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人になった死神 幕間1

時間にして、それはまだ明と縁が高校に入学する前の事である。


『第一目標確認。目標こちらに向かってきています。凡そ五分後には門にたどり着くと思われます。』


「了解。」


監視隊からの報告に思わず溜め息をつく。


溜め息をついてから、周りに誰か居なかったかと慌てて確認する。


そして、誰も居なかったことに安堵からの溜め息が再び漏れる。


「総員、第一種厳戒体制に入れ。目標はまもなくこちらに来る。」


無線にそういれると『了解。』と返ってき、無線を持っていない者へも伝わるようにポケットにいれていたスイッチを不規則に五回押す。


このスイッチを押すことで、襟元に着けている小さな機械が振動を起こし、その振動のパターンと回数によって予めどんな意味を示すかを決めている。


これによって、人前においてもスムーズな対応を可能にしていた。


スイッチを繰り返し三回ほど押したところで、指定の位置に移動する。


そしてその場で待機していると遠くから駆け足で近寄ってくる足音が聞こえた。


「すいません!遅れました!」


「遅いぞ、何をしていた。」


「言い訳は、致しません。」


「馬鹿者が!しろ!何が原因でどうなってこの結果になったか、情報の共有は命に関わると思え!」


「は、はい!」


私が待機していた部屋に駆け込んできたのは、つい先月にこの屋敷にやって来たばかりの、御嬢様直属の護衛に抜擢された樋口洋介ひぐち ようすけだった。


御嬢様直属の、といえば聞こえはいいが、正直御嬢様は我々より恐ろしく強いので、直属の護衛は新人の登竜門となっている。


謂わば雑用係のようなポジションだ。


勿論、ただの木偶でくを御嬢様の側に控えさせるわけにはいかないので、新人以外に二人程サポート係として常に付くようになっており、樋口が御嬢様の護衛として付くのも今はまだ敷地内限定の、と頭に付く。


雇い主の御息女にこう言うのはなんだが、御嬢様は異常だ。


…失礼、この言い方は適当ではなかった。言い直そう。


雇い主の御息女にこう言うのはなんだが、御嬢様は神の寵児に違いない。


本来小学校三年生の年齢でアメリカ最難関の大学を飛び級合格され、武道に至っては小学六年生にして我々では既に足元にも及ばない実力をつけられた。


言い過ぎと思うだろうか?


確かに言い過ぎた。


足元、ではなく、まだその時は腰元辺りだった。


三分は渡り合えたのだから。


だが、真に恐るべきは奥方様で…


「…ぐちさん。田口さん?」


意識が別のところに飛んでいたようだ。


こんなことでは今から来る目標を相手に任務遂行は確実に無理だ。


気を引き締めねば。


「すまない。考え事をしていた。」


「あ、いえ。それはいいんですが…。それより、今から来る目標ってそんなにヤバイんですか?資料なんかを見た感じでは普通の餓鬼…とと、失礼しました。女の子に思えたのですが。」


同僚などから情報収集するのではなく、資料からの知識しかないという樋口に少し苛立つが、ここで怒っても仕方がない。


田口は命を賭した説得をせんばかりの表情で樋口の肩を掴み、ゆっくりと口を開く。


「普通の一女学生だ…。彼女はな。だが、危険なのはその自覚のない一女学生が気分次第で我々の首が物理的に飛ぶことが重要なのだ。いいな…冗談ではない。本当に飛ぶのだ。…恐らく。」


曾て御嬢様に心酔していた護衛の男がいた。それも詮なき事。それほど御嬢様は美しく可憐でいて聡明な方だ。


そして何より孤高なのだ。


そんな方が唯一心の拠り所としている存在が今から来る目標であり、そんな存在に嫉妬するなと言う方が難しいだろう。


現に、旦那様は非常に嫉妬しており、それを隠しもしないのによくもまあまだ生きているものだと逆に感心している。


少し話が逸れたが、以前旦那様の態度から、自分もその様な振る舞いをしても構わないのではないか。


御嬢様に付いた悪い虫を突き放し、御嬢様を救うべきではないかと愚かにも勘違いをした馬鹿がいた。


「そ、それで…その人は、どうなったんですか?」


樋口は顔を青ざめて恐る恐る問いただすと、田口は天を仰いだ。


「奥様と、御嬢様直々に教育的指導が入った…。そして、そいつは自主的に辞めていったよ。」


『今後こんな事があってはならないから、貴方達もよく見ておきなさい。』


冷たく笑う御嬢様はどこまでも美しく、相手に好きなだけ武器を持たせた状態で素手で叩き伏せたのだ。


奥様も奥様で割りと怒られてはいたようだが、御嬢様のあのお怒り様は未だ曾て見たことがなかった。


奥様は相手の防弾チョッキを素手で裂くことにより戦闘意欲を刈り取っただけに留めたが、御嬢様はそれはもう…。


田口は説明していくうちに、あの日の事を思い返し思わず身震いした。


蛇足だが、使用人ではなく、護衛の場合は面接も兼ねて立ち合いが行われる。


なんの事はない。


詳しい説明もなく目の前の女学生を倒せば無条件で合格と言われ、御嬢様と知らずに手合わせをさせられるのだ。


女子供を相手に油断、侮りと、どれだけ自分を諫め任務に忠実に動けるかのテストだ。


そして、初戦は大体瞬殺される。当然ながらテスト生がだ。


私は御嬢様が産まれる前にこの家に仕えていたのだからその試験は受けていない。


この面接、私も立ち会うのだが、御嬢様が私の後に産まれてくれて本当によかったと思う瞬間でもある。


そんなこともあって、この家に仕える護衛の人間達は皆御嬢様と奥様の規格外な強さを知っている。


ピン、ポー、ガチャッ


少し昔の事をフラッシュバックしていたら、この家のインターホンが使用人室に鳴り響いた。


考え事をしていたせいか、鳴り終わる前に被り気味で出てしまったが、今さら取り返しようがない。


「はい、こちら藤堂家で御座います。あかり様、ようこそいらっしゃいました。どうぞお入りください。」





何時も思うのだが、この家の使用人の方は対応が早い。


先程もインターホンが鳴り終わる前に声がするもんだから少しビックリしてしまった。


そして、あかり様はやめてほしい…。本当に…。居心地が悪いからね。


軽く溜め息を吐きながら進んでいくと、正面玄関前に直立不動の使用人達が左右に列を作り待ち構えていた。


いつもの事ながらやや笑顔がひきつる。


「いらっしゃいませ。」


声も動きも完全にシンクロさせた御辞儀をしたまま彼等は頭を直ぐにあげない。


私が横を通過する度に下げられた頭が波でも作っているかのように上げられていくのだ。


初めて見たときは、ここで私がバックしたらどうなるのだろうかと気になったものだ。


もちろん怖くてそんなことは実際にしたことはない。


二回目になるが言わせてもらう…。非っっっ常に居心地が悪い。


昔の貴族としての伝統を古式に則ってさせているらしいが、私はそんな大層な人間ではないので、できれば路傍の石位の扱いの方が落ち着くのだけど…。


そんなことを怖々とした表情で考えながら中に入っていくと見慣れた顔がいてホッと息が漏れた。


「田口さん!こんにちは。お邪魔いたします。」


私は失礼のないように深々と頭を下げた後、二秒くらい数えた後ゆっくりと頭をあげると、少し遅れて田口さんの頭が上がった。


「これはこれはあかり様。ご丁寧に有り難う御座います。大変お久しゅうございますが、私の事をまだ覚えておいでくださるのですね。」


「当たり前ですよ!命の恩…とと。」


命の恩人…とまで言い掛けてギリギリで止める。


以前縁と勘違いされて誘拐されかけたことがあり、その時に助けられたのだが、その場に居た全員がなぜか土下座してこの事は内密にと言ってきたのだ。


その鬼気迫る表情と訴えを思い出し、口を急いで閉じた。


御嬢様や奥様がまだこの場におられなくてよかった…。


酷く青い顔をしつつも、笑顔だけは崩さない田口は最早プロの中のプロと言えよう。


先程の明の発言で吐き気を催した者が何人か居たのだが、田口は明の注意が逸れた瞬間にスイッチで注意を促すに留めた。


『後で私が直接教育的指導をしてやる。』


スイッチで送られてきた内容に何人かは瞳に涙を溜め、その場に居る人間達は一様にこう願った。


こいつ早く帰ってくれないかな。


あくまでにこやかな表情を浮かべたままの田口の横に、一度も見たことがない男が田口より青い顔で立っていることに気付いた。


「あ、もしかして新人さんですか?」


「はいぃぃぃ!わ、わた、わたくしは、先月よりこの藤堂家にて、は、はは働かさせて頂いているひ、樋口洋介と、言います!」


やっぱり仕事に着いたばっかりだと緊張するんだろうな…。新人さんが居ると大抵こんな感じだし、私も社会に出たらこんな風に緊張するのかな?


…ないかな。神的には私に一刻も早く運命の相手と結ばれて結婚して子供産んでほしいんだろうし。


でも、相手の収入が低かったら私も仕事しなきゃいけないのか。…なんかそう考えたら緊張してきちゃった。


「どうかなさいましたか?この者がなにか不快に感じさせましたでしょうか?」


私が難しい顔をしていたら、田口さんが異様に心配そうな顔をして聞いてきた。


その言葉に横の新人さん、樋口さんの体がビクッと震えたのが見えた。


「いえいえ、考え事していただけですからご心配なく。」


「そう…ですか。」


田口さんが心底安堵したという表情で嘆息を付くと、横の樋口さんは半泣きなっていた。


思わずギョッとしたが、ここで突っ込んだりしようものなら、後で怒られてしまうのだろうからとあえて気付かない振りをした。


ここの人達ってみんな涙腺弱いよね…。きっとゆかちゃんのお父さんが怖いんだろうな。可哀想に。


そんな的外れなことを考えていたら、玄関入ってすぐ正面に位置する大階段から縁が降りてきた。


「あかり!」


「ゆかちゃん!」


「来てくれて嬉しいわ。…何かこの子達に不手際はなかった?」


縁の一言に皆の視線が一斉に明に集まる。


「ううん。皆さん本当によくしてくれて…し過ぎくらいだよ。様付けとかされたらなんか似合わなすぎて恥ずかしくなっちゃうし。」


「そう、よかったわ。今日はお父様も居ないしゆっくりしていってね!」


「いや、よくないんだって。ゆかちゃんからもうちょっと砕けて接するように言っといてよ。」


「いやだわ。」


縁の瞳が妖しく光る。


それは明が関わる時にしか見せない狂気の光り。


その瞳は黒服の男達に向けられる。


「彼等はプロフェッショナルですもの。分を弁えずそんな態度をとるなんて……ねえ?貴方達?」


「は、はい!もちろんであります!あかり様は我等が第2の主として接することを此処にお誓い致します!」


もう、お前早く帰れよ頼むから……。


今日も今日とて、藤堂家の護衛の方々は明の存在に胃を痛めるのであった。

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