秘密の休日
「わ! これ、おいしい……!」
わたしは焼き菓子を頬張るなり、つい叫んでしまった。
驚くと、ついエルフ耳が「ぴこっ」と動いてしまって恥ずかしいけれど、今はそんなことよりも焼き菓子の美味しさのほうが勝っている。
「ほんとだ、美味いねー」
ティリアくんもよほど気に入ったのか、半分ぐらい一気に食べてちゃっている。
確かに、村の広場の屋台で買った焼き菓子はとても美味しかった。
フィノボッチ村の特産品である『木苺のジャム』を、薄く焼いた小麦粉の生地でくるくると包んだお菓子は、小腹を満たすにはピッタリのボリューム。生地はフニフニと柔らかくて甘く、すこし甘酸っぱい木苺のジャムがいいアクセントになっている。
「あはは、美味しそうにたべるねぇ。良かった、気に入ったかい?」
屋台の元気のいいおばさんが、ニコニコとわたしたちに話しかける。
「えぇ、とっても」
「はい、美味しいです」
「可愛いエルフのお嬢さんに、赤毛の男の子……あらら? 王都から来たのかい?」
屋台のおばさんが鉄板のコゲをヘラで削りながら聞いてきた。今になってわたし達が村の子じゃないと気がついたみたい。
「はい。お仕事でこの村に用事がある先輩と一緒に来たんです。あ、わたし達はお休みなんですけど……」
「そうかい、いつも昼近くになると村の学舎の子たちが、わーっと一斉に大勢買いに来てくれるんでね。てっきり……。今は空いている時間で丁度良かったよ。あ、そうだ。遠くから来てくれたんだ、ちょっと焦がしたので良かったらあげるよ。どうだい?」
「え!? いえそんな……」
「子供が遠慮するもんじゃないよ。ほらほら」
「ありがとうございます! 頂きます」
そこはティリアくんが素直に、実に子供らしい笑顔でお礼をいう。こういうところは見習いたい。
屋台のおばさんは、端っこが少しだけコゲた焼き菓子を半分にカットして、わたしとティリアくん、それぞれ分けてくれた。
お礼を言って焼き菓子を二つ受け取るティリアくん。
「はい、ナル姉ぇが大きい方でいいよ」
ほんの少しだけ大きい方を私に差し出す。なんとも優しい心遣いは、将来いい男になりそうな予感がする。
「いいの? ってか太るし……」
「食べたそうな顔してるけど?」
「もう!」
ぷく、と膨れて見せつつも、ちょっと嬉しい。
「おやおや、いい弟くんだこと」
わたしたちの会話を楽しげに聞いているおばさんの目の前で、一口食べてみる。すると、これはこれで生地の香ばしさが増して美味しい。
「あ、パリッとして美味しい!」
「そうね! もういっそ、生地だけパリパリ食べたい……」
「おや、これまた意外な新メニューになるかもね」
上機嫌の屋台のおばさんと笑いつつ、ジャムの事を思い出す。
「ありがとうございますおばさん! あ……そうだ、この『木苺のジャム』ってどこで買えるんですか?」
オーナーのマルさんに頼まれていたのを忘れるところだった。屋台のおばさんならきっと知っているはず。
「気に入ったのかい? お土産にするのなら、広場の向こう側に見える通りを進んで、三軒目にパン屋さんがあるからね、そこで安く売ってるよ。そこは村長さんの伯母さんがやってる店で、評判もいいんだよ」
「わかりました! ありがとうございます、おばさん」
「なぁに、村の経済活性化のためさ、アハハ。また来ておくれよ」
「「はいっ」」
フィノボッチ村の中心部の広場には綺麗な水場があってベンチもある。焼き菓子を食べ終えて喉も乾いていたので、水を飲む。湧き水なのかとても冷たくて気持ちいい。
村の広場をあらためて見回すと、歩く人はのんびりしていて、急いでいる様子がない。
人々が大勢行き交う王都の大通りの雑踏や、薄暗い路地裏を走りまわるわたし達から見れば、まるで時間の進み方が違うみたいに思えてくる。
――こういうのんびりした所で暮らすのもいいなぁ。
そのためには、ちゃんとお仕事を覚えて、立派な魔法工術師にならないと。それでお金をしっかり稼いで、それで……こ、恋だってしてみたい。
これから、やることはまだまだ沢山ある。きっと立ち止まってなんて居られない。
けど、今日みたいな小休止の日があったって、いい……よね?
◇
「あー、買えた買えた。意外と大きな瓶でしかも安い!」
その後、パン屋さんを見つけた私達はフィノボッチ村特産の『木苺のジャム』を二瓶買った。
赤いジャムが大きな壺みたいな瓶に、たっぷり入って二つで金貨1枚! 王都で買ったら、この半分以下の瓶一つで金貨一枚とかで売られている。これはお安い。
「地場産品を産地直売だもんね」
「ティリアくん、難しい言葉知ってるのね!?」
「……そ、そうかな?」
瓶は麻布で巻かれていて、その上から手持ち用の紐でぐるぐる巻きにされている。手で持てるようにと、取っ手もあるので、二人で一つづつ持つことにする。
マルさんもきっと喜ぶはず。
お店を出ながら、ついでに買ったパンを頬張る。このパンも小麦の香りが強くて、外はパリッと香ばしくて、中はモチモチ! 凄い美味しい!
ってさっきから食べてばっかりな気がするけど……。
――村の周辺で採れた小麦よ、発酵も同じ土地の酵母。だから格別なの。
と、老夫婦のパン屋さんを手伝っていた、すごく綺麗なお姉さんが教えてくれた。確かセシリーさんとか呼ばれていた。
「お店を手伝っていたお姉さん、綺麗だったわよね……!」
「あ、うん」
金色の長い髪に、瞳は透明な青。肌は色白で……とても綺麗。長いワンピースで包まれた胸も大きかった。どことなく、メタノシュタットの貴族のお嬢様みたいな雰囲気で思わず見とれてしまったほど。
ティリアくんを何故かとても気に入ったらしく、焼きたてのパンを一つサービスしてくれた。
ていうか、ティリアくんは何処に行っても得する感じ。うーん何なんだろう?
と、その時。
――コォン……!
静かな波が空間を微かに揺らしていった。鋭く、けれど静かで、感じたこともない波動が、すごい速さで通り抜けてゆく感覚に、思わず足が止まる。
それは魔力を感じ取れるティリアくんも、同じだった。
「……今の、何?」
「魔力の……波動だよね?」
鋭く、金属を打ち鳴らした衝撃から、音だけを消したような……と言えばいいのだろうか。今まで感じたことのない波動。それは多分、魔法使いが放った何かの魔力らしかった。
村外れの方から放たれたということだけは辛うじてわかった。
「なんだろうね?」
「ランツ先輩のところに行ってみようよ」
「……そうね」
目的も果たしたし、ランツ先輩も何か魔法道具の実験をすると言っていた。
もしかして、それと関係があるのかもしれない。
<つづく>