下町の大捕物と本物の魔法使い
「あいつら、ナルルねーちゃんを怖がらせたんだ。許せない!」
「ティリアくん……」
ティリアくんは吐き捨てるように憤りを露わにした。きっと内心では怖がるよりもすごく怒っていたのだろう。普段は穏やかで怒る顔なんて見せない男の子だけど、熱い気持ちを内にぐっと秘めるタイプみたい。
頼りになる心意気に、思わずきゅん……とするわたし。
「うまく『護身石』を渡してやったんだ。……酷い目にあわせてやる」
「何のこと?」
「先輩から先日教えてもらったんだよ。『護身石』を動かす呪文はね、時限式で動かすことも出来るって」
ティリアくんが、ふぅ……と荒くなった息を整えて、いつもの静かな口調で言う。
「時限式……って、動かす時間を遅らせるって意味? じゃぁ、まさか!?」
「うん! 実はさっき、起動呪文と一緒に、時限動作の術式命令を『護身石』に、魔力糸で送り込んでおいたんだ」
悪戯っぽい色を瞳に浮かべると、にっと唇の端を持ち上げる。
「え!? そうなの?」
「じゃなきゃ、あんなお芝居しないよ」
「あ……そういうコト」
強盗から壺を奪われまいと抵抗している間に、そんな事をしていたなんて全然気が付かなかった。体を丸めて壺を守るフリをしながら、実は『護身石』に魔法を仕込んでいたなんて……。
「120秒後の設定だから……そろそろだよ」
ティリアくんがあの場で『護身石』を発動させなかったのは、前後から挟まれてしまっていたからだ。逃げる隙が無い状態で魔法道具を動かせば、その「悲鳴」で強盗たちが驚いて逆上する可能性だってある。きっとその事を警戒したからだろう。
だから一芝居を打って時間を稼いだ。
宝石のような見た目の『護身石』自体を渡すことで相手は満足し、逃げ出す事も出来たのだから、これはもうティリアくんの作戦勝ち。
そして『護身石』は決してタダで渡したわけじゃない。罠として、反撃の手立てもちゃーんと仕込んでいたってことなんだ。
「凄い、咄嗟にそんな作戦を思いつくなんて……!」
「えへへ」
改めてティリアくんを尊敬するわたし。
つまり、あの強盗たちがわたしたちから奪っていた物は、そのまま居場所を教える罠に変わる。
すると――さっきの裏路地から耳をつんざくような悲鳴が響き渡った。
『――ダレカアアアアアア! ヘルプ! ヘェエルプミィイイ! キャァアッ!』
以前よりもパワーアップした悲鳴は、歩いていた街の人達が、ギョッとして足を止めるほどの大音量で通りに鳴り響いた。
「なッ、なんじゃこりゃぁあああ!?」
「ミミッミミ、耳があぁアーッ!?」
路地から転がるように飛び出してきたのは、さっきの強盗二人組だ。柄シャツの兄貴と、ハチィとかいう手下の黒服男で間違いない。
『ダレカアアアアアア! ヘルプ! ヘェエエエルプ!』
「あああ、兄貴ィイッ! それ、捨てるッス! はやく!」
「マイガッ! 耳が……ミミガー!?」
焦る黒服男。けれど大音量で耳が変になったみたい。ガラの悪いシャツ姿の兄貴さんは、石を持ったまま通りの真ん中で右往左往するばかり。
おまけに大音量の悲鳴のせいで、あっという間に人だかりが出来て、何事かと強盗二人を取り囲んだ。
「なんだなんだ!?」
「あいつら……、最近この界隈に流れてきたゴロツキじゃねーか?」
「悲鳴があの石から聞こえているわ!?」
「悲鳴を上げる石……あれって以前、別の通りで見た事があるぞ……! 確か、どこかの工房の、女の子と男の子が持っていた魔法の石だ!」
「じゃぁ、あいつら盗んだのか!?」
「強盗か!」
色めき立つ住人たちや野次馬に、あっという間に壁際に追いつめられる二人組の強盗たち。顔は青ざめ、わたしたちを恐喝していた威勢はどこへやら。変な汗を垂らしながら、キョロキョロと逃げ道を探している。
「や、ヤバイッスよ兄貴ぃい!?」
「うぐ、ぉおおのれぇエェエ・・・!」
「それ、僕達のなんですっ……! そいつら強盗ですっ!」
そこでダメ押しとばかりに、ティリアくんが人垣の輪の外から叫んだ。
『護身石』の悲鳴は鳴り続けているけれど、負けないくらいの声で、思い切り叫んだのだ。
それが決め手となったみたい。
「なにぃ!?」「やっぱり!」「捕まえろ!」
「子供を脅すなんて最低の野郎どもだ!」
街の人達が気勢を上げた。わたしたちの所からでは、何が起こっているかは見えないけれど、激しい怒号と、もみ合う様子が聞こえてきた。
そして通りすがりの見ず知らずの女性や、近所の住人らしいおばさんが駆け寄ってきて、「大丈夫!? 怪我は!?」「可哀想に、酷いことされなかったかい?」と、心配そうにティリアくんやわたしを気遣ってくれた。
街の人達のそんな気持ちは、わたしたちにとっては凄く嬉しかった。お陰でドキドキしていた心臓も落ち着きを取り戻した。
「ありがとうございます……わたし達は、平気です」
けれど、人垣の向こうで悲鳴が上がった。
「ナイフだ!」
「危ない、離れろ!」
「――ッシャァアアコラァ! おのれらぁあ!? 近寄るんじゃねぇええ!」
どうやら黒服男がキレたらしかった。ナイフを取り出して周りを威嚇して、ギラリと光る刃物を水平、上下に振り回すのが見えた。
兄貴さんの方は諦めたのか、地面に丸くなって頭を抱えたまま動かない。一気に強盗二人組を取り囲んでいた人垣の輪が大きくなった。
と、その時。
――汝、手にした物は、毒蛇なり、子羊のように恐れ、震えよ。……曇り眼
短く、朗々(ろうろう)とした魔法詠唱が聞こえた。それは声であって、本当の声じゃない。呪文を唱えることで起こる魔法力の励起が波動となって、わたしが感じた「音」だ。
そして呪文詠唱が終わったかと思うと、黒服男が「ヒイッ!?」と悲鳴を上げてナイフを地面に投げ捨て、しりもちをつき後ずさった。
「な、なんだ!?」
「あいつ……ナイフを捨てたぞ!?」
「ひぃいい!? ヘビ!? なんで、ひぃいええ!?」
人垣の中心で黒服男は尻餅をついたまま顔を真っ青にして、手足をジタバタとさせながら、這うようにして兄貴のほうへと逃げた。
――幻惑の魔法だ!
「ティリアくん今の、魔法だよね!?」
「うん! きっとナイフを蛇だと思わせたんだ……」
わたしは大勢の人垣の中から、魔法を励起した本人を探す。それは難しい作業じゃなかった。目を閉じて魔法力の高い人を感じ取る。すると、数メルテ先にその人が、いた。
目を開けて姿を探すと……それは腰の曲がったおじいさんだった。灰色の目立たないローブを着た、本物の魔法使い。
――あの人だ!
「何でもいい、今だ、ふん縛れ!」
「おぉおおう!」
若い男性が数人で強盗を押さえつけたところで、二十メルテほど先の路地裏の道を、背の高い人がものすごい勢いで走ってくるのが目に入った。
「逮捕だぁああ! 強盗犯どもぉおお!」
遠目にも目立つワイン色の制服を着た人となれば間違いない。
「見て! なんちゃら監察官の……ミュッヘルさんだ!」
「王政府内務省特別税務監察官ね」
呆れたようにティリア君が笑うけれど、もう大丈夫。本物の『正義の味方』が悲鳴を聞きつけて全力疾走で駆けつけてくれたのだから。
「天下の裏路地で強盗騒ぎとは! 法と正義の番人たるこの私! 王政府内務省特別税務監察官、このシローヘッゼ・ミュッヘルが来たからには、一切の悪事……許さんぞ!」
ヒュッ! と腰のサーベルを抜き払うと、強盗たちに白刃を突きつけた。途端に沸き起こる拍手喝采と、大歓声。
これで二人組の強盗は完全に観念したみたいだった。
<つづく>