人になった死神8
昨日から高熱が出てて嘔吐、下痢、目眩と半端なく体調悪いので少し更新休みます。
ゴールデンウィークも最終日の昼、明はいつもの本屋に来ていた。
もちろん今回の目的はいつものゲーム…ではなく、勉強合宿と言う名の精神的苦痛の極致を避けるため泣く泣く参考書を買いに来ていた。
英語、英語さえなんとかクリアできれば希望はある…はず。こういう時どんなの買えばいいのかさっぱりだよ…。ただでさえお金切り詰めないといけないのに、なんでこんな苦行に他ならない様なものを買わなくちゃいけないんだろう…。
現実逃避をしながらどの参考書にするべきかと右にちょろちょろ、左にちょろちょろしていたら不意に人にぶつかった。
「グェ…。す、すいません!ごめん…なさい。」
カエルが潰れた様な声を出した後、急いで謝罪をいれ頭をあげると、そこには予想外にも北大路光が佇んでいた。
「げえ!きたおおじひかる…先輩。」
「うん?……………………?」
何故か首を傾げる北大路についつい釣られ首を傾げる明。
そして、たっぷり時間が経ってから北大路は「あ。」と言葉を漏らした。
「親友のあかり君じゃないか!いや奇遇だね!君に会えて嬉しいよ!」
嘘つけ!もしかしなくてもさっき私が誰かわからなかったんだろ!?なんて失礼な奴…。
「さて…僕の、ゴホン…私の親友の腰巾着の縁君は何処かな?」
「い、居ませんけど…。」
「一人で来てるの?」
「はい…そうですが。」
「なんだ…気を使って損した。それにしても人にぶつかって謝りもしないなんてなんて失礼な奴だ。気を付けたまえ。」
失礼なのはお前だよ!?いや、確かにぶつかった私も悪かったけど、謝ったの聞いてなかったのか!全く、こんなのを将来の相手に指名してくるとか神は一体何を考えてるんだよ!?
ムッスー…と膨れっ面になりながらも、とりあえず再度謝罪をいれてそそくさとその場を離れようとすれば、なぜか北大路に引き留められた。
「待ちたまえ、あかり君。ちょっとお話ししようじゃないか。時間はあるだろう?」
当然と言わんばかりにキラキラと光らせてそう言ってくる北大路に、明はズバッと切り伏せた。
「いえ、ありません。あなたに今生において使うような余分な時間は一切残っておりませんので、出来れば私に関わるのは来世以降でお願いします。」
「そうかそうか、来世まで話をしていたいか。だが、残念なことに私は君と結婚する気はないんだ。私に相応しい相手を選ばなければ両親も納得しないしね。」
人の話し聞けよ!?なんなのこの人!都合の悪いこと全部シャットダウンしたか、長文の聞き取りが苦手かどっち!?
前半…だよね。確認するまでもないよね。
「はぁ…。折角の休日だったのに…ついてないな。」
「なんだ?何か嫌なことでもあったのか?ゆかり君の弱点について話してもらうんだ、代わりに僕…私が相談に乗ってやらないこともないぞ?」
ボソリと呟いた言葉をこんな時ばかりあざとく聞き取り、とんでもないことを言い出す北大路に明は腹が立ってきてついつい口調を荒げる。
「バカ言わないでよ!例え知ってたとしてもなんで友達の弱点とかあんたになんか教えないといけないのよ!お断りよ!それにね、ついてないってのは…あんたに出会ったからついてないって言ったの!」
言ってしまった後、言い過ぎた…と早くも後悔して恐る恐る北大路の顔を覗くと、変わらずキラキラさせる笑顔でこちらを見ていた。
「フフフ。恥ずかしがり屋なのもいいが、時には素直にならなければダメだよ?それじゃあまるで私の事が嫌いのように聞こえる。」
あまりにブレない北大路に、ブチッ……。と明から何かが切れる音がした。
「いやいや、だからあんたの事が嫌いだって言ってるの。キライ、わかる?好意を持てませんってこと。」
突然異様なプレッシャーを放ちながら低い声でそう言いはなった明に、北大路は思わず一歩後ずさる。
が、言われた内容に遅れて気付いたのか、すぐさま明に詰め寄っていった。
「君、何処か頭おかしいんじゃないか?容姿端麗、頭脳明晰、家柄良しときて、誰もを惹き付けてやまないこの素晴らしい性格!これを嫌うなんてどうかしてる。」
「やれやれ…。惹き付けてるのはその容姿と財産に興味のある残念な方々だけですから。容姿や家柄がいいのか知らないけど、それに鼻をかけて他人のことを思いやることもせず、他人に興味はないくせにちやほやはされたいって見え見えなところが嫌。頭はいいのかもしれないけど、言ってることが薄っぺらくて浅はかな所も嫌い。」
「な、ななな…。ふ、不愉快だ!帰る!」
一度も面と向かって言われたことがなかったのか、顔を真っ赤にして怒り、ズンズンと階段へ向けて歩いていく北大路だったが、突如ピタリと止まる。
「本当に帰る!帰るぞ!いいのか!?帰るからな!引き留めても無駄だぞ!」
早く帰れよ!
明の心の声が届いたのか「フ…フン。」とチラチラと明を伺っていた顔をプイッと背け、今度こそ北大路は帰っていった。
フーッ、フーッ、と猫のように全身で威嚇していたのをなんとか落ち着かせ、ゆっくり深呼吸した後明は遠い目をした。
や、やっちゃった…。どうしよう。
内心焦ってはいるもののどうしたらいいかわからずそのまま立ち尽くしていると辺り男性からパチパチと拍手が鳴り出した。
それは次から次へと連鎖していき、最後には明の周囲の人達(男)全員から褒め称えられていた。
「いやぁ、スッキリしたよ。」
「ああいうのは一度は鼻っ柱折ってやらなきゃ分からないからね。良く言ってくれた!」
「カッコよかった!」
なななな、何に事!?何この空気!?て言うか…全部見られて…
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
明は走った。ただひたすら走った。恥ずかしさにいたたまれなくなりその場から脱兎のごとく逃げ出し、駅へ走り、電車に乗り、自転車を漕ぎ、自宅へ着いてやっと思い出した。
私、参考書買いに行ったのに何も買ってない…。因果応報…。今度会ったら少しは優しく………出来たらいいな。
明はしょんぼりしながらテレビをつけ、コードを繋ぎ、電源をいれ、コントローラーを握った。
勉強は明日から頑張ろう。
あ、カップラーメンのお湯沸かさなきゃ。
その日、バイトの時間まで明はずっとゲームをして過ごしたのだった。
翌日、学校に登校していると門の前で人だかりができていた。
なんだろ?なんかあったのかな?
少しずつ近付いていくにつれ、その人だかりには女生徒しかいないことに気付き、嫌な予感に顔を少ししかめる。
すると、やはりと言うか何と言うか、女性達から頭一つ抜けて背の高い金髪の男が中心に立っているが目に入った。
そう、北大路だ。
北大路は、昨日識別できなかったのが嘘のように群衆の中から明をめざとく見つけ、盛大に眉にシワを寄せこちらを睨んだ後、フンッ、と顔をわざとらしく背け校舎に向かって歩いていった。
……何あれ?ちっっっっっっさ!器が小さいにも程があるよ!もしかしなくても昨日一日ずっと根に持ち続けて、朝になってもまだ根に持って態々あそこで待機してたわけ?
ハンッ!こちとらあんたのせいで参考書買えなかったって言うのにどんだけ小さい男なのよ。
自分もかなり小さいことに根を持っているのだが、自分の事は往々にして気付きにくいもので、例外に漏れず、明は気づくことなく下駄箱に歩いていくと、そこには肩を下駄箱に預け、寄りかかった状態で誰かを待ち伏せしている北大路が居た。
うわ…。本当に小さいなこの男。
謝るなら今の内だぞ、と言わんばかりにこちらをジッと見つめていたが、明は敢えて北大路に声を掛けることなく、そこには何もなかったと言わんばかりに階段を昇っていく。
そして、階段の中腹で止まり、フッと勝ち誇った顔を浮かべながら北大路に振り返るが、既にそこに北大路はおらず、意味深な行動を取った明に生徒達の注目が一心に集まるのみだった。
フ、フフ………ちくしょぉぉぉぉぉぉ!
「ゆかちゃぁぁぁぁぁん!」
教室に入るなり明は縁に抱き付き顔を胸に押し付ける。
つい最近似たことがあったので、動揺も僅かに、縁は明の背中を撫でながら落ち着かせる。
「因果応報…因果応報だったんだよ!うぅぅ…。」
「何?何があったの?起、承、転、結の結のみ話されてもさすがに分からないわよ?」
「うぅぅ…ごめん。実はね…」
そして明は話した。
昨日北大路に会った時からさっき起こった悲劇、というより喜劇を。
「へえぇぇ。じゃあ、あかりはこの大型連休の間に勉強を全くしてないのね?」
いつもの穏やかな雰囲気が成りを納め、口こそ笑みを象っていたが、目は完全に笑ってなかった。
お、おや?なにかなこの雰囲気は?
「日中は暇だったはずよね?バイトなかったんだもんね?」
何故バイトのことを知っている!?いや、それよりもこの状況を何とか…
「誤魔化そうとかしてる?」
ヒィィィィィ!?完全に読まれていらっしゃる!?
「ご、ごめんなさい!福引きで当たったゲームが意外に面白くってつい誘惑に負けてしまいましたぁぁぁあ!」
明の生存本能が、日本古来から伝わる伝統の、最上位の謝罪を選択し、体はその選択に見事なまでに従っていた。
そう、所謂土下座手ある。
「「ここまで見事な土下座は初めて見た…プッ、ククク。」」
いつもなら小バカにしてくる双子に喰らい付く明だが、今そんなことをしてこの場をやり過ごせば、間違いなく待っているのは地獄の勉強合宿なのは確実と、経験により導き出していたため完全に
くそぅ…後の体育の授業であのホモホモ兄弟は弄り倒してやる。今日から始まる球技大会の練習。あの体力で上手いわけがない!ムフフフ。
完全に…は、スルーできてなかった。
「「なんか進藤さん気持ち悪い顔になってるけど、いいの?まだ叱られてる最中じゃないの?」」
双子の指摘にビクッ!と体を震わせ、恐る恐る縁の顔を覗くと、珍しく縁がボーッとした表情をしていた。
「ゆか…ちゃん?」
「あ、ああ。そう…ね。まあ、まだ時間はあるしまだ合宿はしなくていいんじゃないかしら?」
「ありがとうございます!今後は気を付けます!ですので、どうかどう…か」
「……進藤明。何をしている?」
チャンス!と思い土下座をしたままペコペコと何度も頭を下げていたら、いつの間にかホームルームのために来た永見に酷く冷たい目で見下ろされていた。
「せ、席に戻りまーす。」
その日のホームルームは、双子の爆笑がいつまで経っても止まなかったため、いつもより一分遅く始まった。
ピィー。キュッ、キュキュ、パァン!
「キャァァァァァ!」
本日六時限目。体育館の中は黄色い声援で埋め尽くされていた。
体育は基本他クラス合同でやるのだが、一組だけは普段は一クラスのみでやっている。
だが、今日は球技大会の練習も兼ねてとのことなので、一、二、三組の三組合同の体育となっていた。
一組は学年の中で最も成績の優秀な者達が集まっているクラスと言うこともあり、運動自体あまり得意な者達が少ないのだが…。
ピィー。キュッ、キュキュ、パァン!
主審がサーブの合図の笛を鳴らすと同時に、秋雨流がボールを放り、助走をつけバックラインギリギリで飛び上がり、空中に投げ出されたボールの真芯を捉え、打ち付けられたボールは勢いよく敵チームのコート角へと決まる。
「退屈だね…。ねえ、ながれ?」
「本当…。弱すぎてお話しにならないよ。なあ、りゅう?」
決める度に二人は手と手を絡み合わせ、額を合わせ憂いた表情で溜め息を漏らす。
その光景を周囲の女子達が歓喜の声を体育館に響かせる。
「「まさかあの程度のボールもとれないなんてね。ねえ、体力と力には自信のある進藤さん?」」
ム、ムカツク…。
双子は体力こそなかったが、運動神経は高く、身長も高いためバレーでは一、二、三組の中では抜きん出て上手かったのだ。
男女混合の六人制のバレー。
それが今年の球技大会の内容だった。
そしてメンバーは、藤堂縁と同じクラスの女子生徒二人。秋雨兄弟と同じクラスの男子生徒一人での六人。
体育自体は練習のために合同でしているが、球技大会はクラス対抗なのでクラスの男女三名ずつを選出するのだが、明はバレーでは補欠だった。
一応初の練習と言うことで、現在メンバーを選出する為に実力を計る意義も兼ねての練習だったのだが、明は即補欠に回された。
何故なら…
ボールが来た!「ヌラァァァァ!」スカッ。テンテンテン。
こ、今度こそ!「ふおぉぉぁぁぁ!」スカッ。テンテンテン。
い、今のは練習よ練習!さーてと…お?次は私のサーブか!
ピィー。ポイッ。スカッ。テンテンテン。
「「「「「「…………。」」」」」」
初めこそ、クラスメートもドンマイやら気にしないやらと声を掛けていたのだが、中盤にもなると、あまりにも不憫な逆方向へ伸びたベクトルに誰もが目線を合わせてくれなかった。
「いっそここまで下手だと清々しいよ。なあ、りゅう?」
「そうだね。一種の才能だと思うよ。ねえ、ながれ?」
そのあまりな姿にさすがの双子も途中からフォローにはいるほどだった。
「フォローになってないわ!?」
「大丈夫よあかり。」
「ゆ、ゆかちゃん…。」
いつも優しい親友が優しく微笑み明を慰め
「あかりが応援してくれるだけで私は百人力よ!」
るつもりで、明にとどめをさした。
「……。」
「「だ、大丈夫だって。進藤さんサッカーではキーパーじゃん。所詮学校のお遊びサッカーだし、身体張れば万事問題ないから才能なくてもできるよ。」」
※双子はこれでも慰めています
「そうよ!あかりはキーパー得意じゃない!中学校でも来るボール来るボール全部弾いてたし。」
「え、えぇー。あ、あれは勝手にボールが吸い込まれるように顔に来てただけで、私はただ立ってただけでなにもしてないよ。」
縁の第二弾のフォローはうまくいったらしく、明の機嫌が僅かに浮上する。
「「アハハハハハ!なにそれすげえ!突っ立ってたけだでとかもう神じゃん!うちのクラスのサッカー無敵の守護神で勝ちも同然じゃん!アハ、アハハハハハ!」」
※一応双子は慰めているつもりです
「そうよ!あかりは中学校の時にキーパーとして高校の推薦が来るくらいにすごくって、伝説の顔面キーパーって有名だったんだから!」
「「ギャハハハハハハハ!なにそれカッコ好す過ぎ!もう乙女として終わってんじゃん!アハハハハハハ!」」
※慰めていません
「ぶっ殺す!」
明が顔を般若のように変え、フローターサーブの要領でボールを打つと、何故か見事双子に向かって飛んでいった。
「「す、すげえぇぇえ!顔面キーパーの起こせる奇跡じゃん!アハハハハハ!一回もまともに打てなかったのに、アハ、アハハハハハ!」」
ボールを持って追いかける明と、それから逃げ回る双子をよそに、クラス名と一同の心はシンクロしていた。
藤堂さんって…進藤さんが絡むとたまに実は馬鹿なんじゃないかなって思うよね。
三人が追いかけっこしている様子をやや羨ましそうに眺めている縁に対して、クラスメイト全員が抱いた感想だった。






