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城の裏手の魔法工房(マーセナル) ~ジェネリック魔法道具はじめました!~  作者: たまり
六話 ◆ 困惑の『断熱平鍋(フライパン)』 
24/28

 宿題は『魔法工房(マーセナル)』のこと

 ◇


 『ここは、千年の歴史を誇る大陸随一の王国、メタノシュタット。


 王都の中心には白く輝く素敵なお城があって、周りには議会や大聖堂があります。その周りを貴族さまの館が囲んでいて、さらに外側に大きな城下町が広がっています。

 でも城の北側、裏手にあたる下町はちょっと変わっています。

 城のお堀に接して、いろいろな「工房」がひしめき合っているからです。


 剣を作る刀剣工房(サーベナル)

 鎧を作る甲冑工房(アーマースミス)

 他にも魔法の薬の調合を行う調薬工房や宝飾工房……。

 そして私が働いているところ。それは、魔法道具を作る『魔法工房(マーセナル)』です。


 城の裏手にある工房にたどり着くのはコツがいります。だって、すごい入り組んだ迷路のような路地を進まなければならなからです。昔の戦争で敵に攻め込まれない為らしいのですが、迷う人がたくさんいます。でもここで働く私たちはもう慣れっこです。


 入り組んだ路地を歩いてみると、漆喰の壁が古めかしい家々が建ち並んでいて、入り組んだ迷路のようになっています。敷き詰められた石畳はすり減って磨かれています。王都でも一番古い歴史のある下町で、一歩足を踏み入れれば、歴史と不思議なワクワクを感じられるはずです。


 路地から見上げる空は狭いけれど、建物の間に渡されたロープには洗濯物が風に揺れ、皆が肩を寄せ合って暮らしているんだなってわかります。

 ・・・』


 わたし――ナルル・アートラッズは、宿題の作文を書き終えた。


 学舎へ提出するのは今日だというのに、昨夜は寝ちゃって全然書いていなかった。朝ごはんも食べずに書き始めて、なんとか形にする。


 無計画で追い詰められて、ドタバタするのはいつものこと。


 これじゃダメだとわかっていても、どうにもこうにも……。


「でもま、いい感じよね……って、もうこんな時間!?」


 私は水時計を見て、ガタリと自室の机に向かう椅子から立ち上がった。インクも乾ききらない作文を書いた紙をカバンに詰め込むと、大急ぎで身支度を整えた。


 ◇


「いってきます!」


 わたしはドアを開け路地へと飛び出した。口にパンを(くわ)えたまま、脚に絡む制服の(すそ)を蹴飛ばして軽やかに走り出す。


挿絵(By みてみん)


 パンを咥えて走るのは行儀が悪いけれど、これは運気向上(・・・・)のおまじない。


 今朝の王都新聞に載っていた占いによると『女難に注意。運気向上のため、朝はパンを咥えて走ってみよう!」だって。


 ホントかな? と思いつつも、やっぱり信じちゃう乙女なわたし。


 というわけで不本意ながらこんな格好で走ってみた……というわけです。


 わたし15歳の女の子だし、そもそも女難(・・)なんて関係ないような気もするけれど、強力な恋のライバルが出現する予兆かもしれないし念のため。って、そもそも恋とかしてないじゃん!?


「はぁ……」


 路地を照らす朝の光は眩しくて、頬を撫でる風もひんやりと気持ちがいい。なんたって今日は久しぶりの学舎(・・)への登校日なのです。


 『魔法工房(マーセナル)』のお仕事も、今日はお休みになるという嬉しい日。


 わたしが通う『王立高等工芸学舎』は週に3日、午前中だけ受講できる学び舎で、普段は働いている子が通うところ。


 基礎学力と教養を身に付けるために、王政府が無料にしてくれたので、こうして通うことが出来るのです。

 素晴らしいこの仕組みは、国のみんなが尊敬して止まないお姫様――聡明で美しいと評判のスヌーヴェル姫殿下さまが、鶴の一声で作ってくださったものなんだって。

 王立だから学費は基本無料、教科書と文具は自前だけど、それぐらいなら私のお給金でも大丈夫。

 お姫様には心から感謝しています。


 わたしのように魔法道具作りのプロ……『魔法工術師(マギナテクト)』を目指すなら、やっぱり基礎学力は必要だ、というランツ先輩も応援してくれている。


 それに制服が可愛い!

 制服といっても普段着の上に「羽織るだけ」の簡単なものだけど、空色の生地に白いラインの縁取りが素敵。ショートドレスみたいな感じが可愛らしい。


 これを着れば多少の古着も、仕事で汚れた作業着だって気にならないという優れもの。


 これもお姫様のアイデアらしいけれど、女性の目線ってとても大切なんだなって思う。


「待ってよ、ナルルねーちゃん!」


 後ろから元気な声が追いかけてきた。それは同じ魔法工房(マーセナル)で働く男の子。弟分(・・)のティリアくんだ。


 振り返ると、赤毛の男の子が走ってくる。


 ぱっちりとした二重まぶたの大きな瞳。日焼けしたように浅黒い肌に、すこしくせのある赤毛が特徴的な男の子。慌ててパタパタと追いかけて来る姿がなんとも健気で可愛らしい。


 ていうか、わたしより笑顔が眩しくてキラキラしている気がするんですけど……。


 服装は青い膝下までのハーフパンツにサンダル、フード付きの白いパーカー。子供っぽいけれどそこがいい。私と同じに、マントみたいな初等学舎の青い制服を羽織っている。


「遅い! 置いてく……んぬぐっふ!?」


 お姉さんぶって叫んだところで間抜けにもパンを喉に詰まらせる。


 ふぐぉ! と乙女にはあるまじき恥ずかしい声を路地に響かせながら涙目で跳ねていると、ティリアくんが駆け寄ってきてジャンプ。


「もう! パンを咥えながら走ったら危ないって言ったじゃんか、よっ!」


 ばしん! と、ティリアくんが背中を叩いてくれたので、パンは胃の中へと落ちた。うぅ情けない、カッコ悪い、恥ずかしい……。


「あ、ありがと……ティリアくん」


 弟とはいえ職場(・・)では二ヶ月だけ就職が早かったティリアくんが、一応は「先輩」という事になるらしい。けれどわたし達は、姉弟弟子としてはとても仲良しだ。


「行こうよ、遅刻しちゃう」

「う、うん」


 ため息をつきながら後ろを振り返ると、路地の一番奥に小さな工房が見えた。


 赤い瓦屋根の縦に長い2階建て。お城の「お堀」側に半分突き出すような形で建てられている建物は、地下部分が半分お堀の方に出っ張っている。まるで「みのむし」が壁にぶら下がっているように見える。

 だからこの魔法工房(マーセナル)は、『みのむし亭』と呼ばれている。


 ここが私の暮らす家であり、仕事場なのです。


 わたしとティリアくんは同じ『みのむし亭』で住み込みで働いている仮の姉弟(・・)であり、魔法工術師(マギナテクト)を目指す「見習い」同士。


 魔法工術師(マギナテクト)を簡単に説明すると、魔法の道具を作って、世の中の役に立てたり、時には武器を作ったりして国の役に立てる職人のこと。


 わたしは魔法力はあるけれど中途半端で、国が認める魔法使いになれない。


 だから、魔法道具を作る魔法工術師(マギナテクト)を目指す事にした。


 溢れるほどに魔法力と才能がある子は、魔法使いを養成する『王立高等魔法学舎』に通うことができたりする。正直……すごく羨ましい。挫折と諦め、敗北感。わたしに常に付きまとうのは、そんな暗い単語ばかりだった。


 だから表情にも出るのだろう。

 

 ティリアくんと歩いていると、町の顔見知りの職人さんに「今日もかわいいね!」と声をかけられるのは、何故かティリアくんのほうばかりだ。


 私はそんなこと言われたことがないのに……と仄暗い感情がくすぶる。


 それに魔法工術師(マギナテクト)とはいっても、わたしはまだまだ見習い。やっと先日売り出してもらった魔法道具、『薔薇照明(ローズ・ランプ)』が全部売れたのが唯一の心の拠り所。

 ちょっとだけ、自信が持てたところだったりする。


 残りのパンを頬張りながら、澄んだ瞳でわたしを見上げるティリアくんと歩き始める。


「ナルルねーちゃんは、いつも慌て過ぎだとおもうよ」

「ごめんね!」

「昨日もお客さんに納める水晶玉(・・・)を割ったでしょ」

「あ、あれは手が滑って……って」


 わたしはちょっとそそっかしいので、油断するとそういうミスをしてしまう。水晶球を割った後はランツ先輩に叱られたっけ……。


「ねぇ、顔とか洗った? 今パン食べたらいつ歯を磨く気?」

「お母さんか!? いまからするわよ」


 年下の男の子に言われて、タジタジなわたし。ティリアくんの言うことはもっともで、耳が痛い。身だしなみは歩きながら店先の窓ガラスでチェックする事にする。


 顔には「磨き油」も「金属カス」もついていない。


 若葉みたいな色合いのわたしの髪は、顎のラインで揃えてある。寝ぐせは直したし前髪もよし。コンプレックスの素……エルフの血を僅かばかり引く「少し尖った耳」を目立たないように髪のサイドで隠す。けれどやっぱり無駄な努力。ぴょこ、と少しだけ出てしまう。


「はぁ……」


 もう少し先の公共広場の水場で、顔を洗い歯を磨くことにしよう。わたしは気を取り直して、歩く速度をすこし早めた。


 さて、今日はどんな一日になるのかしら。

 

<つづく>


【作者より】

 と、いうわけでセカンドシーズン、はじまります!

 期間限定の復活となりますが、

ナルルが、ティリアくんが、ランツ先輩が帰ってきます。

 応援よろしくお願いします★


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