完成! わたしの初めての魔法道具
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魔法道具は高価で手が出ない、とお嘆きのあなた!
ほとんど同じ機能で値段は半分!
当店のジェネリック魔法道具をご用命ください。
新発売!
明るい可愛い『薔薇照明』!
税込み19ゴルドー
魔法工房みのむし亭
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「できたっ……と」
わたしは、書き終えた広告を眺めて頷く。字もデコレーションしてあって可愛いし、器用なティリアくんが商品の絵も描いてくれたのでよく目立ちそう。
以前、オーナーのマルさんが路地裏にはったポスターは怪しすぎて、王政府内務省特別税務監察官、シローヘッセ・ミュヘルさんに睨まれて酷い目にあったけれど……今度は大丈夫! むしろこれを見てお店に来て欲しいくらい。
なんたって、今度の魔法道具は新商品の自信作。
わたしのアイデアをランツ先輩が採用してくれた、初めての魔法道具なのだから。
嬉しくて思わず立ち上がり、その場でくるりとターン。ポスターをぎゅっと胸に抱きしめる。魔法工房『みのむし亭』の窓から望む大きなお城が、今日は一段と輝いて見える気がする。
「あ……! 今の動きって、美少女っぽい!?」
「ナル姉ぇちゃん、遊んでるなら手伝ってよ!」
作業机に座り、出荷待ちの魔法道具の品質点検をしていたティリア君が、ぷくーと頬をふくらませる。
わたし達は今、新発売の魔法道具の『薔薇照明』を、ひとつづつ点灯させては品質を確認をしている最中だった。
作業机の上には全部で20個程の『薔薇照明』が並んでいる。
「嬉しくてつい……。ごめんごめん」
「もう……」
わたしはティリア君の隣の椅子に腰掛けると、「ずんぐりむっくりした花の一輪挿し」のような魔法道具を手に取った。そして傷が無いか、ちゃんと動くかを確認する。
まるで薔薇の花のような形の魔法のランプは、淡いピンク色の半透明の花弁状の部分が、明るく光る仕組み。自分の工房の商品だけど、凄く可愛いと思う。
薄い花弁は全てマルさんとわたしの手作り。特殊な蝋で固めた紙に、魔法を仕込んだ水晶の粉を塗布したもの。それを何枚も重ねて、薔薇の花のような形に仕上げている。
花を支える台座の部分は小さな素焼きの壺になっていて、その上にふわっとした花弁が載っているという構造だ。
壺の中には魔力を溜めておく『魔蓄石』と、制御用の魔法術式が書き込まれた『記憶石』が仕込まれている。
それらを結び魔力を伝達する特殊な絹の糸に、薔薇の花弁状の発光部品が繋がっている。
これで一つの『魔法の水晶ランプ』として機能する。
点灯と消灯は、素焼きの壷に描かれた二つの文様を、同時に指で触れることにより切り替えることで可能となっている。
商品名の『薔薇照明』はマルさん考案で、薔薇に似た見た目と、『粉晶』と呼ばれる紅水晶の大陸公用語の響きをもじった物だとか。
商品デザインは、わたしとマルさん。つまり、女の子ならではの可愛さ満載。
「うん、ちゃんと動くね。光る光る!」
「不良品は、今のところ二個ぐらいあったけれど、すぐに直せそうだよ」
「うーん、やっぱり手作りだとムラがでちゃうのね……」
わたしとティリアくんは会話を交わしながら、品物を確認してゆく。
最初の試作品を作ったのは2週間前。
フィノボッチ村での経験が、わたしに思いがけないアイデアをくれるきっかけになった。
つまり、割れて使えないと思っていた水晶が通信用の『会話水晶』になるのなら、他にも壊れたり捨てたりするものを工夫して、何か出来ないかしら……と考えてみた。
ある時、水晶を削った破片や粉が積もっているのを見て、これは何かに使えるかも? ……と思案し、実験している内に見つけた不思議な現象があった。
それは「大きな水晶の結晶じゃなくても、粉でも光る」っていうこと。
それは、わたしとティリアくんで実験を繰り返した結果、見つけた現象だった。次にこれはランプにも使えるんじゃない? ということになって、ランツ先輩に相談して……今に至る。
つまりこれは「怪我の功名」というか「棚からパン」的な、そんな感じで見つけたアイデアだ。
本来『水晶ランプ』を光らせるには、大きくて高価な水晶の結晶が必要なのだけれど、普通のお家で買うには躊躇うほど、高額な商品になってしまう。それで、一般家庭ではまだ香油ランプなんかを使っているところが多い。
そこで、『薔薇照明』は、高額な水晶の結晶の代わりに、研磨した時に出る水晶の粉、つまりは廃棄される材料を使っている。
スイッチを入れると、花の部分がほんのりと輝いて、昼間でも薄暗い作業部屋をほんのりと照らす。
確かに明るさ自体は、貴族様のお屋敷の照明用や軍隊が使うような、本格的なものには及ばない。明るさも、そうした『水晶ランプ』の五分の一ぐらいしかないけれど、油を使うランプより倍の明るさが得られる。しかも長寿命で安全出来る値段だってかなり安いはず。
これが、『みのむし亭』の考える、普及品魔法道具。
と、店のドアベルが軽やかな音とを立てると、背の高いランツ先輩が入ってきた。作業用の青いつなぎ服の上を脱いで、腰に巻きつけている。上半身は白いシャツだけの姿で、細身なのに意外と厚い胸板が目につく。
「外は暑いぞ、ちくしょうめ……」
ぶつぶつ文句を言いながら、額の汗を拭う先輩。ちょうど休憩の時間も近いし、早速冷たいお茶でも、と席を立つわたしとティリアくん。
「はぁ……日焼けしちゃうわ……」
先輩の後に続いて、白い日傘をさした貴婦人のような格好のオーナー、マルボーンさんがお店に入ってきた。外の気温が高くなってきたのか、すこし元気がない。
「おかえりなさいオーナー、ランツ先輩。あの……どうでした?」
魔法道具で冷やしたカラス豆のお茶をカップに注ぎ、先輩とマルさんに差し出しながら、恐る恐ると尋ねてみる。
「おぅ。……喜べ」
「え?」
「魔法工房組合に、早速引き合いがきているらしいぞ。出入りの商人とか仲買人が興味をもってくれているようだ」
「本当ですか!?」
「あぁ」
「そうなのよー、娘さんの部屋にいいなーとか、若い女性とかに売れそうだ、とかね。これ、可愛いものねぇ」
金髪を後ろで一つに束ねたマルさんが魔法道具を手にとって、涼やかな笑みを浮かべる。
ランツ先輩は相変わらず怖い顔だけれど、わたしの見たところ、とても嬉しそう。眉根をわざとらしく寄せているのに、口元がニッともちあがっている。
「もうナルルはその路線でいけよ。ガラクタとかゴミとか食べ残しとか……。その辺から何か作る専門の魔法工術師を目指せよ」
フヘッと薄く笑い、意地悪な顔をするランツ先輩。
「酷い! なんだか聞こえがわるいんですけど!?」
「褒めてんだよ、ナルル」
「……あ!」
わたしはそこでハッと思わず息を飲んだ。先輩がわたしを「ナル」ではなく、ちゃんとナルルと呼んでくれていたからだ。
認めてくれたの……かな? 途端にぱぁっと視界が明るくなる。にょーん……と感情を隠せないエルフ耳が上を向く。思わずバッと両手で隠す。多分、顔は真っ赤かも……。
「でも、すごいね、ナル姉ぇ」
「う、うん! 本当に人気商品になったら……嬉しいね!」
思わずティリアくんと手を取り合う。
実は、今回の新商品『薔薇照明』の試供品を、大勢の人が出入りする魔法工房組合の商館に提供し、使ってもらったところ大好評。
とくに女性の職員さんがすごく気に入ってくれたらしい。
これはひとえに、オーナーのマルさんの力があってこそ。普通、実績のない新商品はなかなか置かせてもらえないけれど、試供品という形で提供したのが成功したみたい。
「お、ポスターもできたのか?」
「はい!」
「まぁ、なかなかいいわね! 絵はティリアくんね。あいかわらず器用ねぇ」
「えへヘ」
マルさんがティリアくんを褒める。いろいろと器用で丁寧なティリアくんは、今回の魔法道具の製造では、一番大事な『記憶石』への転写作業の補助をしてくれた。
わたしが転写作業をやると、時々不良品ができるので、ティリアくんに検品作業をやってもらうという二段構えの製造工程を採用した。
つまり、やっぱりわたしはまだまだ、半人前以下なのだ。
ランツ先輩はもちろん、ティリアくんが居ないと何も出来ないことを自覚する。
けれど、いつかもっと信頼されて仕事を任されるようになりたい! と、想いも新たにする。
ランツ先輩とマルさんがポスターを広げて、満足気に頷いている。
「魔法印刷屋さんには話しを通してあるから、複写して配っちゃいましょう」
「ナルル、ちゃんと忘却希望通りの住所と番地までいれてもらうんだぞ」
マルさんとランツ先輩が矢継ぎ早に指示を出す。こうなれば善は急げ。
「はい! じゃ行ってきます!」
わたしは、丸めたポスターを肩掛けカバンに挟みこむと『みのむし亭』を飛び出した。
途端にむっとするような熱気が路地の向こうから押し寄せてきた。夏を予感させる濃い空色と、白い雲がもくもくと湧き立っているのが城の向こう側に見える。
季節はもうすぐ夏。今日も暑くなりそうで、青い空がとても眩しい。
「今日も熱い……!」
空青を見上げて、眩しさに目を細める。暑さでエルフ耳が少し下がるけれど、もうそんな事は気にならない。
わたしは影と光が織り成す路地裏にむけて一歩、軽やかに足を踏み出した。
<第五話、完>




