人になった死神7
遠足も終わり、明日からは長い長い休み。
ゴールデンウィーク。
福引で当たった『御姉様とあの鐘の下で』というタイトルのあからさまな百合シリーズをやり進めているとき、両親からの着信を知らせる音が響いた。
無料で貰ったわけだし、あまり食指が動かなかったが他のゲームを進めるよりはこっちを先にやって、後で美味しく他を楽しもうと思っていたのだが、中々面白かったので取敢えず全員攻略してしまおうとやっている最中の事だった。
珍しいな、放任主義のあの人達からメールが来るなんて。
そう思いメールを開くと、文面は今年のゴールデンウィークの予定を完全にぶち壊してくれるものだった。
『ヤッホーあかりちゃん!元気にしてる?僕たちは元気だよ。今はアフリカの奥地のコルトワ族の所に来てお仕事してるんだけど、ちょっと困ったことになってね。ママが株にちょっと失敗しちゃって今月ピンチなんだ!テヘ。パパがなんとか愛するあかりのためにまた仕送りできるように頑張るから、今月はなんとか凌いでね。おやすみなさい。』
『追伸 ママはあかりの事信じてます。』
ふぅっ…と溜め息を吐き、長い時間ゲームをすると眼が乾くことから、常備している目薬を机から取りだし両目に点眼する。
眼を何度か瞬かせた後、しっかり眼を擦りゲームの画面を見ることで焦点はしっかりあっていることを確認する。
「よし………。」
そして、再度携帯画面に眼をおとし
「ノーォォォォォォォ!」
ただただ叫んだ。
このゴールデンウィークは買ってきたこの子達で面白おかしく過ごす予定だったのに…。
父さんも母さんも軽いよ!本来メチャクチャ重い内容だよ!?………はぁ…。しょうがない…急だけど大丈夫かな…。
メール画面を閉じると、明は深い溜め息を吐きながら電話を掛ける。
「あ、もしもし。伯父さん?お久し振りです。え?ええ、そうなんですよ………。本当ですか!?ありがとうございます!はい、はい。はい!じゃあ明日の夕方から、はい。お願いします。はい、はい。失礼致します。」
話は通っていたってことは計画犯…か。
おのれ父、母めぇぇぇ…。
はぁぁぁ。明日から、頑張るかな。
深い深い溜め息を吐き、明は取敢えずゲーム機のコントローラーを再び握った。
ゴールデンウィーク初日の夜。
世間では旅行に行ったり、恋人と過ごしたりと浮かれているが、学生である俺には恒例の稼ぎ時としての期間だ。
特に、こういった大型連休だとバイト仲間たちも休むことが多く、給料に色が付く。
とどめに、俺がいつもバイトに行ってる居酒屋は特に繁盛してるわけでもなく、固定客がお金を落としていってくれているお陰で成り立っている様な店なので、全然忙しくない。
謂わば隠れ家的な店だ。
今日もやたら派手な化粧をした香水臭い女と俺、そして店長の三人で店を回して行くのだと思っていたのだが。
「え?今日臨時のバイトが入るんですか?急遽?」
「ああ、突然で申し訳ないんだけど山崎くんにフォローをお願いしてもいいかな?もちろん福ちゃんにもお願いね。」
福ちゃんってのは先程言っていた化粧のケバい女子高生、福永だ。
下の名前は忘れた。興味ないし。
それにしてもゴールデンウィークの間だけのバイトなんて全く必要性を感じないのになんでまた…。
そんな風に考えているのを気付かれたのか、店長がニカッと豪気な笑みを浮かべる。
「大丈夫!今日はいつもと違って忙しくなるから。彼女が来るといつもそうなんだ。」
なんだそりゃ?…っ!?もしかして…スッゴい美人とか?
道を歩く度に人を惹き付けるような漫画みたいな現象を起こすような人物が来るのか!そう思っていた時期が俺にもありました。
「どうも、短い間ですがお世話になります!進藤明と言います。よろしくお願いします。」
……ん?誰これ?あれ?目も覚めるような美人さんは何処へ?て言うか本当にこれ高校生か?
「キャハハ。なにこの子?中学生?店長ー、中学生のバイトは禁止ですよー?捕まっちゃいますよー、アハハハ!」
「ああ、大丈夫、その子は間違いなく高校生だから。あかりちゃん今日はよろしくね!」
福永がウザいしゃべり方でキンキンとさせる笑い声をあげながら爆笑していると、いつもの豪気な笑みではなく、ヘニャリと表情を崩した店長が進藤とか言うやつを紹介した。
て、店長まさか…援交!?え、そういうこと?だからこんなの雇って…。
「伯父さん。今回は本当に有り難うございました。本当に助かります。」
「いいのいいの。姪を助けるなんて叔父冥利に尽きるってね!それにしても孝のやつ、いつもいつもこんなにかわいい子を一人にして…今回だって急にあんな連絡寄越すし。困ったことがあったらいつでも言うんだよ?」
不謹慎なことを考えていたが、どうやらこの子は店長の姪に当たる子らしい。
そういえば店長と同じ名字だったね…ごめん店長。もしかして店長はロリコンなんじゃないかと思ってた。
そろそろ開店だし、固定客ならそろそろポツポツと来はじめる頃だ。
時間が少しはあるしと、進藤さんに少しバイトの流れを説明したがまるで使えなかった…。
福永は男相手じゃないとまともに働かないし、男でも女連れだとこれまた動かない。
普段であれば問題ないのだが、流石に足手まといも居たんじゃ俺の心労ばっかりが増える。
覚えが悪い進藤さんにイライラしてしまい、ついきつい口調で言ってしまうが「はい!頑張ります!」と元気に答えが返るばかりでやはり覚えるスピードは遅い。
真面目なのは良いけど、それだけじゃあな…と考えていたら最初の客が入ってきた。
「いらっしゃい…ませ。」
いつもなら明るく元気に爽やかにをモットーに掛け声をかけるはずなのだが、予想していた常連さんではなく、恐ろしく強面の黒服と黒いサングラスを着用した方々だった。
うわぁ…ついてないな今日は。でも、サングラスでよくわからないがパッと見て全員そこそこ容姿が良いように見える。
こう言うときは…。
「御注文お伺いしますぅ。」
…早いな。まあ今回は素直に福永の男好きがありがたい。
ケバいが、一般的には割りと美人らしく、あの猫被りでよくTEL番をゲットしているのを知っている。
とと、見てるだけじゃなくて俺も仕事を
「あかりちゃん、水とおしぼり持っていってあげて。」
「はい!」
ジーザス…。店長よりにもよってなんでその子に。
トレーを持ち慣れてないのか水が跳ねているのが端から見てわかる。
何が琴線に触れるか分からないその筋の方々に明らかなミスチョイス…。
然り気無くトレーを奪い布巾でコップの底を気付かれないように拭き取り、長年培ってきた営業スマイルで水とおしぼりをテーブルに並べ、目配せをして進藤さんを厨房に呼んだ。
いや、呼んだつもりだった。
何を勘違いしたのか、進藤さんは男達のテーブルに行きさっき福永が聞いたばかりと言うのに注文を取りに行った。
止めて!助けて誰か!
もう確実に男達の琴線に触れるだろうと思っていたが、男達は一瞬戸惑ったように見えたが、進藤さんは生ビール四つ注文をとってきた。
え?…さっきも頼んでなかった?まさかの重複!?ヤバイ…これはヤバイ!このままでは四人に対して八つの生がテーブルに並んでしまう。
急いで謝りにいこうと思ったが、空気を読まない福永がいつも以上にてきぱきと生をテーブルに四つ運んできた。
「あ、あれ?生ビール…もう頼まれて…。ご、ごめん」
なさい。と続けるつもりだったのだろう。だが、その言葉は福永に遮られた。
「バカじゃないの!?なにやってんのあんた?生はさっき注文取ったんだから重複しちゃうでしょ?そんなこともわかんないの?やんなるわ…すいませんね、この子新人で。」
いつもの出来る女アピールで、なんとお客の前で進藤さんを叱り始めた福永。
バカはお前だ!そういうのは客前ではやらないで厨房に引っ込んでからやるんだよバカ!
心の中で福永を罵倒していると、黒服の方々が福永に睨みを利かせ黙らせた。
「おい、嬢ちゃん。俺たちは生が二杯ずつ飲みたくて頼んだんだよ。こんなとこでサボってねえで仕事しろや。」
「え、あ…も、申し訳ありません。ただいまお持ちいたします…。」
少しいい気味とか思ったが、これであの女は二度とあのテーブルにいきたがらないだろう…。あいつはそういうやつだ。つまり、仕事が増えた。最悪だ…。
急いで生を四つ追加でテーブルに運ぶと、男達のビールはまだあまり減っていなかった。
あれ?最初は一気飲みするから二杯ずつ頼んだのかと思ったけどそうでもない?…わからん。どうでもいい。
「御注文はお決まりでしょうか?」
さっさと何を食べるか聞いて、気持ちよく飲んでもらって、さっさと帰ってもらう。これしかない。
幸い店長の料理の腕は天才的だ。
長く固定の客を捕まえるだけはあるのだ。
食べてしまえば、彼らも特に機嫌を損ねたりはしないだろう。
リピーターにはなるべくなってほしくはない。
そうこうしていると、いつもの常連さんがやって来て、これまたいつもの定位置に着く。
そこは猫かぶりの福永が対応してくれるらしく、俺は次に入ってきた客に声を掛けようとしてまた同じミスをしてしまった。
「いらっしゃい…ませ。」
今度は最初の客とは違いゴツい印象はないが、これまた黒服の黒いサングラス。加えて刃物のような雰囲気を持った奴等が入店してきた。
今日もしかして近くでヤクザの集まりでもあったのか!?いや、この子が来たらやたら繁盛するとか言ってたし、この子がまさかその御落胤!?
いやいや、ない。こんな平凡を絵に書いたような無害極まりないちんちくりんがヤクザの子供な訳がない。そもそも、知り合いって感じではなかったし。
男のみの五名の来店だったので油断していた。
てっきり福永が率先して注文を取りに行ったり水やおしぼりを出しに行くと思っていたのだが、完全に当てが外れた。
どうも最初の黒服連中の事でまだ腹を立てていたみたいで、進藤さんに対応をしに行かせたのだ。
ハラハラしながら見守っていたら、緊張をしていたのだろう、進藤さんはギャグ漫画のように自分の足で足を引っ掻け転………ばなかった。
通夜のように暗い雰囲気でテーブルに座っていた黒服の一人が、転ぶ寸前で進藤さんを支え、手放して落下しようとしていたお盆とおしぼりをもう一人が、残る三人は空を舞うコップをしっかりとキャッチしたかと思うと一滴も漏らすことなく水を空中で掬って見せた。
「大丈夫かい?怪我はない?」
「あ、はい。ありがとうございました。」
優しく声をかけると、危ないから僕たちが運ぼうね。と柔らかく微笑み、お盆を進藤さんに返すとおしぼりと水を自分達で運んでいった。
すると男達の携帯が同時に鳴り、メールを確認すると通夜のようだった雰囲気がガラッと代わり明るくなった。
その一連の流れを見て有料物件と思ったのか、福永はわざわざ進藤さんに注意をしに行き、男達にわざとらしくしなを作りながら謝りに行く。
男達は先程の対応は何処に行ったのかと思うほどあっさりと『問題ない。』と返し、福永を追い返すように下がらせた。
そのとき再び男達の携帯に着信があり、表情を変えた男達が急いでメールの確認をするとまた通夜のような雰囲気に戻った。
少し時間も経ち、常連さん達はとっくに全員帰ったのだが、それによりある問題が起こっていた。
そう、店の中が全員黒服なのだ。
まるでこの店の中はそれが正装ですと言わんばかりの怪しい集団で店が一杯になってしまった。
よくよく外を見ると少し列ができており、その列もやはり黒服だった。
今から襲撃されて死ぬんじゃないだろうか。
そんなことを本気で考えたが、黒服達は皆借りてきた猫のように大人しかった。福永以外に。
福永が対応をしにいくと皆が皆舌打ちをするのだ。
だが、進藤さんが近くにいるとしない。
きっと進藤さんを出汁にお近づきになろうという魂胆がみえみえだったのが気に触ったのだろう。
福永はそんなあからさまな対応に『このロリコン共!死ね!』と鬼のような形相でバイト中にも関わらず帰っていった。
進藤さんがなにかポカをする度に叱っては男達にアピールをし続けていたのだ。
俺が客でも福永の態度はイラッときただろうから、そこは仕方ないのだが、この満席でくそ忙しいなかでの戦線離脱…ハッキリ言って泣きそう、とか思っていた時期が俺にもありました。
あまり多い品数は進藤さんは慣れてないため覚えられなかった。
その結果黒服達は皆知り合いのような連携をしだした。
一テーブルに付き一品ずつしか注文しないのだ。しかも、同じ物を。
異常な光景だった…。ハッキリ言って怖い。
だって「すいません。」「はいよ、あかりちゃん。注文は?」「贅沢海鮮サラダ各テーブルに一つずつです。」「了解。次はこれ勧めてくれるかな?」「ササミのジュレのせですね?わかりました!」
そして次の時には「各テーブルにササミのジュレのせ一品ずつお願いします。」「あいよ。次はこれいい?」「あ、はい。」とまあこんな感じだった…。
おかしいだろ!?
何がおかしいかって?全部だよ全部!
覚えきれないみたいだからって一品ずつしか頼まないのもそうだし、まるで今思い立ったみたいな演技で「あ、うちのテーブルも!」「あ、それうまそう。此方も!」「此方も」「ここも!」だぞ!?
何企んでんのこいつら!?って思うだろ?しかも演技力が下手にうまいから余計にムカつくというかなんというか…。
あまつさえ、注文とった後は皿や飲み物を実はうちの店はセルフサービスでしたと言わんばかりのつくしっぷりで、献身的に自分達で運んでるんだぞ!?
もうてっきり食い逃げされるんじゃないかと思っていたけど、お金は払っていってる。
まあ、帰る端から新たな黒服で席は埋まるんだけどね…。
進藤さんに至ってはこの異常さに気付いてないみたいだ。この店でしかバイトしたことないらしいし、店長が言うにはいつもこうらしい。
だから福永が帰るときも引き留めずに「お疲れさん!」とにこやかに送れたんですね…。
もうやだ、俺も帰りたい。
そんな願いが叶ったのか、食材が切れてしまいいつもより一時間以上早く店仕舞いになった。
「いやぁ~助かったよ!」
「すごく忙しかったですね!」
忙しくねえよ!?あれが忙しかったら普段はなんて表現すればいいかわからねえよ!?
「いつもの四倍仕入れたけど、明日は更に倍でも事前に仕込んどけばいけそうだな。あかりちゃんも今日で大分慣れたみたいだしね!」
「はい!頑張ります!」
え…明日もあれやるの?
休んでも…いいっすか?
こうして山崎の胃の痛い日々はこのゴールデンウィーク中続き、五キロ痩せたとか痩せなかったとか。
そして、その月は特別手当てなるものが付き給料はいつもの五倍だった。
あかりさん…一生付いてくっす!次はいつ入りますかね?え?まだ分からない?夏休み、お待ちしております!