房長のマガノハームさんはランツ先輩を知っているという事らしく、ホッと胸をなでおろす。
「……で、お嬢さんが処分に困っている道具の相談にのってくれるんじゃな?」
笑顔なのか怒っているのか、よくわからない表情のまま、目を細めて髭を撫でる。
「失敗した魔法道具の再利用を……と」
「失敗ではない、余っているだけじゃ」
「あ、余っているんですね、売れ残って……」
「売れ残ってはおらん、売り先が無いだけじゃ」
それを売れ残りっていうんじゃないのかしら? と口に出しかけてぐっと我慢。
工房長さんはプライドがあるのか、決して失敗作とは言わない。頑固一徹なドワーフ族らしい。ていうかめんどくさい。
「えーと、とにかく……余っている魔法道具の再利用を一緒に考えて欲しいって、ことですよね?」
「そうじゃ。早速見てもらえるかの?」
「はい……」
店の中を見回すと、正面には据え付けのカウンターテーブルがあり、壁には剣や盾が飾られている。上半身と下半身、鎧のパーツが数組、木の棒で「カカシ」のようになって売られている。ここにある商品はすべてこの鍛冶屋工房でこしらえたものらしい。
よく見ると、商品には竜をモチーフにしたマークが彫り込まれている。この工房のシンボルマークなのだろう。
カウンターの向こうにある入り口から更に奥は、作業場になっているらしく、剥き出しの土間と、燃え盛る赤い炎が見えた。中からはキンコンカンとリズミカルな槌音が聞こえてくる。
「おい! アズラールにシュルト、例の物をカウンターまでもってこい」
工房長マガノハームが悠然と言うと、作業場から聞こえていた金属を叩く槌音が止んだ。
「……丁度、手が空いたようじゃな」
暫くすると、がちゃちゃと音がして、やがて二人の若い男の人が奥から姿を見せた。
「親父、これのことですか? おや……お客人でしたか」
「って、女の子じゃん?」
「こっ……こ、こんにちは」
わたしは思わず声が上ずっていた。
だって、どちらも背が高くて、素敵なお兄さんたちだったから。
「こちらは魔法工房『みのむし亭』から来てくれた、ナルルさんじゃ」
「そうでしたか、これはこれはようこそおいでくださいました」
「むさ苦しい店へようこそ」
二人のお兄さんたちが私を出迎えてくれた。
「はい……」
一人目は金髪を短く刈り込んだお兄さんで、鼻筋の通ったキリリとした表情のイケメンさん。アズラール、と呼ばれた方らしい。
瞳の色はブルーで、余裕のある表情を浮かべている。
目付きの悪いランツ先輩とは違い、優しげな表情と柔らかい物腰が印象的なお兄さんだ。
肌は色白だけれど、煤で黒く汚れたタンクトップから見える腕や上腕二頭筋がモリモリで、凄い。顔や首筋で光っている汗でさえ、彫刻についた朝露みたいに思えてくる。
もう一人の方は浅黒い肌にグリーンがかった瞳。シュルトと呼ばれた方だろう。
髪の色はブロンズで、やや目尻の下がった甘いマスクだけど、耳にピアスとかしてちょっとチャラい感じ。
イスラヴィア人だろうか。同じくタンクトップ姿で、こちらも負けないほどに厚い胸板に太い腕。マッチョだけど全体的にはスリムな、細マッチョ体系に見える。
二人はタオルで汗を拭きながら、水桶から水を汲んで飲む。喉仏を伝う水が、なんだかとってもせくしーです。
「君、顔が赤いよ? ここ熱いもんね。工房の火は絶やせないし……」
「あ、熱くは無いです、はい!」
やばい、どうやら顔が赤いらしい。確かに工房の中は熱気に包まれている。耳まで赤くないかと焦る。
「へぇ、ハーフエルフなんだ、可愛いじゃん!」
褐色の肌のチャラい兄ぃさんが横に来て、へぇ! と横から耳を覗き込む。思わずバッと隠す。
「かっ……かわ……い?」
「耳とかイケてるじゃん。ピアスとか似合いそう」
「いっ、いいです結構です」
「そう? 赤いのとか可愛いと思うけどなぁ……」
思わず目を回しそうになる。工房で働いて一年。これまで「ちんちくりん」「ナルの字」としか呼ばれていないわたしにとって、ここは刺激が強すぎる。
頭がクラクラしてきた。
「こらシュルト! お客様をからかうんじゃない! この人が魔法工房から来てくれたアドヴァイザーじゃ。すまんのう、こんな男所帯でおまけに汗臭くて暑苦しくて」
「いっ、いえ全然いい匂いで……」
と言いかけてバッと今度は口をおさえる。何言ってるの、おちつけわたし。
「すごいね君、魔法工房で働いてるんだ」
「魔法道具を見てくれるって、まさかこの娘なわけ?」
「そうじゃ、ほれ、いいからさっさと例の商品を見せんか!」
工房長に言われた二人は、奥の棚から箱を運んできた。そして近くのテーブルの上に、肩手で持てるほどの大きさのフライパンを置いてゆく。
1つ、2つ……10個と、20個近くあった。
「これ……って?」
鉄製で、直径は30センチメルテほどの、深めのスープ皿のような形。全体的に黒い金属光沢があり、取っ手もある。
つまり、どことからどう見ても「フライパン」だ。
唯一個性的なのは、フライパンの底。竜をモチーフにしたマークがレリーフのように、浮き上がるように彫り込まれている。
「まさかこれが魔法道具ですか? フライパン、ですよね」
一つを持ってみると、程よい重さと握り具合。とても使い易そうなフライパンだ。
問題が有るようには見えないけれど……?
「そうなんじゃ。盾やヘルムに使う金属鋼板の余りを使って、作ったんじゃが……」
「でも、『竜の炎にも耐える盾』の魔法強化装甲を使っちゃダメでしょう」
「そうそう。熱を通さないフライパンって、どんな冗談だよ」
「目玉焼きが焼けないフライパンなんですよ」
「工房始まって以来の欠陥品だぜ、こりゃ」
呆れたように肩をすくめるアズラールさん、そしてフライパンをくるりと手の上で回して笑うシュルトさん。
「え、えぇ? 熱を通さないフライパン!?」
なんじゃそれ。目玉焼きも焼けないって……。
<つづく>




