魔法の義手と、小さな謎
金属製の骨は、人間の手首から先の構造を精巧に模した物だった。
薄い金属板を丸めた部品を繋ぎあわせた指が五本、平たい「手のひら」の部分から生えている。そして自在に曲がる手首の部分は、何かと接続できるようなパーツになっている。
その構造は、学舎で見せられた『人体の仕組み』教本に描かれた模式図そっくりだ。
きっと、戦争や事故で手を失った人のための、義手なのだろう。
「すごい、金属でできた骨組みなんだね!」
「ランツ先輩が作ったのかな?」
「たぶんね」
関節部分はなんの抵抗もなく自在に動く。隙間を覗いてみると、ボール型の関節が埋め込んであった。指と指の隙間には、何かを引っ掛けるような小さな突起が無数に飛び出ている。
そして、意外と小さい。子供か女性の左手なのだろうか?
ティリアくんとわたしは、その精巧さと構造に驚き、顔を見合わせた。自分のお店の「お使い」で来たというのに、運んでいた物の正体を今になって知ったのだから。
ランツ先輩も意地悪をしないで教えてくれればいいのに……。
「ちょっと失礼するわね」
「あ、はい」
『干し革と魔法肉の店 ~ビヨン堂~』の店主、ナナリーさんは、金属製の手首を持ち上げると、いろいろな角度から眺めてゆく。
「指先の部品を作って組み立てたのは、きっとランツくんよ。彼は大型ゴーレムの整備も出来るけれど、魔法の工作器具を使って、『精密金属加工』も得意だものね。……いい仕事だわ」
「あ、えぇ……そうですよね?」
っていうか、ナナリーさんは先輩のことにとても詳しい。ちょっと……悔しい。
「手首の付け根と手のひらの部分は……違う工房の部材を使っているわ。負荷のかかる部分だから、特殊な金属に変えたのかしら? 以前より改良されているのね」
「以前……って前にも同じようなものを?」
「えぇ。去年だったかな? 同じような義手をね。まだ君たちは……居なかったのかな?」
小首をかしげて、わたしとティリアくんに視線を向ける。
「そうかもしれません……」
わたしとティリアくんは『みのむし亭』に来て半年ぐらいしかたってない。
「ランツ先輩もいろいろ部品つくっているけれど、こんなものまで作っていたんだね」
「うん。いろんな職人さんや工房と協力して作るんだね」
魔法道具の『記憶石』でさえ、水晶加工職人と魔法使い、最低でも二人の職人手が必要になる。義手ともなればそれなりに手間も、もちろん製造のコストだって必要になる。
一体……誰のための義手なのかな?
素朴な疑問が浮かぶ。
だって、わたしの知っている限り、義手を作って欲しいというお客さまがお店に来たことはない。でも、一年前にランツ先輩が作ったという義手の、交換用と考えれば、店に来ないのもわかるけれど……。
小さな「謎」に対する疑問が、わたしの心のなかで燻りはじめた。
「そうねぇ。『魔法工術師』は一人で全ての工程をこなせる人は居ないわ。分業制……なのは知ってるわよね? この義手はランツくんが基本設計、そして部材をあちこちの工房に発注したのね。そして集めた部品それを組み立てて、最後に魔法で調整するんだと思うわよ」
そう言いながら、傍らにおいていた『干し革』を一枚、手に取る。
ナナリーさんの言うとおり、魔法道具は多くの工房が、それぞれ部品を持ち寄って組み立てる場合が多い。工房ごとに得意な分野があって、分業と棲み分けをしているのだとか。
ナナリーさんも『魔法肉』や『干し革』を作る『魔法工術師』。
しかも、ランツ先輩とは気心が知れているみたい。だからランツ先輩はここに発注したのだろう。
「それで、わたしがランツ君に頼まれたのは……これ。『干し革』は魔法で動く人口筋肉の代わりになるの」
そう言うと、ナナリーさんは真剣な顔で、半透明の「リンゴの薄皮」のような『干し革』を、金属の指に取り付けはじめた。
よく見ると『干し革』の表面には、小さな番号が書き込まれていた。その番号に合わせて、指と指の部品の隙間から突き出ていた、小さな金属突起に引っかけてゆく。
作業をしながらナナリーさんは、「これは設計段階で、どこにどんな長さの『干し革』を付けるのか、きちんと決まっているのよ」と言った。
ギリギリ……と『干し革』を引っ張っては何枚も重ね、指の各関節の前と後ろ、それぞれを繋げてゆく。
じっと見守るわたしとティリアくんの前で、作業は黙々と続いてゆく。けれど時間にして僅か10分足らずだった。
「はい、できました。設計通り、ピッタリね!」
「あ、ありがとうございます!」
わたしは完成品を受け取りながら、お礼を言って頭を下げた。
ナナリーさんが笑顔になる。こうして、骨だけだった金属の手に筋肉がついた。
『干し革』という魔法の人工筋肉は、いったいどんな動きをするのだろう? わたしだって『魔法工術師』を目指すのだから、がぜん興味が湧いてくる。
「ナルルさんは魔法力、使えるのよね?」
「え? あ、はい。若干ですが……」
ナナリーさんが確認するように尋ねてきたのでこくり、と頷く。
「運ぶ途中で魔力糸で刺激したりしないでね。まだ調整していない状態だから、変な負荷がかかると、金属のフレームごと折れちゃうわ」
「えっ……!? は、はい!」
「ナルルねーちゃん、ホントに気をつけてよ。イラズラしないでね」
「しないわよ!? するように見える?」
「うーん」
心配そうにわたしを見るティリアくん。そんなに信用ならない!? って、確かにちょっと触ってみたいなーとはおもったけどさ……。
ナナリーさんはわたし逹の様子を見つめながら小さく笑うと、余分に作っていたらしい『干し革』に手を向けた。
「じゃ、見ていていね」
赤い繊維のような魔力糸がナナリーさんの指先から伸びた。その魔法の糸が『干し革』に触れた途端、ビクッ……ビクッ! と脈打つように収縮する。まるで生きているみたいに。
「わ、すごい!?」
「ミミズみたいな動きだね……」
「こんな風に魔力に敏感だし、結構力が強いからね。気をつけないと骨組みを壊しちゃう。その包み紙だって、外部からの魔力を遮断できる特殊な紙よね?」
「な、なるほど……わかりました。きをつけます!」
「ボクも全然知りませんでした」
「うふふ。素直でよろしい」
ランツ先輩のお使いには、いろいろな意味があったみたい。この包み紙にも、そんな役割と意味があったなんて知らなかった。
わたしとティリアくんは、店主のナナリーさんにお礼を言い、店を出た。
「エルフのお姉さん、またね!」
キラキラの目で見送るナナリアちゃんに、わたしは照れ笑いを浮かべながら手を振った。
◇
さて、次は……二軒目のお店に行かなくっちゃ。
「えーと、確か……このあたりだよね」
「ぼくもあんまりこっちの方は詳しくないよ」
路地裏をティリアくんと付かず離れず歩きながら、目的のお店を探す。
お城の北側に広がる路地裏は、まるで迷路のよう。
一歩足を踏み入れれば、長い時間を掛けて磨かれた石畳の風合いと、狭い道を行き交う人々の多さと活気、そして店先を眺めるだけでも楽しめる個性的な工房の種類に驚かされるに違いない。
金属を打つ音が絶えることのない鍛冶屋さん、こだわりの武器を作リ続ける刀剣工房。そして誇り高い『甲冑製作所』。
他にも、被服工房、宝飾工房、生薬の調合販売店、魔法薬の専門店……数えきれない。
そして、わたしたちの働く『魔法工房』と同じ看板を掲げるお店まで、実にいろんなお店がある。
「あ、ここだよね?」
わたしは路地を更に一本進んだ先で、そのお店を見つけた。
ランツ先輩のお使いメモには二軒目のお店として、記されていた場所。そこには、ピンク色の看板と、ハートの書かれたドアがあった。
――『南国パブ トコナッツ・ラヴァ』
「……え、えぇ!?」
わたしは思わず悲鳴じみた声を上げていた。
南国パブって……何? ていうかラヴァーって恋人って意味?
「ナルルねーちゃん……ここ、未成年が入っていいお店なの!?」
ティリアくんがわたしの腕を掴んで揺らす。
どど、どうしよう……。まさかここって……ランツ先輩行きつけの……えっちな……大人のお店!?
<つづく>