わたしとティリアくん、『お使い』へゆく
四つ目の道具 ◆ 自在の『魔装義手』
大陸随一の大国と謳われる大国、メタノシュタット。千年の歴史を誇る王都の中心に聳え立つ王城が、真昼の光を浴びて眩しいほどに輝いている。
「この時間のお城ってさ、純白に輝いて見えるよね」
「うん。光の具合で変わるけど、すごく綺麗だね」
わたしとティリアくんは思わず広場で足を止めた。そして、暗い路地と建物の上に浮かぶ、大きな城を仰ぎ見る。
この広場から見ると、大きな岩塊の上に建てられたお城は優美な姿と相まって、まるで空に浮かんでいるかのように、幻想的な姿をみせてくれる。
ティリアくんの言うとおり、天気の良い日のお城はとても綺麗で見飽きることはない。
午前中は空を映して青っぽく、昼間は雲のように白く、そして夕方になると黄金色に輝く。日没前はまるでニンジンかオレンジみたいな色に変わる。
「……ね、ティリア。あそこの屋台で『冷やしオレンジ氷』売ってるね」
「だね」
「ちょっと小休止、食べてかない?」
色合いのことを考えていたら、オレンジ色の「のぼり」が目についた。そこには『冷やしオレンジ氷、はじめました』と書かれている。
広場は直径およそ二十メルテほどの円形をしていて、中心には公共の水場がある。そこをぐるりと囲むように、様々な食べ物を売る屋台が並んでいた。
香ばしいスパイスの効いた串焼肉や、焼いた腸詰め肉を挟んだパンを売る屋台。他にも果物売りや野菜を売る屋台など、庶民の台所として重宝されるお店が沢山あり、活気に満ちている。
その中の一つが、『冷やしオレンジ氷』屋さんで王都の屋台名物の一つ。その名の通り、オレンジの果汁にミルクと砂糖を混ぜてコップに注ぐ。そして持ち手になる木の棒を入れてから『魔法の氷』を使って凍らせる、という氷のキャンディみたいなお菓子。
なんでも、戦乱が終わり暇になった魔法使いさんが、小銭稼ぎに『魔法の氷』を作って、屋台の人に卸しているのだとか。
棒に挿して売る『冷やしオレンジ氷』とか、季節によってはメロン氷とかブドウ氷なんてのも売っていたりする。
美味しそう……、食べたい。
今日の日差しはとても眩しくて、吹き抜ける風もなんだか温かい。そろそろ初夏になるのだろう。一年で最も過ごしやすい季節がやって来る。
「ダメだよ、ナルルねーちゃん。今は『お使い』の最中でしょ」
ティリアくんがきゅっと、わたしの袖を引く。
「うっ!? ……はい」
「もうっ」
年下のくせになんてしっかりした子。わたしは何も言い返せない。
確かに今は、ランツ先輩からの言いつけで、近所への『お使い』の最中だった。
肩から下げたポーチには、コッペパンほどの大きさの、油紙に包まれた謎の『部品』が入っている。
これを持って、ランツ先輩から教えられた順路に従い、あちこちの工房や店を巡る。「話は付けてあるから、行けばわかる」ということで、詳しいことは知らされていない。
そして最後に、この『部品』を工房に持ち帰るのが今日のお仕事らしい。
納品とも部品の仕入れとも違う不思議なお遣いに、わたしとティリアは顔を見合わせた。
けれど、ランツ先輩にしては珍しく、優しい笑みを浮かべ「何事も社会勉強だぞ」と言って、わたしとティリア君を送り出した。
二人で出来る事なのだから、きっと危険なことや難しい事ではないのだろう。
ちょっと謎めいた使いもだけど、頼もしいティリアくんと二人なら平気だし、なんだかワクワクしてきた。
「じゃぁさ、終わったら食べに来よう。それならいい?」
「……そうだね、急ごう」
わたしはティリアくんと一緒に歩き出した。大勢の人たちで賑わう広場を横切り、『忘却希望通り』の裏路地へと向かって。
◇
てくてくと二人で路地を進んでゆく。右に曲がり、左に折れ、そしてまた右。
ランツ先輩に手渡された『お使いメモ』に記された店は3つ。それらを順番に廻れば用事が済むという、ある意味簡単なお仕事……のはず。
「たまにはさ、王都の外にお出かけしたいなぁ」
わたしはティリアくんと、腕が触れ合うぐらいの距離で並んで歩きながら、四角く切り取られた裏路地の空を見上げた。
「どうしたの、急に?」
「いつも、わたしたちって路地裏駆けまわってるじゃない? たまには広い草原とか森の中とか、そういう場所を散歩したいなーって」
こんな感覚が時々沸き起こるのは、わたしに流れる森の民――エルフの血のせいだろうか。
王都の真ん中――それも『忘却希望通り』みたいな入り組んだ裏路地で暮らしていると、時々季節感がわからなくなる。
王都の周囲に広がる麦畑の葉色や、森の木々の変化など、ここにいて感じるのは難しい。
辛うじて、お城の周囲に生えている木々や、貴族様のお屋敷の庭に植えられている庭木の花や葉の移ろいで知ることが出来る程度だろう。
あとは、広場のアイス屋さんでもわかるけれど。
「ふぅん? 面白い物とかあるのかな?」
ティリアくんが紫紺色の瞳を、少し背の高いわたしに向ける。
「あ、あるよきっと! えぇと……珍しい動物とか虫とか、魔物とか……。えと、ティリアは色んなもの、見たくないの?」
向かい側から歩いてくる大人とすれ違うために、わたしはティリアくんの後ろに下がり、一列になる。相手とぶつからないように歩くのも、ここでのルール。
一応、男の人が前に立つのがエチケットなので、年下のティリアくんを前にして、両肩に手を添えて歩く。
「ぼくは、砂漠の国で暮らしていたから……こういう街の外は、砂漠だけだったんだ。だからちょっと想像つかないよ」
滅んでしまった砂漠の国、イスラヴィア。王都以外にも城塞に囲まれた街が点在していたというけれど、周りは砂ばかりだったのだろう。
「そっか……。ね、今度のお休みに、隣の村にでも行ってみようよ」
「えー、怖くない?」
こういうところは、なんだか子供っぽいティリアくん。わたしがリードして連れ出しちゃうのもいいかもしれない。
「へーき、平気。隣のフィノボッチ村までの乗合馬車なら、一時間ぐらいで着いちゃうし。美味しいものとか、珍しい物とかあるかもよ」
「ふぅん? じゃ、今度ね」
「うんうん」
わたしは再び横に並ぶと、ティリアくんの腕を引いて、ずんずんと歩く速度を上げた。
そんなこんなで、しばらく進むと最初の目的の店へ着いた。
――『干し革と魔法肉の店 ~ビヨン堂~』
「うへぇ……?」
「なに、このお店……」
蔦に覆われた店は、なんというか、怪しさ満点。
古びたドアの取手は、何かの動物の骨で作られている。壁から突き出た看板は、何かの革が巻きつけてあるという素敵なデザイン。
わたしたちの『みのむし亭』もお役人さんに、違法建築だ……! なんて言われているけれど、ここよりはずっと綺麗で、安心できる店構えだと思う。
ていうか、何を売る店なの? 魔法肉……って何? 干し革って、普通革製品って干してあるものじゃないの……?
次々に疑問が浮かぶ。
わたしとティリア、どっちがドアをノックするかでモメていると、不意に、内側からドアが開いた。半分ほど開いたドアからヌッと人影が顔を出す。
「わ!?」
「――お客さんなのー?」
それは意外な事に、可愛らしい女の子だった。
十歳ぐらいの背格好の、青っぽい髪に黒目が丸くて大きい。髪飾りが……骨だけど。
「わ、わたしたち『みのむし亭』の……」
「あ、あー。聞いてるよー。どうぞー。……お母さーん。お客さまよー」
わたしとティリアは顔を見合わせてから、店の中へと足を踏み入れた。
<つづく>
【作者より】
怪しい店の探訪となる新章開始です。