見習い魔法工術師(マギナテクト)のお仕事
水晶のペンダントに顔を寄せ、じーっと中を覗き込む。
わたし――ナルル・アートラッズ――は、魔法工房『みのむし亭』の作業机に座り、小さな結晶とにらめっこをしていた。
「綺麗な結晶……!」
作業机の上には、水晶のペンダントが置かれている。金色の台座に嵌めこまれた水晶は小指の先ほどの大きさで、台座から細く上質な革の紐が伸びている。
淡い青色を帯びた水晶の内側では、小さな虹のような光が、キラキラと渦を巻いていた。まるで窓辺から差し込む朝の光を捕まえて、光の精霊が踊っているみたいに。
そう、この水晶は普通の宝飾品じゃない。
『記憶石』と呼ばれる、思い出を記憶出来る魔法道具。
まずは、楽しかった事や忘れたくない出来事を頭に思い描いて『記録』する。次にそれを握りしめて眠ることで、夢として『再生』し、見ることが出来るという素敵な石。
本来の用途は、『ゴーレム』と呼ばれる石や金属を使った人形を制御する為のもので、動きを記憶させる魔法の記憶素子として使われる。
けれど今から二百年ほど前、とある魔法工房の職人が機能を少しだけ変えて、「夢を見られる道具」として売りだしたのが始まりだと言われている。
そして、私の手元にある石はつい先刻、ご婦人が修理をして欲しいと持ち込んで来た物だ。
お客様の話では「急に夢が見られなくなった」ということらしい。
記憶を、まるで編み物のように焼き付けて作る『記憶石』は、結晶化されているので強固で、簡単に壊れるものじゃないはず。とすると、出力系の魔素回路が接触不良か何かで、動作していないだけかもしれない。
と、わたしは少ない経験から知恵を絞り考えた。
「台座から外して調べてみてよろしいですか?」
「はい、ぜひお願いします。『記憶石』が夢を見せてくれなくなったんです。大切な人との……思い出が入っていたのですが……」
ご婦人は三十歳ぐらいの奥様だ。ブロンドの纏め髪に色白の肌。普段着用のロングドレスに派手さはなく、清楚で品が良い。
お茶のカップを口につけて、心配そうにわたしの手元を見つめている。
ここには今、従業員であるわたしと修理を依頼するために来店されたお客様、二人しか居ない。
オーナーのマルボーンさんは組合の会合だし、ガーラント・ランツ先輩はティリアくんを連れて材料の買い出し中。
だから、わたしが接客をしないと……。
『みのむし亭』の店内を見回すと、奥行き6メルテ、幅12メルテ(1メルテ=1メートル)程。横に長く、作業部屋と事務室が一緒になっているワンフロアの構造。
お客様用のソファーとテーブルが置かれている以外は、全て作業用の道具や机で占められている。
壁には様々な工具が掛けられていて、壁の一面を占める棚には、製作途中や完成品の魔法道具が並んでいる。他にも、壺に車輪が付いた用途不明の道具や、削りだして使う為の「水晶クラスタ」という塊。赤や青の「輝石」と呼ばれる魔力を蓄える鉱石が所狭しと積まれている。
部屋の中央には、魔力伝達用ケーブルが繋がれた「甲冑」が鎮座して、なんとも不思議なオブジェのようになっている。
実はこれ、魔法工房組合から依頼された、調整中の動力甲冑--外骨格ゴーレムの一部らしいけれど、先輩に触らせてもらえない。
ちなみに、テーブル近くの床が濡れているのは、わたしがすっ転び、お茶を撒き散らした名残だ。
お客様にお茶を出そうとして、床に置かれた「ドリル付きの腕」に躓いたのだ。まったく、先輩も触ってほしくないのなら、ちゃんと片付けてから出かけて欲しいなぁ。
さて。
姿勢を正し正面の窓に目を向けると、そこからは路地裏の狭い景色ではなく、白くて綺麗なメタノシュタット王城が見える。
窓から見える景色の殆どは、大きな城の裏側と巨大な岩塊の基礎部分で占められている。太陽の光が差し込むのは、午前中だけ。
窓に顔を近づけて下を覗き込むと、城を囲む「お堀」が見える。そこには王都郊外を流れる雄大なメタノ川から引いた綺麗な水が流れている。堀は幅10メルテから5メルテ程の幅、城をぐるりと囲んでいるけれど、外敵の侵入防止というよりは生活用水として使われているのだとか。
つまり、私の働く『みのむし亭』の建物は、城のお堀の方へ突き出すような形で、まるでぶら下がるように建てられている。
城の北側に広がる『忘却希望通り』、裏路地の突き当たりで看板を掲げているこの店は、城の方から見ると、お堀にぶら下がる『みのむし』のように見えるらしい。
違法建築だろうとか言われるけれど、昔からこういう建物なのだがら仕方がない。
わたしは息をゆっくりと吸い込むと、姿勢を正し、手元の工具の先端に全神経を集中する。
魔法の仕込まれた水晶を、ペンダントの台座から外しにかかる。
――うむむ、硬い。
前かがみになって悪戦苦闘していると、サラサラとサイドの髪が頬にかかる。邪魔なので指でかきあげて、他人よりも少しだけ長い耳にかける。
こういう時はこの耳も便利だけれど、わたしはお母さん譲りの、この耳が嫌い。
……恥ずかしくて、嫌なんだよね。
森に住む美しいエルフ族。魔法と知性に長け、端麗な容姿と長い耳は、森の精霊と称される。
けれど、ハーフエルフは人間との混血だ。そしてわたしはハーフエルフよりも更に血の薄い、クォーターエルフという人種なのだとか。
だから魔力も何もかも中途半端だと笑われる。
歩いていると耳を人に見られている気がする。別にハーフエルフやクォーターエルフなんて珍しくないのに……。
お客様にも見られているかもしれないけれど、今は手元に集中する。
でも、この若草色の髪とエメラルドを淡くしたようなペリドット色の瞳は嫌いじゃない。もちろん、だれも褒めてはくれないけれど。
一つぐらい、自分を好きにならなきゃ可哀想すぎるから、そう思う事にしている。
カチン。
「よし!」
水晶を固定している留め具を、慎重に工具で緩めると、小さな音がして水晶が外れ 六角柱状の結晶だけになった。
結晶を裏返すしてみると、ペンダントの台座との繋目で隠されていた部分に、魔法の封印が施されているのが見えた。
すごく綺麗に丁寧に仕上げられている。
「丁寧な仕事だなぁ」
思わず感嘆する。きっと腕の良い魔法工術師による仕事だろう。
麦粒ほどの刻印をよく見ると、虫眼鏡でようやく見えるほどに小さな、極小の文字列がビッシリと書かれていた。
これは、魔法の力で書かかれたものだ。
わたしは、「魔法使い」という職業になれる程では無いけれど、ほんの少しだけ魔法の力や波動が分かる。魔力を見て、感じて、ある程度なら操作できる。
こればかりは、お母さんに感謝している。
わたしは、作業机のサイドから伸びる工具付きのアームを引き寄せると、倍率の良い虫眼鏡で文字を読んでみることにした。
そこには――『魔法工術師、トランスールによる仕事』――と、この水晶ペンダントを仕上げた職人の名が記されていた。
この界隈、工房や職人が多く集まる『忘却希望通り』では聞かない名だ。異国の魔法使いさんか、あるいは古い時代の人だろうか……。
けれど一流品なのは間違いない。俄に緊張する。
わたしは「見習い」魔法工術師。これ以上触れていいのかな、と迷う。
「あれ?」
更に文字列には続きがあり、こんな一文が記されていた。
――下を向いていては、虹を見つけることは出来ないよ。
これは、なんだろう?
魔法の呪文ではない。詩のようだけれど、持ち主に宛てたメッセージともとれる。
私は、謎の一文に思わず首をかしげた。
一度、作業机へ覆いかぶさるように曲げていた上半身を起こす。姿勢は正しくしろ! といつも先輩に叱られるけれど、つつい前のめりになってしまうのは悪い癖。
「それには……夫との、大切な思い出が入っているんです」
「……旦那様との?」
お客様の声に、私は向き直り耳を傾けた。
「先の大戦で遠征し……帰ってきませんでした。どうしても、あの人の夢を見たいんです」
先の大戦とは、魔王大戦と呼ばれる恐ろしい戦争のことだ。終決したのはつい1年ほど前のこと。
世界は落ち着きを取り戻した。けれど街角の吟遊詩人が唄うのは、悲しい歌だ。
--まだ血と涙で大地は濡れていて、悲劇の爪痕は残っている--
そろそろ、明るくて楽しい歌を聞きたいな。
「わかりました。でもその、えーと……。今は先輩、いや工房長が不在です。許可がないと、修理は出来ないんです。原因を調べることはできますけれど」
「それでも構いません、お願いします」
「は、はい」
私は、ご婦人の真剣な表情に気圧されるように頷いた。
――やっぱり直接、魔法術式を読むしかない。
修理は出来ずとも、仕込まれている魔法術式が正常かどうか、「読み取る」だけならわたしにも出来る。
「魔力糸を、接続……!」
わたしは手をかざし、指先から細い糸を水晶に向けて放った。それは水晶の表面へ、まるで煙のように揺れながら吸い込まれてゆく。
一見すると風に揺れる蜘蛛の糸に似ているけれど半透明。常に曖昧に形を変えながら淡い光を放っている。
これは、魔力を扱う者達の間では『魔力糸』と呼ばれている一種の霊的物質だ。
水晶に仕込まれていた魔法術式に、外部から魔力波動を与え刺激することで、仕込まれた魔法術式を読むことが出来る……とか言われている。
――教えて『記憶石』、どこが痛いの?
<つづく>
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次回は週半ばぐらいに、UP予定です!