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城の裏手の魔法工房(マーセナル) ~ジェネリック魔法道具はじめました!~  作者: たまり
三話 ◆ 自在の『魔装義手(マゴノテアーム)』
18/28

 隠された店『明日はどっち屋』とランツ先輩の師匠

 裏路地の闇から忽然と姿を見せた老人は、ランツ先輩の魔法の師匠だという。


「魔法が励起されたのを感じたんです。ハッキリと見えたわけじゃないんですけど」

「うん。ぼくも……少しだけ」

 どうやら、わたしとティリアくんは同じように感じていたらしかった。本職の「魔法使い」になれるほど魔力を宿さない半端者のわたし達だけど、存在を感じ、理解する事はできる。


「ほぅほぅ? それでも十分な資質じゃよ」


 そんなわたし達を見て満足そうに頷くのは、皺だらけの顔と白髪頭、白いあごひげが特長のご老人だ。手には古びた木の杖を持ち、年代物の灰色のローブを腰紐で結わえている。

 つまり――どこからどう見ても「魔法使い」といった風体。


「ヨーグリフト師匠は俺に魔法を教えてくれた先生なんだ。まぁ俺も魔素(マナ)……つまり魔力が足りなくて魔法使いにはなれなかったがな」


「なぁに。魔法使いになぞならんでも、ぬしは立派に手に職をつけて、こうして弟子までとって働いておるではないか?」


 ランツ先輩が師匠さんのお言葉に一礼をする。


「恐縮です師匠。あ、……そっちが俺の弟子のナルル。こっちがティリアです」


「こ、こんにちは」

「こんにちは」


「おぅおぅ? つい先刻、騒がしいので表通りに出てみれば、この子らの話で持ちきりだったぞな」

「あ、そうだ。さっきはその……ありがとうございました!」


 わたしは改めて頭を下げてお礼を言った。強盗が振り回すナイフに魔法をかけて「蛇」に見せかけて街の人達を守ったのだから。本当はお役人さんや街の人達に称賛されてもいいはずの行いなのに、魔法を唱え終えると、まるで煙のように姿を消してしまった。


「礼を言われるほどの事はしておらんぞな。……ワシもこんな風に老いぼれておらなんだら、怖い目に遭う前に気がついてやれたんじゃがのー。こっちこそすまなんだ」

「い、いえそんな!」


 思わず恐縮してしまう。なんだかとってもいい人だ。どこが偏屈ジジイなのだろう?


「こんな所で立ち話も何じゃ、ワシの店に来るがいい。用事もあるのじゃろうて?」


「ですね。この子たちを使いに出したのは、師匠の魔法で……」


「よいよい。こっちじゃて」


 ヒョコヒョコと上機嫌なヨーグリフト師匠が歩き出した。路地裏に滑り込み、進んでゆくのをランツ先輩とわたし、そして壺を抱えたティリア君が続く。


 黄色く染まり始めた細長い空を見上げたりしながら、しばらく歩き、二つほど奥まった角を曲がった。そこで師匠が足を止めた。


「ここじゃ」


「ここ? ここって……さっきティリアくんと走った道だよね?」

「ホントだ。でもお店なんてあったかな?」


 わたしとティリアくんは辺りを見回して首をかしげる。

 間違いない。ここは最初に声をかけてきた強盗から逃げようと走った裏路地だった。あの時は必死だったし、途中に逃げ込めそうなお店も見当たらなかった。もちろん今もお店らしい入り口なんて何処にもない。


「すまんのぅ……。実はこういうカラクリじゃ」


 タンッ、と杖の先で地面を突くと、水面を伝わる波紋のように魔力の波動が伝播した。それは地面を輪のように広がり、路地裏の狭い道から、剥がれた漆喰の壁へと登ってゆく。


「あ……! 扉!?」

「お店の看板もある!」


 魔力の波紋が通り過ぎると、ただの壁だと思っていた路地裏の道に凹んだ一角が現れて、一軒のお店の入口になった。四角い木の扉と、その上には看板が掲げてある。


 ――占星術と託宣の館『明日はどっち屋』


「ささ、入りなさい」

 私たち三人は、促されお店の中へ通された。中は狭くてごちゃごちゃと色々なものが置いてあり、紙や本が壁一面に積まれていた。

 香油ランプの明かりが一つだけ揺れていて、水晶球や魔法円の描かれたタペストリーと、いかにも占いをやるという雰囲気。


「師匠……こんなに店を隠しちゃダメだろう。難易度高すぎだ」

「この子らが逃げているのに気がついたら、魔法を解除できたんじゃが……と悔いておるぞな」

「それもそうだが、これでは客も来ないだろう? 店だなんて気が付かない」

 ランツ先輩も呆れたように言う。


「いいんじゃよ! 気が向いた時だけ開いておるのでな。まぁ、ワシの場合、小銭は商人の取引の手助けをして稼いでおるし、あとは迷い猫が相手じゃからのぅ」


 どうやら商人などの商売の悩み事相談で収入を得ているみたい。けれど偏屈というのは、こういうことなのねと納得する。


「幻の壁なんて見抜けないよ。……あれ? ってことは」

「幻ってことは、通り抜けられたんですか?」


 わたしとティリアくんは不思議に思い尋ねた。


「賢い子らじゃのー。その通りじゃ!」

 イシシと半分歯の抜けた笑みを浮かべるヨーグリフト師匠さん。


「なぁんだ……!」

 知っていれば、ここにサッと逃げ込んで強盗さんを出し抜くことも出来たのに。ランツ先輩が最初からしっかり教えてくれればこんなことには……。


「な、なんでそんな目で俺を見るんだよ?」

 ランツ先輩が口元をひくつかせる。


「別に。もういいですけど」

「いいですよもう」

「そこは悪いと思ってる……だから慌てて来たんだよ!」

「やっぱり!」

「先輩が認めた……」

「う……ぐ」

 わたしに続きティリアくんまで頬を膨らませると、流石のランツ先輩も少し焦ったみたい。慌てる様子が少しおもしろい。

 やっぱりランツ先輩が面倒臭がって、ちゃんとした説明をしてくれたなかったんだ。おかげで色々と人生の経験値が増えましたけど。


「ところでランツよ、この可愛らしいお弟子さんたちは『魔法使い』を目指しておるのか? それともぬしと同じ、『魔法工術師(マギナテクト)』かの?」


「『魔法工術師(マギナテクト)』です」

 わたしはハッキリと答えた。ティリアくんもコクリと頷く。


「ホホゥ、目的のあることは良いことじゃ。二人共真っ直ぐでいい目をしておる。望みは叶うだろうぞな」


「ありがとうございます。わたしは誰でも使えるような、便利な魔法の道具を作って生活に役立てたいんです」


「ふむふむ。良き心がけじゃ。……確かに、魔法使いになれるのは、ほんの一握りじゃ。強い魔力と加護を受けて、選ばれたものだけがなれる世界じゃ。何百万の国民が暮らすメタノシュタット王国でさえ、魔法の学舎には二百人もおらなんだでのう」


「そんなに少ないんだね」

 ティリアくんが驚く。

 それに、魔法高等学舎に入っても魔法使いになれない子もいるとか。わたしは……魔力不足で試験に落ちちゃったクチだけど。


「王国が認定した初級とか上級とか……正規の魔法使いは全部で千人程度だ。半分は王国軍で働いていて、残りは宮廷、あるいは魔法協会に所属しながら暮らしてる」


 ランツ先輩が腕組みをしながら静かに説明を付け加える。香油ランプの明かりが、ランツ先輩の顔の陰影を深くする。


「そうじゃの。ワシも元々は王宮勤めの魔術師じゃったよ。引退はしたが……魔法使いのまま世の中の役にはたっておらんぞな。ランツのように生粋の魔法使いではなくても、『魔法工術師(マギナテクト)』として成功するのも正しき道じゃ」


「……成功などしていない。俺はまだ、取り戻しちゃいないからな」


 ――え? 何を……取り戻すの?


 ヨーグリフト師匠とランツ先輩の話を聞いていて、ランツ先輩には何か、わたしの知らない秘密があるのだと悟る。

 このお使いは、義手の材料を集めるという目的があった。けれどそもそも誰が使うのだろう? そして、取り戻すという言葉の意味は一体……?


「ワシの魔法は所詮、偽りじゃ……。壁の無いところを壁に見せかけるのと同様、ランツよ……ぬしとて分かっておろう? 取り戻すことは出来なんだぞ?」

 深い溜息をつき、師匠は大きな革張りの椅子に身を沈める。


「それでも……、俺に出来る事をやるまでだ。さぁ! さっさと魔法を仕込んでくれ。ティリア、その『弾性樹脂(ラヴァ)』の壺を師匠に」


「あ、はい!」

 ティリアくんが抱えていた壺を占いで使うらしい机の上に置く。ヨーグリフト師匠は「やれやれ」と言いながら手を静かにかざし、呪文を唱えはじめた。


 手先から、圧倒されるような魔力が放射されてゆくのがわかる。本物の魔法使いの「魔力波動」の出力は、わたしなんかとは比べ物にならないほどに強かった。

 圧倒的な魔力の照射を受けて、壺の中身――南国産の『弾性樹脂(ラヴァ)』――に何かの魔法が仕掛けられたのが分かった。


「……これで良いじゃろう。この『弾性樹脂(ラヴァ)』を使った義手は、『認識撹乱魔法(イマジンジャマー)』の効果で本物(・・)()のように見えるよってな」


「そっか、義手を覆う材料自体に、魔法を施せば……!」

「あぁ。魔法が剥がれたり、消えたりしないで効果が長続きするんだ」

「なるほど、義手が出来てから表面に施すより、良いわけですね?」

「ナルもわかってきたじゃねーか」

「いや、はは」


 再びティリアくんの手に戻った壺を見つめながら、ランツ先輩が言う。


 金属の骨組みに、筋肉の代わりの魔法肉、そして……皮膚の代わりの『認識撹乱魔法(イマジンジャマー)』の掛けられたラヴァ。


 これで義手を組み立てる材料は全て揃ったことになる。


 わたし達は、こうして材料集めという目的を果たした。あとは『みのむし亭』にもどって組み立てるだけ――のはず。

 とはいうものの、今日はもう夕方。本格的な組み立ては、明日からのお仕事になりそうだ。


 ◇


 ヨーグリフト師匠のお店を出て、大きな通りに出ると路地はオレンジ色の光と、青黒い光の入り交じる時間へと変わっていた。

 家路を急ぐ人々の足元を照らすように、魔法の水晶ランプの街灯が灯されてゆく。


「帰ったら、マルさんが夕飯の支度してるよね……!」

 ティリアくんが、何処からとも無く漂ってくる夕飯の香りに誘われて、そんなことを言う。

「うん、そうだね」


 わたし達の『みのむし亭』は、住み込みで働くお店なので朝と晩のごはん付き。

 ちなみに、キッチンは作業部屋の上階にある。ダイニングテーブルもあって、小さな家みたい。くつろぎと団欒のスペースでもある。

 食事は、オーナーのマルボーンさん、ランツ先輩、わたしとティリアくんが交代で作っている。とはいってもごくごく簡単なスープとか煮込みとか、そういうものだけれど。あとは近所の広場の屋台で買ってきて食事の足しにしたりする。


「今日の食事当番、マルさんの番ね」


「……三人で外食していくか」

 ボソリ、とランツ先輩が言う。


「ダ、ダメですよ!? 御飯作って待ってるんですから!」

「えー?」

 ランツ先輩が口をとがらせる。正直、マルさんのご飯は味付けが微妙だったりする。トマト味の煮込みにお塩が入ってなかったり。いつも何かが足りない。何か哲学のような信条があるのかしら。


「ぼくはマルさんのご飯、美味しいと思うよ?」

「ティリアくん……やさしいね」

「え? なんで? ほんとうに美味しいけど?」


 キョトンとした顔のティリアくん。わたしとランツ先輩は顔を見合わせる。


「あいつの料理が上達しない理由が分かった……」

「ティリアくんが美味しい美味しいって食べるからよ!」

「え、えぇ!?」


<つづく>


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