人になった死神4
明は自転車を鬼気迫る表情で、全身全霊を籠めてこいでいた。
ぬおおお!神様!今だけ私に死神の時の力を返してください!もう正直足がパンパンで死にそうです。空を、飛んで、帰りたい!
そんな現実逃避をしながらなんとか家の前まで着いた明だったが、玄関先に立っている人物を目に入れ、思わずブレーキを握り忘れ通りすぎてしまった。
少し、本当に少し自宅から離れたところで脳が再起動したので、自転車を停めて改めて確認する。
え?何で此処にいるの?というかここ…私の家で間違いないよね?
明の家はよくも悪くも普通の住宅で、周りと比べても特に差異はない。
よって、明はお隣さんに視線を向けた。
この暴力的なまでに高く、何処までも続く塀は間違いなくゆかちゃん家だし……。
なにも明とて、ただクラスメイトが玄関先に立っていたからといって自宅を他人の家と間違えるほど馬鹿ではない。
今回の場合は、明らかに訪ねてくる筈のない人物を目の当たりにした故の事だった。
ていうかあの黒塗りの車はなに!?番号は見たことないからゆかちゃんのところのじゃないんだろうし。もしや彼奴等の家も金持ちなのか!?クソ、こっちは毎日節約しながら貧しい食事に耐えてるというのに。おのれぇぇ…。
完全な逆恨みである。
食費を削っているのは本当だが、あくまで結果論であって敢えて行っているわけではない。
作るのが面倒なのでインスタント食品、主にカップラーメンを食べており、結果それが節約に繋がったというだけだ。
因みに、通り過ぎるときにバッチリ本人と目があっており、現在電柱の影から家を覗き見ているのだが、本人からすればセーフらしい。
三秒たってないしね!
「なにやってんの進藤さん…?」
三秒ルールが通じない…だと!?
普通は勿論アウトだ。
だが、今回は明は変装をしており、パッと見てそれが明だと判断できるのは余程親しいか、余りある激しい恋心を抱いているか……心底その者を憎いと思っているものくらいだろう。
いくら明が能天気でも、平凡の中の平凡な顔面を所有している自分が一目惚れをされたり、短期間の間にあの理解不能な双子と親しくなっているなどと能天気な思考回路はしていない。
え?何この唐突な死亡フラグ!?そんなに憎まれることした覚えが………っ!?まさか昨日の放課後の?…ち、小せぇぇぇぇぇぇ!あれだけのことでそんなに憎まれる訳?バカじゃないの!?どんだけ甘やかされて育てられてんのよ!
明が色々と考えてる内に、双子の片割れ、秋雨流は近付いてくる。
「いや、ほんと……なにやってんの進藤さん?」
「あ、あああ秋雨君こそどうして私の家を知ってるの!?というか何用!?」
ははっ。やっぱりりゅうの考えすぎだったんだよ。
昨日あんまり様子がおかしいから問い詰めたら、こいつが俺たちのことを見分けてたって言ってたけど…。
こいつはいま僕を名字で呼んだ!そうさ…僕達を本当に見分けられるのなんて両親しか居ないんだ。
他は、要らない…お前なんて要らないんだよ!!
……ていうか何この小動物っぷり…笑えるんだけど。うん?さっきから何チラチラ見てんのこいつ?……ははぁん。なるほどね。
明のあまりの動揺っぷりに、流れの険しい表情が少し柔らかくなる。そして、さっきから明の視線が自分と黒塗りの車を往復していることに気づいた流はニヤリとほくそ笑む。
「なんだ…進藤さんうちの実家の仕事知らなかったんだ。そうだよ…進藤さんの想像した通りだよ。」
え…マジもんのヤクザさんなんですか!?や、ヤバイ。本格的にヤバイ…。
眼に見えて狼狽している明に気分を良くした流は噴き出しそうな笑いを必死に堪える。
「へ、へぇ~…。ふ、ふーん、そう、なんだ。そ、それで、私の家になんの御用で御座いましょうか?」
「昨日言ってたでしょ?また明日って…。だから、わざわざ挨拶に来てあげたんだよ。」
やっぱり昨日のが原因か!?ちいせぇぇぇ!?クラスメートの、しかもか弱い女の子の戯れ言なんて男なら笑い飛ばすくらいしなさいよ!
わ、私はまだ死ねない…死ねないのよ!?重大な、使命、が…………買ってきたこの子達をやりとげるまでは絶対に死ねないのよ!
震え上がる心を、とても残念な心意気で奮い立たせる明。
弱りきった敵が突然戦意を取り戻したのを見て、流は少し不満げな顔を浮かべる。
変な奴…。明らかに小庶民な癖に、変に根性ある…。なんだろう…なんかモヤモヤする。
「そんなに怖い顔するなよ進藤さん。話があるんだろ?今日はその為に、流は置いてきたんだからさ…」
うん?
「え、ごめん。もう一度言ってくれる?」
「だーかーらー、話があるんだろ?早くしろよ。めんどくさい奴」
「いやいや!そこじゃないそこじゃない!誰を置いてきたって?」
「な、なんだよ…。流…を、置いてきたんだよ。なんか文句あんの?」
え、なに?頭でも打ったのこいつ?
「え、ちょっとながれ君が言ってる意味がよく理解できないんだけど…。っ!?本当に頭でも………ま、まさか……」
ハッ、と全ての謎が解けたかのように何か思い付いた明は、少し興奮した様子で流に詰め寄る。
「な、なんだよ…。近い、近いよ!!もっと離れて!」
「ぶつかった拍子に二人が入れ替わった…とか、そういう系!?」
「「………。」」
いまだ興奮冷めやらぬ様子で此方をとても純粋な瞳で見つめてくる明を見て、流は思わず心の底から本音が零れた。
「あんた、もしかしてもの凄いバカなの?」
「「……。」」
「プッ…ククク、アハ、アハハハハハハ。も、もうだめ…し、死ぬ。なんなのこいつ?だ、ダメ、こっち見ないで…ヒ、ヒー、ヒー!アハハハハハハ!」
フラフラと千鳥足で黒塗りのベンツに近付いていき、流は後部座席の窓を何度も何度も叩く。
な、なんて失礼な奴…。ちょっとだけ…本当にちょっと思っただけで、ほ、本気で思って言った、訳じゃないのに…。
明は自分自身そう思い込むことで騙し、心がこれ以上深刻なダメージを負わない様にした。
「おい、おいりゅう!見たか?そして聞いたか!?『とか、そういう系!?』ってどういう系だよ?アハハハハ、ヒー、ヒー…フクククク。」
流が叩いていた窓がスーッと下がっていき、そこには柳がいたのだが…彼は手のひらを見せるように左手を流に突きだし、上半身を反対側に倒れこむような体制で座席にうずくまっていた。
「や、やめ…。ヒ…ヒ…。」
「『ぶつかった拍子に二人が入れ替わった…とか』ブファッ、ヒヒ、フフハハハ!」
ブッ!!
「「ア、アハ…フアァハハハハハハハハ!ヒー、ヒー、ヒー。だ、ダメ、もうほんと死ぬ~!?アハハハハ!こ、殺される…フ、フフ、アハハハハ、ハハハハ!」」
死ぬ~、死ぬ~っと笑い声をあげながら、ふらつく足でなんとか車に乗った流は逃げるように運転手に身ぶり手振りにより車を出発させた。
…………。け、結局彼奴等何しに来たのよ…。
暫くして、漸く頭が再起動した明は自分が激しく笑われたことを思い出し、呪詛の念を二人に送った。
神様!仏様!!きゃつらめが激しい下痢に襲われ、切れ痔になりますように!
仏様には乳粥を、神様には大好きなポテチを捧げますので!!
そんな残念なお祈りを明がしてる頃、車中の秋雨兄弟は笑い過ぎにより息絶え絶えになっていた。
「「はぁ…はぁ…はぁ。」」
二人が手を繋ぎながら肩と肩、頭と頭を預ける形で支えあい息を乱す姿をミラー越しに見て、双子の運転手を担っている女は余りの妖しい色香にゴクリと生唾を呑み込んだ。
勿論、サングラスに仕込んであるカメラで激写したことは言うまでもない。
時折双子の両親に、二人のいき過ぎた行動や、ベストショットなどを撮影し提出するのも彼女の仕事なのだ。
焼き増しをしたかどうかは定かではない。
因みに、双子の両親は黒社会の人間ではない。
あれはあくまで明に勘違いさせるための発言であり、流自身も仄めかしただけに留め、実際にそうだとは一言も発していない。
二人はなまじ頭が良く、それにも増して小悪魔だった。
初めはクラスメイト。その果てには上級生や教師までイタズラの対象とし、自分達に関わってくる者には苛烈に対応した。
幸か不幸か、秋雨グループという親が持つ社会的地位もあり、誰もが止めることが出来なかったのも原因の一助だろう。
明は二人が中学時代私立を転々としていたことは見えるので知っている。
だが、両親の仕事などは載っていなかった為知らなかったのだ。
そんな、時に悪魔のような双子なのだが、現在はガチで瀕死だった。
「な、なんなの…ねえ、りゅう……なんなのあの生き物…フ、ククッ…。はぁ…はぁ。」
「いや、ほんと…今まで、会ったこと…ない、人種だよね…フ、フフッ…。」
「もうなんかあれだよね…。」
「ああ、そうだな…。」
「「あだ名はあほりとばかりのどっちにする?」」
そして笑い疲れていた二人は、自分達の発言にツボが極り、再度笑いの渦に巻き込まれながらも一人の少女に思いを馳せるのだった。
明後日からどうやって弄ろうかな…と。
結局本来の目的である二人をどうやって見分けているのかを聞くことはできなかったが、二人の中で既に結論が出てしまったためそれはもうどうでもよくなってきていた。
『バカに理屈は通用しないんだよ。』
後に、双子が両親に嬉しそうに報告していたのだが、それはまた別のお話。
週明けの月曜日。明は瀕死だった。
新しく買ってきたゲームを開封することすら出来ず、3日間(金曜日はゲーム漬けで寝ていない)ほとんど寝ることなく勉強したのだ。
それも全て、楽しくゲームをするためという一点のために。
月に一回行われる小テストは範囲こそ狭いが、点数が悪ければ毎日の補習がほぼ強制的に課せられる。
仮にも一組に属する明には学校としてもかなりの点数が義務付けられているのだ。
体が重い…眠い、しんどい、クラクラする。
ヨロヨロとふらつきながらなんとか学校に到着すると、下駄箱の扉を開け上履きを取り出す。
非常にゆったりとした動作で地面に置くと、半分寝たような状態で目を閉じながら靴を履きかえ始める。
「「進・藤・さん!」」
左手に鞄を抱き込むように抱え、右手は靴を片足立で替えているところに、両方の肩をバシッと叩かれ、バランスを崩した明は顔面を強かに靴箱に打ち付ける。
「グォッ………ッ。」
余りの痛みに頭が覚醒はしたが、この2日間で必死に勉強したものが何個か飛んだ気がした。
「「ブッ!?ククク…アハハハハハ!なにそれギャグ漫画みたいじゃん!さすが進藤さん、持ってるねぇ~。」」
確実に本人たちのせいで起きた事故だったのだが、その事を気にするそぶりもなく爆笑していたのは秋雨兄弟だった。
実は校門を潜った辺りから二人は明の周りでチョロチョロしながら声を掛けていたのだが、今日の試験のことで頭が一杯だったことは勿論、睡眠不足も重なり、足元に視点を固定しながら歩いていた明はその事に全く気付いていなかった。
あまりに無視されるので、双子はそうなればいいな程度の僅かな期待を籠めて、下駄箱前で軽く肩を叩きながら明に呼び掛けたのだが、明は見事にその期待に応えたのだ。
お、おのれこのホモホモ兄弟…。ダメ、ダメよ明。ここは我慢するのよ。こんなところで脳細胞を使っていては折角の勉強した内容が飛んでしまう…。
いまだ笑い声を響かせている双子に、キッと睨みを利かせて黙らせた明は、フッ…勝った。と勝ち誇った笑みを浮かべその場でクルッと反転し教室へと向かおうとし、段差で躓いて転んだ。
朝の登校時ということもありそれなりの喧騒だったのだが、辺りは急な静寂に包まれる。
明はしばらく地面に横たわったままピクリとも動かなかったが「さてと…」と小さく呟くとゆっくりと立ち上がり、簡単に服の埃を取り払う。
呆然と辺りの人間全てが明を見つめるなか、明は余りの恥ずかしさに半泣きになりながら逃げた。
「ち、ちくしょぉぉぉぉ!?一昨日来やがれぇぇぇぇ!!」
「うわあぁぁぁん、ゆかりぃぃぃ!」
教室に入るなり明は縁に飛び付き、自分とは異なる豊かな双丘に顔を埋めながら顔を擦り寄せる。
「ちょ、ちょっと、あかりどうしたの?」
急なことに顔を赤くしながら、珍しく動揺を隠せない縁をよそに、明は既に別のことを考えていた。
な、なんだこのけしからん柔らかさは!?ゆかちゃんまた胸が大きくなってる気がする…。と言うかなんか良い匂いがする。クンカクンカ…。
十分匂いを堪能した後ゆっくりと縁から離れた明は、自身のキュ、キュ、キュな体型に目をやり、その後縁のボン、キュ、ボンな体型を、と何度か視線を往復させ、その場に両手両膝をつけうちひしがれる。
神よ…あなたは、本当に私に誰かを攻略させる気があるんですか……?
「あ、あかり?」
友人の突然の奇行に心配そうに声を掛けるが、明はまだ自分の世界に旅だったまま帰ってきていない。
「ま、まだ…まだ成長期は終わってないんだから…これから間違いなく…きっと…多分…恐らく、成長の余地はあるはず。」
「「なーんだ、自分で可能性ないこと良くわかってるんじゃん。」」
「出たなこのホモホモ兄弟!?誰があんた達に騙されてやるもんですか!」
ここで会ったが百年目…永きに渡る因縁の戦いを終わらせようぞ!
「「誰がホモホモだ誰が!?僕達は仲が良いだけだ!」」
「直ぐバレる嘘を…。あんたたちの仲は誰がどう見ても異常なのよ!」
「フフン…。男日照りの、可哀想な谷間しか持たない進藤さんには理解できないのかもね。兄弟愛ってのはなによりも強いんだよ!なあ、りゅう?」
「こらこら…。女性かどうか怪しいバストの持ち主に谷間は失礼だろ、ながれ?どう見ても谷間なんてないじゃないか。」
「失礼な!?こちとら産まれてこのかたずっと女ですぅぅぅ!胸だってまだまだこれから…絶対…大きくなるんだから!ねえ、ゆかちゃん?」
「え?え、ええ。そ、そうね。きっと大きくなると思うわ!」
いきなり振られたことで、妙に嘘臭い発言になってしまったことを自覚した縁は、思わず明から視線をそらす。
「「「「………。」」」」
その場は沈黙に包まれたが、空気を読むことなくその空気を壊したのはやはり双子だった。
プッ
「「ア、ハハハハハ!あんなあからさまなフォロー初めて見た!」」
「うわぁぁぁ!ゆかりの嘘つきぃぃぃ!!」
「あかり!?」
教室を飛び出していく明に声を掛けるが、明は振り返ることもせず走り去って
「進藤明。まもなくホームルームだ。教室に戻りなさい。」
「は、はぁい、只今戻ります。」
永見の腹の底まで響く重低音の効いた声に呼び止められ、明はそそくさと自分の席へと戻っていった。
勿論、ホームルームが始まる合図の鐘が鳴るまで、双子の笑い声が教室に響いていたのは言うまでもない。
その日の放課後、私は生徒指導室に呼び出されていた。
というのも、1限目の小テストで燃え尽きた私が、2限目からの授業をまともに受けれるはずもなく永見に呼び出されたのだ。
「進藤明。…何故呼ばれたか、自覚はあるか?」
相変わらずゾッとするような低い声に身を縮こまらせる明。
「は、はい!テスト以降の授業で居眠りをしてしまったためかと思っております!」
姿勢は綺麗に伸ばし、訊かれたことにはどんな理不尽なことにもyesと返す。これで正しかったはず…。
聞き齧った軍隊の規律を実践する明に永見は軽く嘆息する。
それを見てビクッと震える私は悪くないと思う…が、少し永見が悲しそうな表情を浮かべるので胸が僅かに痛んだ。
「…ごめんなさい。」
思わず口から出た言葉に、永見は再び溜め息を吐くと明の頭を軽くポン、ポン、と撫でるように叩いた。
「私はよく誤解されるのだが怒っているわけではない。…少なくとも、一年を共に過ごすことになるんだ。嫌われるのは慣れてはいるが、担任という立場上それが好ましい状況でないことも分かっている。」
どうしたものか…。と小さく呟く永見に明の良心は既にKO寸前だ。
この人…不器用なだけで、凄く好い人なんだな。
私、この人が元傭兵だって知ってるばっかりに色眼鏡で見てた………。
私……最低だ。
そんな風に灯りが自己嫌悪に陥いりながらも、胸に僅かに広がる暖かみを感じていた。
そうとは想い至らなかった永見は、相変わらず俯く明にフム…と呟き、明の頭から手を引き自身の顎を撫でる。
「そうだな…。互いを親密にさせ得るものはやはり、秘密の共有が手っ取り早いか。」
永見は眼鏡を取り外し机に置くと、明に再び視線を送る。
その瞳には決意が見てとれた。
もしかして昔傭兵をしていたことを…?ごめんなさい…。不可抗力とはいえ、私その事知ってるんです。
永見の瞳から感じ取った決意が明の良心を更に追い詰めるなか永見はゆっくりと口を開いた。
「私は曾て流行り病に掛かってな…。」
…うん?
頭を軽く下げ、左目の前に水を掬うような形で両手を構える。
…おやおや?
ボ、トッ…。と音をたてて永見の目、もとい義眼が永見の手の上を転がり、偶然明の視線と義眼の視線があったときに回転が止まった。
こ、怖ぇぇぇぇぇぇぇ!?…え?ええ!?えぇぇえぇぇぇ!
なにこれ!?ねえ、なにこれ!?これなんてホラー!?
ていうか叫びださなかった私グッジョブ!!
明は叫び声をあげなかった自分を心の中で自画自賛しながらも、あまりの恐怖に直面すると声も出ないってのは本当だったんだ…。と現実逃避していた。
「もう分かったとは思うが、義眼なんだ。…この事は私と進藤明…。二人だけの、秘密だぞ?」
言葉尻だけ捉えれば、間違いなく胸キュンな一言になったはずだが、ニヤッと笑う永見の瞳は捕食者の持つ雰囲気を漂わせており、恐怖を煽るだけだった。
墓場までこの秘密は持って行かせていただきます!
コクコクと何度も頷く明を見て、永見は満足そうに邪悪な笑みを深め頷くと明が何故居眠りに至ったかをさながら尋問のように訊いていく。
「なるほど…。勉強のし過ぎで寝不足になったと…。試験前には私が一組の希望参加者に軽い勉強会を開けるよう、教頭先生と校長先生に伺いをたてておこう。」
「は!光栄であります!」
「進藤明…。」
「はい!なんでしょうか!」
「いや…なんでもない。退出していい。」
「はい!では、失礼いたしました!」
明が教育指導室から出ていくと、永見は溜め息を洩らす。
「用いるタイミングを間違えた……か?今後とも要実践だな…。だが、その前に」
どう見ても深まった溝に、永見は机の引き出しを開け一冊の本を取り出す。
『円滑な人間関係を作る秘訣』
表紙にはそう書かれており、教室内には本を捲る音が遅くまで響いた。
明は永見との、凄まじく胃に悪い話し合いを終えた後、急ぎ足で帰路に着きながら先程の異変について考えていた。
あの簡単に頭に浮かんでくる履歴書みたいなのほんと使えないんですけど!?
義眼なら義眼て最初に言っといてくれれば此方も少しは心構えができたし、その義眼を確認した後の『左目のはギ・ガ・ン♡』って付け足された文字も腹立つわ…。
あれを完全に信じてたらどこかで痛い目をみそう…。
ムキィィィィィ!
何はともあれこれで暫く試験はないわけだし、新しく買った王子様達に会いに行かなきゃ!
これも試練のため…。頑張るのよ明。
…ムフ。
うって変わって上機嫌で家へと走っていく明だった。