新しい依頼と、自信と不安
◇
昼前で学舎の授業は終了。わたしは王城前の広場に立ち並ぶ、食べ物売りの屋台へ向かってダッシュした。
天気のいい昼どきともなれば、人気の屋台はすぐに行列ができてしまう。
初夏に差し掛かった近頃は少し暑い日が続いている。空は快晴、雲一つない青空が気持ちいい。
王都メタノシュタットの街並みは綺麗で、赤い焼き瓦と整備された石畳、それに街路樹がキラキラと光を浴びて輝いている。道行く街の人たちの表情も明るく、商店街も活気に満ちている。
今日のお昼ごはんは最近美味しいと評判の、『ピュロシキ』というプルゥーシア式の揚げパンに決めていた。
わたしのお腹がそれを望んでいるのだから仕方ない。
動物並みの嗅覚で屋台にまっしぐら。ひき肉と刻んだ野菜を炒めたスパイシーな餡がたっぷり入った『ピュロシキ』は、ちょっとカロリーが気になるけれど大人気の品だ。
幸い屋台はまだ空いている。早速『ピュロシキ』を2つ買ったわたしは、近くにある別の屋台で、新鮮な『南国ココミノヤシのドリンク』を同じく2つ注文する。
別に私が大食いだからってわけじゃなく、いつも遅れてやって来るティリア君の分も買っていただけのこと。
「ナル姉ぇ!」
するとタイミング良くわたしを呼ぶ声がした。振り返ると、赤毛の男の子が人混みを縫うように駆け寄ってきた。溌溂とした表情や動きが元気いっぱい。道行く大人の背丈から見ればまだ子供っぽい。
「ティリアくん、ちょうど良かった、買っておいたから食べよ」
「ありがと!」
瞳を輝かせて『ピュロシキ』の包み紙を受け取るティリアくん。素直で可愛い、わたしの弟分である。
なぜ大勢の人の中でわたしを見つけられたかといえば、私がハーフエルフだからだ。少しだけ尖った耳もそうだけれど、髪が淡いグリーンで見分けがつきやすいからだろう。金色や茶色、それにグレー系の髪色が多いこの国では、赤毛や黒髪と並んで珍しい色合いとよく言われる。
「あとでお代は頂くわよ」
「もう、けち」
仕事では一応、先輩格のティリアくん。だけど、仕事以外なら年上のわたしが面倒をみて当然というわけで。
広場わきのベンチに二人で腰掛けて昼食をとる。
「うんっ! これ、おいしいね」
もぐもぐ……と大きな口を開けて美味しそうに頬張るティリア君。
「そうね、美味しい。もう一個たべたいくらい」
残り一口となった『ピュロシキ』を見つめてから、屋台のほうに視線を向ける。正午が過ぎ、周囲の役所やお仕事をしている人たちがランチを求め、どの屋台も行列が出来ている。
食べたくてもここは我慢。食べ盛りではあるけれど、ちょっぴり体重も気になる。一人で葛藤していると余程物欲しそうな顔に見えたらしい。
「ナル姉ぇ、半分あげようか?」
と、ティリア君が言う。でも、いくらなんでも弟の昼ごはんを貰うわけにもいかない。
「ティリア君、気持ちだけもらっておくわ。大丈夫……ありがと」
「あ、そ」
ティリア君は手元の『ピュロシキ』を全部頬張った。
「あー……」
「我慢しないでもういっこ買えば?」
「今はいいわ。でも……三時になったらまた来て、食べればいいわ。そうね……! そうしましょう」
少し働いた後の「おやつ」の時間ならきっと大丈夫。わたしって天才。
「今もういっこ食べるのと何が違うのさ?」
「乙女にしかわからない深い悩みがあるのよ」
「ふーん?」
チュゴゴとストローでココミノヤシドリンクを飲み干す。
そして昼が過ぎ、わたしとティリア君は『みのむし亭』に戻ってきた。
細く入り組んだ路地を進んでゆくと視界が開け、青空に浮かぶように大きな城が見えた。広場に居たときよりもずっと近い。その路地の突き当りにある建物が、職場であり仮の住まいである『みのむし亭』。砂色の漆喰が塗られた可愛らしい2階建ての小さな建物は、周囲と変わらない普通の建物に見える。
けれどお城の側から眺めると、まるでお堀の方に半分突き出るような形状で建てられていて、更に突き出た建物を支えるように、地下1階部分もある。その形がまるで「みのむし」のように見えることから付けられた名前らしい。
でも、城のお役人さんに言わせると「違法建築の手前」なのだとか……。
「ただいま戻りました!」
「ただいまです」
木製のドアを開けると、カランコロンとドアベルが鳴る。店の中に入るとランツ先輩が作業机に座ったまま小さく返事をした。
「おぅ、おかえり」
腕利きの魔法工術師のランツ先輩が、わたしを手招きする。
店の中にオーナーのマルボーンさんは見当たらない。長めのランチを取っているのか、仕事の外回りで出かけているのだろう。
「なんでしょう、ランツ先輩」
「ナルル、実は相談があってな」
珍しい。いつもは相談なんて言わないのに。一体何かしら。
目付きの鋭いランツ先輩が腕組みをして椅子に腰掛けたまま、わたしを見上げている。
「わたしに出来ることであれば、お手伝いしますけど……」
「うむ、実はな。取引先の一つで、使えない魔法道具を作っちまってその扱いに困っているらしいんだ」
「使えない……魔法道具?」
「詳しくは聞いていないが、仕様を間違えたか何かで、20個ほど作ったのはいいが使い物にならないらしい」
「20個も!?」
わたしは思わず身を乗り出した。
オーダーメイドで作成する「一点物」の高級な魔法道具は、腕利きの職人が作成するので失敗は無いと思っていい。
けれど普及品と呼ばれる低価格の品物の場合は別。わたしのような見習いも含め、大勢の人間が手伝ったりする量産の工程で、失敗してダメにしてしまったりする事が、たまにある。
でも今回の話はそれとは違うみたい。20個も作ってから「仕様が違う!」と、誤りに気がついたのはおかしい。試作段階で気が付かなったのかしら? いずれにしても、きっと工房は損失を出してしまうだろう。
「それはお困りでしょうけれど、わたしは一体何をすればいいんですか?」
「その工房に行って、失敗作を再利用する方法を考えるんだ。知恵を出すのを手伝う……ってことでもいい。何か使い道がないか考えてほしいんだとさ」
「え!? わたしがですか?」
ランス先輩の方に傾けていた上半身を、反対側に反らす。
「そうだ。ナルルは失敗した部品やガラクタから何かを作り出したり、考えたりするのが得意だろ」
少し意地悪な笑みを浮かべて、ランス先輩が椅子の背もたれで伸びをする。
「もう! なんですかそれ。べ、別に失敗したくてしてるわけじゃないですもん」
「いやいや、悪い意味で言ってるわけじゃない。失敗は成功のもとって言うやつさ。アイデアのヒントを見つけ出せるのが、お前の良いところじゃねぇか」
「良い……」
良いところ! その一言で目の前に天使が舞い降りそうな光が降り注ぐ。
「付き合いもあるし、潰れられちゃ困るんだよ」
「でもその、あの……」
返答に困り、視線を泳がせる。すると、窓辺の机の上に置いてあるランプが目に入った。
それは、わたしが初めて企画製造を手掛けた魔法道具、『薔薇照明』だった。ランプシェードの部分が半透明のガラスを何枚も重ねた薔薇の花弁状になっていて、それが淡く光る仕組み。とてもオシャレな魔法のアイテムで、好評のうちに完売した。
ランツ先輩の言うとおり『薔薇照明』も、実は工房で出た「光る水晶の削りカス」を再利用したもの。私の「もったいない」「何かに使えないかな?」という気持ちから、生まれたアイデアが形になったものだ。
ちょっと、自信が湧いてくる。
「やるのか、どうなんだ? 無理なら断っとくが」
試すように語りかけてくるランツ先輩の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「やります。行ってみます!」
と返事をする。
なんだか、わたしがやらなくっちゃいけない仕事のような気がしたからだ。
「そうか良かった。じゃぁ少し急だが、今から行ってもらえるか?」
「わかりました。あの……ティリア君は?」
話を聞きながら作業机の上をテキパキと整理している、小さな先輩を見る。
「ティリアは俺の助手として、今から道具の修理の仕事がある。ナルル一人で行ってくれ」
「がんばってね、ナル姉ぇ」
ランツ先輩の横で笑顔のティリア君。
「そ、そうですか」
わたし一人で行くとなると途端に不安になる。
いつの間にかティリア君の存在を頼りにしている自分に気がつく。でも、これはいい機会と考えよう。自分の力とアイデアで……困っている房の手助けができるのなら、今よりももっと自信が持てる気がするから。
ランツ先輩は机に向かって、一枚の紙にペンを走らせた。そして工房の名前と、場所を書いた地図を手渡してくれた。
「ここだ、後はよろしくな。夕方4時で切り上げて帰ってこい」
「はい!」
そこに書かれていたのは、聞いたことのある工房の名前だった。
――甲冑工房『竜のうろこ』。
「この甲冑の工房って王国軍向けの、軍用品の工房じゃないですか……?」
「正確には、王国軍ご用達の甲冑工房の下請けだ」
「なんか怖い……」
「怖くねぇよ、行って来い」
そこでは「魔法道具」と呼ばれる技巧を凝らした品物ではなく、魔法で強化した金属を鍛造し、加工する板金作業などを行っている、とランツ先輩は説明してくれた。
以前も甲冑の部品をうちで修理したり「孫請け」として仕事を請け負ったりしたことがあったはずだ。
兎にも角にも、悩んでいても仕方がない。
わたしは身支度を整えると、地図に書かれた工房まで行ってみることにした。
<つづく>




