失敗は成功のもと
ランツ先輩が訪れていたのは、教会の隣で看板を掲げている雑貨屋さんだった。
お店の名前は『フィノボッチ百貨店』。
百貨というからには凄い品揃えなのかもしれないけれど、外見はとてもそうは見えない。普通のお家と見た目は変わらない。
けれど案内看板がぶら下げられたドアを押し開けて、一歩足を踏み入れた途端。その店内の様子に、わたしとティリアくんは思わず声を上げた。
「う、うわぁ……!?」
「す、すごっ!?」
外見通りの狭い店内には、混沌が広がっていた。
5メルテ四方ぐらいしかない店内の壁という壁、すべてが商品の棚になっている。真ん中にもさらに二列、天井まで届くような棚が置かれ、人一人が通れるほどの通路が迷路のようになっている。
陳列棚には、これでもか! と言わんばかりに様々なものが並べられ、積み上げられていた。
「いらっしゃーい。どうぞご自由にー」
姿は見えないけれど、店の奥からやる気のない声が響いた。声の感じからすると若い男の人。確かランツ先輩の友達の店とか言っていたけれど、先輩も一緒に店の奥かしら?
「あ、はい……」
旧型の水晶ランプが天井から二つ三つ吊るされているけれど、店内は薄暗い。おまけに商品が多すぎて視界が悪い。お客さんの行く手を阻むかのように、陳列棚に収まり切らなかった商品が、所狭しと床の上にも置かれている。
「それにしても、何て品揃えなの」
「百貨って、たしかに凄いね」
「よくもまぁ詰め込んだものね……」
数は置いてないけど種類が凄い……! こんなお店初めてかも!
「すこし見てみようよ」
「うんっ」
わたしはティリアくんと店内を二手に分かれて探検する。
天井から紐で結ばれた服や下着、ズボンが幾重にも「のれん」のようにぶら下がっている。古く煤けた木の床には、農作業用の手袋やスコップ、斧、草刈り鎌、ロープに麻袋の束……。いろんなものが置いてある。
棚には乾燥した肉や魚、塩や黒砂糖の入った瓶が並べられ、いろいろな食材の塩漬けや、野菜の酢漬けも結構な種類が売られている。お料理には欠かせない香辛料の袋の種類も多く、ココミノヤシの実も置いてある。お茶にするカラス豆や、南国で採れるモロコシの実なんてものもあって驚く。
それと……飴玉や砂糖菓子、焼き菓子の入った小さな紙袋もある。きっと村の子が買いに来るのだろう。他にもノートや鉛筆、消しゴムといった学用品。石鹸に歯磨き粉に櫛。
あとは傷ぐすりとか大蛙の油とか……とにかく目の回るような品揃えに圧倒されてしまう。
「これが……村の雑貨屋さんなんだね!」
ちょっと感動するわたし。この村に来て一番、興奮しているかもしれない。
「ナル姉ぇ、これ見て! 王政府の役人バッチの……偽物を売っているよ!?」
「えっ、いいのそれ!?」
「『ドッキリグッズ』って札がついてる……。パーティ用だって」
「パーティのどういう場面で使うものなのかな」
「うーん……?」
使い方のよくわからない品物や、謎グッツなども置いてある。なんだか宝探しみたいでなかなか面白い。わたしとティリアくんは狭い店内をぐるぐると練り歩いた。
「あ、雑誌も売ってるのね……って、先月発売されたやつ?」
すると、店の奥から細い男の人が姿を見せた。青いヨレヨレのシャツに、適当にカットされた灰色の髪。見た目の年は若そうで、ランツ先輩と同じ20代前半ぐらいに見える。
一見すると魔法協会に出入りする魔法学徒さんみたいな雰囲気だけど、きっとこの人がお店の店長さんに違いない。
「いらっしゃーい。にぎやかだねー。何がほしいのかな……?」
男の人はあくびをしながらやってくると、そして私達を見て、目を瞬かせた。
「……あれ、君たちは……見ない顔だねー。……あ、もしかして」
他人を警戒させない穏やかで間延びした声で、私たちに話しかけてきた。
「あ、あの! ここに『みのむし亭』から、ガーラント・ランツという人が、来て居いませんか?」
「ボクたち、一緒に来たんです」
「ランツくんの後輩さんねー? あはは、こりゃまた可愛いお弟子さんだね。ちょっと待っててねー」
どうやら知っているみたいでホッとする。店長さんは店の奥の扉の方に戻っていくと、何やら扉の向こうへと声をかけている。
どうやら、その奥にランツ先輩がいるみたい。
「店の奥の部屋? ランツ先輩、何しているんだろう」
「魔法工房組合で開発した、新しい魔法道具を試すって聞いてたけど……」
「ふぅん……」
すると、店長さんが私達を「おいで」と手招きした。
狭いのでティリアくんの肩に両手を乗せて、一列になって向かってゆく。店長さんの立っている位置には小さな扉があり、暗い部屋がある。一瞬躊躇うけれど、奥からランツ先輩の声がした。
「おーい、ナル、ティリア来ていいぞ」
進もうとすると、店長さんはそこで一度私達を止めた。そして片目を閉じて唇に人差し指を当ててみせる。
「いいかい、この部屋のことは他には言わないでおくれよー?」
「あ、はい?」
「わかりました」
ティリアくんとわたしは同時に頷くと、通された。
その先の部屋は、窓が無いのに明るく新しい水晶ランプが灯されている。
わたしはティリアくんの背中ごしに室内を見回した。部屋の広さは5メルテ四方ほどで店先と同じくらい。机は壁際に細長いものが一つ。沢山のノートや記録用の紙が積み上がっている。
それよりも目を引くのは、床一面に畫かれた大きな魔法円。黒と赤の文字で複雑に描かれた呪文の真上には、天井から絹糸でぶら下げられた水晶が先端を魔法円に向けていた。
「あ、怪しい……」
「……わ?」
百貨もある店先も凄かったけれど、この部屋はなんだかヤバイ。
怪しい。あやしすぎる。雑貨店というのはきっとカモフラージュで、ここできっと何か良からぬことを企んでいる……なんてことは?
壁際のテーブルには魔法道具らしい小箱や、コンパスのような器具がいくつか置かれていて、そこにランツ先輩がいた。横に置かれた椅子に腰掛けて、何かの道具を調整しているみたい。
「な、何ですかここ……ランツ先輩」
「秘密基地!?」
「君たち……見たてしまったね……秘密を」
「ひゃあっ!?」
「わわっ!?」
真後ろから声がして、わたし達は思わず飛び上がった。声の主は店長さん。暗いドスの利いた声を後ろから浴びせてきたのだ。
っていうか、入っていいって言ったのは店長さんじゃん!?
「おい、ユイハール。俺の弟子を怖がらせんな」
「あっ? じょうだん、冗談だよーん!」
途端にえへっと、明るい声に戻り両手を上げる。ユイハール、というのが店長さんの名前らしい。けれど不信感は拭えない。
「い、一体ここは何なの?」
「ここは、王政府内務省、諜報部……フィノボッチ村支所さ……極秘の施設だね」
「その男の言うことは半分デタラメだ。特に前半部な」
ランツ先輩が呆れたように言いながら立ち上がった。わたしとティリア君は素早く先輩に駆け寄って、左右の腕にしがみつく。
「そんな言い方しないでおくれよー。てか、可愛いお弟子さんだね、いいなー」
「やらんぞ」
先輩のそんな言葉が嬉しいけれど、結局ここは何なのかしら。
「あはは、ここはね、かっこいいだろう? 魔法工房組合のフィノボッチ村支部さ。っていうと聞こえは良いけれど、僕が勝手にやっている趣味の魔法道具製作工房なんだ」
「なぁんだ……」
「でも、秘密のバイトもやってるけどね」
「秘密の?」
「そ。王都周辺に飛び交う、魔法……魔力波動の観測と、報告さ。結構良いお値段で買ってもらえるんでね」
難しいことを言う店長のユイハールさん。つまり、ここで魔力波動を観測して、それを記録するアルバイトもしているってことなんだ。
「あ……! そういえばさっき、村の広場に居た時、凄い波動が……ブワーって!」
「通り抜けた?」
「はい! あれ……何なんですか?」
「流石ランツのお弟子さんだね。魔力波動を感じ取れるなら、将来有望だ」
ユイハールさんはそう言うと、近くにあったノートを手にとって、付箋の貼っている場所を開いた。
「あれはね、この村に住む……とあるお方の発した魔力の波動さ。僕は探索波動って呼んでいるけれど。どうやらあれで、人間の位置や魔物の位置なんかを測っているらしいんだ」
「とあるお方って……賢」
確か村に住んでいるという凄い大魔法使いさんだ。
「しっ! 滅多なことをいうと、全部……見られているかもよ」
「そ、そんなに凄いの!?」
芝居がかった表情であたりを見回して、しっと唇を指で塞ぐ。どこまでが本当かはわからないけど、あの魔力波動はそういうものなのだろう。
「あはは。ま、この話題はよそう。ともあれ、あの波動は事前に魔物の襲来を予測するらしくてね。村の作物を荒らしに来る魔物、巨大イノシシや大ウサギを追い払うのに役立っているみたいなんだ」
「へぇ……!」
「じゃ、良い魔法使いなんだね!」
「そりゃそうさ。魔王大戦の英雄の一人だからね」
「どうもでもいいが、腕を離せよ」
「あっ……すみません」
ランツ先輩が、邪魔くさそうに私達の手を振り払う。そういえば腕をぎゅっと掴んだままだった。
「あ……あの。それでランツ先輩の魔法道具は、上手く実験できたんですか?」
少し照れながら机の上の魔法道具を眺めてみる。小脇に抱えられそうな木の箱で、正面には丸い穴があって、音声を発生させたり伝えるための、薄い皮が貼ってある。
「あぁ、ナルのお陰で想定以上の出来栄えだ。この新型の『会話水晶』は、10キロメルテ離れた王都との通信が楽々出来る。……これほど音声通信がクリアになるとは驚きだ」
「え? わたし? わたし……何か、しましたっけ?」
きょとんとするわたし。
はて? 最近、新しい魔法道具の製作なんて手伝っていない。『記憶石』の修理や、魔法の板金加工のお仕事ばかり。
あとは、お客様に納品する水晶球を壊したり、迷惑しかかけていないけれど……。
「……魔法の通信は、本来魔法使いが肉体から発する魔力の波動を、別の位置ある水晶片に共鳴させて音声伝播させる。その到達距離はせいぜい数キロがいいところだが、この新型は10キロ離れていてもクリアな音声で通信が出来るんだ」
ランツ先輩が説明を交えながら、四角い木箱の中を開けて見せてくれた。
「わ、すごい」
「へぇ……!」
ティリアくんと覗き込むと、魔法円の畫かれた箱の中に、割れた水晶が見えた。他には金属の留め金に幾つかの輝石。それらが魔法の回路を形成し音声を伝える魔法道具を形作っているみたいだった。
「あれ? でもこの水晶、割れてるね」
「ほんとだ、あれ……?」
確かに肝心な水晶球が割れている。しかもどこかで見た覚えが……。
「そりゃ、お前が先日、割ったあの水晶球の片割れだからな」
「え!?」
「びっくりだよねー。発想の転換、怪我の功名? 一つだった水晶を離して使うっていうのは、思いつかないよー」
店長のユイハールさんが笑顔で、パチパチと小さく手を打ち鳴らす。どうやら店長さんも、魔法工術師として仕組みを理解しているみたいだった。
「元々別々の水晶球を共鳴させようとしても、その効率は悪い。ところが、一つの水晶球として魔法力が籠められた状態のものを二つに割って、引き離すと……驚くほど容易に共鳴しやがる」
珍しくランツ先輩が興奮した様子で言った。
「ナルルねーちゃんの失敗が生んだ奇跡だね……」
ティリアくんが腕組みをしながらうんうんと頷く。
「ティリアの言うとおりだ。ナルの失敗が基になってるんだ」
「も、もーっ! 二人で失敗失敗言わないでよ!?」
なんだか褒められているのに嬉しくないよ!? 確かに先日、お客様に納める為の大切な水晶球を、一生懸命磨いていたら……手を滑らせて床に落として割ってしまったけれど……単なる失敗談に過ぎない。
しかもその時、ランツ先輩ってばガミガミ怒ったじゃないの。
「魔法工術師は、ひらめきと運も大切だ。ナルはそういうものを引き寄せるのかもしれないな」
「うぅ……複雑」
ランツ先輩が、わたしの頭をポンと撫でた。嬉しいけれど……本当の嬉しさじゃない。
わたしだって、いつかちゃんとした魔法道具を作って成功して褒められたい。
それが夢なのだから。
そう! ちゃんとした魔法工術師になって。道具を発明して、皆に使ってもらうんだ。
その時にちゃんと、ランツ先輩に褒めてもらおう。
――いつか、きっと、絶対に。
<第四話、完>




